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79話 響けよ遠く

「成程、よく見つけたな」


 完全に——とまではいかないが——回復した呪解者は、天賦が担いできた鐘を見てモノクルを上げた。


「そこら中歩き回ったんだぜェ。褒めてくれよな」


 呪解者はそれ以上の言葉を言わなかった。カルメは不満そうな声を漏らす。


「それで、呪源を斃しに行くのはお前たちということか」


 ここにいるのは天賦、カルメ、再生師、炎砲の4人だ。

 ファティは「呪源退治に俺は邪魔ですから」と言って、街で商売をしている。貯金は減るばかりだったので、彼がそうやって働いてくれるのは大いに助かる。


 出発する前、彼は何度も何度も「無事に帰ってきてくれ」と天賦たちに懇願していた。少ししつこいな、と思うくらいには。


「ファティは戦わないから」

「それ以外の所では大いにお世話になっているがな!」

「だろうな。呪われていない人間が呪源退治など、自殺行為となんら変わりない」


 呪源を斃そうとすると呪われやすくなる、というやつだ。どのタイミングで降りかかるか分からない呪いの、唯一判明している条件。


「あれ、でもニーデックさんは呪われて……」

「奴は運が良かっただけだ。とりわけな」


 同列に考えるな、とニーデックのことは別物として考えるように天賦たちに言った。一体どこまで並外れた人間なのだろうか。


「じゃ、行く」

「え?」

「呪源。カローラ・フェンのとこ」


 天賦の言葉に、再生師は「だろうな」という顔をした。呪解者の表情は変わらない。


「ま、準備もできたしなァ。躊躇う理由はねェか」

「ついに、呪源と……」


 炎砲は自身の手のひらを見て、ぐっとそれを握りしめた。手袋が擦れる音が静かな部屋に響く。


「早速向かうのか」

「そうしよ……うと思ったけど、よくよく考えてみたらまだ分かんねぇコトがあったわ」


 カルメが腕を組みながら人差し指を立てる。


「今までの呪源、斃す条件みてェのがあったって話は言ったよなァ? 嫌がるコトをしろ、みたいなの。カローラ・フェンの条件は、センセーは何だと思うよ」

「すまないな。こればっかりはワガハイも把握できていない」


 即答だった。聞くと、カローラ・フェンの姿は呪解者にとっても長年の疑問だったらしい。サマルエルムが誰かに特別関心があったという伝聞さえ残っておらず、調査が難航していたとか。


