82話 退路
——固く閉ざされた屋敷の扉を蹴破る2人。
中と外を分つものがなくなってすぐ、カルメたちは多くの目に睨まれた。屋敷の中は信者たちで満たされていて、足の踏み場も無い、といった様子だ。
「やっぱ、バレてるよなァ」
「突破するぞ。」
タムチルーナのように人質に取られている人間の姿はひとまず見当たらない。なら、玄関の信者はここで一掃してしまおう。ここで時間を割いてしまえば、天賦の命も危ないのだから。
「王」
「ジャマ」
大きな赤い尻尾が飛び出した。
まるで空を飛ぶように、再生師は鮮やかに宙を回る。
そして——尾の先が鋭く輝き、信者たちの頭を持ち上げた。黒い液体が飛び散り、上質なカーペットに溶ける。
鋼鉄の尾が巧みに瓶を弾き返し、信者を溶解した。
再生師に襲いかかる信者よりも、カルメを捕縛しようとする信者の方が多い。だが、カルメは何度もこの集団を相手してきたのだ。関節の動きはまだ鈍いが、彼女に助けてもらはなくとも対応できる。
1人の顎を蹴り上げる。その上げた足を斜めにずらし、もう1人の頭を割る。人間の身体を嫌うカルメだが、この黒フードと戦っている内に動かし方を心得てきたのだ。そういう意味では「民草の呪い」に感謝、かもしれない。
「カルメ!」
「うい」
カルメは身を逸らして彼女の道を開ける。突風がカルメの服を揺らし、黒い身体に黒い液体が僅かにかかった。
玄関の信者があらかた片付いて中央の階段が見えるようになった頃、脇の両側の廊下から複数人の黒フードが姿を現した。全員、「サマルエルムの涙」が取り付けられたクロスボウを持っている。
「姉ちゃん、寄れ」
合図も無しに、一斉にそれが放たれる。
カルメは手を動かさずに、2人を囲うように床から黒い羽の壁を作り上げた。
「ああ、クソ」
カルメがダメージを負っているせいで羽の壁に穴ができて、その隙間から液体が漏れた。これでは完璧な防御はできない。
幸い、再生師はその飛沫を首を逸らして避けたが、カルメの裾にはそれが少しついた。彼の服は自身の羽毛由来なので「サマルエルムの涙」で焼けてしまう。
それが放たれた後、すぐに2人は移動する。
再生師は右、カルメは左。
再生師は廊下の壁を、天井をぐるりと走り、信者を叩き潰す。カルメは羽で信者の足を取り、奪った「サマルエルムの涙」を使ってまとめて黒の液体に変えた。
これで、ひとまず玄関付近にいる信者たちは全員倒すことができた。それでも、これで全てではないのは2人も分かっている。
「センセーはドコにいンだよ……」
「ひとまず手当たり次第に探そう。」
カルメはどこに何の部屋があったか覚えていないが、彼女なら分かるだろう。赤のカーペットが敷かれた階段を登り、廊下を走る。
「……ん?」
「どうした姉ちゃん」
「何か……声が聞こえなかったか?」
そう言われて、カルメも耳を澄ます。もしや呪解者の声か、と思ったが、
「——様!」
高く、特徴的な声だった。
どこから聞こえてくるのかと辺りを見回していると、銀の飾りが置かれた机の下から白い羽がぴこぴこと跳ねているのが目に入った。
まさか、と思い近づくと、それはやはりバケツを首から下げたメイド、ミェルだった。
「ちょ、お前さんこんなトコで何してんだよ」
「わかっ、わかりません、なんか黒いフードの連中がぞろぞろやってきて、隠れちゃって……」
ミェルは頬を濡らして、頭の羽をしゅんと下げている。
「わたっ、わだし、主様をお守りしないといげないのに……」
「羽人では明人に抵抗するのは難しいだろう。自分を責めることはない。」
ともかく、屋敷の中に話せる人物がいた。彼女なら何が起きているのか分かるかもしれない。
「なァ、何があった?」
「話をきっ、聞いた感じだと、主様が持っている道具を狙っているとかで、でも詳しいことはわからなくて」
確か、楽園教は天賦のメイスを作った職人からシュルトカの盾を殺して奪い取ったという話があった。
もしや、今回もそれと同じ事が起きているのだろうか。
「センセーはドコにいる?」
「最後にお会いした時には、ちかっ、地下室に行くと」
「地下室だと?」
初めて聞く場所だ。
ミェルに話を聞き、その位置を把握する。どうやら特殊な作りになっていて、2階からしかそこに行けないらしい。
「ど、どうか主様を……」
「ああ、必ず助ける。」
どうせ今日は死なないから、多少バラバラにされていても大丈夫だろうとカルメは思っていたが、それはミェルの前では言わないことにした。
「オレたちが帰ってくるまで隠れとけ。いいな?」
「はっ、はい」
