110話 終わらせるのだ
——天賦たちは、「約束の地」周辺に到着した。目的地からは少し離れた、岩の影に車が止まる。
近づきすぎるとバレてしまうことに加え、ファティを危険に晒すわけにはいかないからだ。
「よし、準備しろ」
「武器持った」
「コンディションはばっちりだ!」
「手袋も十分に」
皆の装備が整っていることを確認して、天賦たちはファティに目を向ける。彼はしばらくここで留守番だ。
「ファティ、辛いんだったら出発はやっぱりもっと後に……」
「大丈夫です、もう」
「本人が言ってるんだから平気だっての」
心配性な炎砲をカルメが引っ張る。天賦も今回は炎砲と同じ意見だったが、これ以上言ってもファティが「やっぱりいてください」と言い出すビジョンが見えなかったのでやめた。
「……おい、どうした?」
カルメがファティの顔を覗き込む。彼は耳飾りを掴み、それからふっと力を抜いて手を離した。
「……すみません。また、後で会いましょうね」
「うん。待ってて」
ファティは天賦と目を合わせてくれなかった。その理由は分からない。彼の妙な違和感は、天賦の頭の中に溜まっていった。
「では、出発するぞ。静かに行動するようにな。」
「分かってるっての」
再生師を先頭に、天賦たちは森の中を進み始める。少しだけ進んだところで天賦は後ろを振り返ったが、やっぱりファティの目は合わなかった。
ひたすら、入り組んだ森の中を進む。今まで通ってきたどの森よりも複雑で、斜面が多く、視界も悪かった。こんなところに基地を構えられたら見つけるのは難しい。今まで足取りがなかなか掴めなかったことにも納得がいく。
再生師が詳しい場所を覚えているから迷わず進むことができるが、もしここに迷い込んだら長い間同じところをうろうろ彷徨うことになりそうだ。前のカルメを見失わないように足を動かす。
4人の間に会話はない。それは緊張から来る無言ではなく、ただ単に楽園教にバレないようにするためだ。音を立てないように動き、周囲に気を配る。呪源の本を持って撤退されたらまた振り出しに戻ってしまう。
天賦は詳しい場所がどこなのか覚えていない——覚える気もなかった——ので、再生師についていくしかない。だから、目的地まであとどれくらいの距離があるのかも知らない。
幹が大きく曲がった木の隣を進み、急斜面になっている岩を降りる。信者たちはいちいちここを行ったり来たりしているのだろうか、と倒木を飛び越えながら考えた。
そうして、しばらく歩いた先でカルメが止まった。先頭の再生師が足を止めたのだ。
彼女が手招きしたので、天賦はそれに応えて前に出る。その先に見えたのは——洞窟の入り口だ。その周りには信者——マーマレードの父が5人ほど見張りをつけている。
まだ彼はこちらに気がついていない。ぴくりとも動かず、そこに立っていた。
カルメから聞いた話によれば、信者は皆記憶を共有しているそうなので、ここで彼らを暗殺しても、殺したことが他の個体にもバレてしまう。それでは侵入することができない。
「カルメ」
「しゃーなし」
カルメは鳥に戻り、羽をぶるりと震わせた。そして、尾をふるいながら草をかき分け、信者たちの前に出る。
信者は皆、揃ってカルメの方を見た。顔を見合わせ、カルメの姿を観察している。
カルメは鳥——にも聞こえなくはない——鳴き声を上げて、ちゃかちゃかとその周りを走り回った。羽を広げ、信者に突撃する。
そのクチバシは信者の脛に突き刺さり、黒ローブは軽く痛がる様子を見せた。カルメは首を何度も曲げ、カツカツと脛を突き続ける。
様子のおかしな鳥を捕まえようと、一人の信者が動いた。黒鳥は飛んでひらりと躱し、その信者の顔をまた突く。カルメはそうやって、ひたすらクチバシでちくちく信者のことを攻撃した。
これが天賦たちの作戦である。直前で考えついた、少し幼稚な計画だが、思いのほか上手くいっていた。
そのうち、怒ったのか信者たちは5人がかりでカルメを捕まえようとする。中にはナイフを取り出す者までいた。
しかし、カルメは飛んで信者をおちょくる。素っ頓狂な声がまるで馬鹿にしているようで、天賦も少し苛ついた。
カルメは少しずつ洞窟の入り口から遠ざかる。信者たちはそれに気がつかず、カルメを捕らえようと腕を振った。
