86話 「カローラ・フェン」
突然のカルメの登場に呆気に取られていると、その背から再生師が降りてきて、天賦の体を抱き寄せた。
「天賦、よく頑張った。」
「さい、せいし」
再生師の指には小さい杖が握られている。それが光を帯びて、天賦の頭の痛みを和らげていった。
「どうだ、目眩はするか?」
「大丈夫。ありがとう」
まだ少し痛むが、さっきよりもずっと楽になった。視界もはっきりとしている。足の動かし方も分かる。
風が吹いて、再生師は天賦を抱えて柱の陰に隠れた。天賦も少し休憩したいと思っていたところだ。
「わ、わかった」
「分かった……何がだ?」
「サマルエルムの——わっ!?」
教会が揺れた。カローラ・フェンが吼えたのだ。
その姿に元の神聖な面影は感じない。物凄まじい獣でしかなかった。
カルメがカローラ・フェンの周りを飛び回り、その上に乗った炎砲が【砲撃】を放つ。その魔法はなぜか、金色に輝いていた。
「カルメ! 爪から「涙」が飛ぶ!」
「ちゃァんと見えてるって!」
飛沫を、カルメは黒い羽の壁で防ぐ。いつもよりずっと厚い壁だが、それでも十分に防御できているわけではない。
カローラ・フェンは獣の爪で床を掴み、虚空から金の剣を出現させた。駄目だ、あの剣の情報をカルメたちは知らない。
「あっ、天賦!」
天賦は柱の影から飛び出して、カルメたちに向かって飛んだそれを剣で弾いた。もう怪我はほとんど治っている。なら、参戦しない理由はない。
カルメに刺さる剣は無かったが、一つの黄金は天賦の脛目掛けて飛んできた。体勢的に、防ぎようがない。
無茶な特攻をした。1人なら絶対にしない行動だった。
——そう、1人なら。
「再生師、お願い!」
剣が脛に刺さり、天賦の足を切断した。
しかし、すぐさま影から再生師が飛んできて天賦の肩を抱え、カローラ・フェンの前から離脱する。
天賦の足はすぐに再生した。
「全く、無茶をする……。」
「ナイス嬢ちゃん!」
続いて具現した光を、炎砲の魔法が相殺する。片方の手袋が壊れて、炎砲はすぐさま拡張袋に手を入れて手袋を装備し直した。
「2人とも、こっちに!」
炎砲が橙の目をこちらに向けた。
一際大きくなったカルメが天賦と再生師に向かって飛んでくる。2人は身を翻して黒い羽を掴んだ。
「シンキングタイムくらい、寄越せよなァ!」
カルメが、クチバシを使って自身の羽の中から何かを取り出す。それは——草が取り付けられた箱だった。
それが勢いよくカローラ・フェンに飛ぶ。そして、箱の蝶番が壊れて——彼女のヴェールに、何かの粉が降り注いだ。
天賦は記憶を洗い出す。あれは、「王の盃」だ。
どこからか、おびただしい数の足音が聞こえてくる。それはこちらに向かって走ってきていて——
「あれ……!」
割れたガラスの外から、大量の雪獣がカローラ・フェンを目的地に走ってきた。
「王の盃」につられて来たのだろう、雪獣だけではなく、天賦の知らない魔獣もカローラ・フェンに群がっていた。魔獣が山になっていき、彼女の姿が見えなくなる。
「時間稼ぎだ。」
「今のうちに聞かせろ。嬢ちゃん、分かったコトはあるか?」
空中からその様子を見ながら、天賦は答える。
「分かった、サマルエルムがこうなった理由」
「こうなった、って」
「"勇者"はお姫様と結婚した。サマルエルムはそれが嫌だった。それは、"勇者"が好きだったから」
再生師が指を口元に当てる。カルメは「ハッ」と乾いた笑いを落とした。
「獣人はそれ以外と恋愛しないんじゃなかったのかよ」
「だが、それが真実なのだな?」
「そう」
天賦は力強く頷いた。再生師も、天賦をまっすぐ、揺るがない目で見つめている。
「信じ難い話だが、天賦が言うなら本当なのだろう。」
「だから花嫁の姿を……」
どんどん魔獣が群がってくる。教会を埋め尽くしそうな勢いだ。
「だからってどーすりゃいいんだよ。何すればコイツは死ぬ?」
「"勇者"が姫と結婚すること? でも、どうすれば……」
その時。
魔獣の山がぐらぐらと揺れ出した。
「まずい……。」
雪獣が壁に叩きつけられる。鹿のような魔獣が溶ける。白い毛並みが赤く染まり、吹き飛ばされて、そして——
——カローラ・フェンが叫び、その姿を現した。
右腕を押さえていた布は剥がれ、金色の液体が絶え間なく流れている。今のカローラ・フェンを見て、「花嫁」という印象を抱く人間は少ないだろう。
