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58話 おかえり

 カルメたちは黒い羽で囲まれたドーム――ニーデン傭兵団の拠点に向かう。天賦を1人残して。


「頑張れ、あとちょっとだ!」


 砂の匂いがする。

 ファティを右肩に抱え、再生師の背を押す。ぐずぐずしていると家が泥になってしまいそうだし、何より天賦が飲まれてしまいそうだ。


 気のせいか、カルメよりも再生師の方に向かって飛んでくる水の方が多い。彼女を放っておくと炎砲が目覚めるからかもしれない。


 魔道具屋の屋根を踏み締める。こんな時に飛べないなんて、なんて不便なのだろう。

 水を羽で弾き、家々に飛び移りながら辺りを見回す。どこかに指輪が落ちていないか確認しておきたかったから。


 水の中は不自然に透き通っている。砂や埃が混じっていない。そのおかげでどこに何があるかは把握できる。

 ――だが、それらしきものは見当たらない。今は諦めるしかない。


「よし、そっちだ、跳べ!」


 再生師の背中を一際強く押す。

 ドームの一部分だけ翼を解く。彼女なら疲弊しても通り抜けられるはずだ。


 再生師は炎砲を固く抱きしめて、土の床がひび割れるまで強く踏み込んだ。カルメの予想通り、彼女は開いた穴めがけて綺麗に着地した。


「跳ぶぞ」

「は、い」


 ファティは小刻みに頷く。早く横になりたいはずだ。

 つい癖で風をつかもうとしてしまう。自身の奇妙な足に集中し、ファティの服をしわになりそうなほどに掴む。


 再生師の後を追い、同じようにジャンプする。相変わらず重い体だ。

 僅かにホールから外れたが、自分なら修正可能だ。落ちながら翼の位置を変える。そして拠点に入った後、すぐさまドームの穴を塞いだ。この力を使いすぎて、体に不快感が募る。


