68話 ジャンプ
――ムーナウーヴァのある街に2日程滞在し、それから再びガフタを目指す天賦たち。
食料を買い込み、物資も集め、ぐっすり寝てガフタへの旅に備えた。前回はムーナウーヴァとガフタの間の海までしか行かなかったから、実際どれだけ寒いのか知らない。
天賦たちは車に揺られながら、再生師から教えてもらったムーナウーヴァの童謡を一小節ごとに歌う。再生師は歌も上手い。
「二つの灯光寄り添いてー」
「風よ運べ、鳥よ歌え〜」
「約束果たすはこの時節ー」
「リンゴーン、リンゴーン、響けよ遠くー」
天賦が一つのフレーズを歌った時、カルメが歌うのをやめて口を挟んだ。
「あ? その音程違くね?」
「え、どこが」
「「遠く」で下がるんですよ」
「下がるのか? 変わらないと思う」
再生師は好きなように歌えば良い、と笑った。
「いいですよね、故郷の歌って」
「私、そういうのない」
「姉ちゃんと兄ちゃんくらいだろ」
ファティは各地を転々としてきたから、故郷らしい故郷が無いと言う。カルメと天賦は言わずもがなだ。
「これ何の歌なの」
「結婚の歌だ!」
「はは、何でそれにしたんだよ」
風とか鳥とか出てきたから、天賦は旅か何かの歌だと思っていた。結婚は天賦には遠すぎる概念である。
「というか、なんで歌ってたんでしたっけ」
「嬢ちゃんが寒いって言い出したから」
「ちょっとだけだから」
なんとなく寒くなってきて、それを口にしたら再生師から提案してきたのだ。少し気になる程度で、本当に寒がっているわけではないのだけれど。
炎砲も腰に巻いていた上着を着用していた。今は夏に差し掛かる時期なのに、冬の始まりのような寒さがある。
「ファティ、着込むのが随分と早くないか?」
ファティはさらに防寒具を身につけている。分厚いコートを着て、レザーの手袋まではめていた。
「経験者だからですよ。今のうちに着ておくことをお勧めします」
「聞いておいた方がいいぞ、多分なァ」
天賦はまだ暑いと思うのだが、ファティとカルメの言う通りに上着を着た。
「クェンターレの夜とだったらどっちが寒いんだ?」
「流石にガフタですかね」
「そ、そうなんだ……」
腕をさする炎砲。彼は雪を見たことがあるだろうか。天賦も数えられるほどしか見たことがない。
「寒いって言うより痛いです。耳とかよく寒さで痛むので耳当てをした方がいいですよ」
「あれやだ。聞こえづらい」
試着した時、聞こえる音が小さくなって戦闘では不向きだと思ったのだ。あんなのをつけて呪源と戦うのは、天賦は嫌である。
「いや、強制はしませんけどね、戦闘のことは俺には分かんないんで……」
「痛みと音なら後者を取るぞ!」
天賦も同意見だ。
「ま、街にいる分にはつけてた方がいいだろ。凍傷とか起こしたらどーすんだよ」
「そうだぞ。痛いのは我慢しない方がいいからな」
それは炎砲が言うことなのだろうか。天賦はしぶしぶ頷いた。
「把握し……へっくしゅ!」
再生師が元気のいいくしゃみをした。彼女のピンクブロンドの髪がばさりと揺れる。
「大丈夫ですか?」
「な、なんだか寒くなってないか?」
再生師も腕をさする。天賦の肌にも産毛が立っていた。確かに、気温がぐっと下がった気がする。
「この先は雪山ですからね」
土が硬い灰色の色をしている。ソエルソスとも、ムーナウーヴァとも違う様子だ。まさに新天地、といった感じである。
雪山。確か、ガフタの呪源は雪山にいると言っていた気がする。すぐそこに呪源がいるということだろうか?
