94話 再生師の帰省
長い車旅の末、天賦たちはやっとムーナ・ルイスに辿り着いた。白い壁に、紫に輝くドーム。湖に浮かぶ帝都は、何度見ても美しい。
「へえ、これが帝都か。すごいなぁ」
「炎砲くんは見るの初めてですよね」
「うん。綺麗だ」
再生師は自慢げに尻尾を振っている。自分の故郷が褒められて嬉しいのだ。
彼女は物覚えがいいのに、車内で尻尾を大きく振るなという言いつけはすぐに忘れる。
「ああ、早く家族に会いたい!」
再生師の笑顔は純粋だ。
彼女の口で今までの旅の出来事を話したら、間違いなくぶっ続けで一週間はかかる。顔も知らぬ彼女の家族を心配した。
「そうだ! 皆も来ないか?」
「え、オレらも?」
「ああ! ぜひ紹介したい!」
天賦はそれを聞いて、少し身構えた。
忘れていたが、彼女は富豪の娘だ。両親はかなり偉い人のはず。天賦のような言葉が拙い者が行って、失礼なやつと思われないだろうか。
その不安を再生師に伝えると、再生師はそれを笑い飛ばした。
「大丈夫だ! 父上も母上も寛容だからな!」
「この格好のままで大丈夫ですかね……」
「ああ! 何も問題ない!」
なお、ファティの表情から不安は消えない。呑気そうなカルメとは正反対だ。
「着いたらすぐに行こう!」
「え。すごくクタクタなんですけど」
「では夜になったら行こう!」
彼女に「次の日にする」という考えは無いようだ。ファティは辛そうに笑う。天賦たちは体力的に問題はないが、彼は別だ。
「ずっと運転してたから疲れてるだろ。夜に行ったら迷惑になるし、やっぱり明日がいいよ」
「え、炎砲くぅん……」
ファティは手を合わせて炎砲に縋った。こういう場で、炎砲は少数派の肩を持ちがちである。
迷惑にはならないが、と再生師は首を傾げていた。
「んー、じゃ、明日にすっか」
「ん」
「そうか……。」
再生師の尻尾の先が下がる。分かりやすい。
「そういえば、えっと……ディソンさんとディービさん、だっけ。にも会いに行くのか?」
「どうだろうな、この時期は魔獣の研究家の学会で忙しいかもしれん。」
「そういや、あの青い方はそんなんだったなァ」
あれだけの本を書いているのなら、その道でも有名な研究家なのだろう。天賦は「学会」というものがどんなものなのか知らないので推測するしかないが。
天賦の腹が鳴る。そういえば、昼食はまだだった。
「お腹減った」
「私もムーナウーヴァの料理が食べたいと思っていたところだ!」
「ムーナウーヴァの、料理……」
天賦は前に食べた海鮮のシチューを思い出す。濃すぎる味付けを、舌がまだ覚えていた。
「ファティ、作って」
「ええ、い、今疲れてるって話をしたばっか……」
「嬢ちゃん、酷だねェ」
店で食べればいいじゃないか、と再生師が不思議そうに言う。ムーナウーヴァの料理全部がああではないのかもしれないが、博打はしなくない。
「じゃあ、炎砲作って」
「仕方ないなあ」
「だーから甘やかすなっての」
甘やかされることの何が悪いと言うのか。優しくしてくれるなら、その優しさを素直に受け取ることこそが誠実さだと天賦は思う。
「おすすめの店があるのに……。」
再生師は唇を尖らせた。そんな彼女を見かねて、炎砲が折衷案を考える。……やはり、彼は甘いかもしれない。
ファティは既に、車の中で寝る姿勢を整えていた。
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「——おお! 我が愛しい娘よ!」
恰幅の良い男性が再生師を抱きしめる。再生師も、笑顔で腕を広げていた。
しっかりと休息をとって、次の日に天賦たちは再生師の家を訪れた。まさか、前々から豪華だなと思っていた建物が丸々彼女の家だとは思わなかった。
「皆様が、娘のお仲間ですね? いつも娘がお世話になっております」
「い、いえいえ……!」
ファティは何度も何度も頭を下げた。天賦とカルメは一度だけ、浅く頭を下げた。
再生師は順々に天賦たちのことを紹介する。"相棒"の紹介が漏れていたのでそのことを口にすると、カルメに軽く頭を叩かれた。
「父上、早く私の話を聞いてください!」
「聞いたよ、呪源を3体も斃したのだろう? 我が娘以外には成し得ない大快挙だ!」
