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72話 再会、同じ顔

 ——宿のベッドに寝転がる3人と1匹。何をするでもなくだらけていた。ファティは買い出し中である。


「腹が減ってきたな……。」

「私も」

「嘘だろ、昼にあんなに食べてたじゃないか」


 昼は食べた。しかし、今は夜近い時間帯である。時間が経っているのだから、当然腹が減る。


「そうだ、何か食べに行かないか?」

「宿の一階でも食いモン売ってただろ。ソレ食いに行けば?」

「そうする。お金は?」


 再生師は肩をすくめた。


「ファティが持っていってたぞ」

「あ、そうだった」


 天賦たちの財布の紐を握っているのはファティだ。彼の許可がないと硬貨が入った巾着袋を触らせてもらえない。


「では、帰ってくるまで夕食はお預けなのか?」

「そうなるなァ」

「そんな」


 天賦と再生師が項垂れるタイミングが一致した。炎砲が水を差し出してきたので、天賦は空腹を紛らわすためにそれを一気飲みした。


「姉ちゃん、今のうちにまとめとこうぜェ」

「何をだ?」

「呪解者サンに話す内容だよ。またあーんな長ったらしい演説披露する気か?」


 一日座りっぱなしはゴメンだぜ、と羽をパタパタ振る。再生師のアドリブだととんでもない長さの話を聞かされてしまう。呪解者も流石に飽きるだろう。


「書いてまとめた方がいいぞ。頭の整理になるから」

「把握した!」


 再生師はカルメと炎砲の助言を聞きながら話すことをリストアップしていく。

 まずこちらから呪源の簡単な情報を話して、後は向こうからの質問に答える方式に決まった。


 天賦が呪解者役になって、再生師の話を聞いている時、ちょうど部屋の扉が開いた。

 買い出しから戻ってきたファティである。


「お。おかえりファティ」

「おかえり」


 「おかえり」と声をかけた時、ファティはドアノブから手を離し、キョロキョロと辺りを見回してから自分を指した。


「あ、俺? え、えと、はい、ただいま、です」

「どうしたんだよ」

「い、いや、言われるの慣れてなくて、ははは」


 心なしか、少し耳が赤い。何か恥ずかしいことでもあったのだろうか。どこかデジャヴを感じる。


「あ、ほら、防寒用の小物買ってきましたよ」

「お、ありがとうな」


 ガフタの防寒具はソエルソスで売っていたものよりもずっと厚い。見るだけで暖かくなるようなデザインだ。

 天賦はそれを着て、すぐに脱ぐ。ここでは暑すぎる。


「ふう、よいしょ……」

「お疲れ様」

「おつかれ」


 運転しっぱなしで疲れているだろう。ファティはベッドに身を預け、転がりながら適当に上着を脱いだ。それを炎砲が回収し、壁にかける。


