67話 5人乗り
「あれ、起きてたんですか……」
ファティが目を擦りながら起床する。あの運転席で寝るのは体を痛めてしまいそうだ。たまには寝る場所を譲ってやるべきかもしれない。
「なんか、覚めた」
「お話してたトコよ」
「じゃあお腹減ったでしょう。軽く、干し肉を焼いたものでいいですか?」
髪を手でといて、ボサボサの毛先を整えている。
「それ、食べる」
「すぐ用意しますね。あ、他の二人も起こしといてください」
再生師はデッキで、炎砲は角に丸くなって寝ている。
天賦は再生師の尻尾をひっつかみ、それをぐいと引っ張った。ずるずると再生師の体は床を滑っていく。
「む、何だ!?」
「再生師、おはよう」
「おお天賦! 良い朝だな!」
彼女は笑顔で答えた。相変わらず、朝から元気である。
「もっと丁寧に起こせンだろ」
「でも、起きた」
「思いやりだよ、思いやり」
カルメは羽でハートマークを作る。普通の鳥なら翼の構造的にできないポーズだ。
「ほうら、起きな兄ちゃん」
カルメのクチバシが炎砲の頭を突く。それは思いやりのある起こし方なのだろうか。
炎砲は「ううん」と唸って、それからバッと起き上がった。
「今何時!?」
「まだまだ朝」
「ぜんぜん早朝ォ」
炎砲の肩が下がる。
「ごめん、起きたの俺が最後か」
「私も今起きたぞ!」
「天賦さんとカルメさんが早起きだったんですよ」
肉が焼ける音がする。天賦の腹も鳴った。お腹が鳴って「恥ずかしい」と言うスルに共感したことはない。
「待っててくださいね、すぐ焼けるんで」
「炎砲! 私ともう一度これをやろう!」
再生師はあのボードゲームを棚から引っ張り出してきた。起きがけの彼になら勝てると思ったのだろうか。炎砲は尻尾を振る再生師にくすりと笑う。
「いいぞ」
「手加減はするなよ! 悲しくなるからな!」
炎砲が来てから、再生師はさらに騒がしくなった。それが炎砲を歓迎してのことなのか、それとも他の理由があるのか、天賦には分からない。
今日はついに、ガフタへと旅を始める日である。発つ前にスルやノート、ベスランと会えなかったのは残念だ。
ウィルヒムとは……もっと、明るい話をしたかった。
「楽園教」のこと、呪源が関係しているとは何なのか確かめたい気持ちもあるが、今から方向転換するのは難しい。ガフタは獣人の国だし、あの「タミクサの呪い」にかかった信者はいないだろう。あれは少なくとも、獣の毛を持っていなかった。
天賦は"相棒"を撫でた。ガフタに行って呪源を斃してしまえば、残りは3体。あと半分になる。
「うーん」
「嬢ちゃんどしたの」
「もし、ガフタの呪源を斃したら」
「もうそこまで考えてんの」
天賦には一つ、気がかりなことがあった。
「ドラゴンと、あと2つ。どこにいるかわかんない」
"勇者"なのかもしれないロジャヴェルズと、それから残り。何処にいるのか全く見当がつかないのだ。
獣人の国にいる呪源が武闘家のサマルエルムだとして、魔術師チュリマーと白魔術師アベンは一体何になってしまったのだろう。
「うーん、クェンターレも偶然見つけたようなモンだったからなァ。獣人ントコもどうなるかわかんねェけど、今回の斃してからがキツイかもな」
「そんな」
行く当てもなく旅をするのは辛そうだ。海の向こうまで行く必要があるかもしれない。そもそも、英雄たちが呪源になって200年経っているというのに、今更探して見つかるようなものなのだろうか。
「ただ、一つ手がかりはあンだよな」
「うん、シューキョーの」
「あれを宗教っつうのも微妙だけどな」
ウィルヒムの言。
彼らを追えば、チュリマーかはたまたアベンが見つかるかもしれない。ウィルヒムの言葉に嘘の色はなかった。
「なんであの坊主が知ってたんかねェ」
「知り合いから聞いたって言った」
「どんな知り合いだよ」
彼にも、楽園教にも謎が多い。
それらがいつか解明される日は来るのだろうか。
「できましたよ」
「また負けた!」
ファティと再生師の声は同時だった。
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車輪がゆっくりと動き出す。
オレンジ色の屋根が横切っていって、レンガの上でガタガタと車体が揺れた。
