77話 おたずね物
——資料室でタムチルーナと話し、カローラ・フェンについての、分かりやすく噛み砕いた情報を得る天賦たち。
それでも、天賦はなんとなくしか理解していなかったけれど。
「——ええと、つまり?」
カルメが頭を掻いて、手振りを交えながら話す。
「カローラ・フェンは山の頂上のクソデカい教会にいて? だけど山を登るととんでもない量の呪源ビーム降らしてきて? 登山以前にヤツの寝ぐらに行くコトができないってコト?」
「はい、その通りです」
ルチカナイトが終盤に放って来た、あの絶望の光をカローラ・フェンは多用するらしい。あの時、カルメがいなければ天賦たちは間違いなく死んでいた。
「でも、カルメいるから。光なら大丈夫」
カルメの羽の壁なら、あの光を防ぐことができる。天賦たちにとってはたいした問題ではないだろう。
そう思って天賦は発言したのだが、カルメたちはそれを聞いてぎょっとした顔をした。
「ちょ、ココで言うなって……!」
「……どういうことですか?」
「あ、あの、特別な魔法? 魔道具? みたいなのがあって? なので、それの心配には及ばないかなーと……」
ファティが苦し紛れの言い訳をしているのを見て、天賦はようやく気がついた。
そうだ、カルメにそんな力があるなんて言ったら怪しまれる。呪源の強大な光を防ぐことができる力なんて、魔王だと気付かれたらどうするつもりだ。
タムチルーナは質素な眼鏡の縁を触って、それを少し上げた。
「あなた方の所有しているそれがどんなものかは分かりませんが、それで対処するのは難しいかと」
「どうして」
「あの光には重さがあります」
光に重さがある。
天賦は太陽の光を重いと感じたことはない。なんとも不思議な話だ、と窓から刺す日光を見た。
「光に焼き殺されなかったとしても、押し潰されて死んでしまいます」
「……カルメ、ルチカナイトの時は重いと感じたか?」
「いンや、別にアレ自体に重みはねェんだけどなァ……」
カルメはまるで自分の物かのようにあの光の記憶を語る。ルチカナイトが放ってきた光に重みがないなら、カローラ・フェンの「光」はそれとは別物なのだろうか。
「えっと……じゃあ、空から行ったら……」
「過去に飛ばした気球は撃墜されました」
それでは、カルメに乗っていくのも難しい。ただでさえ的が大きくなってしまうのだから。
「聞いている限りだと攻略法が無いように思えるが。奴はどうやってカローラ・フェンのところに辿り着いたのだ?」
あの記録を見る限り、やはりこれ以上なく素早く動いて回避した、辺りだろうなと天賦は予想した。今のうちに体を動かしておこう。
再生師に対する、タムチルーナの答えは——
「結婚式です」
「……え?」
けっこんしき。
天賦はサマルエルムの夢を思い起こす。あの、白い建物のやつ。鐘が鳴っていた。
「……どゆこと?」
「カローラ・フェンはガフタ周辺で結婚式が開かれると暴れ出すのです。その際、錯乱した状態になり、光を放つことがなくなります」
なるほど、そうすれば山に登ることができそうだ、と天賦は顎に手を当てる。
しかし、天賦はカローラ・フェンがそこまで結婚に固執する理由がわからなかった。天賦の記憶だと、サマルエルムはそのようなことに興味がないように思えた。
「ホツァイト山の麓で、ニーデック様は協力者の方に偽の結婚式を挙げるようにおっしゃいました」
「本物じゃなくてもいいんですね」
「不思議な話だな……」
それほど結婚式が嫌いなのだろうか。サマルエルムはそれ自体の幸福を否定していたわけではなかったのに。
「嬢ちゃん?」
「……あ、ぼーっとしてた」
「——ですので、こちらを」
タムチルーナは棚から透き通ったヴェールと、よく出来た造花を取り出した。古い棚の中にしまってあった物なのに、埃をかぶっていない。
「妻役と、夫役です」
「あーなるほど、そういうことね」
偽の結婚式をするときはこれをつけろ、ということだろう。天賦はこれを見ても結婚に関係ある物だとピンとこなかったが。
「あと、鐘を」
「鐘?」
「結婚の鐘が鳴った時が鍵なのです。しかし、申し訳ありませんが、鐘はこちらで用意することができません」