本人は隠れていたことに罪悪感を感じている様子だったが、そのお陰でカルメたちは呪解者の場所を知る事ができたのだ。彼女に感謝である。
2人は教えてもらった道順に広い廊下を進んだ。途中で何人かの信者に出会したが、なぜか人数が少ない。皆、ミェルの言う「地下室」に集中しているのだろうか。
「サマルエルムの涙」を回収しながら走る。そして、突き当たりを曲がったところで、それを発見した。
倒れた狼の獣人……の、身体。
呪解者は、首から上を無くして廊下に伏していた。
「呪解者殿!」
再生師はそれに駆け寄った。
指先は全く動いていない。百人が見たら百人が「死んでいる」と判断するだろう。
「すぐに【再生】を…………何?」
再生師が呪解者の首に手をかざしたが、その光はすぐに消えてしまった。不発、といった感じである。
「なっ、なぜ、再生できない!」
「はァ? いや、センセーコレ死んでねェよ」
「だが、できないのだ!」
何度試しても光が消える。彼女の力では頭の再生ができないのだろうか。いや、そんなはずない。間違いなく生きていると、カルメには分かる。
「どういう時に【再生】は使えなくなる?」
「魔力が十分でない時、あとは勿論、部位が既にある場合には使えなくなるが……。」
それを聞いて、カルメは納得した。
「あー、頭だけ別のところにあるんだ。カルトに連れて行かれたんだろ」
呪解者は呪いで特殊な身体をしている。頭が生きた状態で既に存在しているのに、新しく頭を作ることはできない、ということだろう。
それにしても、ここまで呪解者の使用人を見かけなかったことが気がかりだ。タムチルーナとミェル以外にもたくさんの使用人がいたはずなのに。
もしや、と可能性が過ぎるが、多数の使用人よりも呪解者1人の方がカルメたちにとっては重要だ。その他の安否は彼を見つけてから確認しよう。
「じゃ、地下室の扉を開け……る必要はなさそうだな」
「これは……。」
呪解者の死体のすぐ横の壁が開いている。血に濡れた足跡も散布していた。
「あからさまだなァ」
「急ぐぞ。」
足音をなるべく立てないよう、暗い階段を降りる。一体、この先には何があるのだろうか。あの絵画以上のものがあるというのか。
しばらく降りた後、再生師が腕を上げて静止を促した。カルメは足を止め、その先をちらりと覗く。
確認できたのは、捕縛され地面に座らされた使用人たちと、その上にポーションを掲げる信者たちだった。彼らを人質にとっているのだと分かる。ひとまず無事なようで安心した。
そして、耳を澄ますと——
「……答えろ。「アベンの首飾り」はどこにある」
「言っているだろう、ここには無い」
信者の声と、苦しげに息を吐く呪解者の声。暗がりに目を凝らすと、1人の信者が呪解者の首を持ち上げているのが見えた。
話を聞いている限り、信者たちは英雄の遺物である「アベンの首飾り」を探しているようだ。本当にそれがここにあるのかは分からないが、何か確信を得ているような言い草だった。
「答えなければ使用人を順番に殺す」
「無意味に命を奪うだけだ。何も得られはしない」
呪解者は動じていなかった。ただ、真っ直ぐ信者を見つめている。再生師とカルメは互いに合図を取り合い、身を屈め、ぐっと足に力を入れた。
「もういい。や——」
使用人の側に控えていた信者たちの首が飛んだ。
赤い尾が暗闇の中で輝き、金色の液体が入ったガラス瓶を弾く。
「あ」
呪解者の頭を持っていた信者の足を払い、頭を奪い返す。倒れた黒フードの両手を踏んづけて立てないようにした。
「うし、制圧かんりょー」
「警戒を解くなよ、カルメ。」
再生師は順番に使用人たちにかけられた縄を切る。カルメは自身が押さえ込んでいる信者に目を移した。
「オイ、テメェどっから湧いた?」
「そいつに聞くだけ無駄だ。答えるわけがない」
呪解者の口からは血が漏れている。この信者も本体ではないのだろう、カルメは踏んづけるのをやめて、頭を足で砕いた。
「ヤッベ、すぐ身体とってくるわ」
「頼む」
カルメは急いで階段を登り、呪解者の大きな身体を引っ張って持ってきた。その身体を見ると、使用人たちはすぐに立ち上がり、頭をそれにくっつけて【治癒】を使い始めた。
タムチルーナが【治癒】を使えることは知っていたが、まさか使用人全員が使えるとは。それを基準に雇ったのかもしれない。
「何があった?」
「私共も全て把握しておりません。突如、おびただしい数の賊が現れたのです」
「タムチルーナ様を人質にとり、我々に「抵抗するな」と」
