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76話 切迫した人

 ——書物を漁る天賦たち。

 カローラ・フェンについて、天賦たちが欲する情報が載っている本を探す。天賦は字が読めないので本当に漁っているだけ。


「あーもー、難解な言葉ばっか使いやがって」

「ちゃんと専門書ですね、これは」


 ここに載っている言葉は難しい言葉、らしい。こういう時、天賦は考えなくていいので楽だ。


「そういや、あの人以外に呪いの研究家っているのか?」

「いるが、やはり彼に及ぶ研究家はいないな。あんな情報さえ持っているとは思わなかったが……。」


 再生師は凄まじい速度でページをめくっている。彼女はそれで頭に入るのだから凄まじい。正確には、文字を記憶しているだけで理解しているわけではないのだろうけど。


「お、出た出た「ニーデック氏」」

「う、やめろ。」

「本当に苦手なんですね……」


 ニーデックとやらとは一度会ってみたい。「天賦とどちらが強いかわからない」なんて人間、他に見たことがないから。


「ニーデックさんとは何かあったのか?」

「特別な出来事があったわけではなく、普段の素行が……炎砲の前で言うのは気が引ける……。」

「そ、そうなんだ」


 炎砲はニーデックに恩があり、再生師は何かしらのことがあってニーデックに苦手意識がある。奇しくも、2人ともその男と面識があった。


「ファティ、知ってる?」

「名前に覚えはないですね」


 再生師がニーデックについての話を切り上げ、再び読書の時間に戻る。天賦はカローラ・フェンの絵をずっと眺めていた。


 魔獣とは全く違うその容姿。しかし、かといって人間に見えるわけでもない。まさに「異形」以外に形容ができない姿だ。美しくもあり、醜くもある。


 天賦は「花嫁」がどんな姿か全く知らなかったが、カローラ・フェンの絵を見て納得した。花嫁をおぞましい姿に変貌させたのがこれなのだろうと。


 あの夢を思い出す。サマルエルムと出会った場所も結婚式場だった。


 紙がくしゃりとはためく音が聞こえた。カルメが一度天井を見て、それから手を挙げる。


「ハーイ、ろくでもねェ情報聞きたい人ー」

「え、なにそれ」


 気になって彼の方に寄る。再生師や炎砲も読んでいた本から手を離して集まってきた。


「コチラ、ニーデックさんが呪源と戦った際の記録になります」

「おお! それは重要そうだ!」

「弱点とか書いてないか?」


 カルメが——必要のない——咳払いをする。頭に中心部となる宝石が埋め込まれているとか、そういう情報を期待する。


「えー、ニーデックさんは他の仲間、というか兵士も連れて討伐に向かったみたいですねェ。彼以外はばたばた死んだらしいですケド」

「ちょ、言い方が……」

「ンで、実質1人でなんとかしたってコトで。すごいねェ」


 天賦も1人では絶対に今までの呪源を斃せなかった。なのに、——仲間がいたとは言え——1人で挑むとは。


「そして、ココからが具体的な腕を切り落としたいきさつになります」

「おお、見せてみろ!」


 再生師がそれを音読する。天賦は知らない言葉ばかりが出てきたので内容を把握できなかった。

 彼女がそれを読むにつれ、ファティと炎砲の表情が微妙に変化していく。再生師はまだ内容を理解するに至っていない。


「——ということらしい。」

「……つまり?」

「トンチキ強えヤツがなんかありえん動きで飛び回った! そしてよくわからん内に腕もぎ取ってきた! やったぜ!」


 ——資料室が静かになる。

 天賦は、ファティと炎砲の表情の理由に辿り着き、そして同じような顔をした。


「……い、いや、いやいや。攻略法とか——」

「クソ速く動きました。以上」


 なんて役に立たない情報なんだ、と天賦は落胆を超えて驚愕した。


「……いや、そうだな。あいつのことだし、こんなものだとは思っていたが……。」

「ま、まあ、天賦も再生師も速く動くのは得意だろ?」

「なんでこの人、今来てくれないんですか……」