獣が喉を鳴らし、天賦たちの姿を見据える。まさに、獲物に飛びつこうとする捕食者のようだった。
「さ、準備はいいな?」
「うん」
天賦は金の剣を構える。
再生師は尻尾を揺らす。
炎砲は手袋を握り直す。
「よっしゃ、ズッタズタにしてやるぜェ!」
天賦が飛び出した。
もし、カローラ・フェンの「嫌がること」が"勇者"の結婚式なら、それを邪魔されないために弱らせないといけない。まずは、その脚を砕く。
光の球は気にしなくていい。炎砲がそれを撃ち落としてくれる。だから、意識すべきは他三つ。
カローラ・フェンは脚をがむしゃらに動かして天賦を切り裂こうとする。天賦は垂直に飛び、彼女の頭上にまで到達して回避した。
宙に浮いた天賦に金の剣が飛ぶが、それは再生師の尾によって両断される。天賦はその破片を蹴り飛ばし、カローラ・フェンの脚に刺した。
とても浅い傷だが、無傷ではない。カローラ・フェンは一度、強く左手を握った。
あの様子を見ると、天賦の剣でカローラ・フェンの脚を切断するのは難しいだろう。刃こぼれしているし、恐らく剣の方が負ける。
しかし、あの飛び回る脚をどうにかしないとカローラ・フェンを無力化するのは難しい。
ここにある中で、一番鋭いものは——
「再生師! カローラ・フェンの脚を切る!」
「把握した!」
再生師の尻尾なら、あるいは成功するかもしれない。そのためには、カローラ・フェンの意識を再生師から逸らさなくては。
「こっち、サミー!」
カローラ・フェンは首らしき場所をびくりと揺らす。天賦の目論見通り、彼女は天賦に注目した。
天賦の手に汗が滲む。
カローラ・フェンは、大きく体を反らせて——全身を激しく揺らし始めた。その振動で、彼女の体から黄金の液体が全体に飛び散る。
天賦はすぐに柱の後ろに移動した。しかし、その動きは止まない。天賦の頬を一滴掠めた。
「クソ、コッチ向け……っ!」
空から黄金の光が無数に飛んでくる。それはカローラ・フェンの上半身を集中的に狙い、その動きを停止させた。
炎砲の魔法が直撃しているというのに、カローラ・フェンは肌が少し焼ける程度の負傷だ。ありえない頑丈さである。
ともかく、「サマルエルムの涙」は止んだ。
天賦は再び顔を出し、剣を構える。そして——それを思いっきり投げた。
諦めたのではない。天賦はやっと、モーニングスターが投げられた場所まで戻ってきたので、これが不要になっただけだ。それに、天賦の投擲は圧倒的な速度を誇る。
カローラ・フェンはそれを受け止めようとした。しかし、天賦の剣の方がわずかに速かった。剣先がカローラ・フェンの手のひらに貫通し、大きな傷を作る。
天賦はモーニングスターを回収して、それを天井に引っ掛けて宙を飛んだ。横にはカルメが飛んでいる。
空中で回避ができない天賦を狙い、カローラ・フェンが突進してくる。普通なら絶対に避けられない、恐怖そのものの突撃。
——だが、それが天賦の狙い。
その側面から、再生師が宙返りをしてそ飛び込んでくる。赤い尻尾がくるんと円を描き、速度を上げ、前に突き出したその脚に衝突した。
刃が獣の毛に入り、ぐっとそれが強く食い込む。
そして——金の液体が飛んだ。
巨大な脚が宙を舞う。それは高く飛んでいき、教会の壁に激突した。
再生師の尻尾の先は溶けて少し小さくなっているが、まだまだ十分なサイズと鋭さを保っている。完全に溶解されていないのには「魔獣の呪い」が関係しているのかもしれない。2人はすぐに離脱し、カローラ・フェンから距離を取った。
「良くやった! 2人とも無事か」
「ああ、問題ない。」
「ん」
天賦は汗を拭う。
カローラ・フェンはその場でなんとか立ちあがろうとしている。しかし、それは黄金の池を作るだけで、移動には至らなかった。
「動けねェみてェだなァ」
「今のうちに、彼女の嫌がる事を——」
「——————!!」
カローラ・フェンが、叫んだ。
耳を塞ぎたくなる、おぞましい金切り声。それは高く、高く響いて、天賦に頭痛を起こさせる。
その時、変化は起こった。
「ぐっ!?」
「は……?」
再生師の腕が、パキパキと魔獣のものに変貌している。炎砲の鼻から、口から、血液が流れている。
天賦はこの光景に見覚えがある。
そう、ルチカナイトの神聖な鳴き声で、再生師の呪いが加速したあの光景を。
「また、か……っ!」
