109話 逆戻りをして
「あなたって不思議な人よね」
金眼を持つ、紫色の髪をなびかせる女性——チュリマーは、そう言ってくすりと笑った。
「無口なのに、おしゃべり。なんて言ったらいいのかしら。あなたみたいな人って見たことないの」
天賦——ではなく、"勇者"にそう話す。天賦は彼女の言っている意味が分からず、「無口でおしゃべり」がどんな感じなのかを想像した。
純白のワイバーンがあくびをする。チュリマーはその体を撫でた。
「チュリマー」
「どうしたの?」
「金眼って何?」
楽園教が求めているものの正体が知りたくて、天賦は黄金の瞳の彼女に聞いた。彼女は目を丸くして、少し遠くを見る。
「何かしらね」
「分からないの?」
「私以外の金眼の人って見たことないの。この世に私しかいないんじゃないかしら、って思うくらいにね」
彼女は金眼で魔法を使えず、家族に捨てられたのかもしれないと話していた。過去の記憶だから、少し聞きにくいことも聞けてしまう。
「でもね、私はこの目が好きよ」
「そうなの?」
「ええ。この目のおかげで、みんなの力になれるんだもの」
過去に話していた、「金眼の力」。その正体を天賦は知らない。
「それってどんな力なの」
「あら、今更聞くの? もう分かりきってるじゃない」
くす、とチュリマーは笑う。
「ほら、食べる?」
チュリマーがそう言った時——ふわり、とリンゴが浮いた。
「え?」
それはひとりでに浮いて、ゆっくりと天賦の元へと移動する。天賦はそれを手に取って、リンゴを回してしかけなないか探した。
「え、え? 何今の」
「私の魔法を使っただけよ。驚くことがあった?」
物を浮かして、移動させる魔法?
そんな魔法知らない。再生師からも聞いた覚えが無い。あまりに不可解な出来事に混乱する天賦がおかしかったのか、チュリマーはワイバーンに微笑みかけた。
これが金眼の力、なのだろうか。天賦は困惑しながらも、そのリンゴをかじった。食感も味も感じる。
「……そう、この目が好き……。だけど、たまに羨ましくなるの。家族と過ごす子供のことが」
くるる、とワイバーンが悲しそうに喉を鳴らした。
「もし、もしよ? 普通の、黒とか、茶色とかの目を持って生まれたら、また違った生活があったのかなって……」
チュリマーはワイバーンの頭をそっと撫でる。ワイバーンは頭を下に下げた。
「……前に、故郷なんていらないって言ったけれど。やっぱり、欲しくなっちゃうのよね。帰る場所が」
「帰りたいの?」
「帰る場所がある、ってだけで、人は安心して地を歩くことができるのよ」
いつか同じようなことを聞いた気がする。その気持ちに共感することは難しい。天賦には遠い話のように聞こえた。
「……チュリマー」
「なあに?」
「もし、なんでもできる力が手に入ったら、どうしたい」
なんでもできる力——天賦が創造しているのは呪源のような、世界を破壊できるだけの力だ。
彼女がその力を手に入れたら、一体何をしたいのか。それを知ることができたら、少しでも呪源退治に役立つのではないかと思って。
「魔王を滅ぼすわ」
即答だった。
強い意志の宿った目で、天賦を見ている。
「……滅ぼせたら、何したい」
「ああ、そういうことね」
元の優しい微笑みに戻る。彼女もまた、魔王を斃すという野望を熱く心の中に宿していた。
子供っぽく「うーん」と呻り、頬に指を当てる。
「お菓子が欲しいわ。それはもう、たくさん!」
口に両手を当てて、チュリマーはくすくす笑う。聞きたいこととは少し違ったが、天賦は彼女の無邪気な笑みを見て口をつぐんだ。
「それをみーんなで食べるの。ね、いいでしょ?」
「うん。それはいい」
チュリマーはワイバーンに顔を近づけて、わしゃわしゃと力強く頬を撫でた。ワイバーンは目を閉じて気持ちよさそうにしている。
「そう、魔王を斃すことができたらね……」
彼女はどこか幼くて、遠くにいるような印象を受ける。まるで、何かをずっと夢見ているよう。