「ワガハイの考察にはなるが、サマルエルムには決して公にできぬ想いでもあったのだろう。現代でそれを探ることは不可能だ」

「……現代では、か。」


 再生師は横目で天賦を見た。天賦の夢のことが思い当たったのだろう。

 天賦はガフタに来てからサマルエルムが出てくる夢を見ていない。術力車の中で見たのが最初で最後だ。


「しかし、腕は再生していないのだろう? ならば首を落とせば斃せるのではないか?」

「どうだろうな、撤退も視野に入れておこう」


 ニーデックはカローラ・フェンの腕を持って帰還したのだ。オーガンの時のように、逃げることができない戦いというわけではない。


「カローラ・フェンがどのような行動を取るのかはワガハイの口から説明しておこう」

「ありがとうございます」


 天賦たちは呪解者の話を聞く。彼の本に書いてあることよりもずっと分かりやすかった。


 その話を元に、天賦たちはどう動けば良いのかを整理する。誰が最初に切り込むのか、どうやってカローラ・フェンに近づくのか、その話し合いは案外早く終わった。

 ニーデックもろくな作戦無しに、ただ速く動いて攻撃を回避したのだ。天賦たちも同じようにすれば良い。


「ンじゃ、あんがとなセンセー。行ってくるわ」

「駄目そうだったら戻ってくるぞ!」

「武運を祈る」


 ん、と天賦は親指を立てて呪解者に見せた。彼はモノクルをなぞるだけで、相変わらず大きな反応はない。


 天賦たちは呪解者の部屋を後にする。そういえば、今日はタムチルーナの姿を見かけなかったな、と天賦はあの背が高い秘書を思い出していた。



 しばらく廊下を歩いていると、天賦の耳は一つの音を捉えた。何かを高速で磨いている音である。


 何かと思って廊下の先を行くと、そこには手すりを熱心に磨くミェルの姿があった。「もう!」と高い声を上げて、火が出そうなくらいふきんをごしごし動かしている。


「ミェル、どうしたの」

「あっ、皆様! もう、聞いてくださいよ!」


 彼女はぷんすこ怒って、天賦たちに体を向けた。


「さっき、タムチルーナ様と色々話してたんですけど、あの人ったら、私が主様に恋心を抱いてると勘違いしてたんですよ!」


 天賦もてっきり、ミェルは呪解者のことが好きなのだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。


「私が奴隷ってことを抜きにしても、羽人が獣人を好きになるなんてありえないのに! 勘違いで怒られちゃったんです! 私は主様を心から尊敬してるだけなのに!」

「そんな話、俺たちにしていいのか……?」


 そういえば、獣人が獣人以外と結婚するのはありえない、という話を再生師たちに聞いた覚えがある。羽人も——少なくとも彼女は——それと同じ考えを持っているようだ。


「タムチルーナも変な勘違いをするな。獣人でない人間が獣人を好きになることがあると思ったのだろうか。」

「それほど熱心に見えたんだろ」


 天賦としては、獣人がそれ以外の種族と恋をするのはそこまで変なことには見えないのだけれど。しかし、呪解者を過激なまで尊敬しているミェルも「ありえない」と言うのだから、それは当たり前の価値観なのだろう。


 なら、サマルエルムも獣人の誰かのことが好きだったのだろうか。しかし、英雄たちの中で獣人は彼女だけなので、やはり呪源として現れた心情の正体は不明だ。


「あ、ところで皆様どちらに?」

「呪源斃すところ」

「あら! すみません、引き留めてしまいました!」


 ミェルは道を開けた。手すりは既にぴかぴかである。


「頑張ってきてくださいね! あ、他のは斃しすぎないようにしてください!」

「できたらなァ、できたら」


 残念ながら、ミェルのその願いを叶えることはできない。天賦たちは冷風が吹く街に出た。



————————————————————————————————



 ——そして、天賦たちはガフタの街から雪の上を歩き、高い高い雪山の麓に立っていた。


 美しくもあり、禍々しくもある。カローラ・フェンの住処、ホツァイト山である。

 天賦と炎砲は防寒具を、再生師は体を温める魔道具を身につけて大地の上に立っている。カルメはいつも通りの鳥の姿だ。


「ンじゃ、プラン確認するぞ? まず結婚式して、そんでオレがお前さんらを乗せて頂上まで飛んでって、教会の中に入ってバトルってコトでダイジョブか?」

「大雑把だな」


 戦闘が始まれば、あとは呪解者から教えてもらった知識を活用すれば良い。それで全てがうまく行くわけでないことは理解しているが、起こること全て予想することの方が不可能なのだ。


