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80話 グルーム・トス

 ——その光景を予想できた者はいなかった。

 天賦が光に乗せられて、遥か高い雪山を超えていってしまう光景など。


「クッソ……!」

「あっ、ちょ、カルメ!」


 カルメはその巨体のまま、風を力強く掴み飛んだ。再生師と炎砲を置いて、ただまっすぐ光を追って。必死に空を切る姿は彼らしくなかった。


 しかし、カルメの飛行速度では光に追いつけない。距離は離されるばかりだ。それでもいい、呪源の住処にさえたどり着くことができれば。


 ——カルメのその考えは甘かった。


「ゔっ!?」


 高い空から、光の球がカルメめがけて飛んできたのだ。いつもなら避けられるそれも、今の身体では回避することができない。カルメの右翼が焼ける音がする。


 結婚式を挙げれば降って来ないんじゃなかったのか。もう一つ翼に飛ぶ。もう一つ。


「こン、野郎ッ……!」


 抜け落ちた羽が宙に舞う。バランスを崩したカルメに向かって、いくつもの熱が飛んできた。既に天賦の姿は見えない。カルメは頭を振るい、嫌々ながらも避けることを優先した。


 怪鳥の姿から、空中で人の姿に変わる。翼を持たぬ人間は空を急降下し、光の球を間一髪で回避した。


 頭を下に、真っ直ぐ白の大地に落ちる。風の音がうるさい。カルメは頂上に見える建物の影に手を伸ばした。そんなことをしても意味などないとわかっているのに。


 光が通り過ぎたことを確認すると、再び鳥の姿に変わる。今度はいつもの形態だ。なんとしても、天賦を呪源に渡すわけにはいかないとカルメは羽をはためかせる。


「しつけェンだよ……!」


 カルメがホツァイト山を目指すと——あんな遠いところからでも黒鳥の姿が見えているのか——一回り大きな光の線が直下してカルメを殺しに来た。

 自在に軌道を変えるそれは鉱石よりもずっと避けにくい。水のように、当たることを許容することもできない。


 上に飛ぶ。身を翻す。

 そして、とうとう——


 ——直撃した。


 カルメの体が吹っ飛ばされる。「熱い」なんてどんな感覚か知らなかったのに。全身が火傷するのが分かる。ああ、このアホタレ。

 羽が上手く動かせない。空中の制御ができなくなる。


 カルメの視界の端で、まだ複数の光が飛んでくるのが見えた。空で体を回しながら考える。やらかしたな、と。


「——カルメ! 急降下しろ!」


 頭の隅っこで聞こえた炎砲の声に、カルメは咄嗟に人間体に変化した。上からはカローラ・フェンの光が飛んできている。身体を捻らせても回避できないくらいの量だ。


 どうする、と再生師たちの方を見ると——彼女の傍で、()()()()()()炎砲が空に向かってぐっと手のひらを伸ばしていた。まさか、とそれを理解する前に、


 ——眩しく光る轟音が、呪源の攻撃を消し飛ばした。


 カルメはその砲撃に捕らえられることはなかったが、衝撃でさらに長身が一回転する。


 あれだけの数でカルメを押しつぶし、焼き殺そうとした光が全て消えていた。更なる追っ手は飛んで来ていない。

 地面が近づいてきた頃、カルメの腹は赤い尻尾に捉えられた。視界が回り、そして白い地面に顔が落ちる。


「無事か、カルメ!」

「クソ、身体が……いや、ンなコトより!」


 カルメは焼けてヒリヒリと痛む体をよそに辺りを見渡した。そして、それを見つける。

 炎砲は、腕を無くして雪を赤く染めていた。


(あん)ちゃん!」


 すぐさま2人は炎砲に駆け寄った。再生師は髪を耳にかけ、【再生(レプロ)】を両腕に使った。


「ごめん、オレのせいだ」

「あの状況だ。仕方がない。」


 腕は無事に治ったが、炎砲は魔力痛で意識が飛んでいる。彼のおかげでカルメは助かったが、カルメが焦らなければ炎砲が身を挺してまで魔法を使う必要はなかった。


 もう山を登ろうとしていないカルメたちに光は飛んでこない。世界はまるっきり静かになった。


「ああクソ、クソ……」


 なぜカローラ・フェンは鐘の音を聞いて叫ばなかった。なぜ天賦を殺すでもなく連れて行った。呪解者が嘘をついた——わけがない。一体どうして。


「一度、呪解者の元に戻ろう。天賦のことは心配だが、今のままではどうしようもない。」


 再生師は炎砲をおぶって言った。もう一度行っても、どうせまた撃墜される。頭では分かっているのに、カルメは焼けた体を酷使してでもホツァイト山の頂上に飛んで行きたい気分だった。


