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75話 呪解者、又の名を◯◯◯◯◯◯◯

 ——天賦たちは、その後客間に案内された。

 再生師と炎砲は互いに話し合い、情報を整理している。ファティは身を屈めて頭を抱え、カルメは壁の方を向きながら自身の指輪を見つめていた。

 天賦は、じっとその場に立っている。


「こ、これ、俺みたいな一般人が知っていいことだったんですか」

「仲間だからな、それは。」


 英雄の武器が、魔王の右眼から作られていたこと。

 もしかしたら「呪源」に直結するかもしれないことを、天賦たちは知ってしまった。いや、知らないでいる道はなかったかもしれない。


「天賦、こっち座るか?」

「う、うん」


 天賦は炎砲が空けた椅子に座る。"相棒"をベルトから外し、それを抱きしめて身を縮めた。


「天賦、その剣は物心つく前から持ってたのか?」

「物心?」

「えーと、覚えてる中で一番最初の記憶でってこと」


 天賦は記憶を思い起こす。一番最初となると、自分は森にいて、それで……


「持ってた」

「まあ、そうだよな」


 一番古い記憶は、"相棒"の感触だ。それ以外のことは昔すぎて詳しく覚えていないけれど。


「……やっぱ」

「ん?」

「やっぱ、"勇者"の剣だったのかな」


 天賦は少し、揺らいでいた。

 "相棒"はもちろん天賦のものだ。しかし、今になってやっと冷静に考えると、剣ならばそれを作った人がいるはずである。でも、天賦は剣の打ち方なんて知らない。


 それに加え、説明のつかない英雄の夢。

 "勇者"が持っていたという「聖剣」は見つかっていない。


 考えれば考えるほど、世界が天賦の"相棒"は「聖剣」であると告げている。


「どうした、らしくない」

「天賦ならば「これは絶対に私の剣だ」と言うのだと思っていたが。」

「なんか、わかんない」


 天賦も旅を続けて、広い視野を持てるようになってきたのやもしれない。

 それに、結局今"相棒"は天賦のものなのだから、過去に誰かのものであったのだとしても関係ないのではないかと思ってきたのだ。


 ディービとあれほど"相棒"について口論したのに、今になってディービが言っていたこともあながち間違っていなかったのではと天賦は思い直す。


 それでも、"相棒"は"勇者"のものである、と断言されるのは気に食わないが。


「それにしても、眼から武器を作るなんてな。」

「そうでもしないと勝てなかったんだろ」

「……カルメさんに、ですか」


 皆、カルメを見た。

 かつて"勇者"たちに封印された魔王その人。やはり、右眼は無い。

 今まで彼を特別危険視したことはなかった。それはカルメの性格から、そしてカルメの強さが伝承ほど圧倒的ではなかったから得られた信頼だ。


 しかし、魔王の力を利用して討伐しようとした英雄たちの話を聞いて、少しの緊張感が生じた。

 あれほどの怪物になる素養を持つ人間たちが、そうまでしないと勝てない強大な力。それがカルメだと言うのだ。


 彼が記憶を取り戻した暁には、一体——。


「——ああ、クッソ!」


 それまで背を向けていたカルメが、背中を反らして大声を出した。


「英雄、なんかムカついてきたわ! オレの右眼ねェのそういうコトかよォ!」

「は、ははは……」


 いつもの調子でおどけるカルメだ。その様子に、天賦は少し安心する。表情が見えないので、声色で判断するしかないけれど。


「カローラ・フェンとか言ったか? 憂さ晴らしにブッ斃してやるわァ!」

「いいぞ! その調子だ、カルメ!」


 カルメが黙っているのは落ち着かない。いつも通り、軽口をたたく変な黒鳥であれ。気にしすぎるのはやはり良くないことだ。うだうだ考えるのは天賦らしくない。


 その様子を、ファティはうなじを触りながら引きつった笑いで眺めていた。炎砲の方をちらりと見て、何かの反応を求めている。


「……まあ、今はいいんじゃないか、それで」

「あっ、甘いんですよ、炎砲くんったら……!」


 炎砲が天賦たちに激甘なのは今に始まった話じゃない。今更、ファティは何を言っているのだろう。


「ファティ、心配性。……ファスタイア?」

「……もういいですよ、ファティで」


 ファティは髪を分ける。ファスタイアは長いし、もう「ファティ」で慣れてしまったから良かった。


「魔王の右眼のことは衝撃だが、今はカローラ・フェンのことを優先すべきだろう。」

「そーだそーだ! 今は未来のコトも過去のコトも考えたくないね!」


 元の調子に戻った、と思ったが、少し空元気なような気もする。指輪を握りしめるカルメは何やら張り切っていた。


「サマルエルムと同じ体液を持っているとか言ってたよな」

「なら、近づくの大変」

「まだカローラ・フェンの具体的な相貌を聞いていないからな。どんな攻撃をしてくるのかも。」


 ルチカナイトの鉱石が「サマルエルムの涙」に変わった攻撃だとしたら厄介だ。一滴一滴に気をつけないといけない。


「でも、昔に腕を切り落としたとも言ってましたよね」

「なら、私たちなら斃せるんじゃないか?」

「油断は駄目だぞ」


 ルチカナイトには今まで傷一つつけられずにいたというのに、カローラ・フェンは腕を切り落としたと言うのだ。それを持ち帰ることもできている。もしかしたら、シュルトカやオーガンよりも苦戦せずに斃せるかもしれない。