「あとは、そうね。みんな幸せになってほしいな」
「幸せに?」
「そう。誰も、1人で泣かないような……そんな世の中になってほしいわ」
ワイバーンが鼻をチュリマーに押し付けた。彼女の髪が鼻腔に入って、首をぶるりと震わせる。
彼女の願いは、200年後も叶っていない。呪源の呪いによって苦しめられている人間は多い。天賦はその目で見てきた。
だが、その真実を話すことはしない。
「なるといいね」
「そのために、私たちが頑張らないとね」
さあっと風が吹いた。
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——それが、天賦が見た1番新しい英雄の夢だった。チュリマーは、どこまでも優しく、いたずらっぽく笑っていた。その笑みが脳裏に焼き付いている。
術力車が揺れている。天賦はカウンターに手をついて、なんとなく景色を眺めていた。特に面白いものは何もない。木々と草原がひたすら続くだけである。
「つまんない」
「つまらんねェ」
魔獣を倒し、魔物を倒し、あとはいつもと変わらない、ただ乗るだけの時間。天賦の体がうずうずしてくる時間帯である。
「では、私が魔獣の知識でも話そうか!」
「眠くなっちゃうからヤダ」
再生師はしゅんと尻尾を下げる。
「俺とボードゲームでもするか?」
「手加減されるからヤダ」
炎砲はそうか、と言って盤を下げる。
「ま、退屈を楽しむってのも大事なテクだぜ」
「分かんない。楽しめない」
「もう旅慣れた頃だろ。受け入れるしかねェって」
それでも、つまらないものはつまらないのだ。アマツ行きの船に乗っていた時よりはずっとマシだが、退屈すぎて溶けてしまいそうになる。
「ほら、旅のスペシャリストのファティさんに聞いてみたらどうだァ? どーやったらヒマじゃなくなりますかーって」
「どーやったらヒマじゃなくなりますか」
天賦はファティの背に向けて声をかける。彼はずっと運転中なので顔を見ることができない。
彼はそうですね、と言って、頭を少しだけ上に向けた。
「考え事をしていたら、時間なんてすぐに経ちますよ」
「何考えるの」
「なんでもいいですよ。未来のことでも、物語でも、好きなことを考えればいいんです」
天賦は腕を組んで、目を閉じ、自身の思考に集中した。しかし、何も暗闇から浮かんでこない。ただ「暇だ」という思考だけが続く。
「分かんない」
「嬢ちゃんに考え事を楽しむ良さは分からねェだろ」
「お前には分からない」と言われると、それはそれで少しムカつく。天賦はカルメの体に指を入れて、その羽毛をぐるぐる回した。カルメは嫌そうに体を震わせる。
「今のうちに、イメージトレーニングでもしておいた方がいいかもな! 大群を相手にする光景を想像するんだ。」
「そうだな。とにかく、行って、楽園教を倒して、呪源の封印が解かれる前にそれも斃せば終わりだ。呪源を相手にするわけじゃない」
カルメを探し回っている以上、彼らは金眼を所持していないはずだ。天賦たちが来たからといってすぐに復活できるわけでもないだろう。
「もし、楽園教の呪源がその姿を現したら、それはどんな見目をしているのだろうな。」
「……ワイバーン?」
天賦は、夢で見たチュリマーの白いワイバーンの姿を思い浮かべていた。彼女によく懐いている、甘えたの魔獣だ。
「かもなァ。でも、ロジャヴェルズはドラゴンだろ? ちっと型落ちにならねェ?」
「ロジャヴェルズはどんな存在よりも強いって言われているんだろ? なら、呪源の中で強さに格差があってもおかしくないんじゃないかな」
今まで戦ってきた呪源はどれも強さの系統が違かったので、安易に比べることはできない。ただそれでも、ロジャヴェルズの存在感が圧倒的だったのは覚えている。天賦は炎砲の言葉に同意した。
「ロジャヴェルズか……いや、今は楽園教の方だ! それは後々考えよう。」
「それもそうかァ」
