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78話 とっておき

 結局、その日は食べ物を買い回っただけで、鐘を手にすることはできなかった。——正確に言うと、天賦たちがガフタの食事に夢中になって鐘が後回しになってしまっただけ。


 あの後ファティは宿で何か思い詰めた様子だったが、炎砲が彼に話しかけていたので大丈夫だろうと天賦は思った。炎砲はそういうのが得意だから。


 そして、次の日。

 天賦たちはある店の前に来ていた。


「本当にここにあると思うか?」

「わかんない」

「モノは試しだろ」


 鐘のモチーフが揺れる「銀の鐘」。

 ガフタでは呪源を理由に敬遠されている鐘の名を冠する料理店だ。ならば、もしかしたら鐘があるんじゃないかと、ほとんど藁にもすがる気分だった。


「店はあらかた探したからな。」

「探したっていうか、食べに行っただけっていうか……」

「まあまあ」


 天賦は扉を開ける。中が見えてすぐ、ウェイトレスの元気な声が響いた。


「あ! 天賦さんたちやないか!」

「どーもどーも」


 まだ開店してすぐなので客は少ない。それでも、天賦は人の目がこちらに集中するのを感じた。


「また来てくださって嬉しいわぁ」

「今日は違う。他の用事」

「え?」


 厨房から牛の店長が顔を覗かせる。


「オレたち、ココの呪源……シューゲンだったか? ソレを斃しに来たワケ」

「やろなぁ」

「そンで、そのためには鐘が必要なんだよ。お金じゃなくて鳴る方の鐘な。で、ソレがココにあったりしないかなーって」


 カルメの話を聞くと、犬獣人のウェイトレスは何かを考える素振りをしてから店長の元に向かった。

 彼に耳打ちをして、それから店長もこちらにやってくる。持ってない、とは言い難い雰囲気だった。


「あんさんら、鐘が欲しいんか」

「そう」

「……あー、まあ、カローラ・フェン斃すっちゅーことならそうなるか」


 店長は頭の裏をボリボリと掻いた。なにやら真剣な顔をしている。


「じ、実はな」


 店長は小声で、天賦たちに近づいて話した。


「あんねん。鐘」

「おお!」


 大きな声で喜んだ再生師を、店長は慌てて静止する。でもな、と話を続けた。


「渡せるかっちゅーたら……うーん」

「や、ちょっと貸してくれるだけでいいんだってェ」

「それでも……あー……」


 店長は言い淀んで、それから天賦たちを店の隅に行くように誘導した。角っこで小さな声で話す。


「あんな、ワイ、昔に先生の偽結婚式ちょいちょい見たことあるんやけどな。絶対に鐘がぶっ壊されんねん」

「……どういうこと?」


 頂上で暴れる、とは言っていたが、なぜ麓でする結婚式で鐘が壊されるのだろう。


「石が降ってきてな、それが絶対鐘に直撃すんねん。周りの人間は逃げれるやろうけど、鐘はアカン。あの音が嫌なんやろうな」


 初耳だ。呪源退治に直接関係のある情報ではないし、タムチルーナもそこを省略したのだろう。


「ウチの鐘、オトンから絶対に壊すな言われてんねん。代々受け継いできたとかなんとかで」

「オレらが守るってェ」

「確実じゃないやろ、そんなん!」


 彼からしてみれば、鐘が必ず壊される、という彼が見てきた結果があるのに、大事な鐘を天賦たちに渡すなんてありえない。

 しかし、天賦たちからすれば、この国で唯一見つけた鐘なのだ。このチャンスを逃したくない。


「どうしたら貸してくれる」

「貸すって……貸したくはないんやけどなぁ……」


 店長はかなり悩んでいる様子だった。しばらくうんうんと呻り続けて、それから顔を上げる。


「あー……もし、壊れた時用の……修理費?」

「……なるほど」

「それなら、できる」


 天賦たちには炎砲の貯金分のお金がある。それくらいは用意できるだろう。


「ミスリル製やからなぁ……」

「……ミスリルぅ!?」


 ファティが口を大きく開けて驚いた。確か、希少な鉱石だかなんだかだ。ウィルヒムたちから聞いたことがある。


「そ、それ、どのくらいの大きさなんですか」

「こーんくらい」


 店長は腕を目一杯広げて見せた。かなりの大きさだと推測できる。


「そ、そんな大きさの鐘をミスリルで作るなんて……」

「おかしいよなぁ。ワイももったいないと思うわ」


 その希少さや異常さは、天賦にとってはどうでもいい。大事なのは、それ用の修理費を天賦たちが用意できるかどうかだ。


「どうなの、払えるの」

「……厳しいかもな。」


 それでは困る。天賦たちの旅はまだまだ終わらないのだ。しかし、そうしないとカローラ・フェンを斃しに行けない。


「——あっ」


 天賦たちが悩んでいると、ファティが何かを思いついたようで店の扉に手をかけた。


「どうしたの」

「あります、渡せるもの。ちょっと取ってきます!」


 パタパタと足音を立てて、ファティは街を駆けていった。天賦はカルメと顔を合わせ、首を傾げた。


 しばらくして、彼は店に帰ってきた。その手には、ファティが天賦に触らないように言ったあの箱を持っていた。上には香りがする草が取り付けられている、あの。


 天賦はその匂いに顔をしかめた。やはり苦手な匂いである。


「えっと、それは……?」

「ガフタなら役に立つと思ったんですよ、これ」


 ファティは草を避け、箱の鍵を開けた。