 拠点の中は住民でいっぱいだ。不安でいっぱいのざわめきが聞こえてくる。

 死ぬの、とか、これからどうなっちゃうの、とか。


 避難訓練の賜物か、ここに来るまでに呪源の中で浮く人間は見当たらなかった。全員無事ではある。こうして見ると意外と少ない。

 ファティをソファに横たわらせる。ここにふかふかのベッドはない。


「本当に始まったの」


 すると、カルメの前に銀髪の少女、イルネが近づいてきた。その声は分かりやすく震えていた。


「始まった。マジで」

「……あ」


 彼女には「呪源を斃すから避難しろ」と事前に言ってあった。しかし、カルメは明日の夜に実行するつもりだったが、想定外のトラブルで今日の夜になってしまった。

 遅かれ早かれ同じだ、と割り切ることにした。


「ココはオレが完璧に守ってるから安心しとけ。それよりコッチだ」


 炎砲を指差す。既に再生師の手の光はぼんやりして、薄くなっていた。


「炎砲、なんで、どうしたの」

「とにかく【治癒(ヒール)】ができる人間をかき集めろ! オイ、マーマレード! いるか!」

「い、います! ここですわ!」


 マーマレードがメイド長に抱えられながら、人混みの中から登場した。てっきり怯えていると思ったが、眉が凛々しく寄っていた。


「何をすれば良いんですの!?」

「この坊主に【治癒(ヒール)】をかけ続けろ。コイツが起きたらオレらの勝ちだ。できるか?」

「ま、任せてくださいまし!」


 正直「勝ち」の確証はない。だが、住民を安心させるには強い言葉が必要だ。不安は伝播する。

 マーマレードは腕をまくり、炎砲に手を当てた。


「僧侶とか治癒師とか、早く来てくれ!」


 人混みの中から数人が慌てて出てくる。思ったよりもずっと少ない人数だった。


「か、カルメさん、これを、みなさんに」

「ンだこれ、魔石か」


 ファティがポケットから渡してきた袋。これで魔力を回復しろということだろう。

 紐を解き、治癒する人々の前で中身をひっくり返す。再生師は一言「助かった」と言って、魔石を次々に割り始めた。


 天賦に加勢に行かないと、と足の向きを変えると、背中に何かが当たる感触がした。振り返ると、メイド長がマーマレードの手を握りながらカルメの背を叩いていた。


「外はどうなっていますか」

「呪源の海だ。水が来ても絶対に飲むンじゃねェぞ」

「何をすべきでしょうか」


 メイド長の声は凛としていて、芯がある。彼女に見えているはずがないのに、じっと見つめられている気分だった。


「とにかく時間稼ぎだ。姉ちゃん、どんぐらいで終わりそうだ?」

「……分からない。ただ、30分は欲しい。」


 30分。ルチカナイトの14時間と比べれば大したことない。


「いいか、オレと嬢ちゃんでクソ呪源がコッチに来ないようにしとく。だから頼むぞ」

「把握、した。」

「お待ち下さい」


 拠点から出ようとした時、メイド長から声がかかった。


(わたくし)もお供いたします」

「え?」

「ちょっ、メイド長!?」


 マーマレードが顔を上げた。

 カルメも、その提案は全くの予想外であった。メイド長とは交流したことがあるが、それでも。


「お嬢様が命の危機に晒されている中、何もしないなどメイドの名折れでございます。ご安心ください、皆様の足を引っ張るようなことはいたしません」


 メイド長は斧をくるりと回して言った。彼女の戦いっぷりは以前に目にしている。かなり洗練された戦士だということも。


「それに、ほら」


 メイド長は二重になっているスカートの一層目をたくし上げた。そこには――びっしりと、小型の杖が張り付けられている。


「魔法戦にも対応できます」

「はは、頼りになるな」


「め、メイド長……」


 マーマレードは、外に行くと言うメイド長を不安気に見つめていた。メイド長はその声を聞いて、マーマレードの手を探して、それに手を添えた。


「大丈夫ですよ。それに、お嬢様はお嬢様のすべきことがあるでしょう」


 そう言われると、マーマレードはきゅっと眉に力を入れた。そして、炎砲に向き直る。


「わ、分かってますわ! 民を助けるのが高貴な者の義務でしてよ!」


 額に汗を滲ませながら炎砲の処置を続ける。この調子なら思ったより早くすませられるかもしれないな、と小さな期待を抱いた。


「リーダー、コッチは頼んだぞ。……オイ、リーダー?」


 イルネの足はぶるぶる震えている。

 その姿は傭兵団のリーダーではなく、ただの少女だ。


「ボス、ちょっと」


 体格のいい傭兵の男がイルネの肩に優しく手を置き、ゆっくりと下がらせた。


「気にしないでくれ。ボスはちょっと……波が……」


 イルネは以前も呪源の元に行くのを嫌がっていた。何があったのかは大抵察しはつく。彼女はへたりと座った


「ご、めん……怖い、ごめん」

「……ここでちゃんと待ってろよ」


 翼のドームに再び穴を開ける。魔石を割り続ける再生師を横目に、メイド長と沈んだ町へ出た。



「――オイオイ、ンだよアレ……」

「霧、でしょうか」


 町の入り口の方に、水色の濃い霧が立ち込めていた。不自然な色で毒々しい。気味が悪い。

 ――そして、カルメの目は一面の呪いに包まれた。空気全体が呪いで溢れかえっているような。

 あの水色の霧も呪源の一部であるのは確かだった。


「あの霧はお前さんが吸ったらまずい」

「ええ。見ただけで吐きそうです」


 話している間も、2人めがけて水が飛んでくる。カルメは翼で、メイド長は斧でそれを遮った。


「呪源は見えるってコトでいいんだよな?」

「はい。問題なく。囮の役は十分にこなせます」


 メイド長は目を開いていた。溺れる家々に眉を顰める。

 呪源はまだ拠点には向かっていないが、ずっと、という保証はない。とにかく時間を稼がなくては。

