66話 寒風はまだ遠い
「どうよ、ケミタン特製魔法補助手袋」
その日、約束通りにケミタンの元に向かうと、カウンターの上に同じような黒い手袋がずらりと並んでいた。裏には元の炎砲の物よりも細かい回路がびっしり付けられている。
「よ、よくこんな短期間で作れましたね……」
「なんかノリにノっちゃってぇ〜」
これからの旅に困らないような量があるように思える。天賦には魔道具の量産がどれだけ大変なものか計り知ることはできないので、彼女の卓越した才能は分からない。
「おお、凄いな。ぴったりだ」
「……うん、やっぱ見目が大きい方がカワイーね」
手袋は炎砲の手よりも大きいサイズに見えるが、実際にはピッタリらしい。中の回路のスペースも関係していそうだ。
「ありがとう、ケミタンさん」
「金払いもよかったしね〜。……いや、はぁ……20歳て……詐欺でしょ……」
ケミタンは頭を抑える。紫のボリュームある髪が揺れた。見た目から彼の年齢を想像できないのは事実である。
「なんか、ごめん」
「謝らんくてもいいんでね」
炎砲は自身の拡張袋――新しく購入した――にいっぱいの手袋を詰め込んだ。
「ふむ。これはどのくらい持つ物なんだ?」
「炎砲く……さんの魔力には、まあ50は耐えてくれるでしょ。超頑丈に作ったけど、それが限界〜」
「50回も、すごい」
前の手袋の5倍だ。それに数もある。
しばらくはケミタンを訪ねることはなくなるだろう。
「キッチンも直ってる。もうガフタ行こう」
「え? もう行っちゃうの〜?」
「今日はやめたいなァ」
「私も。」
「俺も」
「俺もです」
天賦は仲間の中でやたらと少数派になることが多い。用事が全て済んだのに、まだここに留まる理由が分からない。早く"相棒"を救いに行きたいのに。
「やだ。行きたい」
「……まあ、天賦がそう言うなら仕方ないな」
「兄ちゃんったら、甘やかさないの」
折角炎砲が味方につきそうになったのに、カルメがそれを止めた。2対3なら見込みがあったはずだ。
「というか、いつ出発するかは俺に決定権があると思うんですけど。誰が運転すると思ってるんですか」
「ファティ、いつの間にそんな旅に乗り気になってんの〜?」
「なっ!」
ファティは口を大きく開けて静止した。
「オ、やっぱそうなの?」
「ルチカナイトの時も崩れ落ちるほど心配していたようだしな。」
「ファティ、私たちのこと好き」
全員の目がファティに向けられる。
耳が少し赤い。彼は手をバタバタと動かして弁明――らしきもの――を始めた。
「好きとか嫌いとかそう言う話じゃなくて命を救ってくれた人たちのために行動するなんてそんなの当たり前じゃないですか! 心配するのだってみんな若いのに危険なことに首突っ込んでるんだから自然な事だし大体俺が乗り気というよりももう生活に根づいちゃったから今更旅のことを考えずに行動するなんてそれこそできないわけで――」
「滑舌良いな、お前さん」
ファティは再び黙る。言葉がいきなりたくさん出てくると、天賦の頭が追いつかないからやめてほしい。
「ま〜、ともかく明日にしたら? もう夜だしさ〜、今から行ったら深夜になっちゃうよ」
「私も寝たい気分だ!」
「俺も早めに寝たいんですよ。あなたたちのためにね」
ファティはあなたたち、を強調して天賦を見た。
「むう……分かった」
「あ、じゃあ晩飯は俺が作ろうか? いつもやってると疲れるだろ」
確かに、炎砲もクェンターレにいた時も料理を作っていた。専門ではないとはいえ、間違いなくしっかりしたものが作れる方だろう。他三人は食材を適当に焼くくらいしかできない。なるべく節約したいから、彼に任せよう。
そんな炎砲を見て、ファティは彼の元に行き、小さい肩に手を乗せた。
「はい。みなさん聞きましたか。これが「気遣い」というものですからね」
「聞いた」
「聞いた!」
「兄ちゃんは甘いだけだと思うんだけどなァ」
炎砲は優しい、というよりも、天賦たちがやることなすことをなんでも許してくれるのだ。さっきも天賦の意見を呑もうとしたし、味方をしてくれるという安心感がある。
「じゃ、ありがと、ケミタン」
「まいど〜。またいつでも来てね〜」
ケミタンはゆっくりと手を振る。そう言えば、カルメの指輪の効果について彼女に教えるのを忘れていた。だが、それを言うとカルメのあれやこれやがバレてしまうので仕方ないだろう。
「よし! 炎砲、今日のメニューは何だ?」
再生師はかなり腹を空かせているようだ。これだけ大きな尻尾があるなら当然、食べる量も増える。
「ハドムっていうクスカルのスープはどうかな。辛すぎないように、さっぱりめに作ろうと思うけど」
