92話 広い空の下
——次の日の朝。祭りの喧騒は落ち着いて、後片付けもほぼ終わっている頃、天賦たちは術力車の周りに集まっていた。
天賦はずっと腹が膨れている。もはや何で満腹になっているのかさえ分からなかった。
「あ、あの、本当に今日出るんですか?」
「うん。なんで?」
「だって、まだ行きたいお店とか沢山あるし……」
ファティはごにょごにょと何かを話す。天賦的には呪源を斃して、ここに留まる理由がなくなったからすぐに旅に出発したいところだった。
「ま、呪源退治が終わったらまた来ればいいだろォ」
「いつの話ですか、それ」
再生師は尻尾を使って、術力車に荷物を運んでいる。小脇にはぐったりとした炎砲を抱えていた。
「どうしたの、それ」
「子供と遊び疲れたそうだ。」
「いや、なんで抱えてんのって話だろ」
カルメは炎砲を指す。そして、再生師はようやく質問の意味を理解したようだった。
「ああ! こうしたら移動しなくても良いし、いい休憩になるだろう?」
「普通に何言ってんの」
「寝かせてあげた方が休憩になると思いますけど」
再生師は首を傾げる。いつも戦闘訓練で炎砲を抱えて移動していたから、それが癖になってしまっているのかもしれない。特に天賦にとって困る事はないので、それを治す必要はないだろう。
「炎砲くん、ホットミルク飲みます?」
「う……じゃ、貰おうかな。ありがとう」
炎砲は再生師に抱えられたまま、ファティにホットミルクを飲まされる。側から見れば意味がわからない光景だ。——側から見なくてもおかしい。
普通なら「自分で飲んでくださいよ」とでも言いそうなものだが、ファティは天賦たちより炎砲に少し甘い気がする。
「食料とか諸々入れたし、もう準備万端? これで完璧ダイジョーブ?」
「うん。大丈夫。問題なし」
「嬢ちゃん、確認せずに問題ナシって言うなよなァ」
軽く頭を叩かれた。どうせ確認しても忘れるものは忘れるんだし、とっとと出発したいと思っていたのに。
「その、本当の本当にアマツに行くんですか?」
「今は手当たり次第に探すしかないからな。」
東の国、アマツにも楽園教が出没したという情報があった。そうでなくとも情報が無い呪源を探さなくてはならないのだから、しらみ潰しに世界を回るしかない。
「言語が不安だなぁ……再生師さんやカルメさんはともかく、天賦さんと炎砲くんが困ると思うんですけど」
「それは任せる。言葉は苦手」
「挨拶くらいは勉強しとけ」
アマツに行ったことがあるファティに、大体の言語は取得している再生師、なぜかどの言葉も話せるカルメがいるから天賦が頑張らなくてもいいと思うのだけれど。
「ったくよォ、200年もあったら呪源の位置くらい特定しとけよなァ」
「すごく小さいとか」
「隠れてるとかか?」
もしロジャヴェルズが"勇者"なら、発見できていない呪源は魔術師チュリマーと白魔術師アベンだ。
楽園教が関連しているであろうチュリマーはともかく、アベンのヒントは皆無である。アマツでそれなりの情報が得られればいいのだけれど。
「出る前にセンセーに会いに行く?」
「そうだな、とても世話になった。」
呪解者の助けがなかったらカローラ・フェンを討伐することは不可能だっただろう。何かお礼の品を送った方がいいかな、とファティは頭を悩ませていた。
そう思っていると、呪解者の屋敷の方角から歩いてくるとりわけ背の高い羊の獣人がいた。それと、バケツを首から下げたメイド。そこに狼の獣人の姿はなかった。
タムチルーナとミェルは天賦たちの前に来ると、姿勢を正して頭を下げた。
「あっ、わざわざありがとうございます」
「呪解者殿はどちらに?」
「本日はどうしても外せない用事がありまして、申し訳ございません」
外せない用事、と天賦が首を傾げると、カルメは納得した様子で腕を組んだ。天賦には想像つかない。
「改めて、カローラ・フェンを斃してくださり、本当にありがとうございました」
「ん」
再三言われるともはや慣れた。最初は丁寧に感謝を告げられてむず痒い気分だったが、今はそんな気はしない。
「えーっと、オレらに用事?」
「いえ、お見送りも無しというのは救世の英雄である皆様に失礼ですから」
「救世の英雄って……」
