第103話「鍛える、理由」
——ここは、深い、森の、奥。妖精族の、里。
⸻
妖精王グランデルは——その日、一人、里の、奥の、玉座で——考え込んでいた。
⸻
「なんや……最近、妙に、胸が、ざわつくなあ」
⸻
⸻
はっきりとした、理由は——なかった。
⸻
⸻
ただ——ここ、しばらく——言葉に、できない、"予感"、のような、ものが——グランデルの、胸の、奥に——わだかまっていた。
⸻
⸻
⸻
その時——ふと——グランデルの、脳裏に——里に、伝わる、古い、言い伝えが、蘇った。
⸻
⸻
妖精族には——羽虫のように、小さく、儚い、存在であった、頃から、代々、語り継がれてきた、一つの、教えが、あった。
⸻
⸻
⸻
「いつの日か……天より、災い、降る、時——」
⸻
「己の、身体を、鍛えよ——」
⸻
「重き、ものを、持て——」
⸻
「さすれば……災い、退かん——」
⸻
⸻
「身体を、鍛えて……重いもんを、持てば……災いが、退く……か」
⸻
⸻
グランデルは——その、言い伝えを、繰り返した。
⸻
⸻
「昔から……なんのこっちゃ、思うとったけどな」
⸻
⸻
⸻
グランデルは——自分の、三メートルを、超える、巨躯を——見下ろした。
⸻
⸻
かつて、妖精族は——羽虫のように、小さな、存在だった。
⸻
⸻
しかし——力を、示すことで、序列が、決まる、妖精族の、掟の中で——グランデルは、その、規格外の、腕っぷしで、頭角を、現し、王にまで、上り詰めた。
⸻
⸻
そして——彼が、王と、なってからというもの——里の、妖精たちも、少しずつ、鍛錬を、積み、体格を、増していった。
⸻
⸻
⸻
「なんでやろな」
⸻
⸻
グランデルは——ふと——思った。
⸻
⸻
「この、言い伝え……なんや、今……妙に、気に、なるんや」
⸻
⸻
理由は——分からない。
⸻
⸻
だが——胸の、ざわつきと——この、古い、教えが——なぜか——グランデルの、中で——重なった。
⸻
⸻
⸻
「まあ……ええか」
⸻
⸻
グランデルは——立ち上がった。
⸻
⸻
「意味は、分からんけど……鍛えて、損は、ないやろ。元々、ワシら、力が、身上の、種族やしな」
⸻
⸻
⸻
翌朝——グランデルは——里の、妖精たちを、広場に、集めた。
⸻
⸻
「皆の、者! 今日から……鍛錬を、始めるで!」
⸻
⸻
「鍛錬……ですか? 何のために?」
⸻
⸻
若い、妖精が——不思議そうに、尋ねた。
⸻
⸻
「……正直、ワシにも、よう、分からん」
⸻
⸻
グランデルは——豪快に、笑った。
⸻
⸻
「せやけどな……里に、伝わる、古い、言い伝えに、"身体を、鍛えよ、重きものを、持て"、いうんが、あってな」
⸻
⸻
「なんや、最近……それが、妙に、気に、なるんや」
⸻
⸻
⸻
「言い伝え、ですか……」
⸻
⸻
「まあ、理由は、後や。鍛えとって……損は、ない! 田中の、恩に、報いるにも……力は、あった方が、ええやろ!」
⸻
⸻
「「「おおおおお!」」」
⸻
⸻
⸻
こうして——妖精族の、里に——鍛錬の、日々が——始まった。
⸻
⸻
「重い、岩を、持ち上げるんや! それが、鍛錬や!」
⸻
⸻
「羽ばたきだけに、頼るな! 地に、足を、つけて、力を、蓄えろ!」
⸻
⸻
⸻
グランデル自身が——先頭に、立ち——巨大な、岩を、軽々と、持ち上げては、投げ——その、規格外の、力を、示して、皆を、鼓舞した。
⸻
⸻
「ワシに、続け! 皆も、これくらい、できるように、なるんや!」