「いいですね。おいしそうです」
「わかんないけど、いいよ」
天賦たちは術力車に向かう。節約のために既に宿からは出ている。ふかふかのベッドも心地いいが、やはりあの車の中で寝るのに慣れてしまった。
炎砲はいくつか材料を出して、キッチンの上に並べた。手際が良くて、いつかやった再生師との料理が「ごっこ」でしかなかったことを思い知る。
「再生師、【水滴】をお願いしてもいいか?」
「ああ、任せてくれ!」
やることがなくてそわそわしていた再生師は、炎砲に呼ばれると顔を明るくしてキッチンに向かった。どこに何をすればいいかと炎砲に聞いている。
「親の手伝いする子供みたいですね」
「子供の手伝いする親だろ」
再生師は実年齢よりもずっと年上に見える。ぱっと見は大人の成熟した女性だ。
「ファティも、なんかそわそわしてる」
「や、だってまあそりゃ、料理人なんで。人に料理を振る舞われることなんて滅多にないですから」
彼は少し嬉しそうだ。もしかしたら、彼への日々の感謝は料理が最適なのかもしれない。
なんやかんやお世話になっているし、労いも兼ねてやろうと天賦は思った。立ち上がり、キッチンに向かう。
「私もやる」
「天賦も? えーと、じゃあ……」
「ちょ、何か壊さないでくださいよ!」
壊すようなものなんてないのにな、とファティのことを目を細めて見る。そんなに天賦が無茶苦茶な人に見えるだろうか。
……まな板の端が欠けたのは「壊した」に入るだろうか。
「できたぞ」
「わあ、ありがとうございます」
赤いスープは天賦の目には新しく映る。何から香っているのか分からないが、ひりつく匂いがした。
「ありがとうございます、炎砲くん」
「二人が手伝ってくれたから早く終わったよ」
それを聞いて、再生師が胸を張って顎をくいと上げた。
「火加減を調整したのは私だぞ!」
「なんかの草を置いたの、私」
「はは、ありがとうございます……」
ついでに言うと、器を運んだのも二人だ。しかし、炎砲から「これは天賦の分」と言って渡されたので、断じて、肉が多い器を自分用にしたのではない。
「ほら、カルメの分」
「あ? いや、オレ食えねェからいらないって」
鳥の姿に戻ったカルメが器を断ろうとすると、炎砲は微笑んだ。
「一人分だけ用意しないのはなんか嫌だろ? 形だけでいいからさ、後は俺が食べるから」
「……おお、あんがと」
カルメの前に器が置かれる。
赤いスープにカルメの黄色い目が反射した。
「私、食べてあげようか」
「お前さん、食いしん坊だよなァ」
天賦はこの時間が好きだ。
腹が満たされるし、スルたちみたいに仲間と旅をしているという実感が湧くから。
「じゃ、いただきます」
「頂きます!」
「どーぞ」
スプーンでスープをすくい、一口運ぶ。
格別に、特別美味しい、というわけではないが、温かくなる味だった。少し辛いが、天賦も食べられるくらいだ。
「おいしいです。獣人の人たちも食べられるくらいの辛さですね」
「獣人って辛いのダメなの」
「鼻が敏感だからな。あんまりに辛い物はあまり好まないと思うぞ。」
クェンターレで見た背の低い狐の獣人の姿を思い出す。多くの動物は刺激的な匂いは好まないが、それに近しいものだろうか。
「獣人の方には大体、甘いお菓子を手土産にしますね。間違いないので」
「獣人ねェ。そういや、獣人って明人と子供産んだらどーなんだ? ハーフ獣人みてェになんのかァ?」
どんな質問だとカルメを疑ったが、確かにそれは気になる。人間に動物の耳でも生えるのだろうか。
その問いに、再生師たちは顔を見合わせた。
「考えたこともなかったな。」
「獣人と子を成したいとか考える人いるんですかね。逆も然りですけど」
「仲悪いの?」
「いや、単にそういう対象として見れないってだけかな」
「獣人と友達になる人は大勢いますけど、結婚したって話は一回も聞いたことないですね」
再生師もそれに頷く。彼女も知らないのなら、本当に明人と結婚する獣人は一人としていないのだろう。
「獣人は獣人しか恋愛対象として見れないからな。明人に近いエルフや鬼とはまた違うのだよ。」
「というか、こんなこと聞く人いるんですね」
彼ら3人の反応から察するに、極めて当たり前のことで、説明する理由もないほど生理的な常識のようだ。
「困った。私、獣人のこと知らない」
「普通の明人と同じように接すればいいと思うぞ。コミュニケーションには困らないだろう。」
天賦は明人、それと鬼以外と会話らしい会話をした経験が乏しい。獣人は少しだけ、羽人とエルフには会ったこともない。
「とにかく寒さへの覚悟ですよ。ガフタに必要なのは」
「兄ちゃん、寒さだって」
