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83話 「サマルエルム」

 ——天賦がカローラ・フェンについて行った先にあったのは、なんとも奇妙な場所だった。


 筒のような部屋。

 どこまでも伸びた壁に、螺旋状に絵画が飾られている。絵画、と言っても、絵の具を乱雑にぶちまけたような身洗練なものばかり。全て、白い塗料を使っていた。かろうじて、それが人型をとっているのは分かる。


「なにこれ……」


 天井には美しい装飾がなされているように見えるが、よく目を凝らすと、それは白の線がぐちゃぐちゃに組み合わさっているだけの模造品でしかない。

 まるで、「文化」というものを知らない人間が見よう見まねでそれらしいものを形作ったようだった。


 それらをじっと眺めていると、ふいにカローラ・フェンが関節を無視して腕を曲げ、自らのヴェールの中に指を入れた。何をするのかと身構えたが、やはり彼女は攻撃をするわけではなかった。


 その代わり、出したのは白いスーツと、フード付きの白いポンチョ。

 この上着は見たことがある。あの、呪解者が保管していた絵画の中で、聖剣を持つ"勇者"はこんな服を着ていた。


 シワ一つついていないそれを、カローラ・フェンは天賦に向けて差し出した。何度か催促されて、ようやく天賦はそれを受け取る。


「……着ろ、ってこと?」


 カローラ・フェンは動かない。言葉が通じていないのか、何かを待っているのか。

 天賦はその服に目を落とす。フードは手触りがよく、ずっと撫ででいたくなる。スーツは少し不思議な作りになっていて、着るのが大変そうだな、と思った。


 それ以上の動きが何もなかったので、天賦はひとまずそれを着てみることにした。相手が呪源であるということを忘れたわけではない。

 どこかで隙を見て、カローラ・フェンを討伐しなくてはならないことはきちんと念頭においている。


 天賦はそれを着て、それからその奇妙さに気がついた。ポンチョはともかく、スーツまでもが天賦にぴったりだったのだ。まるで、天賦のためだけに作られたような着心地である。


 確かに天賦は明人の男と同じくらいの背丈を持っているが、それでもおかしい。カローラ・フェンがその疑問に答えることは無かったけれど。

 一応、メイスの取手を拡張袋から飛び出させておく。今スリングショットでも出たら大変なことになるから。


 カローラ・フェンは天賦の姿をじっと見ている。

 そこからはどんな感情も感じ取れない。この呪源にも、表情というものは無いのだから。

 自分に何を見出したのか、天賦には分からない。


 再び、カローラ・フェンはどこかに向かっていく。天賦はそれについて行くことしかできない。そのうち、何か鍵になるものが見つかるかもしれないから。


 カローラ・フェンの背を見ながら考える。彼女——サマルエルムは一体何が望みなのだ。

 結婚すること?なぜ?

 天賦にこんな服まで着せて、それから何をしたがっているのか。このまま彼女の好きにさせてもいいのだろうか。


 今までの呪源は、元の英雄たちが嫌ったことをすることで斃すことができた。なら、望むことをさせるのは一体正しいことなのだろうか?

