74話 黄金色
狼の獣人はモノクルを爪でなぞる。名乗りを待つ必要はない。全員が、彼こそ「呪解者」であると理解しているから。
天賦たちはタムチルーナに言われた通りに席に座る。上質なクッションだ。
「さて、そちらの名と通称を聞かせてもらおう」
天賦たちが名乗るより先に、タムチルーナが呪解者の隣まで向かい、身をかがめて天賦たちを丁寧にさした。
「先生。こちら、天賦様、カルメ様、再生師様、炎砲様、ファスタイア様です」
なんとなく聞き流していた時、聞き覚えのない名前が流れた。
「ん?」
「ファスタイアって誰?」
聞きなれない響きの名前だ。天賦にとっては男性名か女性名かも分からない。不思議に思って見回していると、ファティが気まずそうに息を漏らした。
「俺ですよ……」
「エ」
「えっ」
「え?」
「えぇ」
ファティ。ファスタイア。
どことなく一致した響きに、天賦たちは思わず彼の顔を覗き込んだ。
「だっ、だってみなさん、ケミタンが使うあだ名で俺を呼ぶんだから。俺が名乗ろうとすると天賦さんが紹介しちゃうし……」
「……「ファスタイア」らしくないよな。」
「うん。ファティ」
その衝撃で呪解者を前にする緊張が飛んだ。天賦には愛称と本名の区別なんてつかない。「キシャ」もそうだと認識できなかったし。
呪解者が咳払いをする。それで天賦たちは話を止めた。こんなことを話しに来たんじゃない。
「……まずは、そちらの話を聞かせてもらおうか」
「承知した。天賦、あれを。」
「うん」
天賦は再生師にルチカナイトのメイスを渡す。美しく光るそれを見て、呪解者の右耳が揺れた。
「見せてみろ」
再生師は何の躊躇もなく、それを呪解者に渡した。モノクルをかけ直し、メイスを観察する。火花が弾ける音だけが部屋に消え入る。
「セクルーの武器だな?」
「ああ。」
「呪源を斃した、というのに偽りは無いようだな」
呪解者はメイスを再生師に返した。彼に脱力した様子もないので、最初から疑っていなかったようにも思える。
「では、ルチカナイトの事からだが——」
打ち合わせ通りに再生師が事の顛末を話す。いつもよりもスムーズに説明が進み、詳細がいらない箇所は省いて次の話へと進んだ。
呪解者の傍らで、タムチルーナは再生師の言葉をメモしている。椅子に座った彼は黙って話を聞いていた。
「——これで、ルチカナイトについての話は終わりだ。」
「成程。やはりシュルトカだったか」
呪解者は青い本を取る。天賦たちが持っている英雄の本と同じ表紙だった。
「たが、まだ終わりじゃないんだ。私たちはクスカルのクェンターレで、もう一つ呪源を討伐している。」
「……ふむ」
呪解者の耳が揺れる。
再生師は炎砲の背を押し、クェンターレの住民であった彼と共にオーガンのことを説明する。途中、オーガンについて話す炎砲の顔色が悪く見えたが、「大丈夫」と言って彼は笑った。
途中、ニーデン傭兵団の話を出すと、呪解者は「あれか」と言って視線を右下に移した。あの傭兵団のことを知っているようだ。だというのに、イルネのことは知らない様子だったが。
信じてもらえるかは分からないが、ひとまずこれで伝えるべきことは伝えた。天賦の"相棒"を除いて。
呪解者は少しの間考えて、タムチルーナに何か難しそうなことを話す。そして、天賦たちの目を鋭い目で見た。
「ひとまず、信じよう。良くやったな」
「ありがとう」
「まだ聞きたい事があるのだが……そうだな、ワガハイに質問はあるか?」
天賦は再生師の顔を見た。まず聞きたいことは決まっている。
「ガフタの呪源について教えて欲しい。」
「だろうな」
呪解者の表情は全くと言っていいほど動かない。
「カローラ・フェン。かつて、英雄サマルエルムと呼ばれた怪物だ」
「え」
天賦は驚いた。
呪解者は天賦のように英雄の夢を見れないはずなのに、ガフタの呪源「カローラ・フェン」がサマルエルムだと断言したから。
「な、なんでサマルエルムって分かるの」
「……そうだな、お前たちに隠す理由も無い」
呪解者は椅子から立ち上がった。他の獣人よりも大きな尻尾が目につく。
「カローラ・フェンだけは他の呪源とは違ってな、英雄の特定ができるのだ」
「そりゃ何でだよ」
「……「サマルエルムの涙」を知っていると言ったな」
先ほど、タムチルーナから聞いたのだろう。天賦たちも彼らがなぜそれを知っているのか疑問に思っている。
「その、「サマルエルムの涙」をどうして——」
「——むしろ、なぜお前たちが知っている? ワガハイはあれの正体を広めた覚えは無いぞ」
呪解者の目元が険しくなる。彼に聞きかけて、炎砲は口を閉じた。彼からして、天賦たちが楽園教のポーションのことを知っている方が怪しく見えるらしい。
天賦は「本当は教えてはいけないけど」と言ったウィルヒムを思い出す。
「教えて、もらった」
「教えてもらった、だと?」
誰から、というのは言わない。ウィルヒムは、きっと善意で教えてくれたから。
呪解者は天賦を睨み——そして、深いため息をついた。
「……はあ、成程。……奴め、勝手なことを」
呪解者は納得した様子だった。
「奴」。もしや、彼はウィルヒムのことを知っているのだろうか?まさかウィルヒムが言っていた「詳しい知り合い」とは呪解者のこと?
