91話 食べて騒いで
「それじゃ、カローラ・フェン討伐と、それを成し遂げた天賦さんらに——」
——乾杯!
街は大賑わいだ。
天賦たちの前には沢山のご馳走が並び、腹の減る匂いを漂わせている。天賦でも食べ切れるかどうかわからないくらいの量だ。
「天賦、これは凄いな!」
「うん、すごい」
炎砲に目をやる。彼は八重歯を覗かせて微笑んだ。
「もう食べていいぞ」
「やった!」
天賦は大きな鳥の肉を手に取って、勢いよくかぶりついた。パリパリの皮がとてもおいしい。
「なんか、真っ先に鳥肉食われるとフクザツな気分になるよなァ」
「共食い、駄目だった?」
「共食いではねェけど、気持ちの問題だよ」
カルメはグラスに入った果実水を揺らした。こんなご馳走を前に眺めることしかできないなんて、天賦はカルメに同情した。食べる手は止めない。
ここに来る前はサマルエルムのこととか、楽園教のこととかをぐるぐると考えていたが、飯を見たらそんな考えが失せた。カルメの言う通り、楽しむときは楽しんだほうがいい。
「じゃんじゃん食べえや! 腹一杯にしてな!」
「ああ、感謝する!」
食べている途中にも、テーブルに皿が増えていく。そんなに用意されても食べ切れるかわからないから、皿が大体片付いてから新しい料理を持ってきて欲しい。
どこからか、天賦たちのことを歌った曲が聞こえてくる。吟遊詩人が早速作詞作曲したのだろう。こうして聞くと恥ずかしいから、もう少し遠くで演奏してくれないかな、と天賦はスープを飲みながら思った。
「天賦さん」
「天賦さーん」
すると、天賦たちの近くに子供が駆け寄ってきた。まだ尻尾がとても短い。棒切れを持って、わくわくした瞳で天賦を見つめてくる。
「お話聞かせてー」
「どーやってたおしたん?」
おしえてー、とわらわら群がってくる。天賦は子供にどうやって話しかければいいか分からないから、意味のない音を壊れたように発するしかできなくなった。
「ほら、俺が話してやろうか?」
そんな天賦を見かねてか、席から降りて炎砲が子供たちに話しかけた。
「子供だー」
「なんで子供おるん?」
「英雄ごっこするー?」
炎砲が苦笑いをする。炎砲は彼らより少しだけ高いくらいの身長なので、そう勘違いされても仕方がない。年上っぽく話しかけたのに、それは無意味だったようだ。
「いや、俺は……」
「あっち大人いないで」
「名前なんて言うん?」
「あんなー母ちゃんがなーぼくになー呪源たおすなんて無理やゆーててなー」
炎砲は子供たちに手を引かれて彼らの遊び場に連れて行かれてしまった。目をぱちくりとさせて、なされるがままに人ごみの中を通り抜けていく。
「大丈夫かな」
「ま、終わる頃には帰ってくるだろ」
あの様子だと誤解は解けないだろう。頑張って子供らしく振る舞ってもらうしかない。
気を取り直して、天賦はパンを頬張る。
しばらくして、再び天賦たちの前に影が現れる。
さっきとは打って変わって、背の高いその獣人は尻尾をそわそわと揺らしながら身を縮こまらせていた。
「あっ、あの!」
「うん」
「あっ、あああ、握手してください!」
ばっともふもふの手が伸ばされる。天賦は素直にそれを握った。こう見えても、天賦の方が握力が強い。
「わぁ、あ、ありがとうございます!」
「ワイも!」
「ウチもお願いします!」
あっという間に行列ができる。
これに全て答えていたらゆっくり食事なんてできない。手がもう一つあればな、と空想する。
「どうしよ」
「では、私が応えよう!」
再生師は胸を張り、尻尾をブンブン振りながら立ち上がった。やはり、彼女の姿はその赤い尻尾を加味しても英雄然としている。
「みんな話聞きたがってんです! もし良ければ、その時のお話を……」
「勿論、私が一から百まで語って見せよう!」
おおっ、と歓声が上がる。デジャヴだ。
再生師は天賦に目を瞑り——恐らくウィンクをしている——獣人たちの中心に行って高らかな声で話し始めた。
「いつも通りだね」
「好きなんだろ、ああやって話すの」
天賦では一生再生師のように話すことはできないだろう。あんなに大勢の目に囲まれて楽しそう顔をできるのが凄い。素直に尊敬する。
「カルメ」
「ンだよ」
「なにか思い出した?」