 もしや、取り返しのつかないことになるんじゃ。


 だって、オーガンは守られることを望み、その結果炎砲の妹——キシャを殺したのだから。


「……サマルエルム」


 カローラ・フェンは反応しない。それを、自らの名と捉えることができていないのであろうか。腕に取り付けられた黒い布の下から黄金の液が漏れる。


 階段を登る。廊下——のような何かを曲がる。

 必要以上に入り組んだこの建物は、どこか不気味な雰囲気を漂わせている。明らかな人工物なのに、そうじゃないみたいな。


 しばらく歩いた後。

 到着した場所は——剣の山だった。

 床に刺さったそれを、全て数えることはできやしない。そんなことは天賦でなくとも不可能だろう。


「これ……」


 どれもが黄金の色をしている。しかし、"相棒"やカルメの指輪と比べると、その輝きは鈍い。偽物、という印象を受けた。


 そして、少しずつ装飾が違うのだ。

 柄に宝石がいくつも埋め込まれたもの。

 グリップの先が曲線を描いているもの。

 先端に行くにつれて広がっていくもの。

 はたまた、子供が振り回しているような平均的な剣の形をとっただけのもの。


 部屋中に突き刺しているそれらは、折れていたりヒビが入っているものがほとんどだ。カローラ・フェンはそれらに見向きもせず、部屋の奥に進む。

 彼女は剣を倒して進むので、天賦はその後ろを少し距離を空けてついて行った。他の場所は足の踏み場がない。


 歩いていくにつれ、剣の出来が良くなっていく。光を反射する黄金の贋作は、入り口付近のものよりも新しく見えた。


 最奥に辿り着いた天賦は瞳孔を開いた。


 他のものとは明らかに違う剣が1本、()()に刺さっている。他の何よりも——"相棒"には及ばなくとも——美しく光っていた。


 "相棒"と似ている装飾だが、完全には一致していない。なんせ、"相棒"には青緑の石なんて埋め込まれていないから。


 きっと、カローラ・フェンは"相棒"——つまり、"勇者"の聖剣を再現しようとしたのだ。先程の広い空間にあったガラスで描かれた剣も、それの表れだろう。


 見紛うほどの、とまではいかないが、モデルも無しにここまで忠実なレプリカを作り出したのは驚くべきことだ。呪源の説明つかない力、と言えばそれまでなのだが。


 天賦は"相棒"のグリップを握る。

 カローラ・フェンはオーガンのように天賦の"相棒"に飛びつくことはしなかったが、彼女もこれを求めているのではないかと思ったから。


 カローラ・フェンは台座に刺さったそれではなく、天賦の"相棒"を見つめている——ような気がした。ひたすらに長い静寂が、2人の間に流れている。


 彼女はここに来て何をしたかったのか。そう思っていると、カローラ・フェンは真っ白な左腕を伸ばして——


「え」


 ——その良くできた剣を折った。


 まるで、「必要ない」と告げているような。本物が手に入るから偽物はもういらない、ということだろうか。

 なぜだか、その光景が天賦には痛ましく映る。


 黄金の剣の破片が足元に転がる。そこに天賦の姿が反射して、身の丈に合わないその格好に今更小っ恥ずかしくなった。


 カローラ・フェンはやるべきことが終わったと言わんばかりに部屋を去っていく。天賦は慌ててそれについて行った。



 入り組んだ白い廊下を歩いているうちに、天賦とカローラ・フェンは元の部屋に帰ってきた。あの、黄金の剣のガラスがある部屋である。


「ど、どうするの」


 聞いてもカローラ・フェンは答えない——かと思ったが、彼女は天賦に向き直った。高い高い頭部を見上げる。

 そして、その腕を天賦に差し出してきた。手のひらを上に向けて、どこか上品ささえ感じる。天賦は警戒しながらもその巨大な手を取った。


 ——すると、静寂が終わりを迎えた。


「なにこの音……」


 何かの楽器が鳴り響いている。天賦はそれに曲名があるのかさえ知らなかったが、どこか神聖さを感じる音であった。誰かが演奏しているのか、一人でに鳴っているのか。


 カローラ・フェンが動き出した。天賦も移動する。

 彼女は、まっすぐに最奥の祭壇のような場所に向かって歩いている。天賦は何かが始まったことを察して焦り始めた。このままでは、彼女の願いを叶えてしまうのではないかと。


 しかし、2人はそこに到着してしまった。

 黄金の輝きが天賦とカローラ・フェンを照らしている。


 カローラ・フェンは、天賦の"相棒"に手を伸ばす。天賦は思わず後ずさるが、彼女が何をしたいのか知りたい気持ちもあった。だから、天賦は"相棒"の鞘を掴みながらも、それを許容することにした。


 長い腕が伸びる。それが天賦のすぐ横にまで近づいてきて、そして——


 カローラ・フェンの指が、"相棒"に触れた。


「うっ!」


 その瞬間、天賦の目に閃光が走った。カローラ・フェンも驚いたのか、手を離している。

 どんどんそれが輝きを増していく。光が眩しくて目を開けられない。


 瞼の裏が赤くなって、白くなって、それがようやく暗くなった時——


 ——天賦は、扉の前にいた。


「え」


 明らかな人工物だ。そこに不気味さは感じられない。茶色の扉は艶やかで、ほどよい細工が施されている。


 ——どうしたの。


 鈴が鳴るような声が聞こえて、天賦はすぐに隣を見た。天賦は、白のドレスに身を包んだ明人の女性と腕を組んでいたのだ。


 英雄(サマルエルム)ではない。初めて見る顔の人間。

 ヴェールの下で、ヘーゼルブラウンの瞳が輝いている。


 行きましょう、と彼女が微笑む。

 どこに、なんて質問は口にできなかった。すぐ目の前の扉が開いたから。


 そして、天賦とその女性は——喝采を浴びた。


 建物の中にいる大勢の人々が、祝福の声をあげている。天賦の優秀な耳はそれらの言葉を判別することができた。


 ——姫様。

 ——救世の英雄。

 ——結婚おめでとうございます。


 そして、天賦は理解した。


『何言ってんすか。あんた、魔王を斃したら姫様と結婚するんでしょ?』


 今、天賦は"勇者"で、隣の幸せそうな笑顔を浮かべる女性は「姫様」とやらだ。


 では、この光景は魔王を討ち斃した後の光景?