「さ、長旅になるぞ」
「まずムーナウーヴァ、それからガフタだな。」
ムーナウーヴァを経由してガフタに向かう。あの美しい帝都を見るのは楽しみだ。
クェンターレからヘイリンまでの移動で、ある程度の定位置のようなものが決まってきた。
天賦は屋上か外回り。再生師はデッキ。炎砲は運転席前。カルメは休み休み飛び回っている。それでたまに再生師が遊びに誘うのだ。しりとりの比率が高め。おそらく自分が勝てるから。
「料理は誰かに習ったのか?」
「はい、昔の話ですけど……」
炎砲は移動中は特に、ファティと話す機会が多い。あれがカルメやファティの言う「気遣い」なのだろうか。
天賦は雑談が苦手だ。旅とは関係のない話題などなかなか思いつかないから。
最初に比べて、術力車はずいぶんと狭くなった。元は運転手一人、女一人、鳥一匹、"相棒"一人だったのに、今では5――6人だ。天賦的には。
草原に風が吹く。暖かい風が天賦の頬に当たった。
カルメがパタパタと飛んでくる。青かった視界に、落書きみたいな黒鳥が割り出てきた。
「嬢ちゃん、今のうちに屋上楽しんどけよ」
「なんで」
「クソ寒くなるから。そんなカッコじゃ死んじゃうよ」
天賦は丈の短い茶色のジャケットと、ショートパンツに黒のタイツという恰好だ。防寒なんて少しも考えられていない服である。
「暖かい服買った。それ着る」
「服には限界があんの」
カルメの丸い目が半円になる。
「オレにゃ分かんねェけどさ。イキモノは暑すぎたり寒すぎたりしたら死ぬだろ? 気をつけてくれよな」
「分かってる」
凍えるのは汗が背中にへばりつくよりもずっとマシのはずだ。正直、クェンターレは住み心地がいいとは言えない場所だったから。
「カルメ、暑いのと寒いのどっちがイヤ」
「あー、正味どっちでもいいな。好きなのはどっちかってなったら寒い方がいいかも」
「おー」
天賦と同意見だ。汗は手が滑って武器が持ちにくくなるし、納得だ。しかし、カルメの理由は天賦のそれとは違かった。
「なんか、落ち着くんだよ。雪」
「ゆき」
あの、白くてふわふわしたやつだ。天賦もあれは珍しいので好きだが、落ち着くと思ったことはない。
「……いや、やっぱ暑い方が好きだわ」
「え、なんで」
「なんか、落ち着きすぎるっつうか……いや、何言ってるか分かんねェけど」
カルメの話は分からない。やはり、雑談は苦手だ。
その時、術力車が減速し、一度左右に揺れて止まった。
「天賦、魔物だ。」
下から再生師が顔を覗かせている。天賦は待ってましたと言わんばかりに屋上から飛び降りた。ずっとこの武器を披露したいと思っていたのだ。
「よし、見てて」
「気をつけるんだぞ!」
目の前にいるのはウィンドベアの魔物。あの巨体に加え、【疾風】も使ってくる冒険者には厄介な相手だ。首をぐるぐる回して背を木に打ち付けている。
「やっぱり気味悪いですね……」
「下がってて。たおす」
拡張袋を漁り、棘のついた球体が鎖に繋がれている武器、モーニングスターを取り出した。これで小型の、例えば犬系の魔物とかなら手応えがないと思っていたが、熊で安心した。
じゃら、と鎖を鳴らし、ウィンドベアの注意を引く。すると首をこちらにぐるんと回して、涎をビチャビチャ撒き散らしながら突進してきた。無造作に【疾風】を使い、周囲の木を切っている。
心なしか、魔法がゆっくり飛んでくるように見える。避けるのがとても容易い。術力車に飛ばないよう、軽く鎖で風の刃をいなした。
「やるねェ」
波打つ鎖をそのまま、手首にスナップをきかせて反対方向に向かわせる。球体がくるんと回り、勢いを殺さずウィンドベアの脇腹に衝突した。魔物だから叫ぶことはない。
熊の強靭な筋肉を突き破るほどの鋭さは持っていなかったようで、半端なところで止まる。もう片方の手を使って球体を引き戻した。
だが、次はいける。
丈夫そうな木の枝に鎖を飛ばし、天賦も跳ぶ。ウィンドベアの突進を宙に浮くことで回避した。
「えい」
空中から、球を先ほどの傷に当てる。そして、そのまま玉を引っ張り上げた。ぐぐぐと鎖が軋み、無数に飛び出た刃が脇腹から胸部に貫通する。
黒い液体が飛び散る。
天賦は汗ひとつかいていない。まるで、この武器を長年使ってきたような洗練された動きだった。
