71話 寒風の街
カルメの予想通り、再生師の話は1時間ほど続いた。
途中で再生師にステージに引っ張られたり、謎の決め台詞みたいなものを言わされたりして、天賦は少し恥ずかしい思いをした。
再生師の大袈裟な語り口調はガフタの住民たちにウケ、最終的に天賦はパンを10個くらい食べていた気がする。
話している最中、獣人たちは口々に「先生が」「先生に聞かせよう」という言葉を言っていた。
——「先生」。よほど支持を得ている人間らしい。
「あの」
「おう」
「なんで俺、ここに座ってたんでしたっけ」
ファティは積み上げられた椅子の頂上に座っている。天賦もそのいきさつは流石に把握していない。
「頭脳とか言われてなかったァ?」
「俺、呪源退治には全く関わってないのに……」
「あ。天賦、これ食べるか?」
炎砲の前にはたくさんの甘味。子供用にカラフルに彩られたデザートがきれいだ。
「食べる」
「兄ちゃん、いくつと思われた?」
「高くて15、低くて8」
ふわふわのスポンジが美味しい。
「姉ちゃん、落ち着いた?」
「ああ! 途中から何を話していたか覚えていない!」
熱気に当てられてか、再生師の顔は真っ赤に火照っている。まだ目がきらきらしていて、ちょっと可愛い。
「流石に浮かれていた! ははは!」
「ちょっと水飲もうな」
「感謝する!」
炎砲から手渡された水を一気飲みした。そして咳き込む。やはりまだ落ち着いていない。
「本当にすみません、騒ぎ立ててしまって」
「ええて! 英雄さんの話聞けて楽しかったですわ!」
牛獣人の店長が豪快に笑った。犬獣人のウェイトレスもくすくす笑っている。
「そもそも始めたのワイらの方やしなぁ」
「すまんな! 疲れたやろ!」
「ちょっとだけ」
天賦はデザートをぺろりと平らげると、"相棒"のグリップを抑えて立ち上がった。
「何するんだっけ」
「えーと……何するんでしたっけ?」
「あれ、何だっけな」
天賦たちは再生師を見る。こういう時に頼りにするのは彼女だ。
「呪解者に会うことだな!」
「あー、ンなコト言ってたね」
天賦も思い出した。まだここの呪源——「花嫁」のことを詳しく知らない。この状態でホツァイト山に登るのは危険だと、天賦でも分かる。
「呪解者サンに聞きたいコトは山ほどあるぞ。嬢ちゃんの頭で処理しきれるか心配だねェ」
「確かに。心配」
「自分で言っちゃうのか」
呪源に、英雄に、呪いに……。一度に説明されたら理解するのは難しい。再生師がいるから忘れることはないだろうが、彼女の説明は怪しい。
お手軽図解メモでもくれないだろうか。
「まあ、まずは宿じゃないか?」
「え、車で寝ればいい」
「こ、ご、え、る」
ファティに睨まれた。——彼の目は見えないので、睨まれた気がした、が正しい。
「ンじゃ、お宿探しますかァ」
「宿? 宿ならここガーって行ってダッて進んでガッと曲がったとこにあるで」
「はは、ありがとうございます……」
びっくりするほど分からない説明だった。もしかしたら「ガッ」という獣人独自の長さの単位とかかもしれない。
店主に感謝を告げて、「銀の鐘」から出る。冷たい空気を吸って、天賦の熱がこもった頭はすっきりしていく。
「寒っ!」
「兄ちゃん、上着着な?」
「寒暖差が激しいですね……さぶ……」
中はあんなに暖かかったのに、外は真冬だ。魔道具を使って温めているのかも。天賦はこの気温の中寝れなくはないが、寒いのと暖かいのどちらが良いかと言えば、答えは明確だ。
「じゃ、サーっと行ってバッと曲がるか」
「おお! カルメはさっきの説明を理解したのか!」
「ンなわきゃねェだろ」
さくさくと雪を踏む。
笑い声がそこかしこから聞こえるいい街だが、ぽつぽつと黒フードにバツが重ねられた張り紙があるのが気になった。文字が2種類書かれているが、読めない。あまり見たいと思わなかった。
「ファティ、商売する?」
「確かに、食の街だぞ。」
「しますよ。いつもより気合い入れないと」