ただ、呪源とは関係のない話なのでその疑問は口にしなかった。
「ついてこい。見せるものがある」
呪解者はそう言って机の横を歩いた。タムチルーナが扉を開ける。天賦たちは立ち上がり、彼の後ろに着いていった。
呪解者はどんどんと屋敷の奥に進んでいく。彼もかなり背が高いが、ベスランと同じくらいなのでタムチルーナほど驚異的な長身というわけではない。ただ、彼女だけが異様に背が高いだけのようである。
しばらく呪解者の背を見つめていると、彼は扉の前で足を止めた。厳重に鍵がかけられている。どうやら、ここはこの部屋のためだけに伸びた廊下のようだ。
「失礼します」
タムチルーナが鍵を開ける。まるで宝箱を開けるみたいな気分で、天賦は靴の中で足の指を握って開いてを繰り返していた。
扉が開く。
呪解者が先に入り、タムチルーナは天賦たちが中に入るのを扉の前で待っていた。
天賦は部屋に入る。そこで目にしたのは——
「……うわぁ」
「凄いな……。」
——大きな、大きな絵画だ。
芸術に疎い天賦でさえ、その絵画の凄みを理解できる。太陽らしきものが中央に位置し、その周りを人間が囲んでいる。
「……あ」
そして、見覚えのある形が3つ。
黒髪の少年。
長い茶髪の青年。
銀色の狼の獣人。
……そして、一際目立つ場所に、白いローブを被り、剣を掲げる人間が描かれている。
天賦はいつの間にか"相棒"のグリップを握っていた。
「200年前の絵画だ」
「にっ、200年前!?」
所々劣化しているが、それでも200年経っているとは思えない鮮やかさだ。【保存】をかけているのだろう。
「これから話すことは内密にな。お前たちだから話すのだ」
この絵が、カローラ・フェンがサマルエルムであることとどう繋がるのだろうか。英雄の絵、としか思えないけれど。
扉が閉められた。タムチルーナは外で待機している。
「さて、「サマルエルムの涙」が、そして、「英雄の黄金」がどのようなものか説明しよう」
「英雄の……?」
呪解者は絵画の前まで歩く。天賦たちはその場に立ち尽くしていた。
「この中央に描かれた光る球体。これは何だと思う?」
「太陽……じゃないんですか?」
呪解者はそれを肯定しない。
「この絵画にはれっきとしたタイトルがあるのだ。裏に刻まれている」
「……それは」
呪解者は、左目にかけられたモノクルを爪でなぞった。
「——『魔王の右眼』だ」
——天賦は、思わずカルメを見た。彼のマスクは右眼の部分が空いていない。そして、本来の彼も、右眼は無い。
「オイ、どういうコトだ」
カルメが一歩前に出る。その声にいつもの飄々とした色はなかった。
「かつて、英雄たちは「魔王」に対抗するためにある方法で力を得ようとしたのだ。——そう、魔王の黄金の右眼を用いて、武器を作ろうとな」
天賦は"相棒"を強く握る。"相棒"は変わらず、黄金の輝きを宿していた。
「くり抜いた方法は不明だが。剣、盾、杖、首飾り、指輪と、様々なものに加工した。……だが、1人だけ、違う方法で魔王の右眼を使ったのだ」
呪解者が天賦たちに向き直る。
「武闘家サマルエルムは、魔王の右眼を取り込んだ」
——「サマルエルムの涙」。
『こんな身体のイキモノを愛する人間などいるか』
彼女の、黄金の血。
「結果、サマルエルムの体液はあらゆる生物を溶かす毒となった。……そして、カローラ・フェンも同じような体液を持つ。これで分かっただろう? 何故、ワガハイがカローラ・フェンがサマルエルムであると断言したのか」
最初の話に戻ってきた。しかし、今や天賦はそんなことはどうでも良かった。それよりも衝撃だったから。
