90話 黒い影、白い影
次の日、天賦たちは呪解者の屋敷を訪ねた。建物の中は使用人たちが慌ただしく行き交っていて、何かの後処理をしている様子だった。
あの後、天賦はカルメたちから屋敷で何があったのかを詳しく聞いたので、信者たちに盗まれた物がないかをチェックしていたりするのだろうな、と推測した。
「——というわけだ。」
再生師が呪解者にカローラ・フェンを斃したいきさつを話し終わる。既に立ち疲れた。
「——改めて、カローラ・フェンを討伐してくれたことに感謝しよう」
「そうそう。オレら超頑張ったからな」
「カルメさんってば……」
どのみち、天賦たちには呪源を斃す以外の目的などないのだから、こうやって感謝されるとむず痒い。天賦は少しだけ頭を下げた。
「タムチルーナ」
「はっ」
タムチルーナは一度下がり、そして焦茶のトランクを持ってきた。それを机の上に置き、開ける。
その中に入っていたのは——大量の金貨だ。
「え!?」
「カローラ・フェンを斃した報酬だ。受け取れ」
「わあ、すご」
びっくりするくらいの、天賦がそんな薄っぺらい感想を述べるくらいの量だ。しばらくファティも働かなくていいだろう。それを見て、恐る恐る炎砲が顔を出す。
「い、いいんですか」
「呪源を斃したのだ、それなりの対価があって当然だろう」
そんなこと考えもしなかった。これまで討伐したことによって品を受け取ったことはない。こんなに多額の金貨を受け取ってもいいものか、とカルメたちの顔を見た。英雄ならば断るような気もする。
「……貰えるモンは貰っといた方がいいんでねェの」
「ああ、感謝する。」
再生師はそれを簡単に受け取る。天賦が何か口を出す暇はなかった。天賦もギリギリの生活がしたいわけではないからその行為を咎めることはしなかったが。
「すまないが、ロジャヴェルズの出現場所や残りの呪源の詳しい場所はワガハイも把握していない。だが、情報が新しく出てきたらすぐに共有しよう」
「ありがとうございます」
これからは手探りで呪源の居場所を探すしかないということか。うんざりしていると、あることを思い出した。
「……楽園教は?」
呪解者の耳が振るわれる。
「そうだな、その話は避けられないか……」
首を押さえ、それからモノクルをなぞった。
「呪源が関係している、というのは確実だろう。それも魔術師チュリマーの」
「え、どうしてソレが分かるワケ」
「金眼を欲していると言っていただろう。歴史上、金眼の偉人は200年前の英雄、チュリマーしかいない」
天賦は夢で見た彼女の姿を想像した。紫色の髪をした、穏やかで上品そうな女性を。
「だが、その呪源がどんな実態を持っているのかは不明だ。楽園教も何かに基づいて儀式をしようとしているのか、それともただの狂ったカルトなのかもワガハイには分からん」
ただ一つ、楽園教が関係していそうという情報以外にチュリマーの居場所を示すものは無さそうだ。
天賦は過去、明確に彼女と「会話」をした。それが理由かは分からないが、心がざわついていた。
「アベンと"勇者"に関する情報が無い以上、楽園教を探るしかなさそうだな。」
「マジかよ、アイツクソ嫌いなんだけど……」
「だが、狙い目でもあるだろう。カローラ・フェンが消滅した今、奴らも「サマルエルムの涙」を所持していないはずだ」
「サマルエルムの涙」は天賦たちにとっての唯一の脅威だ。それが無いのなら簡単に殲滅できそうな気もする。
「ムーナウーヴァにも、ソエルソスにも、それにガフタにもいたし、どこに楽園教の本拠地があるんだろう……」
「本体もソコにいるはずだしなァ」
しばらくは楽園教の足取りを追うことになりそうだ。彼らは同一人物な以上、情報を持ち帰るために拠点に戻るなんてするのかなど、不安なところもあるが。
「あと疑問に思っていたのだが、なぜ楽園教は呪解者殿が「アベンの首飾り」を持っていると知っていたんだ?」
「あ、それ」
天賦もその話は聞いた。呪解者がその存在を極秘にしていた英雄の遺物を、なぜか楽園教が知っていたこと。
「あんな集団に情報を渡す人間がいるとは思えん。思えんが……ふむ……」
呪解者は少しの間考え込み、それから耳をぴくりと上げた。そして、小さく呟く。
「いや、漏れそうな場所は一つあったか……」
「ん?」
「こちらの話だ。気にしなくていい」
呪解者が知らなくていいと言うのなら、それは必要のない話なのだろう。気にならないと言ったら嘘になるが。
「あー、一個気になったんだけど……そのメイドさんの格好、どったの」