「ファティ、お金ちょうだい」

「腹が減ったからな!」

「え、もうですか!?」


 ファティは飛び上がった。カルメが鼻で笑う音が部屋に響く。何がそんなにおかしいのか。


「だってよォ」

「ええ……まあいいですけど。炎砲くんは?」

「俺はまだお腹いっぱい」


 ですよね、とファティが安心した顔で微笑む。天賦の手にいくつかの銀貨が渡された。やはり金貨ではない。


「俺はもう寝ちゃうんで。何かあったらカルメさんに聞いてください」

「うん」

「把握した!」


 これでいくら食べられるのかは分からないが、彼は天賦たちが健啖家だと知っているのでそれに沿った金銭を渡したはずだ。再生師と肩を組み、下の食堂に向かう。


「じゃ、おやすみなさい……」

「ゆっくり寝るんだぞ」

(あん)ちゃんも寝れば?」

「もう少しだけ起きてたくて」


 天賦と再生師はその日、晩御飯に肉の塊を食べた。



————————————————————————————————



「じゃ、呪解者探す」


 次の日、天賦は全員を——思いやりを込めて——叩き起こして宿を出た。皆微妙な顔をしている理由は分からない。


「あの」

「うん」

「今、5時です」


 天賦は時間が分からない。何時と言われてもピンと来ないのだ。


「それが」

「つまりだな、とても早いということだ。」


 街を見渡しても人はあまりいない。昨日とは大違いである。パンが焼ける匂いがするくらいで、活気はまだ無かった。


「嬢ちゃん、張り切りすぎな」

「早い方がいいと思った」

「まあ、いい考えではあるな」

「お前さんは甘すぎな」


 早く行った方が一日が長くなるのだから、できるだけ朝早い方がいいだろう。この街はかなり広いし、歩くだけで時間がかかりそうだ。


「呪解者さんの家なんて聞けばすぐに分かるでしょうけど……迷惑だと思いますよ。朝に向かうのは」

「もう少し宿にいた方がいいんじゃないか?」

「やだ。お腹すいたし」


 腹が減った、というのも完璧な理由だ。せっかくならいろんなものを食べたいし、再生師やファティを街に繰り出させるいい理由だろう。


「なるほど! 確かにそうだな!」

「腹ペコすぎませんか?」

「いつも動き回ってるから、お腹も空くだろ」


 今日はピリッとしたものが食べたい気分だ。獣人は辛いのが苦手だと聞いていたが、ここにそういうものがあることを期待する。


「まあ、朝の散歩ついでにやってる店探そうぜェ」

「そうだな。ふあ……」


 炎砲が小さい口を開けてあくびをした。つられて再生師もあくびをして、それにつられて天賦も口を開けた。「やっぱり眠いンじゃねェか」とカルメに突っ込まれてしまった。ただうつっただけなのに。