 再生師は嫌がるだろうが、ニーデックが共闘してくれればもっと早く勝てそうなのに。ますます彼が助力してくれない訳を知りたくなる。


「……これで全部、ってわけじゃないだろ。流石に」

「ああ、まだあるはずだ。探してみよう。」

「呪解者さんに聞いたほうが早い気がしてきました」


 天賦はその場に座る。早く見つけてくれないものか。


「てかさァ、センセー遅くね?」

「何か手間取っているのだろうか。」


 脅しをかけてきた人間だ。そう簡単に帰ったりはしないだろう。もしかしたら武力行使に出ているのかもしれない。


「……見に行く?」

「ま、普通に心配だしなァ。マジで火つけてたら宿とかコエェし」

「そこなのか」


 天賦たちは本を元の位置に戻し、椅子から立って扉に手をかける。「必要ない」とは言われたが、揉め事になっていたら戦闘力のある自分達は役に立つはずだ。


 部屋の前で待機していた使用人に一声かけ、屋敷の門に向かう。広いので走りたくなったが、廊下を走るなとファティに注意されたのでやめた。


「すげェなァ。呪いの研究してココまで儲かンならオレもやろっかなー」

「私たちが斃す、から、呪いなくなるよ」

「あー、それもそうだなァ」


 カルメなら呪い関連の商売はできると思うが、どうせ天賦が全て斃してしまうのだ。呪解者にも次の職を探す用意をしてもらわないといけないかもしれない。


「あんな脅しが「いつものこと」なんて、気疲れしちゃいそうだよな」

「呪いを解く者、と名乗っていますから。それを無闇に信じているのでしょう」


 有名になることは大変なことだ。天賦も各地でそれを実感している。既に世界的に有名——らしい——呪解者はさらに過酷だ。


「……あ」

「どうかしたか?」

「なんか、喧嘩してる声聞こえる」


 天賦以外にはまだ聞こえていないようだ。男が怒鳴り、それに静かな声が挟まっている。トラブルになっているのは間違いない。


「急ごうか。」

「ただのクレーマーだと思うんだがねェ」


 早足で廊下を歩く。廊下を進むに連れて、聞こえてくる声も大きくなっていった。

 玄関口にはむすっとした顔のミェルがいる。バケツの中は空になっていた。


「何がおきてるの」

「主様に呪いを治せって言いに来たんです! 失礼な人ですよね、本当!」


 ミェルの頭の羽がパタパタ揺れる。華奢で背の低い彼女の体とカルメを比べた。確かに、これを同じ種族と言い張るのは無理があったかもしれない。


「もう、もし私が鬼だったらボコボコにしたのに!」


 ミェルはしゅっと息を吐きながら宙にパンチを繰り出す。それから威力は感じられない。


「ほら、やっぱりクレーマーだ」

「出てみようか。」


 再生師は慎重に扉を開けた。そして——


「——だから、俺の呪いを解いてくれよ!」


 呪解者の前に、刃物を自身の首に押し当てた男がいた。「腐食の呪い」のあの男とは違い、見目では呪われているかわからない。


「あんた呪解者だろ!? なら呪いの一つくらい解けるだろ!」

「呪解者を知っているというのに、ワガハイの本は読んだことがないようだな。序文に「呪いの治療法はない」と書いてあるはずだが」


 錯乱した男と対照的に、呪解者も、その使用人も無表情で体を動かさない。自刃してしまいそうな男に全く動じていなかった。


「お前の呪いが何なのか興味があったのだが、興が削がれた。もう用はない」

「な、なんだよぉ! せめて俺の呪いが何なのかだけでも教えてくれよ! 俺、何の呪いにかかってんだよ!」


 呪解者は答えない。タムチルーナも答えない。

 呪解者は天賦たちに気がつくと、モノクルを爪でなぞった。


「部屋で待っているように言ったはずだが」

「オレら心配して見に来たんだぜェ?」

「たった今、解決した」


 解決したようには見えないが、呪解者からするともう対応する必要はないのだと言う。男の指が震えた。


「呪いで家族死んでんだよ、俺だけ残っちゃったんだよ……俺、あいつみたいにもがいて死にたくねえよ……!」

「……カルメ、あの人の呪い何?」


 カルメは——必要ないはずだが——頭の上に(ひさし)を作り、男にそのマスクのクチバシを向けた。