「その情報も聞かないとな」

「腕を切り落とした者がまだ生きているといいのだが。」


 助力してくれたら最高だ。だが、気持ち程度に期待しておくことにした。


 コンコンコン、とノックが響く。高いドアが開き、そこからタムチルーナが姿を現した。


「失礼いたします。皆様、お話はまとまりましたでしょうか」

「ええ、大丈夫です」

「今呼ぼうと思っていたところだ。」


 タムチルーナは頭を下げ、一歩下がる。

 彼女の背後から立派な尻尾を揺らす呪解者が悠々と歩いてきた。


「整理はついたか?」

「はい、ありがとうございました」


 呪解者は椅子に座らない。天賦もここから移動することを察して立ち上がった。


「ここには資料がないのでな、すまないが歩いてもらう」


 呪解者の部屋に向かうのだろう。天賦たちはタムチルーナに案内され、彼の後ろを再びついていった。


 呪解者は何者なのだろうか。見目では呪われていることは分からない。天賦や炎砲のように、目には見えない種類の呪いなのだろう。

 呪いが分かるカルメに聞きたいと思ったが、獣人は耳が良さそうなのでそれはよした。


 しばらく見覚えのある廊下を歩いていると、手すりを掃除する1人のメイドがいた。

 側頭部から羽が生えていて、天賦は彼女をつい見つめた。これが「羽人」か。明人や獣人に仕えて生きていると聞いたが、どうやらその通りのようだ。


 しかし、それより目を見張るのは、首から下げたバケツだ。掃除するなら水のバケツは置いておけばいいのに、なぜかそれ専用の紐をつけている。しかも、バケツの中身は空のようだった。


 不思議に思っていると、羽人のメイドは呪解者と天賦たちに気がついて、ぱっと顔を明るくして駆け寄ってきた。クェンターレで出会ったメイド長とは似ても似つかない動作である。


 そして、呪解者の前に来ると、彼女は満面の笑みで言った。


「おはようございます、()()()()()()()様!」


 ……ユーゴンスティ?

 その名前に疑問に思っていると、羽人のメイドはいきなり顔を青くして、そして——しゃがんでバケツに吐いた。


「え、ちょっと、どうしたの」

「それはミェル。ワガハイの奴隷だ」


 ミェル、という名前の羽人は呪解者を「ユーゴンスティ」と呼んだ。そして次の瞬間、気分を悪くして吐いた。十中八九、呪われた人間の名を呼ぶと出る「呪感」だ。


「ええと、大丈夫か?」

「だ、大丈夫です、いつものことなので! おえ」

「いつものこと?」


 ミェルは笑顔を崩さずに吐いている。きらきらの表情としている行為が結び付かず混乱した。


「それには本名で呼ばせている。呪感の研究のためにな」


 呪いの研究をしているなら、呪感についても研究するだろう。呪われていない者も苦しめる症状だ。

 だが、そのために1人に本名で呼ばせるのは酷ではないかと天賦は思う。呪解者は表情を変えていない。


「そのためのバケツか」

「お気になさらないで下さい! 私はユーゴンスティ......ざまの、おえ、お名前を口にすることを許されているのです! むしろ「そうしろ」と! それだけで、ミェルは幸せでございます! うぷ」


 ミェルは本当に幸せそうだ。呪解者に一目散に駆け寄ったことと言い、彼女は呪解者を心から好いているのだろう。メイドの仕草ではないと思うが。

 もしかしたら、メイドの格好をしているだけで実際はメイドではないのかもしれない。


「呼ばせているうちに慣れてきてな。最初はもがき苦しんだものだったのだが、今では強い吐き気程度で済んでいる。呪感は順応できるものだということだ」

「全て! ユーゴンスティ様の明晰な頭脳のおかげです! ゔ、おえぇ……」


 ユーゴンスティ——呪解者が、笑顔で吐きまくるミェルを見て毛を逆立たせた。天賦は初めて彼の表情が変わるところを見た。呼ばせているのは本人なのに、ミェルにかなり恐怖している。