 天賦たちはガフタを歩く。店は閉まっているが、いい匂いはするので仕込みの最中なのだろう。モーニングにもまだ早いようだ。


「昨日の男、大丈夫だっただろうか。」

「昨日の……ああ」


 「腐食の呪い」にかけられた男がいた場所を通った時、再生師がぼそりと呟いた。彼のことが気がかりらしい。


「大丈夫なワケねェな。あの様子じゃあと一週間ぐらいで死ぬだろ」

「腐食の呪い、最悪な呪いに数えられる1つですからね」


 ウィルヒムが話していた内容を思い出す。

 腐食とか、魔獣とか、殺人とか言っていた。天賦は自分の「禁忌の呪い」以外に明るくないけれど。


「流石に一週間じゃ呪源殺し尽くすコトはできねェだろ。あの可哀想な一般人を救う方法はねェよ」

「それは、そうかもしれないが……。」


 再生師は再び口を開く。


「彼が亡くなった後も、彼の名を覚えている者はいるだろうか、と。」

「名前を?」

「自分でも名を忘れそうになる、というのにも共感する。私も、時たま自分が「再生師」としか思えなくなる瞬間がやってくるのだ。」


 炎砲は首巻を上げる。天賦は彼女の話には共感できなかった。自分は自分で、それ以外の何かじゃないから。


「死んだ後、誰かに覚えていてもらえるだろうか、と。」

「死んだら呪いどうなるの」

「亡くなった方でも、名前を口にすると呪感が出ます」


 天賦は「呪感」に苦しんだことはないが、苦しいものだということは知っている。亡くなった人間のものでも名前を言葉にできないなら、それは自然と忘れられてしまうだろう。


「お前さんらみたいな有名人ならともかく、普通の市民には代わりに名乗る通称なんてねェからなァ」

「職で呼ばれるのがほぼですけど、それでもですよね」


 昨日からあの男はどこに行ったのか。きっと天賦がそれを知ることはないだろう。

 炎砲は天賦たちとは反対の方を見ながら、静かな声で言う。


「……でも、呪源さえ、斃せば、な」

「そう。私たち斃せる。呪いなくせる」

「だな。頑張ってくれよォ」


 カルメに2回背中を叩かれた。

 簡単に勝てる相手ではないが、勝たないと目的は果たせない。天賦の"相棒"を救うという願いも、再生師の「人になりたい」という願いも。重く考えるのは苦手だ。

 だからこそ、今回もサマルエルム——推定だが——を斃さなくてはいけない。


「……まあ、そうだな!」

「2つ斃してるし。大丈夫」


 炎砲は穏やかに微笑む。なるべく難しい顔はしてほしくない。そわそわしてしまうから。


「あ、あの店とかどうだ? 開いているぞ。」


 看板にはスープの絵が描かれている。物を煮込む音を聞こえていた。


「いいんじゃないか? まだ空いてそうだし」

「俺も入ったことないです。楽しみだなぁ」


 今日はどんな料理を食べられるだろうかと期待する。"相棒"の鞘を撫で、一番に店に向かう。


「何があるかな」


 店の短い階段を登り、鈍く光るドアノブに手をかけ、そして——


 ——飛んできたナイフを弾いた。


「……え、はっ!?」


 ファティが一瞬遅れて反応する。天賦は店の敷居から降りて、すぐに拡張袋に手を伸ばした。出てきたのはメイス。


「なあ、こいつら……。」

「……あ」


 その先を見て、天賦は思い出した。


「——ウッソだろ、ンなトコにもいンのかよ!?」


 黒いローブを揃って着た、複製された人間。

 楽園教の信者である。


 カルメを見据え、ぶつぶつと変なことを呟く。やっぱり金色の目をご所望のようだ。


『あれは「サマルエルムの涙」です』


 ウィルヒムの声が頭の中でこだました。


「なるほど、これか」

「大勢いるな。」


 ファティは表情を動かすのを止める。彼は囲まれていることに気がつくと、すぐさま自身の耳飾りを触った。


「アレ、テメェらオレ狙いだよな? ンでこのお嬢ちゃんに物騒なモン投げたワケ?」


 黒ローブの信者は答えない。複数で——1人で奇妙なことを呟いているだけ。


「んー、よし、殺すか」

「気をつけろ、あの液体を使ってくるからな。」


 じり、と互いに一歩ずつ近づく。

 全員がローブの中に手を入れて、そして——


 ——一斉に、同じ色のポーションが投げられた。


「は」


 ファティが息を吐くのと、カルメが羽の壁を出現させるのは同時だった。外から「パリン」とガラスが割れる音が響き、ころころ破片が地面に落ちていく様子を想像した。


「クソ」

「ありがとうな、カルメ」


 全方向から「サマルエルムの涙」を投げてくるなんて、もはや殺意以外の何物も感じない。カルメの捕獲が目的の癖に。ポーションがカルメに対して絶大な効果を発揮しないことを学んだからだろうか。


