114話 ようこそ
天賦は、妙に暖かい空気で目が覚めた。
目を開けたばかりだというのに思考ははっきりとしていて、体が軽い。
あの後、いったい何が起こったのだ。
そう思って起き上がり、目を擦る。そして、飛び込んできた景色は——
——街だった。
「……は?」
天賦たちがいたのは地下都市だったはずだ。だというのに、太陽の光が降り注ぎ、地面に影を落としている。
ソエルソスの王都、ヘイリンよりも立派な街並みが、天賦の左右に広がっている。
天賦は焦って、近くに転がっていた再生師を起こした。適当にぐんぐんと首を振らせて、無理やり意識を覚醒させる。
「な、何だ!?」
「再生師、見て! なんか変!」
再生師は顔を上げ、天賦と同じように頭を回した。それから大きな声を街中に響き渡らせる。
「な、なんだこれは! おい炎砲、なんだか不味いぞ!」
「うわっ、え? え!?」
炎砲も体を起こして状況を把握する。天賦の横で既に起きていたカルメが首を鳴らしていた。
「うーわ、最悪……」
「カルメ、どうしたの」
「そこら中呪いだ。クェンターレの時と同じ感じ」
カルメの視界に、この街がどう映っているか想像する。ということは——
「……ここ、呪源なの?」
「間違いねェな。現実だ」
「夢ではないのか……。」
天賦は自身の頬をつねった。少しだけ痛む。
どうやら、この信じ難い光景は幻想でも何でもないようだ。地面を触るも、石畳の硬い感触がしっかりと伝わる。
呆気に取られていると、膝をついていた炎砲が目を大きく開いて立ち上がり、声を荒げた。
「いや、それより! それよりもファティが——」
その瞬間。炎砲が「ファティ」と、いつも通り名前を呼んだ瞬間。
「…………あ?」
炎砲は、目をぐるんと回した。
その場に倒れ、体をびくびくと痙攣させる。顔を真っ青にして、汗を流し——
「ごぷっ」
石の上に嘔吐した。
「炎砲! どうしたのだ、苦しいのか!?」
がくりと首を大きく跳ねさせた。今にも死んでしまいそうな、危ういその動き。天賦は一つ、思い当たる節があった。
「……これって」
"それよりもファティが"。
カルメは、地面を蹴って「クソ」と短く息を吐く。
「アイツ、呪われやがったな」
これは呪感だ。呪われた者の名前を呼ぶと起こる症状。そして、炎砲が口にした名前はただ一つ——
「……ファ——」
「やめろ」
反射で声に出しそうになった時、カルメに口を押さえられた。その言葉を発することができないというのに、得体の知れない違和感を覚える。
「そんな……。」
「呪われちまったモンは仕方ねェな。今すぐには治してやれない」
天賦は、最後に見た彼の顔を思い出していた。
——あの時。彼は、何を思っていたのか。
「……でも、なら、生きてるよね」
「あ、ああ! 当然だ!」
「金眼の王」になった結果呪われたのだとしたら、まだ彼が生存している希望がある。贄として——とは言い難い。少なくとも、「魔獣の呪い」とかでなければ。
再生師は炎砲の背をさする。いつもの炎砲の真似事だ。彼が落ち着くまで、天賦たちはその場から動かなかった。明るすぎるぐらいの太陽が、濃い影を作っている。
「……ごめん、あり、ありがとう」
「落ち着いた?」
「うん、ごめん」
「謝ることではない。」
炎砲は肩で息をしながらよろりと立ち上がる。ミェルのことですっかり感覚が麻痺していたが、本来呪感とはこういうものだ。
再生師はそんな炎砲を持ち上げ、くるんと回しておぶる。慣れた手つきだった。
「だ、大丈夫だって」
「無理するな。いつ呪源が襲ってくるかも分からないのだからな。」
炎砲は再生師に感謝を告げ、力を抜いた。気分が悪い時に歩くのは良くない。それに再生師の言う通り、ここは呪源の気配がする場所だ。油断してはならない。
「じゃ、アイツがドコにいるか探すか」
「……うん」
彼は生きているはず。確証はないが、確信していた。そのために、今ここがどんな場所なのかを把握しないと。天賦は"相棒"を撫で、道の先を見た。
「待って」
そして、見つけた。
——目の前に、歩いてくる人間がいる。
天賦たちは戦闘体制に入った。武器を出し、再生師は尻尾を向ける。人の形をしているとは言え、警戒しないのはありえない。天賦たちは「キシャ」を知っている。
その人間——少女の姿を見て、天賦は目を開いた。
彼女の目は、金色である。
「え?」
少女は武器を構える天賦たちを怖がらず、笑顔で向かってくる。だんだんと早足になっていった。
金色の髪に、金色の目の彼女は、天賦たちのすぐそばまでやって来て——
「ようこそ、旅のお方!」
と言って、お辞儀をした。
「……なに、なにこれ」
「どうも、初めまして! この国に来るのは初めてですか?」
「……国、だと?」
天賦は辺りをよく見る。すると、道のずっと先に大きな城があることに気がついた。ソエルソスのものとも、ムーナウーヴァのものとも違う。
ここが、国?