そう言って、再生師の父は彼女の体を持ち上げた。と言っても、足先が少し浮いただけ。再生師には重い尻尾がついているから仕方ない。それでも持ち上げようとする彼の心理は、天賦には分からない。
再生師の父はふうと息をついて、持ち上げるのをやめて天賦たちに向き直った。
「ささ、立ち話もなんですから、どうぞこちらに」
それから、天賦たちが案内されたのは客間だ。——客間だというのに、走り回れるくらいの広さがある。豪華に装飾された部屋を見て、天賦は再生師がとんでもないお嬢様だということを再認識させられた。
「あら、レ——私のお花ちゃん。帰ってきたのね」
「母上!」
上品に扇を持った女性は再生師の母だと言う。再生師の姉かと思うほど若々しかった。再生師の頬を撫で、優しくハグをする。
「姉上は帝城ですか?」
「ルウカは陛下のお付きでソエルソスに。もう少し早かったら家族で集まれたのだけれど、またの機会ね」
ルウカ、というのが再生師の姉の名前らしい。いくら天賦でも「陛下のお付き」というのがどれだけ偉い人間なのか理解できる。
ぼうっとその光景を眺めていると、カルメと炎砲が天賦に顔を近づけてきた。
「姉ちゃん、愛されてんなァ」
「いい家だな」
天賦は家族というものに馴染みがなかった。今まで見たことのある家族はディソンとディービくらいである。あと——直接会ったわけではないが——シュルトカの家族。
ちらりとファティの方を見ると、彼は先ほどの緊張した様子ではなく、何か遠いものを見るように微笑んでいた。
「皆さん初めまして、彼女——「再生師」の母です。いつもお世話になっております」
「こ、こんにちは」
再生師から聞いた話だと、彼女の家系は代々【再生】を扱うらしく、正しく言えば彼女の両親も「再生師」ということになる。ここまで彼女の家が裕福なのはその珍しい魔法を使えるからだろう。
「さ、私のお花ちゃん。どうか旅のお話を聞かせて?」
「ええ、勿論!」
それから再生師の——長い、長い、長い話が始まった。覚悟はしていたが、やはり辛い。ソファのクッションはふかふかなので座り疲れることはないが、瞼が下がりそうになる。何度もカルメに小突かれた。
彼女の両親は、なんと、ずっと楽しそうに話を聞いていた。時折笑い、時折涙を流し、再生師の話に一喜一憂している。家族だからちゃんと話を聞けるのだろうか。
やっとクェンターレの話が終わってひと段落した、と思ったらすぐにガフタの話が始まった。天賦は途中から"相棒"のことをいじくり回していた。だって、経験したことをもう一度聞くのはつまらない。
そして、日が落ち始めて、何十杯目かの果実水を飲み干した時、やっと再生師が口を止めた。これでもかなり要約した方かな、と天井を見上げる。
「うう、そんな大変な旅を……!」
「そんなにたくましく育って、とても誇らしい……!」
再生師の両親は号泣していた。
そんなに感動できる話があったかな、とメイドから新しい果実水を受け取った。晩御飯が食べられなくなるぞ、と炎砲に注意される。
「私は、彼女たちの協力がなければ呪源討伐など成し遂げることなど不可能でした。友に恵まれ、私は実に幸運でした!」
「本当にありがとうございます!」
「娘にいいお友達ができて良かった……!」
お友達、という表現で合っているのだろうか。友であることには変わりないが、なんだか複雑な気持ちになる。炎砲は泣きぼくろを掻いて笑い、カルメは曖昧な返事を返していた。
「あら、もうこんな時間!」
「良かったら、夕食をご一緒しませんか? 長旅で疲れたでしょう」
「それはいいですね! なあ、天賦!」
うん、と言いそうになって言葉を飲み込んだ。いくら富豪といえど、料理は同じような味付けなのではないかと。しかし、ここで断れるほど天賦は豪胆ではない。
「えっと……」
「いいぜェ。ゆっくりしたいし」
天賦が何かを言う前に、カルメが了承してしまった。
せめて薄味で、と再生師にこっそり耳打ちをした。彼女は大きな声で「把握した!」と言う。静かにしてほしい。
出てきた料理は、豪華絢爛そのものだった。色鮮やかで、まるで王様の食卓みたいだ。よく分からない果物がボウルの中で光っている。