英雄と言われるのはちょっと嬉しいが、それは小っ恥ずかしい。天類は髪をいじくった。
「本当に! ありがとうございました!」
「あれ、ミェル、呪源斃すの嫌じゃなかったの」
「いえ! みなさんのおかげでとてもご機嫌な主様が見れたので! 尻尾を3回も揺らす姿なんて初めて見ました!」
ミェルは満面の笑みだ。尻尾が3回揺れて、それだけで上機嫌に見えるなんて、普段はどれだけ感情の起伏が無いのだろう。タムチルーナは不機嫌そうだ。
「羽人。先生のことをべらべら話さないで下さい」
「嬉しいことの共有はいいことじゃないですか! 見逃したことがそんなに悔しかったんですか?」
「……チッ」
相変わらず、2人の仲は険悪そうである。タムチルーナとミェルの間だけ、気温がいっそう低いように見えた。
「ゴホン……それで、これからどちらに?」
「アマツに行こうと思っている。」
「アマツですか。あまり呪いの研究が進んでいない国ですね」
ファティから聞いた話だと、アマツの一部の人間は呪われた瞬間に「ハラキリ」をするらしい。そういう文化、と彼は説明していたが、天賦には理解しかねる。
「ずっと呪源を追っていらしてたんですよね? たまには観光も兼ねて行くのもいいと思います!」
「観光……それもいいですね」
天賦的にはさっさと呪源を斃したいから、観光なんて二の次でいいのだけれど。ファティやミェルの考えることはよく分からない。
話しているうちに、天賦たちの周りにガフタの住民たちが集まってきていた。旅立ちを見送りに、朝早くからわざわざ顔を出してくれたようである。
「またいつでも来てなー!」
「たらふく食わせたるわ!」
わあわあと絶え間なく声が響く。天賦はかっこよく見せるために、ちょっとだけ胸を張った。
「また遊ぼなー」
「次せんせえごっこしよー」
「あんなー父ちゃんがなー友達にはなーお花送ったほうがええゆーててなー」
炎砲は子供たちから花を模したクッキーを受け取っている。やっぱり、結局誤解は解けなかったようだ。
「ああ、うん、ありがとうな……」
炎砲は戸惑ってはいるが、やはり嬉しそうだった。年下が好きなのか、それとも。
「おーい!」
遠くから、ぶんぶんと黒い手が振られている。天賦がよく目を凝らすと、そこにいたのは鍛冶屋の猫っぽい獣人だった。片手に何かを持っている。
「あーアカン、これ以上進めへん……」
「ちょい貸し! ワイがやったるわ」
その獣人は人混みの中でもう1人の獣人に左手で持っていた何かを渡した。すると、シュッとしたマズルを持つ犬の獣人はそれを振りかぶり、天賦に向けて投げてきた。
「わっ」
それを空中でキャッチする。
天賦の手に握られたそれは——赤い装飾がなされた、大きなハルバードだった。
「アホ! 危ないやろ!」
「人に当たったらどーすんねん!」
「ハルバードをデリバード」
つまらないギャグを言った獣人が囲まれて叩かれる。一体これはどういうことだ、とその武器を眺めていると、猫っぽい鍛冶屋が声を張り上げて言った。
「それで呪源斃してや! うちのこと宣伝したってなー!」
「あ、ありがとー」
天賦も遠くに向けて声を出す。獣人はグッドサインを作った。まさか、こんな良い武器を天賦にくれるとは思わなかった。天賦は嬉しくなってそれを宙に振り回す。危ないからとカルメに注意された。
「いつでもお越しになって下さい。街を上げて歓迎いたします」
「ドーモ」
カルメはひょいとフランクに頭を下げた。毎回こんな大勢に囲まれるのは緊張してしまうから控えてほしい。再生師はそういうのが好きそうだが、天賦は苦手だ。闘技場くらいの距離感なら緊張しないのに。
「えっと……じゃあ、動かしましょうか?」
「ああ、そうしてくれ!」
天賦たちは術力車に乗り込む。
短い期間だったが、ガフタの人々に愛着が湧いた。料理も美味しいし、雰囲気もいい。また時間ができたら来てもいいかもしれない。
多くの声に送られながら、術力車が動き出す。
再生師は身を大きく乗り出し、住民たちに笑顔で手を振り続けていた。人の注目を浴びる彼女は輝いて見える。
街の影が遠くなって、人々が見えなくなった頃、ようやく彼女は中に戻った。顔が真っ赤なのは興奮からなのか、それとも寒さからなのかは分からない。