カルメは呪源との戦いの度に何かを思い出している。今回、何か決定的な記憶を取り戻していないかなと思って聞いた。しかし、その予想は外れたようで、
「んー、ろくなモンじゃねェな。人間の国をバカスカ襲撃しまくった感じの、そんなんだな。オレが悪いヤツだってコト再認識させられただけ」
元々魔王の逸話として語られていたものだ。カルメがそういうのなら、実は魔王は良いやつで、というのも無いのだろう。ますます、どうしてそんなことをしたのか謎が深まる。
なんとなく、あの"勇者"の夢を思い浮かべていた。
「なんでそんなことしたと思う」
「オレが聞きてェわ」
カルメは喋るし、天賦より賢い。
魔王がただの魔獣なら人間を襲いまくったのも、ただ獣だからと説明がつくが、カルメはそうではない。世界を滅ぼすに至った理由があるはずだ。
それが何なのか、カルメが思い出して良いことなのかは天賦には分からない。全て思い出して、それから魔王に豹変したらどうしよう。カルメの性格を思うとそんな心配はいらないような気もするが。
「思い出しても、人間襲わないでね」
「ハイハイ、約束するよ」
カルメがそう言って小指を出したので、天賦はそれを手で握った。
「何握ってんの。指切りだよ指切り」
「知らない」
「聞いたコトないワケ? ゆーびきーりげーんまーんって」
天賦は頷く。カルメはマスクを掻いた。
「ま、とにかく約束ゴトする時は人間はこうやんだよ。小指出せ」
「ん」
互いに指を合わせる。カルメはそれを上下に軽く揺らした。これが正しい約束の仕方なのだろうか。なら、天賦は初めて人と——鳥ではあるが——約束をしたことになる。
「ハイ、約束した」
「絶対ね」
「わーってるってば」
カルメが魔王に戻る、その日が来ないことを願う。
天賦が食事に目を戻そうとした時、再び来客の姿があった。またか、と少しうんざりしながら顔を上げると、そこには兵士がいた。彼らは天賦ではなく、カルメを見ている。
「失礼します、カルメ様ですね」
「おん」
「楽園教についてお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか」
カルメは心底面倒くさそうな声を出した。
彼は楽園教に狙われているし、何か有益な情報を持っていると思ったのだろうか。
「市民のためです。どうかお願いします」
「しゃーねーなァ。手短に済ましてくれよォ」
外すわ、と言って、カルメも席から離れた。
天賦の周りは少し静かになる。やっと、天賦の食事を邪魔する者がいなくなった。
そうして、新しく肉を食べようと思ったが——天賦は自らその手を止めた。
席に残ったのは天賦と、そして、ファティである。
彼は俯いて、料理に手を伸ばしていない。てっきり、このような場で1番目を輝かせるのは彼だと思っていたが、何かを考え込んでいる様子だった。
「……ファティ?」
「……え、あっ、はい、なんですか」
ファティはずっと、この祭り中は上の空だった。返事も曖昧だし、どこでもない所を眺めて口を少し開けている。
「何考えてるの」
「……あ、ああ。いや、大したことじゃないですよ」
ファティは耳に手を伸ばしそうになって、それを首に置いた。銀の耳飾りが雪を写している。
なんとなく、天賦はそれに指が伸びた。そこに理由はない。ただ、本当に、なんとなくだった。
——その、「なんとなく」で伸ばされた天賦の手は、明確に意思を持ったファティの手に払われることになる。
「え?」
「……あ」
ファティは、考えるより先に体が動いたような様子だった。自分の手を見て、それから口を抑える。
「ごめん、やだった?」
「あ、すみ、すみません。つい……いや、天賦さんが嫌だったわけではないですよ、断じて」
わたわたと手を動かす。それはいつものファティの姿のようで、どこか違和感があった。
「それ、どんな魔道具なの」
「これは……えっと、ま、魔力とか、そんなとこです」
その説明では全く分からない。暗に、聞くなと言っているのかもしれないが。
——よく考えてみると、天賦はファティのことをよく知らない。
なぜ料理の腕があるのに世界を放浪しているのか。
なぜ術力車なんて持っているのか。
なぜ耳飾りのことを隠したがるのか。
なぜ、サキュバスの肉を食べて激怒したのか。
