第101話「忍びの、ざわめき」
——ここは、深い、山の、奥に、隠された、忍者の、里。
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末広が、里を、後にしてから、幾日かが、過ぎた頃のことだった。
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「頭領」
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一人の、古老の、忍が——頭領の、元を、訪れた。
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「末広殿が、遺していった、暗号落語……あれを、幾度も、聞き返しておりました」
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「うむ」
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「あの、噺の、"調子"……妙に、我が、里の、古い、言い伝えと……重なるのです」
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頭領の、表情が——わずかに、動いた。
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「……あの、言い伝えか」
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「はい」
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古老は——埃を、被った、一巻の、古い、巻物を——恭しく、広げた。
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そこには——かすれた、文字が——記されていた。
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「いつの日か……"災い"、来たらん——」
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「天より……降りて——」
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「地を、焼き……人を、滅ぼさん——」
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「随分と……不吉な、言い伝えだ」
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頭領は——静かに、そう、呟いた。
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「先代からは……"戯言かもしれぬ。だが、決して、忘れるな"、と、だけ、聞かされておりました」
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「いつの、時代の、ものだ」
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「それが……はっきり、しませぬ。ただ……随分と、古い、ものであることは……確かかと」
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頭領は——巻物を、じっと、見つめた。
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「"天より、降りて、地を、焼く"……か」
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その、言葉の、意味は——分からなかった。
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雷か。天災か。あるいは——何か、別の、ものか。
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「頭領。この、言い伝えには……続きが、ございます」
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古老は——巻物を、さらに、広げた。
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「されど……救いは、ある——」
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「"ガン"、を、以て……これに、抗え——」
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「ガン……?」
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頭領は——その、一文を、繰り返した。
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「それは……何を、指す」
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「そこが……分かりませぬ」
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古老は——悔しそうに、続けた。
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「"ガン"、という、言葉だけが、遺されて……その、正体は……一切、記されておらぬのです」
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「武器の、名か。人の、名か。はたまた……何かの、術か」
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頭領は——深く、考え込んだ。
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「先人は……一体、何を、"ガン"、と、呼んだのか」
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長い、沈黙が——流れた。
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「頭領。この、言い伝え……ただの、戯言と……お思いですか」
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頭領は——静かに、首を、振った。
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「分からぬ。だが……末広の、遺した、噺の、調子と……妙に、響き合う。それが……気に、かかる」
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頭領は——静かに、命じた。
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「この、言い伝えのこと……そして、"ガン"、の、正体……密かに、調べよ」
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「はっ」
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「それと……末広の、恩人だという、あの、田中誠、という、男。あの、男の、周辺も……それとなく、見張っておけ」
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「田中誠を、ですか」
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頭領は——少し、遠くを、見た。
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「なぜか、分からぬが……末広が、あれほど、"何かあれば、力を貸す"、と、言い張る、男だ。何か……あるやもしれぬ」
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「承知、いたしました」
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こうして——忍者の、里は——古い、言い伝えと、末広の、暗号落語の、符合に、かすかな、不穏を、感じ取り——静かに、動き始めた。
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だが——それが、何を、意味するのか。"ガン"、とは、何なのか。
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それは——まだ、誰にも——分からなかった。
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——一方、その頃。
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そんな、里の、ざわめきなど、露ほども、知らない、誠は。
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「ふぅ……久しぶりの、村は、落ち着くなぁ」
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いつものように、のんびりと、店で、薬草を、すり潰していた。
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「田中さん、なんだか、平和ですね」
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「そうですね、エリナさん。しばらくは、ゆっくりしたいです」
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その夜、誠は、祖父のノートに、こう書き加えた。
「長い旅も終わり、久しぶりに、平和な日常が、戻ってきた。しばらくは、村での、商売に、専念しようと思う。じいちゃん、こういう、何気ない日常が、一番、幸せなのかもしれないな」
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窓の外、二つの月が、静かに、輝いていた。
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まだこの時の誠は知らない。忍者の里に、古くから、伝わる——意味の、分からぬ、不吉な、言い伝えが——今、静かに、掘り起こされ始めていることを。
そして——その、"ざわめき"、が——やがて、自分の、周りにも——及んでくることも——今はまだ、知る由もなかった。