カルメはマスクをポリポリ掻いてミェルを指差した。彼女はなぜか、メイド服の上に鎧をいくつか着ている。ぷるぷる足が震えていて重そうだった。羽人の彼女がする装備ではない。
「主様の奴隷でありながら、ミェルは机の中で震えるばかりでした。こんな失態、二度と許されません! 今度こそ、完璧に主様をお守りするんです! ですよね、ユーゴンスティ様! ……おえぇ」
呪解者の本名を呼び、ミェルは呪感でバケツに吐く。呪解者は頭を押さえ、その毛をくしゃりと逆立たせた。
「誰もお前に護衛など期待していない」
「いえ! うぷ、次に襲撃が起こったら私を真っ先に盾にして下さい! げほ」
「このワガハイが、簡単に死ぬお前を盾にする必要がどこに……」
呪解者は重いため息を吐く。しかし、心から不快に思っている様子は見られなかった。それより、心配なのはタムチルーナからの視線である。
ゴホン、と呪解者は咳払いをした。
「……そうだ、街でカローラ・フェンを討伐したことを記念して催事をやるそうだぞ? 顔を出したらどうだ」
「え、お祭り」
天賦は正直、気が進まなかった。
"相棒"のためにカローラ・フェンを斃す事ができたとは言え、彼女の想いを知ってから祝祭を挙げることに気が引けたから。
しかし、そんな天賦を見てか、カルメが天賦の背中を二度叩いた。
「今めでたいコトは今祝うべきだろ。おだてられンの嫌いじゃねェしなァ」
「そうだな、天賦たちの勇姿を私が語ろう!」
続いて再生師が天賦の肩を持つ。確かに、皆が祝福ムードの中、1人だけ浮かない顔をしていたら迷惑かもしれない。天賦はその手を取り、微笑みを作った。
「ありがとうございました。また後で」
「ああ、祭り上げられてこい」
天賦たちは扉を開け、呪解者の部屋を後にする。天賦はどんな食べ物があるかな、と想像しながら足を進めた。
——そして、天賦たちが去った後。
呪解者は、ふっと鼻息を漏らし、僅かに笑った。
「ふ、「魔王」か……」
————————————————————————————————
——天賦たちがガフタにやってくる前。
吹雪が街を包む中、呪解者に1人の来訪客がいた。
白い布を顔に垂らし、全身ゆとりのある面妖な衣装に身を包んだ人物、召使である。
彼はタムチルーナに案内され、呪解者の前で深々と頭を下げた。
「本日はお時間を割いてくださいまして——」
「その喋り方を今すぐやめろ」
召使は頭をぱっと上げる。
「だよねー」
「お前がワガハイに敬語を使うなど、気味が悪い」
「なんでよ。そこまで言わなくても」
呪解者は口の端を歪めて、「不快」の感情を隠そうともしていなかった。それを見て、召使は乾いた笑いを溢す。
呪解者はタムチルーナに視線をやる。すると、彼女は頭を下げて部屋から退出した。
「さて、何の用だ?」
「魔王の封印を解いた」
呪解者が目を見開く。
「どれだ。どれを「英雄」とした?」
「天賦って言われてる子。知ってるでしょ? 闘技場の王。で、今魔王は「チュリマーの指輪」で人間っぽくなってるねー。真っ黒の」
「……やはり、羽人なわけがないか」
呪解者は足を組み直す。
「羽人が呪源退治なんて、本当に信じてる人いんのかな」
「民衆にとって、種族など取るに足らん問題だ」
召使は布の下の顎を撫でる。しゃがれていて、くたびれた声で笑った。
「それにしても、ソエルソスか。クスカルで人探しをするものだと思っていた」
「最初はそう思ってたよ? クスカルかアマツにしようかなって。強い人いっぱいいるしね」
でもなぁ、と召使は断りも無しに椅子にかけた。
「クスカルはずっと反対してんだよね。呪源を「必要悪」とか、「そのおかげで人間は結束している」とかさぁ」
「言いたいことが理解できんわけではないが」
「ま、それでどうとかなるわけじゃないけどね。なんと言われようと、俺は使命をまっとうするだけなんだから」
呪解者は召使を睨み、ふうと息を漏らす。
「で、本題は何だ。まさかそれの報告のためだけにわざわざガフタに来たのではあるまいな」
「もちろん。ちょっと、先生に聞いて欲しいことがあって」
召使は椅子に座り直す。呪解者は動かなかった。
「聞いたでしょ? ルチカナイトが斃されたって。だから、もうすぐこっちに天賦ちゃんたちが来ると思うんだよね」
「カローラ・フェンについての情報なら渡すつもりだが」
「いやいや、そんなことじゃないって」
召使は、手を広げて言った。
「天賦ちゃんたちに先生の持ってる情報を「全部」、渡して欲しいなって」
呪解者の目が鋭くなる。
眉間に皺を寄せ、牙を覗かせた。
「……ただの旅人を、どう信用しろと?」
「ただのじゃないよ。呪源を斃してんだから」
「それでも、だ」