「……タムチルーナ、【治癒(ヒール)】をしてやれ」

「…………承知いたしました」


 タムチルーナはミェルに【治癒(ヒール)】を施す。……秘書の舌打ちは聞いていないことにした。屋敷の複雑そうな事情には首を突っ込みたくない。


「皆様は? ユーゴ——」

「今はやめろ」

「失礼いたしました! 主様のお客様ですか?」


 口をハンカチで拭いながら聞く。やはり、彼女はれっきとしたメイドではないようだ。


「私たちは呪源を斃す者だ。」

「呪源をですか! あの、斃しすぎないようにして下さいね! 私の仕事がなくなってしまいますので!」

「ミェル」


 呪解者の咎めるような口調に、ミェルは黙った。——タムチルーナの2回目の舌打ち。


「呪源が消えて職を失うのなら本望だ」

「流石! かっこいいです、ユー——」

「ミェル」


 再びミェルは黙る。3回目。


「あっ、すみません、そんな時間ないですよね! ささ、私に構わず!」


 ミェルは廊下を空ける。呪解者は咳払いをして先に進んだ。


「また後ほど! ユーゴンスティ様!……おえっ」


 背後で、また呪解者の本名を呼ぶミェルの声が聞こえた。よせと言われたはずなのに。


「……お見苦しいものをお見せしました」

「ど、どうしてタムチルーナさんが謝るんですか」

「……ワタクシにも、名前を呼ぶくらいできますのに」


 彼女の顔は漆黒の毛並みで表情が分かりづらいが、「不快」を示していることはなんとなく分かった。


 その後、到着したのは資料室だ。——再生師がそう読んでいた。

 タムチルーナが扉を開けると、正面に絵が貼られていた。しかし、「魔王の右眼」のような絵画ではない。ディソンの魔獣図鑑に描いてあったような絵だ。


「こ、これは……」

「……「カローラ・フェン」か。」

「ああ」


 ヴェールを被り、ドレスのような身体を持っている。サマルエルムは獣人と聞いていたが、その見た目は獣人よりも明人に似ていた。異形であることには変わりないが。


「今までの呪源とは少し違うな。」

「魔獣、って感じじゃないですね」


 ルチカナイトも、「キシャ」も魔獣と似たような姿をしていた。しかし、これは、何と言うべきか——


「幽霊みたいだ」


 天賦は「幽霊」を知らないが、炎砲が言うならそうなのだろう。明人のような魔獣——サキュバスに似ているわけでもないらしい。


「全く、気味の悪い姿だ」

「……これの腕を切り落としたのか?」

「ああ。この腕は今は無い」


 呪解者はカローラ・フェンの右腕を指した。


「なァ、その腕を切り落としたっつー英雄はどちら様なんだ? できればご尽力してもらいたいトコなんだがねェ」


 呪解者の右耳が揺れる。そして、一つため息が落ちた。


「……ニーデック、という名前を知っているか?」

「あ」

「まさか!」


 再生師が退く。確か、ニーデン傭兵団の前のボスだ。炎砲をクェンターレに連れてきた人で、イルネ曰く「天賦とどちらが強いかわからない」という人間。

 ……そして、再生師が「駄目駄目」と言う人間。


「え、あの人なのか?」

「そ、そんな話あいつから聞いたことないぞ!」

「ワガハイが黙っているように言ったからな」


 またもや、天賦たちを信頼している発言だ。


「再生師、その人今どこにいるの」

「知らん! まるっきり会っていない!」


 イルネの話をよく思い出す。しかし、あの時はそれよりも波のことで手一杯だったから覚えていない。


「ニーデックの助力は無いと思え」

「あ? 死んでンのか?」

「カルメさん!」


 ファティが本気で注意した。カルメは「ワリ」とだけ言う。


「……とにかく、奴は来ない。期待はするな」

「そうか……」


 炎砲は残念そうな顔をした。かつての恩人に会える機会が無くなったからだろう。


「カローラ・フェンは——」

「お話中失礼いたします」


 部屋を訪ねてきたのは獣人の執事だ。見たことない種類の動物である。


「主様、お客様が」

「後にしろ」

「「呪解者を出さないなら街に火をつける」と」


 物騒な脅しだ。

 呪解者は重いため息をつき、モノクルの縁をなぞった。


「ワタクシが対応いたしましょうか」

「……何の呪いだ?」

「不明です」


 呪解者は少し考えた後、部屋を出た。


「少し外す。資料は適当に読んでもらって構わない」

「大丈夫か? 私たちが……」

「いつものことだ。この程度すぐに解決できる。……「呪解者」の名を広めすぎたようだな」


 呪解者は、心底面倒そうに秘書と共に廊下に出た。天賦たちは資料が山ほど置かれた部屋に取り残される。


「……主人自ら対応するなんて、寛大なヒトだねェ」

「呪解者さん以外に呪いを解く希望がないんでしょうね」


 天賦は部屋を見回した。どこも本や紙だらけで見当がつかない。


「……とりあえず、探すか?」

「そうしよう。」


 呪解者を待つ間、天賦たちはカローラ・フェンについての情報を探すことにした。

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