一体どういうことだ、と説明を求める。
「お前は誰だ?」
「私はただの町娘です!」
緑のイヤリングが揺れている。カルメはたじろぎ、頭を押さえていた。天賦も頭痛がしている。
「それよりも、ささ、どうぞこちらに!」
「え、なに、触らないで」
天賦はこの少女がただ者ではないことを理解している。だから拒否しようとしたのに、少女はおかまいなしに天賦の服を掴もうとした。
「なあ……ここは、どこなんだ?」
炎砲が少女に聞く。「国」とだけ言われても理解ができない。天賦たちが呪源の超常的な力でどこかにワープでもしたのか、それとも違うのか、それだけでも分かれば。
「ああ、そうでしたね!」
少女は、金の目をいっぱいに開いて両腕を掲げた。
「——ようこそ、私たちの楽園、ベスティオローネへ!」
楽園、ベスティオローネ。
その国の名を告げた瞬間——どこからともなく、色とりどりの紙吹雪が吹き出した。
そして、楽器隊も見えないのに高らかなファンファーレが響き始める。快活で、弾むような曲だ。太陽の輝きがより一層増す。
「ようこそ!」
「ようこそ!」
「ようこそ!」
一斉に、家々から、窓から、路地から人間が現れた。彼らの人数を数えられる余裕なんてなかった。まるで、街に住む人間が全員集まってきたかのような。
歓声が聞こえる。
指笛が聞こえる。
拍手が聞こえる。
皆が笑顔の中、天賦たちだけがその場に立ち尽くして、置いて行かれていた。はらはらと落ちる紙吹雪を被り、視界がカラフルになる。
これは、何だ。
「ベスティオローネは皆さんのことを歓迎しています! 心ゆくまで、私たちのベスティオローネ王国を楽しんでくださいね!」
少女は笑う。
不気味だ。それ以外の感想が抱けない。
「まずはお宿へ案内しますね! きっとすごくお疲れでしょうから!」
少女は衝撃に当てられた天賦の手を握り、小さな足で中央道路を小走りで移動し始めた。
なされるがままになりながら、明るすぎる街並みを眺める。すぐにその異常性に気がついた。
誰も彼も、金眼。
男も、女も、老人も、子供も、身長も、髪色も、何もかも関係なく、全員揃って黄金の目をしている。
彼は恐らく、自身の秘密を打ち明けるのに相当苦悩したはずなのに。呪源を斃すために彼は自身を捧げたのに。まるで、その決断が間違っていた、みたいに住民たちの笑顔が弾けている。
何が起こっているのか、理解できた者はいないだろう。
天賦たちが連れてこられたのは、なんともメルヘンな、それでいて質素な建物だった。どこかハリボテのような雰囲気さえ感じる。聞けば、これが宿だと言うのだ。
「さ、好きなお部屋でくつろいでくださいね! 私は外で待っていますから!」
「……カルメ、どうするの」
「クソ、気分悪ィ……」
全く違う異世界に迷い込んだようだ。ここは本当に元の世界なのか、頭痛が激しくなる。
「……とりあえず、落ち着いて話しあ——」
「どうぞ! 中へ!」
その少女は天賦たちの背中を押す。そして中に入ったことを確認すると、バタンと扉を閉められてしまった。まさか閉じ込められたのでは、と焦ったが、宿の扉は簡単に開く。ただ急かされただけだったようだ。
まだ遠くで明るい音楽が聞こえる。天賦たちは、まず互いに顔を見合わせた。
「……整理させてくれ。」
「うん。そうしたい」
適当な部屋に入り、喧騒から遠ざかろうとした。
天賦はこれまたメルヘンな椅子に腰掛ける。強い色に目がおかしくなりそうだった。
再生師は炎砲をベッドに寝かせて、その目を閉じさせる。呪感で苦しんだ後にこの景色は辛いだろう。
「どこだって言ったっけ」
「ベスティオローネ、と言っていたな。楽園だと。」
楽園。
その言葉を、天賦は飽きるほど聞いた。マーマレードの父——楽園教が目指していたと言う場所である。
「じゃあ、ここがそうなのか?」
「楽園……確かに、楽しげな雰囲気は楽園かもしれないが……。」
それ以上に「奇妙」という感想が勝つ。天賦が想像していた楽園はもっと、落ち着いていて、いつまでも居たくなるような場所だ。ここは、この一室にいるだけで不安になる。
ふいに、天賦は貧乏ゆすりをしているカルメに気がついた。何やら不機嫌そうな様子である。——ここが呪源に近い場所だから、というのは分かりきっているが。
「どうしたの」
「……あの、金ピカ集団いただろ」
金ピカ集団、というのはいきなり現れた金眼の民衆のことだろう。天賦は頷く。
「アイツら、呪われてる」
「え?」
「……民草の呪いにな」
民草の呪いは楽園教の呪いだ。名前が変だったから覚えている。——それが、民衆たちにも?