聞くところによると、カローラ・フェンのせいでガフタには結婚式のしきたりが無くなり、鐘も無くなってしまったらしい。
そういえば、最初に立ち寄った店「銀の鐘」も、鐘のモチーフはあったが、鐘自体はどこにも見かけなかった。
「じゃ、ソレはオレらが探してくるわァ」
「ありがとうございます、色々と」
「いえ」
呪源を斃すために武器ではなく、鐘を探しに行くとは。やはり呪源は常識はずれである。
「鐘を見つけたら再び来ればよいだろうか?」
「そうですね……先生の都合もありますので、3日後にお願いできますか?」
「分かりました」
呪解者は首を刺されても死なないが、どうやら傷や失った血は元に戻らないらしい。それでも、天賦は彼の呪いと自分の「禁忌の呪い」を交換して欲しいと思った。
「3日経っても見つかんなかったらワリィな」
「いえ」
世界最強の存在を斃すことに比べたら、鐘探しなんてずっと簡単だ。すぐに終わるだろうと天賦は高を括った。
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——そして、天賦たちは鐘を求めて街を巡ることになったのだが……
「鐘? んなもんあるわけないやろ」
「そんなんとっくの昔に捨ててもうたわ」
「呪源暴れさせたらどーすんねん」
……といった調子で、誰も鐘なんて持っていなかった。家の扉にでも取り付けられていないかとログハウスを見回したが、やはりどこにもかかっていない。
「ここまで上手くいかないとは……。」
「そりゃセンセーが用意できないワケだ」
ソエルソスに行けば鐘なんてすぐ見つかるのに。ここで探すよりもソエルソスに戻った方がいいんじゃないか、とさえ思った。
「鐘って何でもいいんかねェ。結婚のってなったらちょっと違くね?」
「うーん、鐘の音の違いなんて分かんないと思うけどなぁ……」
鐘なんてみんな同じだ。天賦たちは選り好みさえできないのだから、そこは気にしないでもいいのでは、と天賦は思う。
「じゃ、いっそのこと作ってもらいますか? 3日以上かかっちゃうと思いますけど、無いなら作るしかないんじゃ」
「確かに」
「おお! ファティは賢いな!」
無いなら新たに作るしかない。確かにその通りだ。鐘を作ってくれるような人は……鐘屋なんてあるのだろうか、と天賦は腕を組む。
「鍛冶屋で作ってくれるかな」
「ま、試しに行ってみるかァ」
天賦たちは鍛冶屋に向かう。いくらぐらい出せば鐘を作ってくれるかな、なんて考えていた。
鍛冶屋にいたのは、「銀の鐘」で見た猫に似た獣人だった。顔を見るなり、「天賦さんらやないか!」と作業を中断して、獣人の表情を読み取りづらい天賦もわかるぐらいの笑顔を作った。
「なんやなんや、ウチに用か? 呪源斃す武器ちゅーことならワイに任せぇ!」
「あー、悪いけど、作って欲しいのはそれじゃねェんだよなァ」
そうなん、と彼は首を傾げる。天賦たちに良くしてくれそうな人だから、この人ならきっと作ってくれるだろうと天賦は胸を撫で下ろした。
「鐘って作れるか? 鳴る方のカネ」
「無理やな!」
天賦は冷水をぶっかけられた気分になった。
「スマンけど、ワイ武器専門なんや。鐘は作れへんなぁ」
「じゃ、職場の仲間はどうだ?」
「あー、聞いてみるわ」
猫っぽい獣人は、後ろに向き直って鉄を打つ獣人たちに声をかけた。
「こん中でカネ作れるやつおるかー?」
「なんや、偽金か?」
「違うわ! リンゴーンの方やって」
すると、そこら中から次々に声が上がった。
「んなもん作ったら呪源に呪われてまうやろ!」
「縁起悪なってまうわ!」
「呪いにかかって「チーン」ってな!」
つまらないギャグに批判が殺到する。もう鐘の話題は無かったことになっていた。
「スマンな、作ってやれんくて」
「いや、ありがとうな」
結局、鍛冶屋で鐘を手にすることはできなかった。早くも行き詰まりである。天賦はまさか、鐘探しでこんなに苦戦するとは思わなかった。
「かなり歩いたと思うが、全然無いな。」
「大変」
いっそのこと、鐘に近い鈴や、それかフライパンで音を再現するとかしたらどうだろうかと考えを巡らせる。それでカローラ・フェンが満足してくれたらいいのだけれど。
「なんか、お腹すいた」
「私もだ……。」