「そして、私が炎砲を抱えれば良いわけだな!」

「邪魔になったらほっぽれよ」

「その時はもちろん一声かけるさ。」


 少し前。炎砲は圧倒的な機動力を持つ2人に劣ることを悩んでいた。魔術師は後方で戦うのが当たり前だが、呪源の攻撃が避けられないのは致命的であると。


 そこで、再生師が提案してきたのだ。私が炎砲を抱えてみようと。

 実際、炎砲は再生師の片腕にすっぽり収まった。彼女には尻尾があるから、そして炎砲の体重は彼女の動きに影響しないからこれで行こうと練習していたのだ。


 場合によってはカルメに飛び移ったり、離脱して距離を取ることができるようにもしている。ここまで戦闘中に動き回る魔術師は、他にはスルくらいだろう。


「じゃ、結婚式やる」

「……その、そういえばなんだけど、鐘ってどうやって鳴らすんだ?」


 炎砲は天賦が1人で抱えて持ってきたミスリルの鐘を指差した。


「私がやる」

「天賦は新郎役だろう。」

「あ、そっか」


 ここにあるのは鐘だけで、それを揺らす紐や鐘を吊り下げる棒なんかは持ってきていない。そこまで考えていなかった。


「……カルメ、やって」

「ハァ? こんな小鳥ちゃんに?」

「大きくなってよ」


 確かに、と言ってカルメは目を半円の形にしながら巨大な鳥の姿に変わった。鐘の上に鎮座している。


「……えっと」

「これつけるんだよ。ほら、こっち来な」


 再生師はヴェールを被り、天賦は胸ポケットに造花を刺した。違いと言えばそこだけで、それ以外に2人の格好に変化はない。


「……質素すぎねェ?」

「仕方ないだろ、ガフタに明人用のドレスなんて売ってないんだから」


 あったとしても、ドレスは動きにくいので天賦も再生師も着るのを拒否する。タキシードも同様に。


「えっと、ここからどうするの」

「天賦はそこに立っていてくれ。私が入場する。」

「入場する場所もないけどな」


 再生師は天賦から距離を取り、内側に入り込んでしまったヴェールを直す。毛量があるので大変そうだった。


「では炎砲、私のヴェールを持ってくれ。」

「分かった」


 炎砲は再生師のヴェールの端を持つ。「似合ってるぜ」とカルメがくすくす笑いながら言った。何が面白いのかは天賦には分からない。


「始めるぞ。」

「うん」


 再生師は炎砲に合図をして、雪の上を一歩一歩歩き出した。いつもより、ずっと歩幅が小さい。

 長いまつ毛が寒風に揺れる。ただヴェールを被っただけなのに、その桃色が煌めいて見えた。


 天賦の前に再生師がやってくる。薄い白の下に、情熱に燃える赤い瞳がまっすぐ天賦の目を捉えていた。


 こうして、改めて再生師の顔を見て、やはり彼女はとても美しい人間だと天賦は再度認識する。さらりとしたピンクブロンドは弧を描くように外に跳ねていて、太陽の光をめいっぱいに吸い込んだようで。


 フリだと分かっていても、天賦は息を呑んだ。

 ——やはり、彼女は人間だ。


 炎砲は彼女のヴェールから手を離し、2人の前に移動した。そして「ゴホン」と小さく咳払いをする。彼の大きな手袋の中には、一枚の紙切れが握られていた。



 ——空を巡る風よ、大地を支える命よ、そして人々を見守る神々よ。


 ——今日ここに、二人は一つの道を歩むことを望み、その心を結びます。


 ——喜びの日には笑顔を分かち合い。

 悲しみの日には互いの支えとなり。

 困難の日には手を取り合い。

 希望の日には共に未来を見つめることを。


 ——互いを愛し、互いに誓い。


 ——その想いを決して偽ることなく、生涯をかけて歩み続けることを、神々と、この場に集うすべての者たちの前で宣言します。


 ——この祝福のもと、二人を夫婦として認めましょう。


 ——二人の未来に、永遠の幸あらんことを。



 炎砲の言葉は辿々しく、荘厳なものではない。なのに、天賦は肩に力が入った。まるで、今から本当に結婚するのではないかと。再生師の顔をまともに見れなかった。代わりに、ずっと、天賦は"相棒"を見つめていた。


「ハイ、鐘鳴らしまーす」


 カルメの気の抜けた声で天賦の意識は明瞭になった。雰囲気なんてあったものじゃない。


 カルメは鐘を掴んで数度羽ばたき、青く、銀に輝くミスリルの鐘を揺らした。


 ゴーン、ゴーンとそれが大きく響く。

 天賦は体勢を立て直し、山の上をじっと見た。再生師は炎砲を脇に抱え、ヴェールを剥ぎ取って服の中にしまった。結婚のムードはすぐに離散する。


 そのうち、叫び声が聞こえてくるはず。その瞬間にカルメに飛び乗って山をひとっ飛びするのだ。


 山が轟くのを今か今かと待ち、そして——



 ——天賦は、宙に浮いた。



「……はっ?」


 何も聞こえなかった。何も起きなかった。

 なのに、自身の体が浮いている。黒い羽も見えないのに。一体何が起きた、と頭が混乱し始めた時、地面から爆音が遅れて聞こえてきた。


「天賦!」


 いや、浮いているのではない。天賦は何かに乗っているのだ。地面を見ようとして、光る何かが目に入った。

 話に聞いていた「重さのある光」かと思ったが、全く熱くない。


 丸く光るそれは、天賦を乗せて、目を合わせてきた。目なんてないのに、目が合っていると錯覚する。


 風が吹き荒れている。この光が飛んできた衝撃で突風が巻き起こっているのだ。カルメの姿が、再生師と炎砲の影が見えない。ただ、光しか。


 そして——その光は、天賦の"相棒"を向き、それを一撫でした。普通なら"相棒"に無許可で触ろうとすれば、天賦は拒絶する。なのに、天賦はそれを拒否することができなかった。何かに威圧されたからではない。


 受け入れてあげようかな、と思ってしまった、


「クソッ、嬢ちゃん!」


 カルメの荒い声が聞こえて、天賦はすぐにここを降りなければと気がついた。ここは高い、空の上だ。


「カル……うわっ!?」


 黒い羽に手を伸ばそうとした。しかし、自身が乗っている光がぐっと上に急上昇して、天賦は空気に押されて身を屈めるしかできなかった。息をするのさえ難しい。


 何かが飛んでくる音がする。しかし、それは天賦を横切る。瞼さえ開けなくなって、天賦は状況を把握することができなくなった。


 羽に手よ届けと願う。それを掴むことを望む。

 しかし、天賦の手は風しか捉えることができなかった。


「待て! 待てよこのクソッタレ!」

「天賦!」


 空に、白と青の造花が舞う。

 呪源——カローラ・フェンの光は、天賦だけを連れてホツァイト山の頂上まで登っていってしまった。

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