70話 獣人の国
——雪山の麓だというのに、その街並みからは暖かみを感じられる。火がぱちぱちと小さく燃え、通りは話し声で溢れかえっていた。
防寒具に身を包んだ天賦たちは、辺りをキョロキョロ見回しながら通りを歩く。まさに観光客といった感じだ。
「すごい、本当に獣人だけ」
「これがガフタかぁ、すごいな」
犬の獣人、猫の獣人、熊の獣人……。
どこを見回しても獣人ばかりだ。明人もいないというわけではないが、チラホラとしか見かけない。
道ゆく人々の目線が刺さる。明人5人——正確には4人だが——ということ、再生師の尻尾、そしてカルメの珍妙な格好。目立つ理由はいくつもある。
「大丈夫? 言葉伝わる?」
「大丈夫だと言っているだろう。心配するな!」
今、天賦の耳に入ってくるのは未知の言語ばかりだ。本当に共通語が通じるのか不安でいっぱいである。
「少し訛ってますけど、問題なく聞き取れると思いますよ」
「……それにしても、腹が減るな。」
ぐう、と再生師の腹が鳴る。天賦は全力で同意した。なんせ、この街はいたるところから良い匂いがするのだ。肉が焼ける匂いだったり、何かのスパイスの匂いだったり。
「流石、料理の国だ」
「どこ見ても食いモンの屋台じゃねェか。雪国なのにようやるねェ」
人間体になったカルメが頭を掻く。全く見たことのない料理の絵が描かれた看板なんかもあって、天賦はすぐにこの国を気に入った。単に腹が減っていたからなのかもしれない。
「何食べる?」
「やっぱりお腹空くよな」
「ま、着いたばっかですし観光でもしましょうか」
いつもなら「呪源」と口を開く天賦もおいしそうな香りにもっていかれた。再生師も尻尾を振っている。
「ファティ、おすすめを。」
「しょうがないですね〜」
ファティも口元が緩んでいる。料理人にとっては最高の場所だろう。店前に並んだ肉も楽しそうに見ていた。
「ここをちょっと行ったところに「銀の鐘」というお店があるので、そこに行きましょう。パンがすごく美味しいんですよ」
「よく覚えてンな」
「衝撃だったんですよ、そりゃもう」
身振り手振りでそのパンの美味しさを表現しようとしている。天賦には伝わらない。
「どっち?」
「あの魚屋を右です」
ファティについて行った先には、店名通りに銀の鐘のモチーフがある丸太の家があった。多くの人で賑わっていて、白い煙が昇っている。
「おお! 立派な店だな!」
「価格もお手頃でいいお店なんですよ」
家族らしき鼠の獣人を避けて、店の扉を開ける。中は獣人たちの笑い声でいっぱいだった。活気がある、いい店である。
「あら、いらっしゃいませ」
「5人です」
ファティが5本の指を立てて犬のウェイトレスに言う。良かった、あの人は共通語を話せていた。
席に案内されて、天賦たちは長方形のテーブルに座る。さっきから再生師の腹が鳴り続けているので、早くご飯を食べさせてあげたい。天賦も腹ペコだ。
「何食うよ」
「私はあのミートパイがいい!」
再生師は隣のテーブルの上に置いてあるパイを指した。確かに、生地がおいしそう。
「俺はファティのおすすめにしよう」
「じゃあ、ビーフシチューとパンのセットですかね」
シチュー、と聞いて天賦は瞼を上げた。
「それにする、私も」
「多分、天賦さんが想像するシチューではないと思いますけど」
多分白いやつでしょ、とファティが言う。ビーフシチューは黒っぽい見た目らしい。ここには白い方のシチューは置いていないというので、天賦は少し残念な気分になった。
「じゃあ、私もミートパイ」
「分かりました」
ファティは店員を呼ぶ。さっきの犬の獣人の人だ。