天賦は再生師と、炎砲と顔を合わせる。再生師は炎砲を抱え、移動の準備をした。信者たちがカルメを追い、皆が鳥に注目して——
——天賦と再生師は、目にも止まらぬ速さで飛び出した。2人が移動した場所に突風が起こる。しかし、信者はカルメの方ばかり見ていてその風を気にしていなかった。
3人はすぐ洞窟の暗がりに身を隠した。こちらを見ている信者は1人もいない。
天賦はカルメが合流する方法を考えついていなかったが、彼ならきっとうまくやるはずである。鳴き声を上げ続けるカルメを横目に、天賦たちは洞窟を降って行った。
ここには妖精の島のような昇降機は無く、ただひたすら広く、長い階段が続いている。すれ違わないように、天賦たちは早急に足を動かした。
降りて、降りて、何段も飛ばして、やっと天賦の目に空間が見えた。再生師に目配せをして、足音を立てないようにする。
最後の段を降り、すぐ目に入った岩に身を隠す。再生師は炎砲を離し、尻尾を折り畳んだ。天賦は岩影から僅かに顔を覗かせ、周囲の状況を把握しようとした。
その天賦の目に映ったのは——岩でできた都市と、それを埋め尽くさんとする人数の黒ローブ。
「なにこれ……」
妖精の島の都市とは違い、美しさはない。どちらかと言えば原始的な街だ。そして、それよりも注目すべきは信者の数。今まで見てきた量と比にならないほどの頭が見えた。
影だと思ったものは信者のローブ。岩だと思ったものは信者たちの集まり。異様な光景に、天賦は息を呑む。
信者たちはのろのろと歩き、何かを呟き、渦のように回っている。そこに意志なんて感じられなかった。
「なんで、あんなこと」
「信者たちはたくさんいても精神は一つなんだろ? なら、全部の個体を考えて動かすのが無理だからああさせてるんじゃないかな」
炎砲は小声で話す。
確かに、天賦も自由に使える体を100個用意されたとしても、全てに役割を振ることなんて不可能だ。それがこれだけの数となると更に困るだろう。
「……どうする?」
「「本」の場所を探すぞ。」
「でも、どうやって?」
どこもかしこも信者だらけで、呪源がいそうな場所の目星がつかない。島の地下都市ほどではないが「約束の地」も広大な空間が広がっているので、すぐに見つかるようなものではないだろう。
それに加え、信者がうろついているから手当たり次第に調べることもできない。どうしたものかと頭を悩ませる。
岩影で話していると、天賦の肩に何かが停まった。黒い体の鳥、カルメである。
「あ、カルメ」
「どうやってここまで来たんだ?」
「撒いてきた。クソ疲れたけどな」
追ってくることはないだろ、と羽でクチバシを拭く。カルメにも今の状況を説明し、助言を求めた。
「この数相手にしてたらキリねェよなァ。もしかしたら抜け道でもあるかもしンねェし、本持ち逃げされたらたまったモンじゃないな。オイ、こン中で1番に目がいいのは?」
「私」
「まァ聞くまでもなかったか」
魔法か何かで光が灯っているが、地下都市は薄暗い。よく目を凝らさないと奥の方がしっかり確認できないのだ。
「嬢ちゃん、他とは違うなーって場所探せ。光ってるとか、壁の色が違うとかな」
「分かった」
天賦は目に力を入れて辺りを見回す。気になったところに信者の頭が重なり、邪魔な障害物が増える。決して良好ではない視界に苛立った。
あれは光のせいでオブジェがあるように見えるだけ。あれはただ信者たちが連なっているだけ。見間違えないように、眉間に皺を寄せて目を細める。
「……あ」
天賦の目が捉えたのは、何やら上質なカーテンだ。紫色で、黄金の装飾がなされている。その横に2人、立ち止まって門番のような姿をしている信者もいる。
人混みに紛れてちらりとしか見えなかったが、間違いなくあれは「他とは違うもの」だろう。
それをカルメたちに説明すると、クチバシを上下に動かして頷いた。
「多分ソレだな。ドコにある?」
「1番奥」
「どうする? ここを突っ切るのは無理があるぞ。」
無理やり先程と同じ動きをしても、大勢の信者がクッションになって最後まで辿り着くことはできないだろう。
場所の目星がついただけで、あれが本当に呪源のありかなのかも分からない。強行突破していいものなのか、と仲間の顔を見た。