鼻のいい、例えば犬の獣人とかには特に気を使うだろう。犬と犬獣人が完全に同じかは分からないが、あの動物は天賦も分からないような匂いを嗅ぐことができる。
「ガフタの人たちはアマツ料理を好んで食べてくれるんですよね。良いネギの香りを出して……」
「ネギ? 獣人に食わせて大丈夫なのかよ」
「……カルメさん、流石に失礼ですよ」
人間なんだから食べられるに決まってるじゃないですか、とファティは声を潜めて言う。
「カルメ、鳥の獣人みたいなのに」
「鳥の獣人はいませんよ」
動物っぽい見た目をしていても、本元は明人や鬼とほぼ同じなのか。天賦も密かに疑問に思っていたので、カルメが聞いてくれて助かった。
……というか、ネギは動物に食べさせると駄目なのか。天賦は新しい知識を身につけた。
「あ、あれじゃないか?」
と、炎砲が遠くを指差す。何か、簡潔な文字が書かれた看板が下がっていた。
「おお、宿屋だ!」
「あー、そういえばあそこら辺でした」
「ちょっと先の方だなァ」
どうやらあの字は「宿」のようだ。覚えておこう。宴に巻き込まれて独特な疲労感が溜まっている。体を投げ出して転がりたい。
「デカい部屋空いてるかなァ。部屋分けジャンケンしとく?」
「いいぞ! 私はグーを出す!」
「部屋分けで心理戦するのか……?」
多分、炎砲とボードゲームをしている時に学んだ「ブラフ」だろう。発揮する場所を間違えている。
「今日寝て、明日から——」
「お願いします! 呪解者様に会わせてください!」
雑踏の中で、そんな一際大きな声が聞こえてきた。
身体の半分が腐っているような明人の男性が、身なりを整えた異様に背の高い羊の獣人に懇願している。男は顔をぐにゃりと歪めていた。
「僕の「腐食の呪い」を治してください! 体が腐って、名前も忘れそうになって、もう頭がおかしくなりそうなんです!」
「申し訳ありません。先生はお忙しいので」
羊獣人の女性は純白の毛をふわりと揺らして頭を下げた。顔は漆黒の色をしているので表情は良く分からない。
自然とそちらの方を見た天賦たちは、彼らの言い争いのようなものを聞きながら顔を合わせた。
「何言ってンだろなァ。呪いを治すなんて誰にもできっこないのによォ」
「私たち、できる」
「治療薬がねェって話だよ」
以前、「呪いを解く者」の名は誇張広告だとカルメは言っていた。しかし、実際に呪解者に助けを求めにくる人間がいる。それを知らないのか、はたまた縋ることができる人間が呪解者しかいないからなのか。
「腐食の呪い、ですか」
「どんな呪いなの」
「死病のようなものです」
ファティは呪われた男から顔を背けた。さっきまで元気に話していた再生師たちも口を閉じている。
——「名前も忘れそうになって」。
天賦は"相棒"のグリップを握りしめる。
「それでは、失礼いたします」
「ちょ、ちょっと待って!」
男の静止の声も聞かず、羊の彼女は蹄を丁寧に地面に押し付け、くるんと背を向けてしまった。
「痛ましいな……。」
「まァ仕方ねェだろ。てか、アイツも「先生」っつってたな」
カルメは特に男に対しての気遣いなどは持っていないようだった。ここで男のことを哀れに思っても誰のためにもならないのは分かっているが。
「先生とは呪解者のことか。」
「どうする? 追って話を聞いてみるか?」
あの羊の獣人は驚異的に身長が高いだけあって、歩幅も大きい。すぐに見えなくなってしまいそうだ。
「どうでしょう、お忙しそうですよ」
彼女は時計を見て、上品にかつ機敏に動いている。他の人を寄せ付けない動きだった。
迷っているうちに、羊獣人の長身は人混みの中に消えていった。——頭が少し出ているが。
「んー、ま、オレらの話はすぐ行くだろ」
「うん」
できれば向こうから来て欲しい。天賦は偉い人との面会の申し出をどうすればいいのか知らない。
「とりあえず、ここから離れましょうか」
「まあ……そうだな」
炎砲はうずくまった「腐食の呪い」の男をちらりと見てから、目を伏せた再生師の背中を僅かに押した。
——路地裏にはためく黒いローブを視界に捉えることができたのは、天賦1人だった。