「ホールのミートパイ2つ、ビーフシチューのセットを2つ、水を3つとエールを1つ」
店員はメモを取ってカウンターに向かっていく。彼女がいなくなると、カルメが机に肘をついた。
「お前さん、酒飲むの?」
「普通に好きですよ。最近は飲めてなかったので」
「エール」が何か気になっていたが、酒のようだ。天賦は飲んだことがないので味はわからないが、戦士が美味いと言って飲む姿をよく見かけるので良いものなのだろう。
子供が飲んではいけないのは知っているが、なぜ飲んではいけないのか分からない。
「酒って美味いか? 私にはよく分からん。」
「俺も飲んだことないな。頼んでみようかな」
「兄ちゃんの見目で酒飲んでたら店員ギョッとしそう」
天賦は果たして酒を飲んで良い歳なのだろうか。年齢を数えたことがないから分からない。
しばらく待つと、ウェイトレスが食事を持ってきた。「おお」と再生師と声が被った。
「そう、これですよ、これ!」
「ふわふわだな」
ファティと炎砲の前にあるパンはふっくらとしていて、綺麗な小麦色に光っているようだった。美味しそう。
「一口ちょうだい」
「ほら」
炎砲がちぎって天賦にくれた。もちもちで甘い。
「てか、2人ともホール丸々食うのかよ」
「お2人にはこのくらいないとと思って」
天賦と再生師の前にあるのは一切れのパイではなく、丸く焼かれたミートパイがまるごと鎮座している。ファティの予想は当たりだ。
「これは美味いな!」
「食べんの早ァ」
頬にたくさん頬張って、パイはどんどん消えていく。炎砲が再生師の口の端をふきんで拭った。
「それにしてもよォ、来る途中で見えたクソ高い山がホツァイト山なんだよな?」
「そうですね」
ファティがエールを流し込む。
「あそこに呪源がいるっつうコトはよ、アレ登んねェといけねェんじゃねェか」
「生半可な装備では不味いな!」
ごくん、とものを飲み込む音が聞こえた。
一応、天賦たちにはカルメがいるので急斜面を登らないといけない、というわけではないが、それでも極寒は免れない。
「街で本格的な防寒具を買わないとですね。今の服では厳しいと思います」
「でも、再生師の戦い方だと大変なんじゃないか? いつも軽装なんだろ?」
再生師は【再生】を使って戦うから、必然的に軽装でないといけない。服ごと切り捨ててしまうから。天賦たちも治療が難しくなるから、呪源との戦いでは寒さの覚悟をしないといけなさそうだ。
「なら魔道具を買おう! 体を温めてくれるものがあるはずだ!」
「いい考え」
珍しく再生師が冴えている。腹が満たされたからなのかもしれない。
「ああ、あと「呪解者」とも会いたい。間違いなく、呪源のことを知っているだろうからな。」
「あの本の人だよな」
間違いなくキーパーソンである「呪解者」。呪源の情報、英雄の情報、あるいは呪源の斃し方も知っているかも。どこにいるのかは分からないが、話を聞いて損をすることはないだろう。
「呪解者さんはとても有名人ですから。ガフタの顔みたいなものです。きっと、すぐに居場所がわかるはずですよ」
「呪源2体斃しましたーっつったら時間ぐらい作ってくれるだろ」
ルチカナイトのメイスもある。オーガンを斃したことの証明は難しいが、なんとかなるはずだ。
——天賦がパイに手を伸ばした時、テーブルの前に気配がした。
「ん、あれ」
顔を上げると、そこには何人かの獣人が立っている。狼だったり、猫っぽい動物だったりの。皆、揃って体格が良い。
「……何かご用ですか?」
ファティの声が少し鋭くなる。再生師も手を止めた。
「あんさん、名前聞いてもええか?」
「えっ」