「雪山って、呪源の?」
「いいや、普通の山脈ですけど」
「天賦、雪山はたくさんあるんだぞ」
雪を被った山なんて見たことがないから、ただ一つのものを指す言葉だと思っていた。
「呪源がいるのはホツァイト山だな! ガフタで一番高い雪山だぞ!」
「登るの大変そうですね……」
「カルメに乗ればいい」
わざわざ山を登らなくても、大きくなったカルメに乗ればいいだろう。流石に術力車までは乗せられないが。
……そういえば、あのカルメは今再現できるのだろうか。
「カルメ、大きくなれる?」
「あ? クェンターレの時みたく?」
「そう」
カルメは首をひねって、尾をはためかせる。
「んー、できるかも。あまりいい気はしねェけど」
「羽の壁と同じ感じ?」
「そう。ヤな感じ」
呪源と戦うごとに、カルメができることが増えている。ルチカナイトの時は呪源の魔法を防げるほどの壁を作り出し、キシャ――弟の偽物の時は巨大化した。本人は力に不快感があるようだが、次は魔法が使えるようになるのかもしれない。
「それで旅をしたらどうだ? 空を飛んだら速そうだ。」
「……え?」
ファティは運転中にもかかわらず、後ろを向いて再生師の発言に口を開けた。
「確かに。速い」
「オレが我慢すればな。効率的ではあるけどよォ」
「え、ちょ、え? いや、待ってくださいよ」
術力車が左右に揺れる。炎砲はキッチンの取手につかまった。
「え、いや、そしたら車いらないってことですか」
「ファティ、休めるね」
「え、ええ!? いや、え!?」
さらに車が揺れる。炎砲が背中を打った。
「へぶっ」
「あ、いや、でも術力車にはキッチンありますし、荷物積めますし、というか俺がいないと困りますよね? 皆さん。お金稼げないし、料理だって――あ、それは炎砲くんもできるか。いや、俺の方が別に色々作れるし手早いと思いますけどね!」
「滑舌がいいな!」
ファティは何やら焦っている。元々嫌々旅に同行させたはずだが、自分の存在意義がなくなることが怖いらしい。
「空の旅はしねェよ。オレが了承してねェんだから」
「ファティがいるから快適な旅ができてるんだ。いつもありがとうな」
カルメと炎砲がフォローを入れた。天賦はこういうのが苦手だから、彼らのようにはできないだろう。
「ファティ、休むの嫌?」
「休むのがっていうか……」
「心配しなくても大丈夫だってェ」
「うう……もう、やめて下さいよ……」
ファティは魔法陣の円盤に頭をついた。炎砲は背中をさすっている。
「あ! 雪山が見えてきたぞ!」
再生師が話を切り、デッキから前方を指さす。そこには真っ白な帽子を被った青い山々がそびえていた。山に木々は一つも生えていない。全く違う世界の大自然は、天賦たちの心を打ち震わせた。
「おー! 実物は初めて見た!」
「綺麗」
「標高が高くなるほど気温が低くなるんだ! 溶ける量よりも積もる量の方が多くてな! だから一年中雪を被っていてな!」
再生師の説明は頭に入らない。ただ、目の前の光景を見つめていた。ツンと刺すような寒さが肌に触れる。ファティとカルメは騒ぐ3人を静かに見守っていた。
「できれば、横の窓は閉めてくれませんか。寒くなるんで」
「えー、まだ見たい」
「正面か、後ろの窓から見てくださいよ」
天賦はしぶしぶ店用の窓を閉める。寒い空気が遮断された。炎砲もデッキによりかかる再生師に中に入るよう呼びかけたが、彼女は後ろを見張ると言って中には入らなかった。
「ここらへん、なんの魔獣出るの」
「ディソンの本によると、毛深く体が大きい魔獣がたくさんいるそうだぞ。他にも「雪獣」という雪をかき集めたような魔獣が沢山いるらしい。」
「こんな寒い所に住めるなんてたくましいな」
ここでは何を食べて生きているのだろうか。木の実はあまりなさそうだし、魚とかかも。ではその魚は何を食べているのか?
「ここからガフタはどれくらいなんだ?」
「そうですね……3から4日ってとこですかね」
「長く感じるな。」
ムーナウーヴァやソエルソスでは野宿もできたが、ここではそうもいかないだろう。しばらく屋上で寝る機会は無いだろう。
「雪、遊びたい」
「何言ってんの」
カルメからクチバシでつつかれた。
「遊ぶならせめて人間の集落の近くにしろよなァ」
「天賦はともかく、私たちがこの気温に耐えられるかわからないからな!」
雪を丸めて投げるやつとかやりたい。ただ、総否定を喰らって天賦は口をつぐむ。みんな同じくらいタフならいいのにね、と"相棒"を撫でた。
「ここからはちょっと揺れるんで、気をつけて下さいね」
「分かった」
「はーい」
小さく揺れる。調理器具がチャラチャラと音を立てた。夜の見張りもあるし、今のうちに早めに寝ておこうと思って、天賦はその場で横になった。炎砲がブランケットを持ってきて、それを天賦に被せる。
「それじゃ頭痛いだろ。何か持ってこようか?」
「いや、このままでいい」
天賦は"相棒"のガードの部分を頭に敷いた。近くに"相棒"を感じて、天賦の心が安らいでいく。
「それ枕にすんの……?」
「そういう子なの。ほっときな」
揺れがちょうどいいくらいの大きさだ。
上下に小さく揺れる。そして左右にくらくらと――
――左右に?