呪解者は、生涯をかけて呪源に関する情報をかき集めてきた。それは誰にも勝る情報量と質を持っている。それを簡単に他人に、それも明確な身分さえ持たない旅人に無償で渡すなんて、気が狂っているとしか思えない。
「……せんせぇ」
召使はわざと、ゆっくり、強請るような声色で呪解者の通称を呼んだ。
「これはね、俺からのお願いじゃないんだよね。「召使」っていう、唯一無二からの命令だ。そう、世界を救うためのね」
「偉くなったものだな、外道と言われた男が」
召使の価値を理解している人間はほとんどいない。ほぼ全ての人間にはそれは狂人の戯言にしか聞こえないが、呪解者は違う。彼は召使の価値を、そしてその重大さを知っている数少ない存在だ。
「どうかな、先生?」
「——しゃーないわ。聞かん言うても終わる気せえへん」
呪解者は脱力し切ってソファにもたれかかった。召使は獣人の訛りを真似て感謝の言葉を告げる。呪解者は「やめえや」と言って手を横に振った。
「斃すためだし、仕方ないでしょ」
「失業手当くらいは用意しとき」
「俺も欲しいよ。世界が平和になった後、職を失うのはお互い様じゃん」
召使の使命も、呪解者の呪いの研究も、天賦たちが呪源を斃し尽くしてしまえば不必要になる。
それは2人の共通点だった。
「で、どんなもんやったん。ルチカナイトとは」
「正直ギリギリだね。ほぼ一日中戦ってたし」
それを聞いて、呪解者は訝しげにモノクルを撫でた。
「ロジャヴェルズには届かんやろ」
「ま、その辺はね。本当に不味そうだったらあれも使えばなんとかなるかなって」
召使が言う「あれ」。呪解者には心当たりがある。
「……ウィルヒムか?」
「そうそう。世界と可愛い甥だったら、世界でしょ」
呪解者はモノクルの端を指で擦り、にっと笑った。
「外道、というより鬼畜やな。つこたら死ぬやろ」
「ロジャヴェルズと戦って死なない方が凄くない?」
ロジャヴェルズはルチカナイトとも、カローラ・フェンとも離れた力を持つ。人々はかつての魔王の力を、ロジャヴェルズと重ねて想像している。
「せやな、お前の意見も聞きたいわ。天賦と、魔王はロジャヴェルズで死ぬか?」
「順当に行けば、死ぬね」
即答だった。
「わざわざ死ぬようなやつを任命したんか?」
「まさか。だったら魔王なんて復活させてないよ」
召使が魔王復活の鍵を天賦に渡したのは、ただ彼女がソエルソスで最強と持て囃されていたからではない。
召使は黄金の剣を想像した。
「今じゃウィルヒムくんとかその他諸々使って、良くて相打ちレベルだ。でも、それは今の話」
「今の、な」
「そう。ルチカナイトを斃した時の魔王の力は、はっきり言ってお話にならないぐらいだった。でも、その時に魔王は力の一部を取り戻してたんだ。ごく一部だけど」
魔王はルチカナイトのあの光を防いだ。封印が解けた直後には発現していなかった力である。
「……つまり、呪源と戦わせて魔王に力を取り戻させるっちゅーことか?」
「そーいうこと。カローラ・フェンと、あとどこかにいるオーガンとチュリマーも含めれば……まあ、いいとこ行くんじゃないかな」
召使の言葉は楽観的だ。
だが、呪解者は彼の言葉を信じざるを得ない。
「カローラ・フェンを斃した後の最優先事項はチュリマーの発見かな。魔王に加えて、もし、彼女の魔法——【支配】が手に入れば、呪源退治にすごく役立つし」
「それ以前に金眼探さなアカンやろ」
「あーそうだった。現代にいるのかなー」
金眼にしか使えない魔法——【支配】。
それを行使できる人間の存在を、2人は知らない。
「あー、早く世界救ってくれないかな。こんな役回りもうやんなっちゃったよ」
「それまでに老衰で死なんといてな。任される側にはたまったもんやないやろ」
召使の声は老人、と言うには若すぎるし、青年、と言うには老いている。だが、召使はその言葉を聞いて軽く息をついた。
「明人70年、獣人120年、鬼150年、エルフは未知数。いいなぁ、みんな長くって。ご先祖様を恨むよ」
「じゃあ、羽人に生まれたらよかったなぁ」
「ま、羽人で芸術に生きる人生も悪くはないかもね」
話が逸れたな、と召使は顔の布を伸ばす。
「とにかく、天賦ちゃんたちのことよろしくね」
「はいはい。よお見させてもらうわ」
召使は立ち上がり、部屋を後にする——のではなく、棚に置かれた、埃を被ったボードゲームを手に取った。
「久しぶりにやろうよ。俺が白で、先生黒ね」
「何回負ければ気が済むねん」
駒を置く音が響く。
呪解者が勝利した時、天賦たちはムーナウーヴァとガフタの間で巨龍の嵐に巻き込まれていた。