もしかしたら、仲間の中で1番素性がわからないのは彼かもしれない。行商の生まれ、ということしか。彼は目を逸らしてはぐらかすばかりだから。
いくら聞いても答えてくれない。少し強引に迫れば半泣きで要望に応えるような人間なのに、それらのことに関しては何も話してくれないのだ。
「ファティ」
「はい」
「旅、もう終わりでいいよって言ったら、どう思う」
ファティは天賦とカルメが無理やり同行させている。ガフタに来る途中、彼は旅においての自身の存在意義がなくなることを恐れていた様子だったが、それがなぜなのか天賦には分からない。
単に天賦たちのことを好いてくれているのなら、あれらのことを話してくれてもいい気がしたから。
「……俺は」
ファティは遠くを見た。
「できれば、みなさんと一緒に旅をしたいです」
「本当?」
「本当ですって!」
大きな声を出したことに気まずくなったようで、ファティは控えめな咳払いをする。
「その、具体的には言えない、というか、表現できないんですけど、俺はみなさんのお陰で色々助けられているので」
「どういうとこ?」
「だから、上手く言えないんですよ……」
ファティはトントン、と指でテーブルを何度も叩き、それから水を一気飲みした。
「なんというか、1人でいなくても怖くなくなった、というか」
「え?」
天賦はその言葉を不思議に思った。
普通なら、1人でいる方が怖い。"相棒"がいなくなったあの時、天賦は本気で孤独に震えたから。
なのに、ファティは1人じゃないのに怖くない、と言ったのだ。一瞬、聞き間違えかと天賦は自身の優秀な耳を疑った。
「ファティ、人嫌い?」
「……どうでしょう。人嫌い、の部類に入るんですかね。俺はただ、人よりパーソナルスペースが広いだけだと思うんですけど」
難しい言葉を出さないでほしい。もっと簡単な言葉で表現してくれないものか。
「最初、よく乗せてくれたね」
「あれはほぼ脅しだったじゃないですか。それとこれとは別ですよ……」
そこまで話して、天賦はようやく、ファティと2人きりで話していることに気がついた。思い返せば、こんな機会は滅多になかったような気がする。
「ファティってどうやって生きてきたの」
「どうやって、って……」
ファティはうなじを掻いた。
「……普通ですよ。普通に、育って、普通に職を得て、普通に今に至ります」
まただ。
具体的な経歴を話さない。
「もっと、詳しく」
「詳しくって……そんな、天賦さんが聞いてもつまらないと思うなあ。何も面白いことはないですよ」
それほど話したくない何かがあるのか、それとも天賦を信用していないのか。後者の可能性はほとんど無いと思うけれど。
……ただ、先程ファティの耳飾りを触ろうとした手を振り払われたばかりだから、完全に無いとも言い難かった。
「なら、いい」
「ちょ、拗ねないでくださいよぉ……」
ファティはおろおろと天賦の顔を覗き込む。ただ、いつまで待っても話してくれないような気がして、天賦は少しいじけた。
「名前も教えてくれなかった。ファスタイア」
「あ、あれは訂正しようにもできなくて、うぅ……」
ファティはさらに俯いた。30というには態度が若すぎるような気もする。逆にサバを読んでいるんじゃないかとさえ思った。
「おうおう! 楽しんどるかぁ!?」
「わぷ」
「うぇ!?」
突然、後ろから肩に腕が乗っかった。
横を見ると、それは「銀の鐘」の店主である牛獣人の男だった。
「あ、はい、こんなに用意してくださってありがとうございます」
「何言うとるんや、兄ちゃん全然食ってへんやないか!」
もっと食え、とファティの口にパンが無理やりねじ込まれる。もが、と苦しそうな声を漏らしていた。
「やー、鐘もなんやかんや無事に帰ってきてホンマ助かったわぁ! あんがとな、天賦さん!」
「うん」
店主は上機嫌だ。彼の後ろから、犬獣人のウェイトレスがさらに料理を持ってくる。そろそろやめてくれと言うべきかもしれない。
早く3人帰ってこないかな、と辺りを見回すが、炎砲は子供とのごっこ遊び、再生師は演説中、カルメは兵士と会話を続けている。もう少しかかりそうだった。
「ファティ、なるべくこれ減らす」
「ええ、大丈夫かな、俺の胃袋……」
結果、ほとんどの料理を天賦が食べて、ファティは天賦の半分もいかない量でギブアップした。




