107話 こころのうち
——謎の黒鳥を倒し、妖精の記録を見た後。天賦たちはラステリアの地を踏んでいた。
そして、現在。
天賦たちはメイド長とマーマレードと向き合い、宿の一室で見たものを全て報告していた。
マーマレードの父は呪源のせいで狂ってしまったのだと、そこで起きた出来事を何も隠さずに語る。
一通り話終わると、メイド長は赤色の目を開いて俯き、マーマレードはぐすぐすと鼻を鳴らして泣いていた。
「……そう、ですか。そんなことだったのですね」
メイド長は泣くマーマレードの肩を探し、それを撫でる。マーマレードは自分でもなぜ涙がこぼれてきたのか分かっていない様子だった。
「伯爵は呪源に呪われている。もし、私たちが呪源を全て討伐することができたら、元の精神を取り戻すかもしれない。」
「そこまでいかくても、もしかしたら「本」の呪源を斃せれば何か変わるかもしれないし……」
再生師と炎砲はマーマレードの父が元に戻る希望を見出し、それをメイド長たちに話した。呪いで狂ったのなら、呪いが無くなれば元に戻れるのでは、と。
しかし、メイド長はそれを聞いて首を横に振った。
「ご主人様は、既に世界中で多くの人間を殺しています。呪われているとはいえ、無罪とするわけにはいきません」
「でも……」
「全てが終わった時、犯した罪を償っていただきます。……私も共を、と言いたいところでしたが、お嬢様を一人にするわけにはいきませんからね」
肩から手を滑らせて、メイド長はマーマレードの小さな手を握る。マーマレードは涙を拭きながらそれを握り返した。
「真実を明らかにしていただき、誠にありがとうございました」
メイド長は頭を下げる。そして、ポケットからハンカチを取り出して、それをマーマレードに渡した。彼女は豪快な手つきで涙を拭く。
「あ、あたくしからも、ありがどうございまじだわ」
「いいよ」
「う、ゔう……」
マーマレードはハンカチを置いて、椅子からバッと立ち上がった。
「と、とにかく! ぐすっ、敵は呪源ということですわね! それこそが元凶だと!」
天賦はそれに同意しようとしたが、一瞬返事が遅れてしまった。——あの「魔王」の姿を見たせいかもしれない。
「ああ。そのために「約束の地」がどこにあるのか調査をしなくてはな。」
「妖精が作り上げた小さな都市、でございましたね」
あの、鏡に映った妖精の女性の話し方からして、それは妖精の島ではない別の場所にあるのだろう。しかし、地下都市で調査をしても、その場所は皆目見当もつかなかった。
「なんとかして、信者たちがどこに向かっているのか突き止める必要があるな。」
「新しい方法を考えないと……」
今まで、天賦たちは楽園教の後をついていこうとして何度も失敗している。カルメを囮にしようとしたり、こっそりと尾行しても失敗した。彼らは増える特性があるから、使い捨てのようにその場で自害する者ばかりだったのだ。
「それに、呪源の封印を解くため、ですか」
「金眼を探し求めているのもそれが理由だろう。」
封印を解かれる前に斃してしまえば問題はない。それ以前に、楽園教は金眼を見つけることができていないのだから復活の心配も無いような気がする。
「頑張って調べる、しかない」
「そうだな。とにかく追い回さないと」
これから、また長い旅になりそうである。目的がしっかりあるのは良いことだが、気分が進むような旅にはならないだろう。
「では、皆様、本日は本当にありがとうございました」
「心から、感謝しますわ……!」
マーマレードは大袈裟すぎるほど頭を下げた。そして、過分なほどの「お礼」を強引に渡され、2人は手を繋いで宿を後にした。
「……本当に受け取って良かったのかな」
「こういうものは受け取った方が彼女たちのためにもなるはずだ。そう父上から教えてもらったからな!」
にこりと再生師は笑った。そういうものなのだ、と天賦も新しく学習する。
天賦は、さっきから無言のままだったファティの顔を見た。彼は、島から離れた時からずっとこの調子である。
「ファティ?」
「あ、え、はい」