「ん?」
「ンだこの揺れ」
カルメたちも異変に気がついたようで、窓を開けて周囲を見回す。何か、地面ごと揺れているような感じだ。
「……うわ、あれ!」
炎砲が指差した先は――山だ。てっぺんが白くて、それがゆっくり垂れてきていて――
雪が落ちてきていた。
「まずい、雪崩ですか。避難しますよ」
「いや、違うぞ。」
「え? 何が……」
天賦は雪を注視する。それは山肌を滑って落ちてきているわけではなかった。足を生やして、手をついて、自ら山を降りてきている。
「……ま、まさか」
「――雪獣だ!」
大量の雪に手足が生えて、ごろごろと転げ落ちてくる。その目的地は間違いなく、天賦たちだ。
「むう、なぜあれだけの雪獣がこちらに? 気性が荒い魔獣ではないと本では見たのだが……。」
「そんな場合じゃないだろ!」
「う、嘘でしょ、こんなこと今までなかったのにっ」
ファティは術力車の速度をすぐさま上げた。追いつかれてしまうだろうけど、遅いよりはマシだ。
天賦はカルメを見る。これまで、魔獣に恨まれ、たくさんの魔獣を引き付けてきた魔王を。
「ごめん、多分オレのせいだわ」
「絶対あなたのせいでしょうね!」
魔牛も、液状スライムも、魔蛸も、そして雪獣も揃ってカルメに向かってくる。どれだけ世界に嫌われているんだ。
「ファティ、速度を!」
「やってます!」
天賦はさほど焦ってはいなかった。雪獣について知識がある再生師がいるし、遠距離から攻撃できる炎砲がいるし、何より自分は二度も呪源を斃している。今更こんな敵に怖がる理由がない。
「再生師、どうやったら倒せる?」
「大きな損傷を与えればいい。それだけだ。」
天賦は拡張袋を両手で漁り、モーニングスターを取り出した。一番リーチがあるし、もう一度使いたかった。
「よし、かかってこ……い……」
――山の裏から、更にたくさんの雪が噴き出した。
大きな個体、小さな群れ、とにかくたくさんの雪獣が飛んでくる。ここら一帯の全ての雪獣が襲ってきているのでは、と思うほど。
「え、え、なんで」
「再生師、雪獣ってこんなんなのか!?」
「いや、そんなはずないのだが……。」
カルメが魔獣を引き寄せる体質だと言ってもやり過ぎな気がする。
「……あ、まっ、一応聞きますけど、棚の隅っこに置いてある箱、触って無いですよね?」
「え、草おいてたやつ?」
「それ、それです」
天賦は思い出す。
ソエルソスから出た時に追加された、謎の箱があったのだ。その上には草の束がくくりつけられていて、それ特有の匂いを漂わせていた。
昨日か一昨日、どうしてもその匂いが気になって再生師に聞いた。すると、「匂いが強いだけで特別な効用はない草」だと聞いたから、その草だけを他の拡張袋にしまったのだ。天賦の苦手な匂いだったから。
そのことを説明すると、彼は顔を真っ青にして――
「何やってんですかぁっ!?」
喉を震えさせ、絶叫した。
「え、なに、ダメだったの」
「詳しい説明は省きますけど! それ! 匂いの誤魔化しのためだったんですよ!」
「誤魔化し?」
天賦は目をぱちくりとさせる。
「魔獣をとにかく引き寄せる薬味の! 誤魔化しのための!」
轟音が響く。
おびただしい数の雪獣が降りてきて、天賦たちが乗る術力車に迫ってきていた。集まってきた原因はカルメの存在だけではなかったらしい。
「わ、ど、どーすんの嬢ちゃん!」
「え、えーと、倒す。たくさん倒す」
「天賦! その草ってどの袋に入れたんだ!?」
天賦と再生師は戦闘体制、炎砲は草探し、ファティは荒い運転。車内はかなりパニック状態だった。
どんどん雪獣が追いついてくる。
天賦は屋上に乗って片っ端から叩き潰し、再生師は車と並走しながら雪獣を粉砕した。
「天賦! びっくりするほどキリがないぞ!」
「で、でもやんなきゃ」
雪獣に手間取ることは一切無い。天賦がモーニングスターを一振りすれば5匹は倒せる。炎砲の【砲撃】も追加されて、倒すペースが上がっていく。