 その中に入っていたのは——


「はあっ!?」


 ——天賦が確認する前に、店主が前に出た。


「こっ、これっ、おま、「王の盃」やないか!?」

「おうのさかずき?」


 天賦がそれを復唱すると、店の客や店員が聞きつけて、店長の元にわっと集まってきた。


「え、マジ?」

「おいちょっと貸せ」

「いやマジモンやでこれ」

「俺にも見せろって」

「うわーええ匂い」


 天賦たちはその輪からすっかり外れてしまった。ファティのやつ、一体何を持ってきたんだ。


「ファティ、あれは何なんだ?」

「ふふふ、これが俺の切り札「王の盃」です!」

「え、なにそれ」


 ファティが珍しく誇らしげな顔をしている。見た目だけではただの粉にしか見えない。


「どんな物も至高の味わいになる幻の調味料ですよ! 希少さ故その存在はおとぎ話同然……俺が持ってることがありえないレベルの超! 貴重品です!」


 そう言って、ファティは胸を張る。天賦と炎砲は「ほえー」と間の抜けた声を出した。


「じゃあなんで持ってんの?」

「まあそれは色々あって。とにかく! 料理の国ガフタにおいては最強の交渉材料なわけです! 本来は厳重に保管するべき物なんですけど、使わないのならそれは無いのと同じだなと思って思い切って持ってきちゃいました」


 ファティは術力車といい、「王の盃」といい、不思議なものを多く持っている。彼の親が行商人なのが関係しているのだろうか。


「その、どうですか? これと交換では……」

「バッカ、「王の盃」丸々一本とミスリルの鐘なんかが対等なわけないやろ! 五分の一でええわ!」


 どうやら、その幻の調味料とやらはガフタの国民たちにとってミスリルより遥かに価値があるらしい。

 皆、見せろ見せろと押し合っている。


「オイ、鐘は……」

「そこの、おーい! 案内してやれ!」

「ただ今ぁ!」


 店長は犬のウェイトレスを呼びつけて、天賦たちを連れていくように言った。料理人たちは早速試してみようと意気込んでいる。まさか、ファティが持ってきたものがこんな価値のあるものだったとは。


「では、こちらに!」

「感謝する!」


 天賦たちは店の裏に案内された。そこには古びた倉庫があって、南京錠が扉にかかっている。

 ウェイトレスはそれを開けて、大きな扉をぎぎぎと引っ張った。


 ——すぐそこに、きらりと青く光る色があった。重々しく、細やかに装飾がなされている。まさに、祝福の鐘、といった感じだ。


「綺麗だな」

「てか、デッケー」


 思っていたより大きい。男5人くらいで運ぶようなものだろう。これを呪解者に見せれば驚くに違いない。


「あ、その突っ張り外したら音鳴ってまうから! 気ぃつけや!」

「分かった」

「明後日取りに来る。」


 無事、鐘を得ることに成功した。天賦は満足げな顔をする。これでカローラ・フェンを斃す準備が整ったのだ。


「ファティ、ありがと」

「いえいえ、調味料のおかげですし」


 あんな希少な物なのに、簡単に手放すつもりだったのが不思議だ。ファティにとってはそこまで重要なものではなかったのかもしれない。


「俺、もったいないってなっちゃって結局ずっと使ってなかったんで……」

「あー、お前さんはそうだろうなァ」


 天賦たちの中で、あれの価値を知っていたのは再生師ぐらいだ。ガフタの住民ほとんどが知っていのは、やはり文化の違いというやつなのだろう。


「じゃ、とりあえず戻りますか」

「……あ、なあ。俺、ひとつ思ってたんだけど」


 炎砲が手を上げた。


「どしたの」

「その、どうでもいいことだとは思うけど……夫役と妻役は誰がやるんだ?」

「……あ、確かに」


 偽の結婚式を挙げるなら、当然新郎新婦がいる。天賦はそれをすっかり忘れていた。


「ファティ、お前さんやったら?」

「いや、年齢的にまずいでしょ……」

「どうせニセモンなのに何気にしてんだよ」


「それより炎砲くんでしょ。歳も近いし」

「見た目が子供過ぎんだろ。呪源騙せねェって」

「そこは関係あるのか……?」


「カルメは駄目なのか?」

「オレが? それこそ何で」

「何でって、理由なんていらないでしょ」


 カルメたちは何やら役割で揉めている。すると、再生師が尻尾をブンブン振りながら元気に手をビシッと挙げた。


「天賦! 私とやるのはどうだ!」

「いいよ」


 あまりに即決で決まったそれに、カルメたちは「え」と声を揃えて言う。


「……あ、いや、まァニセモンだしな。それでもいっか」

「女性同士って、それこそ騙せるんですか……?」

「んー、駄目そうだったら代わればいいだろ」


 同性で結婚なんて天賦も聞いたことがないが、形だけなら再生師が相手でも構わないはずだ。


「天賦は夫役だな! 格好いいから!」

「結婚式って何すればいい?」

「ま、マナーっつーモンは教えてやるよ」


 天賦はなんとなく、サマルエルムのことを考えていた。

 花嫁の姿になったきっかけは、結婚にこだわるようになったきっかけは何なのだろう、と。


 ルチカナイトも、キシャも特別な斃し方の条件があった。なら、カローラ・フェンにもそれがあるはず。


 ひとまず、呪解者に聞けば何かわかるかな、と天賦は鐘の輝きを見た。

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