「さ、遠慮せず食べてくれ!」
「あ、ありがとうございます」
天賦は恐る恐る米の料理に手を伸ばす。普通なら味付けが濃すぎて3口以上食べられないが、ここはどうだろう。
スプーンですくい、それを食べると——
「あ、おいしい」
味付けはムーナウーヴァのものより薄めだ。——薄めと言っても、普通くらいなのだけれど。
天賦が事前に言っておいたのが良かったのか、それともただ単に料理人の腕が良いのか。
「おいしいって、こんなトコで出される料理なんだから当たり前だろ」
「カルメ……」
安心して、天賦はいつものペースで食べ始める。あまりにいい食べっぷりに再生師の両親が大きく笑った。横から炎砲に口を拭かれる。
「カルメ様、本当にいいのですか?」
「あー、オレ、ちょっとした理由でマスクを外せないんだわ。わりィな」
そろそろ、カルメがものを食べない納得できる理由を考えるべきかもしれない。どんな機会でも手をつけないのは不自然に見える。
あと、言葉遣いについて。
「それで、これからはどうするんだ?」
「呪源退治の旅を続けます。」
2人は驚いた顔をした。
「3体も斃したのに、まだ続けるのか?」
「全てを斃しきることが私たちの目的ですから。」
再生師の両親は3体斃したことが十分だと思っているようだ。それでは"相棒"を救うことはできない。もし、天賦の目的が有名人になることだったら満足したかもしれないが、そうではないから。
「だが、ロジャヴェルズ以外の呪源は知らないな」
「そうね。どこにいるのか……」
たくさんのことを知っているであろう2人も、その知識は持っていないようだった。位が高い人ならあるいはと思ったのだけれど。
「まァ、世界回ってればいつかは、な」
「まだまだ長い旅になりそうだ。いつでも帰ってきていいからな」
「ええ。」
再生師は上品に肉を切り分ける。こうして見ると、今彼女が天賦と共に旅をしているのが不思議になる。本来であれば違う世界に生きる人間だ。
黙って食べ進めていると、無表情でいるファティが目についた。ガフタの祭りの時と同じように、あまり食が進んでいない。再生師たちが談笑している様を黙って眺めている。
「ファティ」
「え、あ、はい」
「もしかして、お腹痛い?」
よく炎砲に聞かれる言葉だ。屋上で寝ていると「お腹が冷えるぞ」と言ってブランケットを持ってくる。何かとすぐにお腹が痛くないか訊ねてくるのだ。それか車酔い。
「いや、全然大丈夫ですよ」
「じゃあ何してたの」
ファティは、まるで天賦の方がおかしなことを言っているかのようにきょとんとした顔をした。
「……あ、ああそうか、俺、ずっとぼーっとしてましたよね。そりゃ変に見えるよな」
ファティはうなじを掻いた。
「なんとなく、いいなと思って」
「何が?」
「……はは、なんでしょうね」
ファティはいつも通り、はぐらかすように笑ってから料理を口に運んだ。
「美味しいですね、とても」
「……うん」
前はそんなことなかったのに、今では、ファティが何を考えているのかよく分からない。何かを企んでいるとか、そういうことではないけれど、今までよりも彼の輪郭がくっきりと見えるようになったというか。
「ああそうだ、よかったら皆さん、うちに泊まっていきませんか?」
「おお、良い提案だ! 天賦、どうだ?」
再生師が目をきらきらさせて聞いてきた。こんな豪華な場所で寝泊まりすることなんてそうそうない。それに、彼女がどんな場所で育ってきたのかも気になったから、天賦はすぐに頷いた。
「それに、皆に家の中を見せたい! 私のお気に入りの場所がたくさんあるんだ!」
「見せて回れるだけの家って……」
「すんげーね」
もし、天賦の闘技場の時の「家」に案内したら一瞬で探検が終わるだろう。なんせ一室しかない。
この家は外から見た時もかなり広大に見えたから、その内装を見て回るとなるととても時間がかかるだろう。再生師の説明も付け加えれば、さらに。
「食べ終わったら案内しよう!」
「はは、ありがとうな」
テーブルの上の料理はどんどんと減っていく。
彼女の自宅ツアーに着いて行って、寝るのはどれくらいの時間になるかな、と考えていた。