「じゃあ、もう一回カルメが——」
その時。
ポーン、と音が鳴った。それが何の音なのか、天賦には分からない。それは繰り返し鳴り響き、天賦を不安な気持ちにさせる。
「え、なに」
「時計の音か……?」
足の先が冷えて、天賦は辺りを見回す。信者たちは皆、揃って上を向き、手を掲げた。——フードの中から、オレンジ色の髪の毛が覗く。
「楽園へ!」
「楽園へ!」
「楽園へ!」
——大合唱が始まった。
天賦は困惑の声を漏らす。理解ができない。ぞわり、と天賦の中身を嫌なものが撫でた。
ぴたりと合って一分もずれない声は、人間のもののはずなのにそうとは思えなかった。何か、出来の悪い楽器をひたすら吹いているようで。
「我らが祖国へ!」
「我らが祖国へ!」
「我らが祖国へ!」
本当は1人しかいないのに「我らが」とは。どこか滑稽で、気味が悪い。
信者たちはそう叫びながら——天賦が見たカーテンをくぐっていく。人が押し寄せて、中央の人間が圧死してしまいそうな勢いだった。
広い空間から人がどんどん減っていく。一体どうしたのだと、心細くなって肩に乗るカルメを見た。
「オイ、よく分からんがチャンスなんじゃねェか?」
「え?」
「今ならココ突っ切るコトができるハズだぞ」
人がいなくなって、足の踏み場が生まれる。カルメの言う通り、今がカーテンの奥に入り込むチャンスなのかもしれない。
「……行こう」
「把握した。」
遠くで声が響く。天賦たちは気が付かれないよう、建物の影に隠れながら先へと進む。
「ちょっと、これ」
ふいに、再生師に抱えられていた炎砲が何かを指差した。その先には、黒いローブが大量に入った木箱が置かれていた。
「ちょうどいい、これを着ていこう」
「うん」
背丈の差は誤魔化せないが、同じ服を着ればもしかしたら自分だと勘違いしてくれるかもしれない。あれだけ数がいるのだ、全てを把握しているわけではないだろう。
天賦たちはそれを身につける。カルメは天賦のフードの中に隠れた。
ある程度広間に人がいなくなって、天賦たちは気が付かれないように腕を掲げながら紫の布をくぐる。
その奥には、さらに広大な空間が広がっていた。どこまでも信者で満たされている。
「オイ」
カルメが翼で横を指す。そこには、中央の広いホールを見渡せるギャラリーへと続く階段があった。幸い、ギャラリーに信者はいない。
天賦たちは足音を立てないようにその階段を上がる。上から見渡すと、まさに圧巻といった光景だった。黒い点が大量に重なっていて、信者たちが隙間なくぎゅうぎゅうに押し寄せてきている。
「さあ、楽園の民たちよ!」
同じ言葉の繰り返しの中、一際大きく響く声が聞こえてきた。そちらの方を見ると、他とは違う、豪華なローブを着た信者がいた。その男は祭壇のような場所に立っていて、彼の周りだけ信者がいない。
そして、その祭壇に飾ってあったのは、黄金の盾だ。天賦はそれに既視感がある。夢で見た、シュルトカの盾と全く同じ形をしていた。
そして、もう一つ。
特に高いところに飾られていたのは——
「……本」
紫色の表紙の、一冊の本。
天賦はそれを見た瞬間、直感で感じた。
——あれは呪源だ、と。
「当たりだな」
装飾が施されたローブの男は、よく通る声を張って何やら壮大な言葉で演説している。その言葉の意味を天賦が理解することはできない。
ここまで大掛かりな一人芝居を見ていると哀れな気持ちになる。マーマレードの父はここまで狂ってしまったのか、と。
「あれが本体か。」
「多分な」
本体を殺せば、「民草の呪い」の複製であるその他の存在もろとも消える。それが、カルメから聞いた話だった。
ならば、あれさえ倒すことができたら。
「嬢ちゃん」
「うん」
天賦たちは身を屈めながらギャラリー上を移動する。目的地はもちろん、あの祭壇だ。
「——金眼の王さえ連れてくれば、我々は祖国へと帰ることができる!」
長い道を移動して、祭壇の真横まで移動した。カルメと、再生師と、炎砲の顔を見て、天賦は柵を飛び越える。
くるんと飛んで、ローブをはためかせる。
空中で回転し、その右足を突き出し——そして。
「——我らが楽園に、栄光あ——」
天賦の踵が、その男の脳天にめり込んだ。