「はは、今日はあのシチューしか食べてないからな」
あれはシチューではなく、スープだ。腹が満たされるわけがない。加えて街のあちこちから食べ物の匂いがするのだから、ますます空腹が加速する。
「一回休憩にしましょう。何が食べたいですか?」
「肉」
「肉だ!」
再生師とは気が合う。互いにグッドサインを作った。
「じゃ、いい屋台かお店を探しましょう」
「——あ! そこの英雄さんら!」
元気のいい、大きな声でそう声がかかった。天賦は直観的にそちらの方を見る。やはり、男は天賦たちを呼んでいたようだ。
「どや、ウチの串食ってかんか?」
「串焼きかァ。いいんでねェの」
屋台になっている店は、何かの肉を強火で焼いている。いい匂いが天賦の腹まで届いた。
「そうする」
「こういうのもいいですね。お酒が飲みたくなるなぁ」
いろんな種類の肉が焼いてある。どれにしようかと迷っていたら、犬獣人の店主が端で焼いている串をまるごと取って、それを天賦たちに手渡した。
「おすすめはコレ! 呪源斃した方々やし、1人一本サービスしたるわ!」
「え、やった」
「感謝する!」
あの店では注目されすぎて大変だったが、こうやってささやかなサービスをしてくれるのなら有名になるのも悪くない気がする。カルメに渡された分は天賦が手に取った。
「じゃ、いただきます」
「おう、ガブっといっちゃってくださいな!」
天賦は串一本に刺さっている肉を、一度に全て口に含んだ。いい食べっぷりに店主が笑う。
豚か牛かな、と思って食べてみたが、違う肉だ。食べたことのない味の肉で、独特な風味がある。
「初めて食べる肉だな。」
「うん、特徴がある感じの」
「へえ、何の肉だろ」
ファティは天賦たちの反応を見て、それから期待を込めた顔で一口かじる。彼は料理人だから、これが何の肉かわかるだろう。そう思って、彼の顔を見ていると——
——ファティの顔が段々暗くなり、口を押さえた。
串を持つ手が震えている。もしかして、口に合わなかったのだろうか。ファティの分も食べてやろうと手を伸ばした時、
「あんさ……うおっ!?」
「——お前、なんてモン食わせてんだ!!」
ファティは声を荒げ、犬の獣人の胸ぐらを掴んだ。
「ファッ、ファティ!?」
「オイオイ、何してンだよ!?」
確かに不思議な風味のある肉だったが、そこまでするような味じゃない。むしろおいしい。
なのに、ファティは今まで見たことがないくらいに激昂していた。
「ハ!? おまっ、何してんねん!?」
屋台の裏から、狐の獣人が焦って出てきた。小柄なのでファティたちの間には入れない。
「こ、これ食わせただけなんやけど……」
犬獣人は狐獣人に串を渡す。それを見て、狐の女は店主に「アホンダラ!」と叫んだ。
「何やってん! 明人はサキュバス食わへん言うたろ!?」
「そ、そうなん? 知らんかったわ」
「あったり前やろ! ガフタだけやって、珍味言うてんの」
どうやら、天賦たちが食べた肉はサキュバスのものらしい。ガフタでしか食べないと聞いて、通りで知らない肉だったわけだと天賦は納得する。
それを聞くと、さっきまで犬獣人を睨んでいたファティはふっと表情を和らげた。
「……サキュバス? ……あ、ああ、サキュバスか」
モコモコの上着を掴むのをやめて、ファティは自身の前髪をかき上げる。
「すんません、このアホが……」
「い、いや、俺がおかしかったです。いきなりすみません、本当、ごめんなさい」
ファティは店主に何度も頭を下げる。店主は微妙な笑いでそれに答えた。
「すみません、代金はちゃんと払います」
「ええって、サービスサービス!」
あんなに感情を出したファティは初めて見たから、天賦たちは思わず固まってしまった。正直、いつも振り回されてばかりの彼が怒るところが、ちょっと怖かったから。
そこから、最初に話したのは炎砲だ。彼はファティの背をさすりながら、間から顔を出す。
「……店主さん、他の串も食べたいな」
「あ、ああ! もちろんええで!」
こういう時、真っ先に動くのは彼だ。先に動いてくれる人がいると、天賦も動きやすくなる。
「じゃ、私もあと10本食べる」
「嬢ちゃん、食いすぎな」
目を閉じて、肉を頬張る。
とりあえず、鐘探しは後にしようと思った。