カルメは炎砲を見る。彼はずっと暑い国にいたから、雪山の国だというガフタは辛いかもしれない。
「それくらいは覚悟してるよ。それに、まだ春だしな」
「もう夏になるけどな!」
寒さに耐えられない、という状況を天賦は味わったことがない。魔獣から受けた【氷結】もそれなりに耐えられたから。
「冬のガフタは、明人には防寒具がいくつあっても足りないと言われてるくらいですからね」
「じゃ、早く行かないと」
「ハイハイ。明日な、明日」
スープを飲み干す。空になった器を置いて、カルメの分を手に取った。
「はっや。相変わらず良い食べっぷりだなァ」
「もう少し作っておくべきだったかな」
「なら私が手伝うぞ!」
再生師の尻尾が揺れる。その先っぽをファティは不安そうな顔で注視していた。
――――――――――――――――――――――――――
――深夜。星の瞬きだけが世界を照らしている。
天賦はなんだか目が覚めてしまった。"相棒"を抱きしめながら床に転がり、木箱を見つめていた。
静かな中、天賦は音を立てないように起き上がった。炎砲が寝ている。再生師がデッキで寝ている。ファティの足が見える。
「……アラ」
低い声がして、そちらの方を見る。
暗闇の中、カルメが目を光らせていた。
「起きちゃったの嬢ちゃん」
「なんか。カルメ、起きてたの」
カルメは羽で頭部を掻く。
「んー、色々考えてたっつうか」
「なにそれ」
「今日の嬢ちゃんの食いっぷりとかな」
天賦は目を細める。カルメは食べられないんだし、自分は腹が空いていたんだし、何も悪いことないじゃないか。
しかし、カルメはため息をついて空を見上げた。
「……まあ、英雄とかだよ。正直に言うとな」
カルメは肩をすくめるように羽を上下させた。
英雄のこと。魔王が考える英雄のこと。もしかして、また他のことを思い出したのだろうか。
「アイツら、オレを封印しやがったんだよな? その癖、ンで怪物なんかになってんのかなァ」
「……魔王が関係してるって言った」
天賦は呪解者の青い本を取った。前に、カルメがそう音読していたのを覚えている。
「ちげェんだよ」
「違う?」
「オレ、あの時明確に「終わった」」
……背中がぞわぞわした。
前はそんなこと言っていなかった。オーガンを斃して、何かを思い出したのか。ルチカナイト――シュルトカの時のように。
「ブッ刺されて、光って、それで終わったんだよ。アイツらに何かする余裕なんてなかった。それこそ、呪いとかな」
「終わり」の瞬間。それは彼が"勇者"たちに封印された時のことだろう。
「この野郎、って思った。けどな、「やってやった」って思った記憶はねェんだよ。「無念」だよ「無念」」
「じゃあ、どういうこと」
カルメの尾が風ではためく。彼が右を向いたせいで、黄色い目は見えなくなって目がない方が天賦に向けられた。真っ黒な体なのに、その姿は暗闇の中でも明確に捉えることができる。
「や、オレの、あくまでオレの感想だけどな。なんか、オレじゃねェ誰かがやらかしたんじゃねェかって」
「……誰が?」
もしかして、何か、恐ろしい真実でも思い出したのか。そう期待と恐怖で彼の返答を待ったが、予想した答えは返ってこなかった。
「分かんねェよ。ただのコウサツだからな」
わざとらしく「考察」と言う。
だが、天賦はそれが冗談にも、飛躍した推理にも、根拠のない考えにも聞こえなかった。
右目のないカルメが、なぜか今更不気味に映る。
「あ、そうだ。コレ持っとけよ」
「わ」
カルメの翼から投げられたのは楽園教のポーションだ。黄色く闇に光っている。
「呪源退治で何かとお世話になってるからな。持っといて損はないだろ」
「ありがとう」
ガラスの筒を揺らす。黄色の輝きに、この前路地裏で出会ったウィルヒムが映った。
『楽園教が使う液体、あれは「サマルエルムの涙」です』
『英雄の、黄金の遺物です。彼らがいつも使っているのは劣化したもの。楽園教はその大元を所持している』
『彼らは英雄の遺物と「金眼」を集めて儀式をしようとしている。それは、呪源に関係すること』
サマルエルム。
武闘家の、獣人の英雄。
「全ての生物を溶かす」と言っても、どうしてこれがカルメに、呪源に効くのか天賦には理解しかねた。ルチカナイトに大きな打撃を与えた時から、ずっと。
「……その、黄色のポーション」
「おん。コレがどうかしたのかよ」
「それ、英雄の武器、らしい」
彼がどこでその情報を知ったのかは分からないし、彼の言う「詳しい知り合い」にも見当がつかない。
だが、新たに知った情報を隠す理由は無いと思った。
「……え、マジ?」
カルメの体からポーションがころころと出てくる。
遠くで夜の鳥が鳴いた。