彼らもミェルと同じ事しか知らないようだった。呪解者は口の血を拭いながら話す。
「奴らは「金眼」と英雄の武器を集めようとしている。それでワガハイを狙ったのだろう」
「その、「アベンの首飾り」と言うのは。」
「そんなことより、聞くべきはお前たちの方だ」
首が完全につながったようで、呪解者は頭を振るう。
「カローラ・フェンはどうした。なぜここに居る?」
「まずいコトになった。あの剣持った金髪の嬢ちゃんが連れ去られて——」
その時。遠くでガラスが割れる音が響いた。
上から足音がいくつも、いくつも聞こえてくる。増援が来たことは明らかだった。もちろん、悪い意味で。
「クソ、まだ来んのかよ」
「呪解者殿、ここに抜け道などはあるか?」
「おい、先導しろ」
呪解者はユキヒョウの執事に命令した。執事は頭を軽く下げて地下室の奥へと向かっていった。
呪解者が移動しようとした時、がくんと膝が落ちた。急いで他の使用人たちが支えに行く。
「オイ、大丈夫かよ」
「やはり、血が足りんな……」
呪解者の血液は大量に失われてしまっている。あの出血量ではまともに動くことができないだろう。
「姉ちゃん、全員殺しに行くぞ」
「把握した。」
呪解者を避難させるためには信者たちを殲滅しないといけない。そして、その役ができるのはカルメと再生師だけだ。奴らを外に逃したら余計に面倒なことになる。
カルメたちは天賦を助けに行かなくてはならないのに。つくづく間の悪い黒フードたちに悪態をつく。
「先に逃げてろ」
「感謝する」
呪解者たちは奥に、カルメと再生師は上に移動する。
階段を登っていると段々と足音が近づいてきて、2人は顔を合わせた。もうすぐ信者と接敵する。
「姉ちゃん、頼んだ」
「任せろ。」
再生師は手をつき、四つ足の体勢を取ると一気に加速した。あの状態でないとこの狭い通路で彼女の尻尾は使えない。
斬撃の音が聞こえてくる。カルメの脇に腕やら胴体やらが飛んできた。死の暴風のようなやつである。
そうしている内に光が見えてきて、再生師とカルメは元の廊下に帰ってきた。地下室への通路の周りを大勢の信者が取り囲んでいる。
終わりの来ない、全くもってつまらない寡戦に、思わずカルメは酷い暴言を口にした。再生師が素っ頓狂な声を出すくらいの。
尻尾が揺れる。
関節を鳴らす。
そして——衝突した。
それからはもう、滅茶苦茶、なんて表現が最も適しているような戦闘だった。
ナイフが飛んで、黄金が飛んで、黒が飛んで。
考えることも嫌になって、どうしてこんなことをしなくちゃならないんだと苛立った。
乱暴に足を伸ばして、力任せに頭蓋を叩いた。
人手が足りない。ここに天賦がいればもっとすぐに終わるはずなのに。
終われ、終われと何度も唱えて。こっちは全身丸焦げなんだよ、いい加減にしろ。
そうして、いちいち対応するのも面倒になって、カルメは1人の脛を掴んだ。
そして、信者を槌代わりに振り回した。
「おお、なんだそれは!」
「コッチのが楽だわ! 武器っていいモンだな!」
今なら天賦の気持ちがわかる。確かに、人をこうやって振り回すのは気分がいい。ストレス発散になるし、一息に複数人を殴打することができる。使い物にならなくなったら他の信者を使えばいい。なんて効率的。
終わりが見えないことには変わりないが、処理する速度が早くなった気がする。後は、決定打のようなものがあれば——
「——伏せろ!」
ふいに、聞き慣れた声がして、カルメは信者をほっぽってその場にしゃがんだ。再生師は元より姿勢が低い。
そして——光がカルメたちの上を横切った。
まさか、と思いそれが飛んできた方を見る。
そこにいたのは、やはり彼だった。
「炎砲!」
炎砲は、ファティに抱えられながら手袋をこちらに向けている。あんなに大勢いた信者たちは皆上半身を失って、一斉にその場に倒れた。
「良かった、大丈夫でしたか」
「マジでナイスタイミングだわ。兄ちゃん、さっきは悪かった」
「いい、気にしなくて」
炎砲は右目をぐっと閉じて言った。まだ体が痛んでいる様子だった。
「センセーは秘密の通路から逃げてる」
「ああ、タムチルーナさんが言っていました。裏口で待ち伏せされないように待機していると」
四肢を取り戻したばかりなのに、流石呪解者の秘書と言うべきか。優秀な人材である。
「カルメ、あれを!」
「はァ、めんど」
割れる音。
奥の窓から追加で信者がやってくる。だが、カルメは既にこの戦闘を作業としか思っていなかった。
「さっさと終わらせるぞ」
それが、屋敷で見る最後の黒フードだった。




