第105話「妙な胸騒ぎ」
長い旅も、一段落し——村には、穏やかな、日常が、戻っていた。
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「タナカソウも、順調に、育ってるなぁ」
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誠は——いつものように、畑の、手入れを、しながら——そう、呟いた。
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「田中さん、今日も、いい天気ですね」
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「そうですね、エリナさん。こういう、平和な日が、一番です」
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だが——その、平穏の、中に。
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ここ、しばらく——誠は——妙な、胸騒ぎを、感じていた。
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始まりは——些細なことだった。
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その日——畑仕事を、終えて、店に、戻った、誠は——ふと——空を、見上げた。
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「……なんだろう、この、感じ」
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理由は——分からない。
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ただ——何か——胸の、奥が——ざわつく。
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「田中さん、どうかしましたか」
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エリナが——不思議そうに、尋ねた。
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「いや……なんだか、変な、感じがして」
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「変な、感じ?」
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「うん……。うまく、言えないんだけど。なんだか……そわそわ、するんだ」
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エリナは——首を、傾げた。
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「疲れてるんじゃ、ないですか。長い、旅から、帰ったばかりですし」
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「そう、かもしれないね」
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誠は——そう、答えながらも——その、ざわつきが——消えないことを、感じていた。
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その、夜。
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誠は——なかなか、寝付けなかった。
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「……」
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窓の外——二つの月が、いつものように、輝いている。
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見慣れた、光景。
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なのに——今夜は——なぜか——その、月が。
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いつもより——少しだけ——不吉に、見えた。
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「気のせい、かな」
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誠は——そう、自分に、言い聞かせた。
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平和な、日々。何も、起きていない。ただの、疲れだ。
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そう——思おうとした。
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だが——その、胸騒ぎは。
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次の日も——その、次の日も——消えることは、なかった。
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むしろ——日を、追うごとに——少しずつ——強くなっていくような、気さえ、した。
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「田中さん、また、ぼーっとして」
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数日後——店先で、ぼんやりと、空を、見上げる、誠に——エリナが、声を、かけた。
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「あ……ごめん。つい」
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「まだ、あの、"変な感じ"、が、するんですか」
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「うん……。むしろ、強くなってる、気がする」
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誠は——正直に、そう、答えた。
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「僕、こういう、勘は……あまり、外れないんだ」
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「勘、ですか」
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「アルフレート様の、剣の、耐久度が、切れそうな時とか……なんとなく、分かるんだよね。研ぐ、前から」
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エリナは——少し、感心したように、頷いた。
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「確かに……田中さん、そういうところ、ありますね」
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「うん。だから……この、胸騒ぎも……ただの、気のせいだと、いいんだけど」
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誠は——もう一度——空を、見上げた。
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穏やかな、青空。何も、変わったところは、ない。
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だが——その、遥か、彼方に。
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誠は——何か——見えない、"何か"、の、気配を——感じた、気が、した。
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「……気のせい、だよな」
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誠は——首を、振った。
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そして——また、いつもの、仕事に、戻っていった。
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薬草を、すり潰し。包丁を、研ぎ。野菜を、並べる。
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変わらない——地道な、日々。
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だが——その、胸の、奥では。
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小さな、ざわめきが——静かに——くすぶり続けていた。
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その夜、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「最近、妙な、胸騒ぎが、する。理由は、分からない。何か、悪いことが、起きそうな……そんな、嫌な、予感。エリナさんは、"疲れてるんじゃないか"、って、言うけど……僕の、こういう、勘は、あまり、外れないんだ。じいちゃん……ただの、気のせいだと、いいんだけど。なんだか、落ち着かないんだ」
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窓の外、二つの月が——静かに、輝いていた。
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その、周りに、瞬く、無数の、星々を——誠は、いつものように、ただ、美しいものとして、見上げていた。
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まだこの時の誠は知らない。その、胸騒ぎが——気のせいなどでは、ないことを。
そして——その、"予感"、の、正体を、知る、日が——少しずつ、近づいていることも——今はまだ、知る由もなかった。