ロジャヴェルズに勝てるかどうか、まだ分からない。あれのことを考えるよりも、今は目先の目標を達成することを視野に入れたほうがいい。
「な、これが終わったらどうする?」
「ご飯を食べる」
「ああ、そうだな! 皆でご馳走を食べよう!」
最近はがっつりとした食事を取れていない。楽園教の拠点に行って、呪源を斃してこれたら腹を思いっきり満たしたいと天賦は考えていた。
「カルメも食べられたらいいのにな」
「オレは目とニオイで楽しんでるからいいの」
「食欲をそそられたりしないのか?」
「食いてェとはあんまり思わねェな」
食事を楽しむ方法をそれしか知らないのは気の毒だ。天賦にとって、食事は人生でもかなり上位に入る楽しみの一つである。
「じゃあ、ファティが見て面白い料理、作ればいい」
「なるほど、それはいい考えだ!」
「結構難しそうだけどな」
再生師が、魚の頭が飛び出たパイなんてどうだ、と提案する。天賦はそれの味が想像つかなかったので食べてみたいと思った。見た目も面白そうである。
そうやって見て面白い料理の話で盛り上がっていると、車がゆっくりと速度を落とし、停止した。
魔獣でも出たかな、と思ってすぐに周囲を確認する。しかし、生き物の気配はどこにもしなかった。
「どうしたの」
「岩にでも引っかかりそうになったのか?」
すぐに天賦たちは運転席へと顔を出す。そこで、ファティは何も言わず、呆然と魔法陣が描かれた円盤に手を置いていた。
「ファティ、体調が良くないのか? 一回休んだり……」
炎砲が言葉を言い切る前に、ファティはその場にしゃがみ込んだ。炎砲が焦ってその背をさする。本当に体調が悪いのかもしれない。
「ファティ、横になろう。な?」
「ねえ、どうしたの」
ファティは何も言わず、そこから動かない。再生師とカルメが周囲に魔獣がいないか警戒し、天賦と炎砲は彼の顔色を伺った。横の髪が邪魔で、彼の表情がよく見えない。
しばらく経って、彼が息を吸う音が聞こえてきた。空気が震えているのが分かる。
「すみません、ちょっと……急に、くらっときて」
「立ち眩みか? 辛いだろ」
「いえ、大丈夫、大丈夫なんですけど、ちょっと……」
ファティは頭を振る。今にも泣き出しそうな、不安定な声で、天賦はますます彼のことが心配になった。
「……あは、おかしいな……結構、覚悟してきたつもりだったんだけどな……」
小さな声で呟いたその言葉を、しっかりと聞き取れたのは恐らく天賦だけ。意味を理解できた者はいない。
ファティは耳飾りを何度も引っ掻く。しかし、それが彼の耳から外れることはなかった。
「すみません……ちょっとしたら、すぐ出発するので」
「無理しなくていいって」
「いや、本当に、大丈夫ですから」
ファティは炎砲の手を控えめに押しのけて立ち上がる。炎砲はその様子をずっと心配そうに眺めていた。
「ファティ、体調は平気なのか? 一応薬はあるが。」
「いえ、いりません。もう治まったので」
ファティは額の汗を拭いて、ふうと息をつき円盤に手を置く。天賦はカルメと顔を合わせた。
「……あの」
「なに?」
はく、とファティの口が動く。しかし、そこから音は何も出てこなかった。何度かそれを繰り返し、それから少し疲れたような顔をして、俯いた。
「……すみません、やっぱりなんでもないです」
天賦たちの心配をよそに、術力車は動き出す。天賦はその背を見ながら、"相棒"を抱えて座り込んだ。
ファティは何かを言おうとして、それをやめてを繰り返している。その正体が、天賦には分からない。それにあの、いつもつけている銀色の耳飾りは関係しているのだろうか。
「本当に大丈夫かね」
カルメが小声でぼそりと呟く。天賦はそれに肩を上下させた。本人が大丈夫と言うのならそれに従うが、明らかに大丈夫な様子ではないのでどうしたものかと頭を悩ませる。
術力車が揺れる。楽園教がいる「約束の地」までには、まだ少しの時間がかかりそうだ。




