第107話「いつもの神様」
藤原からの、手紙を、受け取って——数日後。
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胸騒ぎは——相変わらず——誠の、胸に、居座り続けていた。
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その日——誠は——店の、裏で、一人、薬草を、天日に、干していた。
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「ふぅ……」
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一息、ついた、その、瞬間。
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「よう、田中はん。精が、出るなあ」
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聞き慣れた——あの、関西弁の、声が、響いた。
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「……神様」
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誠は——天を、仰いだ。
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「また、麻雀ですか」
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「はっはっは。よう、分かっとるなあ」
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気づけば——いつものように——麻雀卓が、出現していた。
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「僕、今、薬草の、手入れ中なんですけど」
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「まあまあ、ちょっとだけや。付き合うてぇな」
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誠は——ため息を、つきながらも——結局、卓に、着いた。
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「ほな、始めよか」
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牌を、混ぜる、音が、響く。
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いつも通りの——他愛のない、麻雀。
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だが——今日の、誠には——聞きたいことが、あった。
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「神様」
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「ん?」
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「一つ、聞いても、いいですか」
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「なんや、改まって」
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誠は——牌を、切りながら——静かに、切り出した。
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「最近……僕、妙な、胸騒ぎが、するんです」
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神の、手が——ほんの、一瞬——止まった、ような、気が、した。
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「胸騒ぎ、なあ」
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「はい。それに……北の、龍族の里でも……年寄りたちが、"そろそろ来る"、"備えろ"、って、ざわついてるらしくて」
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「ほう」
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「神様……何か、知ってるんじゃ、ないですか」
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誠は——じっと——神の、様子を、うかがった。
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しばしの、沈黙。
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「……さあて、なんのこっちゃ、やろな」
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神は——曖昧に、そう、答えた。
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「龍族の、年寄りなんて、いつも、そわそわ、しとるもんやで。ボケとるだけと、ちゃうか」
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「そう……でしょうか」
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「せやせや。田中はん、あんた、心配性やなあ」
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神は——軽く、笑った。
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だが——誠は——その、笑いに——どこか、いつもと、違う、"間"、を、感じた。
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「神様」
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「なんや」
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「今、一瞬……ごまかしましたよね」
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神は——少し、黙った。
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「……気の、せいや」
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「本当ですか」
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「ほんまや、ほんま。ほれ、あんたの、番やで」
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神は——話を、逸らすように——そう、促した。
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誠は——それ以上、追及は、しなかった。
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だが——確信していた。
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(神様……絶対、何か、知ってる)
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いつもの、神なら——こういう時、もっと、べらべらと、余計なことまで、喋る。
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なのに——今日は——妙に——言葉を、選んでいる。
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その、慎重さこそが——かえって——誠の、不安を、掻き立てた。
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麻雀が——一段落した頃。
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「ほな、ワシは、そろそろ、行くわ」
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神は——そう、告げた。
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「神様」
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誠は——去ろうとする、神を——呼び止めた。
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「もし……何か、あるなら……教えて、ください」
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「僕、ちゃんと……受け止めますから」
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神は——しばらく——黙り込んだ。
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そして——ぽつり、と——こう、言った。
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「田中はん。世の中には……知らんでも、ええことも、あるし……知っといた方が、ええことも、ある」
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「どっちなんですか」
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「さあなあ。それは……その時に、なってみな、分からんのや」
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神は——それ以上は——何も、語らなかった。
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「まあ……あんまり、気に、しすぎんと、な。あんたは……あんたの、暮らしを……大事にしとったら、ええんや」
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その、言葉には——いつもの、軽さの、奥に——どこか——優しさと——そして——かすかな、"憂い"、が、滲んでいた。
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「ほな、またな、田中はん」
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そう言い残すと——神の、気配は——麻雀卓と共に——静かに、消えていった。
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一人、残された、誠は——しばらく——その場で、考え込んだ。
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「知らんでも、ええことも、あるし……知っといた方が、ええことも、ある……」
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神の、言葉が——妙に——胸に、引っかかった。
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(いつもの、神様なら……絶対、あんな、思わせぶりな、言い方、しない)
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(あの、神様が……あそこまで、言葉を、選んでた……)
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(やっぱり……何か、あるんだ)
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誠は——空を、見上げた。
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穏やかな、青空。
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だが——その、彼方に——今や——誠は——確かな、"何か"、の、気配を——感じずには、いられなかった。
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その夜、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「今日、神様が、来た。胸騒ぎのこと、龍族の里のことを、聞いてみたけど……"なんのこっちゃ"、って、はぐらかされた。でも……いつもより、明らかに、言葉を、選んでた。あの、いいかげんな、神様が、あんなに、慎重になるなんて。"知らんでも、ええことも、ある"、なんて。じいちゃん……神様は、絶対、何か、知ってる。そして……それを、僕に、言うべきか、迷ってる。何か……大きなことが、起きようとしてるのかもしれない」
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窓の外、二つの月が——静かに、輝いていた。
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まだこの時の誠は知らない。あの、神が——なぜ、言葉を、濁したのか。
そして——神が、胸に、秘めた、"憂い"、の、正体が——一体、何なのかも——今はまだ、知る由もなかった。