⸻
⸻
⸻
すると——不思議なことが——起こり始めた。
⸻
⸻
かつては——羽虫程度の、小ささだった、妖精たちが。
⸻
⸻
鍛錬を、積むにつれて——みるみる、体格を、増していったのだ。
⸻
⸻
⸻
「な、なんや、この、力……!」
⸻
⸻
「体が……どんどん、大きく、なっていく……!」
⸻
⸻
妖精たちは——自分たちの、変化に——驚いた。
⸻
⸻
⸻
数週間後——
⸻
⸻
里の、妖精たちは——もはや、"妖精"、と、呼ぶには、あまりにも、たくましい、姿に、変貌していた。
⸻
⸻
かつての、儚げな、羽虫のような、面影は、消え——一体一体が、屈強な、筋肉を、纏い、大地を、踏みしめる、巨躯を、備えていた。
⸻
⸻
「これは……もはや、妖精、ちゃうな」
⸻
⸻
グランデルは——変貌した、里の、民を、見渡し——しみじみと、そう、呟いた。
⸻
⸻
その、姿は——伝説に、語られる、"鬼"、あるいは、"オーガ"、と、呼ばれる、種族に——限りなく、近づいていた。
⸻
⸻
⸻
「妖精族……いや、もう、"鬼族"、と、呼んだ、方が、ええかもしれへんな」
⸻
⸻
グランデルは——豪快に、笑った。
⸻
⸻
「まあ、名前は、どうでも、ええ。とにかく……鍛えといて、損は、ないんや」
⸻
⸻
「おおおおお!」
⸻
⸻
鬼族と、化した、元・妖精たちの、雄叫びが、森を、揺るがした。
⸻
⸻
⸻
「なあ、皆」
⸻
⸻
鍛錬の、合間、グランデルが——ふと、しみじみと、語りかけた。
⸻
⸻
「なんでやろな。この、鍛錬……なんや、"いつか、役に立つ"、いう、気が、して、ならんのや」
⸻
⸻
「気の、せい、かもしれんけどな」
⸻
⸻
グランデルは——空を、見上げた。
⸻
⸻
「まあ……いざ、田中や、この、世界に、危機が、迫った時は……ワシら、鬼族、総出で、駆けつけたる。それだけは……確かや」
⸻
⸻
「おおおおお!」
⸻
⸻
⸻
——そして、この頃、村では。
⸻
⸻
「田中さん、グランデルさんから、手紙が、来てますよ」
⸻
⸻
エリナが——そう、届けてきた。
⸻
⸻
「田中! 元気にしとるか! ワシら、最近、里で、鍛錬に、励んどってな。皆、随分、たくましく、なったで! いつか、見に、来いや!」
⸻
⸻
「鍛錬……? グランデルさん、急に、どうしたんだろう」
⸻
⸻
誠は——少し、首を、傾げた。
⸻
⸻
「元々、たくましい、方たちなのに、これ以上、鍛えて、どうするんでしょうね」
⸻
⸻
エリナも——不思議そうに、そう、言った。
⸻
⸻
⸻
その夜、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「グランデルさんから、手紙が、来た。里で、鍛錬に、励んでいるらしい。皆、たくましくなった、と。あの、豪快な、妖精族が、これ以上、鍛えて、どうするんだろう。まあ、グランデルさんらしい、話ではあるけど。じいちゃん、皆、それぞれ、元気そうで、何よりだよ」
⸻
窓の外、二つの月が、静かに、輝いていた。
⸻
まだこの時の誠は知らない。妖精族が——鬼族へと、変貌を、遂げ——理由も、分からぬまま、鍛錬に、励んでいることを。
そして——忍者の里、霧霊スライム族、そして、鬼族と化した、妖精族——それぞれが、独自の、古い、言い伝えの、"ざわめき"、に、突き動かされ——静かに、動き始めていることも——今はまだ、知る由もなかった。