「オレ、ああ、ワリィ……」

「カルメはよくやったさ。」


 今はとにかく、天賦を連れ戻す方法を見つけないといけない。鐘だけを置いて、1人を失ったカルメたちは街に戻ることにした。



————————————————————————————————



「あれ、みなさん……?」


 街に戻って、1番に会ったのはファティだ。

 術力車から乗り出して、ただならぬ気配を感じ取った様子だった。


「何が、それに天賦さんはどこに」

「……連れて行かれた」

「……それは」


 ファティは術力車から降りて、カルメたちの顔を真っ直ぐ見る。炎砲のことは唇を噛みながら。


「よく、戻ってきてくれましたね」

「ファティ……。」

「連れて行かれた、ということはまだ助かるんでしょう。すぐにその方法を考えましょう」


 ファティの声は心強かった。慰めでもなんでもない、確信を持った言葉は安堵をくれる。


「再生師さん、代わります」


 ファティは再生師の代わりに炎砲をおぶった。


「呪解者さんの所に」

「ああ。」


 カルメたちは早足で呪解者の屋敷を目指す。途中で降りかかる声は軽い会釈で済ませる。

 ファティと再生師の口から白い息が浮く。炎砲はくったりとしていた。彼が起きるまでには少しの時間が必要だ。


「なぜ、こんなことに……。」

「分からねェ。でも今までとは違う何かがあったはずだ。時期か、鐘か、女同士だったからとか、あとは……」


 ——カルメが、僅かに捉えた景色。

 あの光は天賦の「相棒」を一度撫でた。あの時の光は優しく、カルメに向けて放たれたものとはまるで違った。

 まさか、英雄の武器が関係しているというのか。


「結婚式の、例外の事例はどこかにありましたか」

「いいや、無かった。私が記憶している。」


 再生師が言うなら確かだ。

 カルメは「サマルエルム」についての記憶を必死で思い出す。自分が「魔王」だった頃の、僅かな、ぼんやりとした記憶を洗い出した。


 しかし、天賦ならともかく、カルメに英雄の為人は分からない。会話をしたわけではないのだから。アレの黄金の血をかけられた時のことを思い出して、余計苛立つ。


「……ん?」

「どうしましたか」

「……何か、騒ぎが聞こえる。」


 騒ぎ、と首を傾げ、耳を澄ます。

 その瞬間——叫び声が聞こえてきた。


「呪解者の屋敷の方からだ!」

「ああクソ、こんな時に面倒ゴトかよ」


 街の上に登るにつれて、人だかりができていく。皆口々に疑念や焦燥の言葉を口にしていた。

 そして、「先生は無事なのか」と。


「すみません、失礼します」


 人混みを掻き分けていく。その過程で住民たちは呪源を討ち斃した英雄たちに気がつき、道を開けていく。


「おい、なあ!」

「ンだよ、今大事な時なんだよ」

「こっちも大変やねん! なあ、先生を助けてくれ!」


 獣人たちがカルメたちに懇願する。あんたらしか頼りじゃない、と。


「何があったんだ。」

「ほら、あれ!」


 1人の獣人が屋敷を指差す。そこには——


「——今じゃねェよ、クソカルト……!」


 黒ローブを着た明人たちが、屋敷の周囲をずらりと囲い込んでいた。

 そこには一分の隙もない。皆、揃ってポーションを持っている。そして、中央に3人。何かを抱えて、兵士たちを下がらせている。


「嘘だろ……。」


 それは、腕と足が溶けたタムチルーナだった。


「この……賊がッ……!」


 タムチルーナは首を掴まれながらも、鋭く信者を睨んでいる。

 楽園教の信者たちは、タムチルーナを人質にして他の人間を屋敷に近づけないようにしているのだ。残酷な仕打ちに、カルメは更に苛立った。


「ふざけんなよ、クソッ!」


 ファティは目に見えて悪態をつく。

 カルメたちは呪解者に話を聞かないといけないのに。どうしてこんなことになっている。


 相手は今までにないくらい統率を取っている。下手に暴れたら住民が危ないかもしれない。カルメは名前も知らない人間たちと天賦だったら後者を取るが、それで後々大事になったら厄介だ。