——英雄の武器が、魔王の右眼から作られていると。
「待て。ならおかしいぞ。」
「何がだ」
「それでは、なぜ楽園教が「サマルエルムの涙」を所持しているんだ?」
再生師の質問に、呪解者は間を置かずに答える。
「昔、カローラ・フェンに挑んだ者たちがその腕を切断することに成功したのだ。しかし、それをあの黒ローブの集団に盗まれた。そういうことだな」
楽園教が持っている「大元」とはカローラ・フェンの腕のことのようだ。
「じゃあ、楽園教が狙っているっていう金眼は……」
「金眼と魔王の眼は別物だ。ややこしいが。すまないが、あの宗教の話はこれで終わりだ。気分が悪くなるのでな」
再生師と炎砲は頭の中で話を整理しているようだ。なるほど、といったような表情で絵画を見つめている。
天賦は、じっと"相棒"を見つめていた。まだ決まったわけじゃない。なのに、"相棒"が何か別のものに見えてきてしまって、天賦は謎の焦燥感に駆られた。
「さて、質問に答えたところで、ワガハイからも質問だ」
コツコツ、と足音が鳴る。それは天賦の前で止まった。
呪解者は天賦の"相棒"、そして、カルメの指輪をじっと見ている。質問の内容は、容易に予測できた。
「その指輪と、剣。どこでどう手に入れた?」
沈黙が流れた。答えたくないわけではない。天賦は衝撃にあてられて、カルメもあるいは似た理由で、声を発することができなかったのだ。
そこに、再生師が割って入る。尻尾が当たることはなかった。
「天賦の剣は彼女がずっと前から所持していたものだ。どう手に入れたかは彼女も知らないらしい。カルメの指輪は……珍妙なパズル式の箱に魔力を流したら出てきた、と聞いた。」
呪解者の顔はやはり動かない。ふう、と小さなため息をつき、モノクルの縁をなぞった。
「何か有益な情報でもないかと思ったが、ならば仕方がないな。詳しい話は後で聞こう」
「……天賦、カルメ、大丈夫か?」
背中に炎砲の手が添えられる。そこで天賦は現実に戻ってきた。絵画の光——魔王の右眼が、やたらと眩しく見える。
カルメは、まだその場に止まったままだった。自身の右眼——があるべき部分を触り、呆然と立ち尽くしている。
「……カルメ?」
「お、あァ、ワリ……」
天賦が情報に耐えきれず静止することはあっても、カルメがこうなるのは珍しい。不穏な空気を感じて、天賦はカルメの指輪を見た。
「カローラ・フェンの話からは少し離れているが……ワガハイの話には満足しただろうか」
「……ちょっと、整理する時間が欲しいですね」
ファティは眉間を押さえている。天賦も、このままカローラ・フェンの本格的な話を飲み込むことはできない。
「では部屋に戻ろう。今のお前たちに新たな話をしても意味がなさそうだ」
呪解者は全く変わらない歩幅で扉まで歩く。背後で蝶番が開く音がかすかに聞こえた。
「休憩になさいますか?」
「そうしてくれ」
再生師が絵画を見ながら何かを考えている。
炎砲がカルメの隣を歩く。
ファティが自身の耳飾りに触れる。
天賦は、たとえ英雄が呪源になった理由が分からなくとも、最終的に全て斃すことができればそれでいいと考えていた。どっちにしろ、天賦が"相棒"を使うことは叶うのだから。
——しかし、「魔王の右眼」と。
ただ呪源を斃しておしまい、といくのだろうか。
世界は呪われた。
英雄は怪物になった。
魔王はカルメになった。
魔王の眼は——"相棒"になったのだろうか。
天賦は、自身がしている行為が、自身が所持するそれが、どれほど重たく、世界を揺るがすことになるのか、今になってやっと恐ろしく感じた。