「……あー、ん、いや待て、ちょいマズいかも」

「え、何で」

「オイ、今すぐあのナイフを——」


 男の瞳が大きく揺れる。苦しげな息が漏れて、そして——いきなり、錯乱状態にあった彼は落ち着いた。


 刃物を握り直し、ぐっと首に近づける。どうしてか、反対の手で呪解者を指差した。感情が抜け落ちた口元が気味悪さを余計に演出している。何か、操られているような。


「待て——」


 刃物が首を滑った。

 首がぱっくりと切れて、そこから血が漏れる。な、と再生師が驚愕の声を揺らした。


 しかし、それよりも、皆が()に注目した。自ら首を切った男より、()を。


 ——呪解者の首から、赤い飛沫が飛んだから。


「……は?」


 生々しい音を立て、白い雪を鮮血が汚す。隣に立っていたタムチルーナのスーツにもそれが覆い被さった。


 天賦は豊富な経験があるから、いや、それがなくとも理解できた。この出血の量で助かるわけがない。


 呪解者が、男と共に死んだ。

 そう、思った。


 ——なのに、呪解者の体は倒れない。

 男はばたりと雪の上に倒れたのに、呪解者は2本の足で立ったままだった。


「……成程、心中の呪いか。こんな時に発動するとは」


 ごぷ、と水が混じった声。しかし、苦しげには聞こえない。呪解者は自身の手で、首から出た血を拭った。


「ソエルソス国民か。大して珍しくもない呪いだったな」


 天賦は混乱した。

 絶対に助からない。確実に死ぬ量の血。だというのに、呪解者は平然とその場に立っていた。タムチルーナもそれに動じる様子はない。当然、かのように。


「タムチルーナ、【治癒(ヒール)】を。お前は着替えを見繕っておけ」

「かしこまりました」


 使用人たちはてきぱきと動いていく。ミェルが後ろで感嘆しながら吐く声が聞こえてきた。


「え、ちょ、どういうこと」

「お前たちが知らなくていいことだ」


 呪解者の首元が【治癒(ヒール)】の光に照らされる。ふら、と彼の足元が揺れた。


「すまないが、そろそろワガハイは貧血で倒れる」

「えェ? あー、いや、そりゃそうか……」


 あれだけ出血したのに貧血で済むとは。この現象は呪解者の呪いに関係しているのだろうか。「不死身の呪い」なんてあったら、それは呪いではなく祝福だと思うのだけれど。


「後はタムチルーナに聞け。おい、それは焼却炉にでも入れろ」


 呪解者は死体を指して言った。1人の執事がそれを抱えて屋敷の裏に抜ける。


 呪解者は使用人の手を借りながら屋敷の中に戻っていく。彼が背を向いたのを見て、天賦はこっそりカルメに耳打ちした。


「呪解者って何の呪いなの」

「条件付きの不死身って感じ。意地悪い呪い」


 天賦たちには呪解者を殺す理由なんてないから、それを探る必要はない。天賦は空返事を返す。


 少しして、タムチルーナは天賦たちの方を振り返った。立て続けに起こった衝撃的な出来事が整理つき始めた頃である。


「失礼いたしました。ああいった人間がよく来るもので」

「その、焼却炉って……あの人をそこに入れるのか?」

「ええ。家族もいらっしゃらないみたいですので」


 そうか、と炎砲は目を伏せて、少し俯いた。

 焼却炉。天賦はそれを知らないが、物を燃やす場所かもしれないと推測した。人間が行き着く場所ではない。


「それよりも、呪源についてお調べでしょう。ワタクシに答えられることなら回答いたします」

「う、うん、ありがとう……」


 彼らはきっと、こんなことには慣れっこなのだろう。本来、呪いとはそういうものだ。誰のことも幸せにしてくれない。天賦たちが、少し前向きなだけで。


 天賦たちは再び資料室に案内される。

 あの呪いを消すことができるのは、世界を救えるのは天賦たちだけ。しかし、それまでにどれほどの人が呪いで死ぬのだろう。


 どのみち、天賦には関係のないことだ。

 "相棒"と顔も知らない人間なら、前者を取る。

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