「ど、どういうことだ?」
「アイツら、いや、アイツ。全員クソカルトと同一人物なんだよ」
「は?」
カルメが話す意味を、天賦はすぐに理解することができなかった。全員同じ顔だった楽園教と、姿が違う金眼の民たちとが結びつかなくて。
「え、いや、よく分かんないけど……てことは、信者は呪源が復活して、それで姿が変わったってこと……?」
「そういうコトだよ。多分記憶も飛んでる。……ああ、だから「民草の呪い」なのか……」
天賦も、体が増えるだけなら「増殖の呪い」でいいと思っていたのだ。カルメは自身が見た呪いの名称に納得した様子である。
つまり、信者たちは正真正銘、楽園の「民」になったということだ。
「……ああ、もう」
炎砲が声を漏らす。天賦も大声で叫びたい気分だった。彼を探さなくてはいけないのに、意味がわからない現象ばかりが起こるから。
「嘘だと思うならオレの羽食うか? 最悪なモンが見れるぞ」
「いい。疑ってなどないからな。」
天賦たちは同時に息を吐く。軽すぎる椅子が揺れた。
「でも、それより、探さないと」
「そうだな。ファ……あいつを見つけることが最優先だ。」
今まで何度も気軽に呼んでいた分、つい彼の名前を出そうとしてしまう。それが虚しく、天賦を嫌な気分にさせた。こんなもののために彼を見送ったのではない。
「なあ、カルメ。呪源がどこにいるか分かるか?」
「いや、クェンターレん時と同じか、それ以上にごちゃごちゃだな。どこもかしこも呪いだらけで本体がどれか分かんねェ」
この国のどこかに呪源がいるはず。しかし、呪いが見えるカルメは民衆たちの呪い含めた全てを捉えることができるせいで、正しく目を使えないのだ。
「だが、おかしいな。攻撃の意思が何も感じられない……。」
「うん。変」
カローラ・フェンも初め、天賦に襲いかかってはこなかったが、それとは何か違う気がする。戦闘、という概念があるのかさえ怪しかった。
「これが、チュリマー……?」
天賦は、この呪源の元の姿であろうチュリマーを思い出していた。少し話しただけだか、それでも優しく、思いやりのある人物だったことを覚えている。
彼女の微笑みと、甘ったるすぎる匂いの国があまりにもかけ離れている気がするのだ。
「なァ。カルト共は「金眼の王」っつってたよな?」
「ああ。……王、か。」
天賦は宿に来るまでに見た、大きな城を思い浮かべる。城、というのは王が住む場所だ。かつてそう教えてもらった。
「行ってみるか? あの城」
「そうだよな。とにかく、可能性がある場所は全部行かないと」
何もかも意味不明な呪源だが、混乱している場合ではない。とっとと彼を連れ帰り、とっとと呪源を斃すのが天賦たちの仕事である。
「いいか、とにかくココでは単独行動はするンじゃねェぞ。ドコで呪源が怒るのか分かんねェからな」
「ああ、把握した。」
「うん」
カローラ・フェンも、天賦が指輪を受け取るのを拒否した瞬間に豹変した。この呪源もいつどこで牙を向いてくるか分からない。
「気分は進まねェけど、行くか。兄ちゃんは平気か?」
「うん、もう大丈夫だ」
炎砲は横になるのをやめて立ち上がる。一瞬、壁の色に目が眩んだ様子だった。天賦もここにはいたくない。早いところ多少マシな外に出たかった。
心の中で彼の名前を呼ぶ。
きっと生きているはずだ、と希望を持って。