「凄いな、天賦!」
「お見事ですなァ」
カルメを肩に乗せた再生師が降りてきて、天賦の眼前にまで迫ってきた。目を爛々と輝かせ、英雄を目にしたみたいな顔で。
「嬢ちゃん、ほんとに初めてなの? ソレ使うの」
「初めて。楽しい」
再生師の尻尾のように、武器としてだけではなく移動手段としても使える。こんな使い方ができるのは天賦くらいだろう。
「天賦、どこか怪我してないか? 喉は渇いてないか?」
「お腹はすいてる」
「朝食べたばっかでしょうに……」
ファティは顔を押さえた。食べていない時はお腹が減る。当然のことだ。
「だァいじょうぶだって。この子超頑丈だから。よっぽどのコトがなきゃ怪我しねェよ」
「そ、そうか……」
カルメが炎砲の肩を叩く。
旅を続ければ、炎砲の心配性も治るだろうか。とびっきり卓越した技を見せたら安心してくれるかもしれない。天賦は持っている武器でできる必殺技を考えた。
「ホラ、乗るぞ」
「はーい」
このペースなら着くのが遅くなるかもしれない。次はもっとスタイリッシュで、すぐに終わる方法を試してみよう。そう考えて一歩踏み出した。
「あれ」
「どうした、天賦。」
「なんか、水でてる」
天賦の足元にあるちょっとした穴から、こぽこぽと水が溢れているのだ。この頃、雨なんて降らなかったと思うのだが。
それをよく観察してみると――透明ではなく、色がついていた。
「下がって」
「まさか、コレ――」
ぶしゅう、と、勢いよく水が飛び出した。まるで噴水みたいに。青空に、さらに深い青が重なっていく。
いつか見た、液状スライムである。
「……ちがう」
つい、クェンターレでの記憶が蘇る。あれと話した瞬間が思い起こされて、天賦は頭を振った。
あれと比べれば取るに足らない相手だが、どっちにしろ天賦では勝てない。すぐに炎砲を、と思ったが、彼の通称を呼ぶには至らなかった。
なぜなら、天賦がそうする前に【砲撃】が飛んだから。
小さく爆発する音がして、光が液状スライムに衝突する。戦闘、とも言えないほど、あまりにあっけなく終わった。
天賦の背後に、炎砲がその大きな手袋を構えている。光はゆっくり収束して、元の黒い色に戻った。彼の目の色は暗い。天賦の気のせいかもしれないけれど。
「は、はや……」
ファティも口を開けている。びっくりするほど早い判断だった。天賦が静止した彼に声をかけようとした時、黒い人がたが彼に近づいた。
そして、炎砲の体を宙に投げ始める。
「やったァ!」
「えっ、わ」
「炎砲、良くやった!」
再生師もそれに参加する。天賦も続いた。
「ありがと、炎砲」
「いやァ〜! もうヤツを前に撤退しなくてもいいなんて、こりゃもはや敵無しですなァ!」
通常の液状スライムには天賦の"相棒"は効かない。なす術がなかった敵に、ついに有効打を獲得したのだ。
「今まで冒険者の魔術師とか雇わなかったの?」
「バカ野郎、ンな金有るわきゃねェだろ」
それを見て苦笑いするファティ。
自分たちのパーティに魔術師が加わったことを深く実感し、天賦はスルたちに自慢したくなった。
どうだ、これで立派なパーティが完成しただろう、と。
ほぼ完璧な戦士の天賦。その支えの"相棒"。
流れで重戦士の役割をしているカルメ。
魔法的には治癒師の再生師。
推定魔術師の炎砲。
そして、捉えようによっては弓使いのファティ。
闘技場を出たばかりの頃の自分に自慢してやりたい。未来ではウィルヒムパーティのような立派な仲間を揃えているんだぞ。
「ははっ、楽し、これ」
炎砲はくすっと笑った。再生師に抱えられた時も楽しそうにしていたから、速かったり、宙に浮いたりする乗り物が好きなのかもしれない。巨大カルメに乗るのも好きなんじゃないだろうか。
「次私、次私」
「兄ちゃん交代、嬢ちゃんがやりたいって」
「天賦も頑張ったからな」
炎砲と場所を代わり、次は天賦が持ち上げられた。何故か上げている側の再生師のほうが楽しそうである。
「はは、いつまで続くかな……」
ファティは金色の髪がふわふわ浮く様子を、カウンターに肘をつけながら眺めていた。
天賦は熊の魔物くらいは力技で粉砕できますが、本人がかっこいい戦い方を意識しているのでしませんでした。