 何よりあの中にいるであろう天賦を見つけ出さないと。


 あの霧に入ったらメイド長はきっと記憶が飛ぶ。カルメは、彼女にして欲しいことがあった。


「メイド。できたら金の指輪を探してもらえねェか」

「お任せ下さい」

「あ、コレ使え。多分ヤツに効くから」


 メイド長に、楽園教の信者から盗んだ黄色のポーションをいくつか渡す。ルチカナイトに効いたんだから、この液状スライムにも効くはずだ。効いて欲しい。


「ありがとうございます。では、行ってまいります」


 メイド長はふわりとスカートをはためかせて、身軽に跳んだ。右手に持つ小さな杖が光り、閃光が呪源を突き刺す。

 大きな塊はメイド長を追って、ずるずると町を移動し始めた。


「よし、待ってろよ嬢ちゃん……」


 膝を叩き、走る。

 早くなんとかしてくれよ姉ちゃん、と祈りながら。


 水が飛んできても気にしない。それより他の人間の守りを固めること優先だ。

 そもそもカルメは物を食べたり飲んだりできない。自分だけであれば問題ないと思ったのだ。


 天賦は強い。目覚めてから見た人間で、間違いなく誰よりも。カルメにとっての力の象徴は彼女だ。


 しかし、天賦は抜けているところがある。知識も足りない。予想外の出来事に対応するのは苦手のはずだ。


 霧に近づくにつれ、足元がぐしゃぐしゃになる。こんな砂漠の町の建物が水に強いわけがない。――が、それにしても溶けるのが早い気がする。


 液状スライムはあんな見た目だが生き物なので、ゆっくり消化されているのかもしれない。


 30分。それまで足場が耐えれるかどうか不確かだ。飛べればわざわざ地を行かなくてもいいのに。


 ずぶ濡れになりながら霧の中に侵入する。

 すうっと空気が寒くなっていくのを感じた。呪源に全身が包まれて、心底気持ちが悪い。


「嬢ちゃん、返事しろ! 嬢ちゃん!」


 霧の中は静かだ。あるはずない心臓がどくどく鳴るような気さえした。


「うェっぷ、嬢ちゃん、どこだ!」


 頭から呪源が覆い被さる。服が呪源を吸って重くなっていく。


「守って。守って。守って守って。守って」


「クソ、クソ、クソ……」


 カルメは腹が立っていた。

 呪源の癖に喋る。呪源の癖に人間のフリをする。

 妹を殺して、弟を偽って、全てなかったことにして。


 ルチカナイトは英雄然としていたかもしれない。だがコイツはどうだ。ただの大悪党じゃないか。


「英雄なら英雄らしくしろや、ニセ弟が……!」


 「ニセ弟」と言った瞬間、頭をガツンと殴られた。それほどの重みの水がカルメを襲ったのだ。


「クッソ、ンだよ、クソ……」


 ――カルメの頭の中で何かが痺れた。

 液状スライムを飲んでないのに。浴びすぎたせいか?


 天賦はどこだ。頭をブンと振る。

 水流がねじれて、身体が()()しそうになる。中身が痺れる。


 ただ、変だった。

 記憶が消されるような感覚じゃない。何か――引っ張り出されている感じ。

 硬く閉じたタンスの隙間にろうを塗って、ずるずると開かれていくようだった。


「死ね、死ねよ」


 身体が水に包まれる。腕でかいても終わりが見えない。

 水が重くのしかかった。いつまでも、いつまでもそれが続いて――



 ――刹那。冬の森が見えた。



 どこの景色か分からない。でも初めて見る景色じゃない。

 針葉樹が雪を被っている。ひんやりとした物が落ちる。


 霧の海。冬の森。

 寒い。冷たい。


 頭で考えることと反対に、手は緑の針へと伸びる。あそこに行きたいと、本能が告げていた。


 カルメの中で()()残っていた記憶が、あの冬と結びつこうとしている。どちらも弱い糸なのに、互いに伸びて、一つの長い糸になろうとした。


 伸びて、触れて、くるんと弧を描き――



「――――アアアアア゙ッ゙!!!」


 ――それを千切った。


 翼をがむしゃらに広げる。どこにどう生やすかなんて考えなかった。ただ、水をかき分けて。「触るな」と言ってやりたかった。


 思い出したいわけじゃない。ましてや、自分を殺した英雄に記憶を引っ張り出されるなんて最悪だ。反吐が出る。


 とっておいた黄色のポーションを迫る呪源にぶちまける。鉄板で肉を焼いた時のような音がした。


 ぶくぶくと水が沸騰し、カルメの周りから避けていく。


 早く、天賦を見つけないと。こんなクソみたいな場所に置いていくなんて、そんなのありえない。

 英雄に殺されるとしても、ニセ弟にだけはごめんだ。


「嬢ちゃん!! 嬢ちゃん!!」

「まもって、まも、って、まもって」

「来ンじゃねェよ!!」


 炎砲の気持ちが分かる。

 殺してやりたい。こんなのを生かしてはおけない。

 メイド長にポーションをほとんど渡してしまったことを後悔する。大きな打撃は与えられなくても、呪源が苦しんでいると気分が楽になる。


「嬢ちゃん、じょ――」


 ――その時、きらりと。光がカルメの左目に届いた。

 水色ではなく、黄金色の小さな光だ。


 カルメは確信した。あれは天賦の"相棒"の剣である。

 迷わず水の中に飛び込む。泳ぎは経験したことないが、そうしなければと思った。


 深く潜ろうとすると、水流がうごいてカルメを光から遠ざける。苦しいわけではないのに、息が詰まるような思いだった。


 "相棒"を抱きしめる天賦が見える。口からは全く気泡が出ていなかった。息を止めているのか、止まっているのか分からない。


 せっかく重い身体なんだから、もっと沈めよと願う。手を目いっぱい伸ばし、黒い翼を天賦に向ける。


 その手を掴むことを、それだけを考えて――

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