「カルメ、ソエルソスの時はどうやって倒したのだ?」

「1人ずつコレで捕まえて、頭カチ割った」


 物騒な倒し方だ。何か弱点でも見つけたと思ったのだが、ただの力技である。


「では、天賦。私たちで倒しに行こうか。」

「そうする」


 天賦はカルメに上の羽を開けるよう頼む。


「行ってくる」

「おうよォ」


 天井が開き、白い空が見えた。

 天賦はお得意の人間離れした垂直跳びを披露し、再生師は尻尾でバネのように飛ぶ。信者たちはその動きを目で追えていなかった。


 ここがただの平原なら地面にメイスを叩きつけて一気に倒したところだが、ここは街だ。そんなことをしたら怒られる。跳んでからそのことに気がついて後悔した。


 天賦は諦めて、適当な黒ローブの頭をメイスで殴りつけた。頭が弾け飛び、中から黒い液体が出る。


 そこでようやく天賦の存在に気がついたようで、黒ローブたちは天賦に向かっていった。

 だが、それは再生師によって防がれる。大きな尻尾で両断された。


「面倒だけど、簡単」

「ああ。すぐ終わらせてみせよう。」


 そういえば、再生師と出会った時もこの楽園教に囲まれた時だったな、と思い出しながらメイスを振った。

 あの時はポーションの存在を知らなかったから、再生師も大胆に近づくことができたのだろう。今は適切な距離をとって戦っている。


 ポーションが一つ投げられる。天賦は顔の向きを変えて回避した。

 また一つ投げられる。今度はフタの部分を弾いて信者に投げ返した。ガラスが砕けて黒ローブの人間が溶ける。


 ちらりと、炎砲がファティの側にいるのが見えた。しっかりとした手つきで彼を支えている。


 炎砲に参戦してもらえたらすぐ終わるかもしれないが、ここで彼の【砲撃(ショット)】を使えば下手したら家ごと破壊される。彼もそのことが分かっているからか、手袋を構える様子はなかった。


 一方、ファティは呆然とカルメを見ていた。ケミタンが作ったという、能力不明の耳飾りを触りながら。


「天賦!」

「わかった」


 再生師の尻尾をまぐれで避けた信者を殴る。黒ローブは液体になって地面に消え、今ではすでに半数ほどの数になっていた。


「もういーや。おらよ」


 カルメの羽が雪から伸びて、複数の信者を転倒させた。彼は魔王の力を使うのを嫌がっているが、面倒になって使うことに決めたのだろう。

 それらをまとめて蹴り、黒い液体に変える。


 そんなことを繰り返し、信者たちをあっという間に殲滅することに成功した。——まさか、獣人の雪国にまで存在しているとは。あの張り紙は信者たちのことだったのか。


「話には聞いてたけど、実際見てみると気味が悪いな」

「私たちにも分かっていないがな。」

「ンだよこのカルト野郎。下手したら数百万人とかいるんじゃねェか?」


 「体が増える呪い」とは聞いているが、どれくらいのペースで増えるのかはカルメにも分からないようだ。

 1分に1人増えていたりしたらキリがない。


「大丈夫か、ファティ?」

「……え、ええ。少し、驚いただけです」


 天賦でさえ変な恐怖を感じているのに、一般人の彼にはショッキングな出来事だろう。以前、水晶亀の時の湖でカルメと共に信者に襲われたらしいから、もしかしたらトラウマにでもなっているのかも。


「ふむ……。少々面倒だな。」

「もうオレのマスク取ってくれよ。そしたら誤解も解けるだろうがよォ」


 天賦とファティはそれを首を振って否定した。人間体のカルメのマスクが取れるのは良くない。あの時の衝撃は覚えている。


「……えっと、どうする?」

「お腹すいた。食べる」

「この流れで食うのかよォ。すげェな嬢ちゃん」


 お腹が減っているのだから当たり前だ。食事に行くところを邪魔されて腹が立っている。


 伸びをして街に向き直る。

 ——その時、気がついた。


 遠くにまだ、もう1人いる。


「あ」


 何かが取り付けられたクロスボウを持って。金色に輝く液体が前後に揺れた。

 それが向けられているのは、カルメたち。


「あぶ——」


 まずい、まだカルメたちはあれに気がついていない。

 天賦は矢を弾こうと膝を曲げる。



 ——が、その必要はなかった。


「ぐっ!?」


 黒ローブが浮き上がる。いや、掴まれている。漏れ出た信者の声で、カルメたちはそいつに気がついた。


「……え」


 信者を片手で持ち上げて、ゴキリと首を折る。動かなくなって、その人物の腕から黒い液が落ちた。


 黒い顔に、真っ白の毛。

 ここからでもわかる程の長身だ。


 彼女は眼鏡の縁を触り、カツカツ、と独特の音の拍手をした。


「お見事でした」


 ——そう、「腐食の呪い」の男と話していた、あの羊の獣人である。

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