「いやぁ、いい国だったな!」
「そうですね、色んなことがなければもうちょっと滞在したかったんですけど」
呪源退治をしなければいけないのだから仕方がない。今や、残る呪源は3体だけになったのだ。ただ、ここから手探りでいくしかないから大変になる。
「最後に、呪解者さんに会いたかったな」
「用事ってなんだろ」
カルメは何かを理解した様子だったが、天賦は知らない。その疑問を口にすると、ようやく鳥に戻れたカルメがちゃかちゃかと足音を立てて天賦の側まで移動してきた。
「呪いだよ、呪い」
「え?」
カルメは羽で頭を掻く。
「センセーの呪い、簡単に言うと死ぬ日と死なない日があんだよ。今日が死ぬ日だから外に出なかったんだろ」
「そうなのか、ずっと死なないんだと思ってた」
死ぬ日がある、と言っても、それは全ての人間がそうなのだからそこまで徹底しなくてもいい気がする。それ以上の理由があるのかもしれないが、天賦はそこまで深く知りないわけじゃない。
「それにしても、色々知っちまったなァ」
「魔王の右眼に、楽園教に……ここまで多くの情報を提供してくれるとは。」
"相棒"を見る。
ここに来て、"相棒"と「聖剣」を重ねるようになった。どんな呼ばれ方であろうと、"相棒"が相棒なことには変わりないが。
——だよね、"相棒"?
頭の中で、自身の声——"勇者"の発言が再び鳴る。
"勇者"も、聖剣のことを「相棒」と言っていた。自分と"勇者"が重なり、心がざわざわとする。
まるで、自分と"勇者"につながりがあるような——
「——嬢ちゃん?」
カルメの声で現実に帰ってきた。
自分は何を考えているんだ。200年前の人間と自分に繋がりなんてあるわけがないのに。
「なんでもない」
「そうか? ならいいけどよォ」
グリップを握る。天賦の癖だ。
「それで、ここからどのような道を通るんだ?」
「とりあえずムーナウーヴァに行って、そこからひたすら東ですかね」
ファティから聞いた話だと、ガフタからそのまま東に行くと「セン」と言う国に着くらしいが、ファティはセンに行ったことがないので安定したルートを通るらしい。
山が続くので、術力車では向かないそうだ。
「世界を回っているのにセンには行ったことがないのか。」
「あそこらへん、強い魔獣多いので……」
この世には天賦の知らない魔獣がたくさんいる。全て魔物のように弱点が同じならいいのにな、と魔物の姿を想像した。
「てか謎だわ。なんでそんな端っこの国まで行ったコトがあンだよ」
「あ、あはは……」
ファティは笑ってはぐらかす。またこれだ。
「あ、それより受付閉めてくれせんか。寒いので」
「ああ、寒かったよな、ごめん」
炎砲は受付の窓を閉める。寒さがいくらかマシになった。天賦もカルメのような羽毛が欲しいところである。
「早く雪獣来ないかな。これ使いたい」
天賦はハルバードを握りしめる。はやくこの斬り心地を実感したい。再生師は快活に笑い、ファティは苦笑いをした。
「まあ、心強いんですけど、ですけどね……」
「はは、早く来るといいなあ」
「だから兄ちゃん甘いっての」
片手でモーニングスター、片手でハルバードを持つのもいいかもしれない。凄まじいリーチの誕生だ。
着々と集まってきた武器に、天賦は闘技場のような感覚を覚えて懐かしくなった。
「しかし、少し時間が欲しいな! 私の尻尾の先が溶けてしまった。」
再生師は「サマルエルムの涙」によって、尻尾の先が元よりも鋭く、細くなっている。これはこれで強そうだが、多様な使い方はできないだろう。
「それってどのくらいで戻るんだ?」
「1ヶ月か、2ヶ月か……それくらいだな。」
おっと、と言って再生師は爪が少し赤くなった指を切り落とした。彼女に必要な行為ということは理解できるのだが、急に自分の体を落とすのは怖いからやめてほしい。
「アマツにはすぐには着かないですからね。時間はたくさんありますよ」
「また、長旅になるなァ」
カルメは羽を広げて寝そべった。天賦も同じようにする。背中が冷たい。
これからは白い息をつくこともなくなるだろうな、と思い、天賦は大きく口を開けて息を吐いた。
これで4章完結です。
ここまで読んでくださってありがとうございます!