不思議な訛りで、そう聞いてきた。天賦の剣をチラチラと見て、目を爛々とさせている。"相棒"を狙っていたらどうしよう。
「……天賦って言われてる」
何が起こるのかと彼の言葉を待つと——表情を明るくして、獣人たちはわっと盛り上がった。「えっ」とファティは気の抜けた声を出した。
「天賦言うたで!」
「ほらやっぱり! 俺の言った通りやん!」
「天賦! あんさん天賦なん!? 聞いたで、やっとシューゲン斃したヤツが出たって! ホンマ凄いわぁ!」
天賦のことを知っているとは。しかし、天賦は呪源は斃したが、「シューゲン」なんて人を倒したことはない。
「え、え。「シューゲン」って誰。私知らない」
「呪源のことだな。」
褒められたことより、独特のイントネーションが頭に残った。ちゃんと聞き取らないと、天賦の言語能力では彼らの言葉を処理できない。
「なんやっけ、ルーなんとか」
「ルチカナイトや、アホ」
「せや、それ斃したんやろ! ごっつ強いやないか!」
彼らの大きく響く声は店中に広まった。
多くの人間が席を立ち、天賦たちのテーブルに集まってくる。
「じゃあ尻尾のあんさんが再生師か!」
「黒いの! 羽人なんやろ? ホンマ大大大快挙やで!」
「いつガフタ来るんかな思てたわ!」
天賦は聞き取るのを諦めた。皆声が大きい。揃って独特な訛り。いつの間にか天賦たちは祭り上げられていた。
「あー、その、私たちは——」
「先生、きっと喜ぶで!」
「えホンマ? あの明人たち呪源斃したやつらなん?」
普段よく通る再生師の声もかき消される。天賦は完全パニックだった。
「あわ、あわわわ」
「あんさんらは? 話では聞いたことないなぁ」
「子供おるやん! 何しにきてん!」
店内で、まるで歌手のように注目されている。炎砲は唖然とし、ファティも頭を抱え、再生師も笑いながら困惑していた。
「よっしゃ! ここはワイが天賦さんらに奢ったるわ!」
「ホンマか! ゴチになりますわ!」
「アホ! お前ちゃうわ!」
指笛や遠吠えが店中で響く。気前の良い店長が天賦たちの分を無償で提供してくれるらしい。それはありがたい。ありがたいが、とりあえず、この喧騒が落ち着いてほしい。
「話してえや、どうやってルチカナイト斃したん?」
「吟遊詩人おるか!? 歌にせえ!」
「分かったって、待ってくれってェ!」
カルメは天賦の肩を寄せた。カルメまでもが空気に飲まれている。
褒められるのは嬉しいことだ。全然嫌いじゃない。
でも、これは想定外だ。
「よし! では私が事のいきさつを話そう!」
「おっ、来たでー!」
「ありがとうございます、再生師さん……」
ファティと炎砲がグッドポーズを作っている。こういうのに慣れているのは再生師だけだ。
カルメは「なるべく、短く、端的に」と合図を送る。再生師は目を瞑ってカルメに答えた。恐らくウィンクをしたのだろうけど、彼女の片目は前髪で隠れているので分からない。
衝撃に当てられた天賦に、炎砲が話しかける。彼の髪は何故かいろんな方向に跳ねていた。
「すごいな、天賦」
「びっくりした」
さっきまで話していた内容が全て飛んだ。天賦たちに水が置かれる。再生師は自分からステージに乗った。高いところが似合う。
「ココまで回ってたんだな、話」
「呪い関係の情報はガフタに、呪解者の元に集まると言われてますからね」
再生師の話の一章が始まる。拍手や掛け声が巻き起こった。
「タダらしいし、注文したらどうだァ? 最低1時間はかかるだろ」
「そうする。パンください」
「ただ今ぁ!」
元気のいい返事をして、ウェイトレスがカウンターに駆ける。想定していたガフタのイメージと違って、天賦は体がじんじんと温まっていくのを感じた。