 それに、向こうはカルメが見えているのに向かってこない。普段なら一目散に「王」と言って捕えようとしてくるのに。今回は別の目的を優先している。


「ど、どうする?」

「相手は1人です。ここを突破したら中にいる奴もすぐに気がつきます」

「では、呪解者が……!」


 再生師は呪解者の身を案じていた。だが、カルメは彼が()()死なないことは分かっている。カルメには呪解者の呪いも見えるから。


「センセーが死ぬ心配はいらねェ。それより誘拐される方がまずいな。秘書もあのままじゃ死ぬ」


 タムチルーナは四肢を溶かされていて、止血もされていない。彼女自身が【治癒(ヒール)】を使ってなんとか出血による死を防いでいる、といった様子だった。

 恐らく、数でタムチルーナを制圧したのだろう。


「遠距離から攻撃できれば……いや、炎砲が……。」


 向こうは目に見えてカルメたちを警戒している。ポーションが取り付けられたクロスボウを持って、それをこちらに向けていた。それに人質を取られている以上、自傷覚悟で突撃しても意味が無いのだ。


 こんな時、天賦がいたら驚異的な方法で解決するはずだ。自分がヘマをしていなければ炎砲が信者たちを撃ち落としてくれたはずだ。カルメは苦心する。


「……姉ちゃん、いいか」

「ああ、何だ。」


 カルメは再生師に耳打ちをした。この場はカルメと再生師で解決するしかない。平凡な策だが、カルメにこれ以外の方法は思いつかなかった。


 再生師の耳からマスクのクチバシを離し、住民や兵士に下がるように言う。そして、カルメは手を上げて信者たちの前に出た。


「……ホラ。テメェらの、金眼の王だぞ」

「おお……! 我らが王だ!」


 黒ローブたちにざわめきが広がった。独り言の癖に大袈裟である。


「そのマスクを外して、その目を見せてください!」

「……そうだなァ。恥ずかしいから、もっと寄ってくんね? 他の人に見られたくねェからよォ」


 くい、とマスクのクチバシを上げる。すると、タムチルーナを抱えた3人以外がぞろぞろとカルメの元に集まってきた。脳みそは1つだから、単調な動きである。


「そうそう、オレの信者サン限定だからな」

「さ、早く、その輝きを……!」


 逃げられないよう、信者たちはカルメの周りをぐるっと取り囲んだ。

 カルメはマスクの金具に手をかける。


「あァ。ちゃーんと見せて……やるかよッ!」


 カルメはすぐに姿勢を低くして、その長い脚を真っ直ぐ伸ばして1人の信者の脛にかけた。

 そのまま、ぐるりと脚を回す。腰を捻らせて、周囲を取り囲んでいた信者の足を蹴り飛ばした。


 そうして空いた空間に再生師が飛んでくる。目指す先は勿論、タムチルーナを抑えた3人だ。

 このために、彼女はいつか見た天賦の構えを真似していた。直線に限りなく速く動く、あの構えを。


 信者がポーションを投げる前に、再生師は3人の首に尾を入れた。何のためらいもなくかけられたそれは、真っ直ぐに頭を吹き飛ばす。


 そのまま周囲を信者を羽で取り囲もうとした時、


「いって……!」


 1つ、どこからかカルメの足にポーションが落ちてきた。呪源の攻撃で負傷していて、すぐに関節を曲げることができなかった。やはり、天賦ならこんな失態は……。


 羽の壁も出る速度がずっと遅い。焼けた体とリンクしているのか、黒い羽は所々焼け焦げていた。


 再生師がタムチルーナを救出したことを確認すると、カルメは羽で起き上がることを阻止した信者たちの頭を踏み潰した。首を折るより、こっちの方が早い。


 いつもなら1人でもかすり傷未満で倒せた相手なのに、随分と手間取ってしまった。状況と、何より己のせい。


「大丈夫だ、ゆっくり呼吸を。」


 再生師はタムチルーナに【再生(レプロ)】を使用する。たちまち羊の手足が伸びてきた。


「……申し訳ありません、ワタクシのせいで手間取らせてしまいました」

「無事で良かった。」


 最後の1人の首を潰す。黒い液体が雪に流れた。

 外に信者がいないことを確認すると、カルメは後ろの兵士たちに向き直った。


「……いいか、オレたちは中に入る。お前さんらは外に出てくるヤツがいないか見張っといてくれ」

「しょ、承知いたしました!」


 室内であの「サマルエルムの涙」を避けるのは難しい。中で共に戦うよりも、逃げてくる人間を捕らえてくれるほうがいい。


 今食らった溶解液も痛いが、やはりそれよりも呪源に食らった火傷が痛む。ルチカナイトで食らった鏃はここまで長続きするダメージではなかったのに。


 あの光は特別な力なのだ。本来、魔王にしか使えないもの。今自分が使えないのに、相手がそれを多用してくるのが癪に触る。


「カルメ、行こう。」

「ああ」


 タムチルーナのことをファティに預けて、2人は呪解者の屋敷の扉をくぐった。

カルメは全身火傷みたいな状態です。

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