しかし、それよりも山から降りてくる雪獣が多い。ファティのやつ、一体何を車に積んだんだ。
「あっ、オイ馬鹿!」
「カルメ、どうしたの」
カルメの焦る声が聞こえて、雪獣を片付けながら質問した。すると、
「ファティ、引き返せ! そっちは渓谷だ!」
「え」
天賦は思わず背後を見た。雪獣から逃げるために元の進行ルートから脱線し、経路をずらした術力車は、蛇行しながら大きな割れ目に向かって走っていた。
「でででできませんよ! 止まったら――」
バキ、と木が折れる音。
「なっ、え!?」
雪獣のうちの一体がデッキの柵を殴ったのだ。すぐに再生師によって倒されるが、折れた木は戻らない。
「ああ、ごめんなさいごめんなさい!」
ファティの半泣きの声が聞こえる。
どうしよう、渓谷から退こうにも雪獣で囲まれていて難しい。強行突破したら間違いなく術力車がやられる。
しかし、このままなら真っ逆さまだ。天賦と再生師とカルメは間違い無く生き残るが、他二人と術力車がどうなるか分からない。
生き死にの問題ではなく、術力車の安否の問題だ。こんなところで壊れたらガフタまで徒歩だ。信じられない。
「あっ! カルメ、カルメ!」
「どったの!」
「おっきくなって! 車掴んで! 飛んで!」
落ちないためには飛べばいいのだ。
カルメが車を掴んで飛べば、きっと渓谷を越えられる。天賦が思いついた一番賢いアイデアだった。
「ええ、オレでっかくなんなきゃいけねェの!?」
「車が死んじゃう!」
「早くしてください!」
カルメは不満げな声をあげて、それから術力車の上に飛んだ。
「姉ちゃん車ン中入れ!」
「把握した!」
追加で1匹斬り殺し、再生師は術力車に乗り込む。天賦も屋上から降りた。
もう渓谷がすぐそこまで迫っている。後ろからは雪獣の群れが車を傷つけようとしていた。進むも地獄、退くも地獄。
「ちゃんと掴まれよォッ!」
車を覆い込む、大きな大きな影が現れる。
車輪が沈み、後輪が浮いて、車体が前のめりになって――そして、浮いた。
「うわっ!?」
後ろで術力車を追いかけていた雪獣が渓谷に落ちる。
すうっと体が浮いて、体の芯が冷えた。
目を開けると、窓に映っていたのは青の山腹だ。食器が音を立て、ぐらぐらといろんな方向に車が揺れる。
ひとまず難を逃れ、全員ふうと息を吐いた。
「うわ! すごいな、これ!」
その中で、炎砲は目を輝かせながら景色を眺めていた。やっぱりこういうのが好きだと思った、と天賦は予想が当たって少し得意げ。
「ヤッベェ! コレとっとと降ろさねェと壊しちまう!」
こんなに巨大な鳥が掴んでいるのだから当然である。術力車の天井がぎぎぎ、と嫌な音で軋んだ。ファティが悲鳴を上げる。
「草は」
「あ、俺が箱にくっつけといた」
「降りて! 早く安全なとこに降りて下さい!」
壊れてしまわないかとハラハラしながら、車がゆっくりと降りるのを見守る。
何度かはためいて、天賦たちは渓谷の向こう側に降ろされた。想定したよりも柔らかな着地である。
もう追ってくる雪獣はいない。まだ走ってくるものもいたが、それらは全て渓谷の中に消えた。
「よ、よかった……」
「少し面白かったな、天賦!」
再生師は笑顔で言う。浮く車なんて、この世でまだ天賦たちしか経験したことがないだろう。
感想を聞くためにファティの顔を見ようとした時、彼は運転席から降りて天賦たちがいる空間までやってきた。
「あの」
「うん」
「俺の物を触る時は、俺に許可をとってくれませんか」
ファティは頭を極限まで下げて天賦に言った。今回、天賦も自分の行いが良くなかったと反省している。流石に。
「ごめん」
「説明しなかった俺も悪いですけど、あの、本当にやめてください。死にたくないんです……」
「ごめんね」
天賦はファティが隠し持っていた凄まじい調味料の存在よりも、私物に触る前は本人に許可を取る、という知見の方を深く心に留めておいた。