 天賦は困惑しながらも、一歩、一歩と彼女の歩幅に合わせて赤いカーペットを進む。


 これも"相棒"が見せている過去の光景なのだろう。天賦はきょろきょろ辺りを見回す。新郎らしくない行動だが、天賦はそんなこと気にしない。


 2人は少し高い台を登る。ノートの服に似たものを着ている男性の老人が手を挙げると、会場はすぐさま静かになった。



 ——空を巡る風よ、大地を支える命よ、そして人々を見守る神々よ。


 ——今日ここに、二人は一つの道を歩むことを望み、その心を結びます。


 ——喜びの日には笑顔を分かち合い。

 悲しみの日には互いの支えとなり。

 困難の日には手を取り合い。

 希望の日には共に未来を見つめることを。


 ——互いを愛し、互いに誓い。


 ——その想いを決して偽ることなく、生涯をかけて歩み続けることを、神々と、この場に集うすべての者たちの前で宣言します。


 ——この祝福のもと、二人を夫婦として認めましょう。


 ——二人の未来に、永遠の幸あらんことを。



 老人が、炎砲が言った言葉と全く同じ祝福の言葉を告げると、人々は再び喝采した。姫は顔を赤くして、潤んだ瞳で天賦を見ている。


 天賦はその中、ある人を探していた。

 きっとどこかにいるはずだと、その尻尾を探す。


 あれは——違う獣人だ。あれも違う。

 どこに、どこにいる。


 ——一際早い拍手の音が聞こえた。

 そこに目を向けると、見覚えのある黒い髪の少年がいた。そう、シュルトカである。

 すぐ近くにはチュリマーが、泣いてるオーガンがいる。その隣にいるもう1人の英雄は背が低くて顔が見えない。


 そして、見つけた。

 銀色の毛並み。体格の良い身体。大きな尻尾。


 彼女は一瞬だけ天賦と目が合い、すぐに逸らした。

 目を伏せ、マズルが横を向いて、そして、言った。


 ————おめでとう。


 彼女の口はそう動く。

 しかし、そこに音はなかった。


 皆が天賦と花嫁を見ている。サマルエルムの姿を見ている人間なんていない。そう、天賦以外には。

 彼女の無音の言葉を聞けたのは自分だけだった。


 その時、なぜもっと早く気がつかなかったんだと、天賦は自分を疑った。


 教会を模した建物。


 黄金の剣のガラス。


 白いフードの絵画。


 大量の聖剣の模造。


 そして、彼女の表情。


 もしかして、彼女は。

 カローラ・フェンは。

 サマルエルムは。



「——"勇者"のこと、好き?」



 天賦はいつの間にか、元の場所に帰ってきていた。

 "勇者"と姫が結婚式を挙げた場所と酷似した偽物の教会に、天賦とカローラ・フェンだけが佇んでいる。


 「獣人は獣人以外に恋をしない」。そして"勇者"の既に決まっていた結婚。それが、彼女が彼女の気持ちに蓋をした原因だったのではないか。


 ただの推測だ。

 しかし、天賦は確信めいたものを感じている。"相棒"——聖剣を持った天賦を、"勇者"だと勘違いしたのだと。


 カローラ・フェンは自身の胸の中に手を入れた。

 そこから出てきたのは——指輪だ。


 それを、天賦に差し出す。天賦に結婚式においての指輪の意味は知らなかったが、それを受け取ってしまうと本当に彼女の願いを叶えることになってしまうことを察していた。


 天賦は"相棒"から手を離し、そして、白いフードを脱いだ。金色の髪を出して、自身の顔をよく見せる。


「ごめんね」


 彼女は天賦が指輪を受け取るのを待っている。


「私、"勇者"じゃない」


 指輪を受け取るのを待っている。


「結婚は、できない」


 受け取るのを待っている。


「結婚式は、やり直せない」


 待っている。


「——だから」


 天賦は、拡張袋からメイスを取り出した。


「終わりにしよう」

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