再生師は自身の四肢を切り、再生を繰り返す。前よりも慣れた手つきで、動揺はしていたが錯乱はしていなかった。問題なのは炎砲の方である。
「あ……ごふっ」
「兄ちゃん、しっかりしろ!」
血が止まらない。
ぼたぼたと音を立てて、赤い色がカルメの羽に溶けた。
炎砲の呪いは「魔力の呪い」。もしや、体の中の魔力回路が弾けてしまったのではないか。
カローラ・フェンがこちらを見る。叫び声は止まない。
そして、あろうことか、剣を出現させた。
「クッソ……!」
カルメは2人を回収し、高く飛び上がる。その巨体では剣を避けようがないが、黄金の剣はカルメの体に浅く刺さるだけで貫通はしなかった。
「早く、アイツを黙らせねェと」
「ど、どうすれば」
カローラ・フェンには「サマルエルムの涙」は効かない。ルチカナイトと同じ戦法は通用しないのだ。
加えて彼女は動けなくなったが、攻撃の手は止まない。どこから声を発しているか分からない以上、黙らせる方法も天賦には分からないのだ。
再生師の魔力が持つ間、炎砲の血が持つ間にどつにかしないといけないのに。
「サミー! やめて、サミー!」
カローラ・フェンは反応しない。ただ叫び続けて、剣を飛ばしている。カルメが苦しげな声を漏らした。
"相棒"を握る。しかし、いい案は浮かばない。
「……て、んぷ」
天賦の意識が、そのか細い声で戻った。
血をどぱりと吐きながら、炎砲が顔をわずかに上げている。耳からも血が流れていた。
「おれの、腕を、つかえ」
「……え?」
「きれ」
炎砲は手袋を外して、右腕を天賦に差し出した。再生師の脚が宙を舞う。
彼の作戦はなんとなく理解していたが、天賦は炎砲の言うことを聞くのを躊躇した。
「わ、私がやったら痛いよ」
「いい、やれ」
再生師は自分の処理で手一杯だから尻尾を使えない。だから天賦が切るしかないのだ。しかし、炎砲は構うなと天賦に言う。
「青杖は、ある。しなない」
「……ありがとう」
天賦が所持しているのはモーニングスターと、メイスと槌だけ。ナイフは飛ばされたし、金の剣は手放してしまった。天賦は苦肉の策でメイスを取り出した。
「ごめんね」
「げほっ……いたいのは、慣れてる」
天賦は、メイスを炎砲の肩に振り落とした。ぐしゃりとグロテスクな音が響いて、炎砲の喉から水音が混じった声が飛び出る。
天賦はその腕を持って、カルメから飛び降りた。
「オイ!」
カローラ・フェンは視線をカルメから天賦に移した。炎砲の腕は、内側で魔力回路が光っている。早くタイミングを見極めないと。
光を避け、柱の裏に移動する。天賦のすぐ側を剣が横切った。腕の光が増す。
液体が飛ぶ。今更これに溶かされるほど甘くはない。
天賦は青緑の目を鋭くして、機会を伺った。
ここではカルメに当たる。ここではカローラ・フェンに当たらない。ここでは天賦自身が危ない。ここでは——
——一つ踏み込み、その時はやってきた。
カローラ・フェンが前にいる。カルメは射線にいない。
ここだ。
天賦は腰に小さな腕を構える。まるで槍のように。
炎砲の腕は光を帯びて、甲高い音を鳴らす。
天賦は片目を抑える。そして、カローラ・フェンを目標にして腰を入れ——
——褐色の手のひらから、黄金の極太の光が放たれた。
カローラ・フェンは光を出現させるが、間に合わない。それごとカローラ・フェンの全体を捉え、極光に包んだ。
叫び声が消える。その代わり、獣が絶叫した。
ヴェールは焼け、液体が蒸発する。
カローラ・フェンが、中央で倒れた。
「て、天賦!」
宙から再生師の声が降りてくる。もう腕は怪物のものになっていなかった。少し疲弊している様子だが、負傷はしていない。
炎砲の腕が肉塊になって消滅する。
これで、カローラ・フェンを無力化できた。後はどうすれば完全に斃すことができるのか探るだけ。
天賦はカルメたちに向かって手を挙げ、それを振り、
首を絞められた。
「嬢ちゃん!」
黒く丸焦げになった、異常に細い腕が天賦の首を掴んでいる。なぜ、カローラ・フェンとは十分な距離を取っていたはずなのに。
歪む視界の中、天賦はその姿を捉えた。
ヴェールを脱ぎ、ドレスを捨て、顕になったその体。頭は白い薔薇の形をしていて、上半身は人型、下半身は狼の姿をした異形の怪物。
切断された脚を無理やり引きずってやってきたそれは、「化け物」以外にどうとも表現できない姿をしていた。