呼びかければ反応するのだが、ずっと何かを考え込んでいる様子なのだ。彼が何を考えているのか分からないので、胸の中にムカムカとした気持ちが溜まる。
「何考えてるの」
「ええと……色々、ですかね」
「色々って何」
ファティは自身の耳飾りを薄くなぞり、天賦から目を逸らした。結局、ファティのことは分からずじまいである。
その時、部屋の扉が開いた。
誰が来たのか、と顔を覗かせると——そこにいたのは真っ黒の人影、カルメだった。
「カルメ、大丈夫なのか?」
「ま、大体は落ち着いたわ。記憶が出てきそうな気配もナシ」
カルメはずっとうずくまって頭を抱えていたからついに思い出してしまうのではないか、と心配していたが、無事に——と言っていいのかは分からないが——落ち着いたようである。
「もう少し休んでても……」
「いいってェ。色々迷惑かけてスマンね」
カルメはいつもの調子で、おどけながら手を合わせた。そのいつも通りさが、逆に異質に見える。妖精の都市で魔王に苦しめられた影を見たばかりだから。
「ンで? お前さんら大変だったみてェじゃん」
「そう。大変だった」
カルメ曰く、突如現れた黒鳥の正体に見当はついていないようだ。「妖精どもの謎技術力じゃねェの」と言って悠々と足を組んでいた。
「それにしても、お嬢様のパパが狂った理由は呪源かァ。意外となんでもない真実だったな」
「ちょっと、カルメ……」
「なんでもない、とは違うのではないか?」
そんなに長い時間カルメが不在だったわけでもないのに、彼のテンションと口調が懐かしく感じた。相変わらず、軽口が減らない。
「そンで、伯爵サマは「約束の地」でその本の復活にせこせこしてるワケね。大体究明できてるじゃねェか」
「その場所さえ分かればな」
どの国にあるのかも分かっていないのだ。少なくともアマツは違うということしか把握できていない。
「伯爵が金眼を見つける前に「約束の地」を探し当てよう。」
「長いこと探して見つかってねェんだろ? なら大丈夫な気もするけどなァ」
天賦はカルメと概ね同意見である。焦ったとしても、呪源がすぐに復活するわけではないのだから。
「決めつけるのは危険だぞ。いきなり明日とかに見つかってるかもしれないし」
「どうかね。オレは金色の目の話なんて聞いたコトないけどな」
「私も。ない」
ここまで長く旅をしてきて、金眼についての話は楽園教からしか聞いたことがなかった。金の瞳を見たことがある人間でさえ見たことがない。
「もし見つけたら保護しないと。楽園教に見つかる前に、安全なところへ」
「アマツにでも送り届けとくか」
「はは、それがいいな!」
アマツにはカミカクシ騒動で親交を深めた人間がいる。彼女ならば責任を持って保護してくれるはずだ。
「今日は夜遅いし、もう寝よう。明日になってから色々考えた方がいい」
「うん、そうする。私眠い」
「頑張ったからな! さっさと寝てしまおうか!」
たくさんのことを見て、経験したが、やっぱり天賦は難しいことを考えるのは苦手だ。寝て、食べて、動き回る生活が好きである。
「たくさん寝る」
「そうだな、そしたらきっと「約束の地」も見つかるぞ」
「兄ちゃん、嬢ちゃんのコト幼く見すぎてない?」
てきぱきと寝る準備をする。ほどほどに疲れた体はすぐ眠りにつきそうだった。
————————————————————————————————
——虫の声と、波の音が聞こえる。
瞼の感覚が鮮明になっていって、天賦は目を開けた。辺りを見回すと、布団に潜って寝る炎砲と、うつ伏せになっている再生師、丸くなって寝る鳥のカルメが目に入った。
まだ夜だったか、と再び布団に身を入れようとする。しかし、その前にいつもの特徴的な寝相が見えないことに気がついた。
目を擦り、暗闇の中でその姿を探す。窓に目を向けて、天賦はやっとバルコニーに座る人影を目にした。
"相棒"を握り、立ち上がる。
のろのろと歩いて窓まで辿り着き、それを躊躇なく開けた。思ったより大きな音が出て少し焦る。
その音に気がついて、人影はびくりと肩を震わせる。黒髪の男——ファティは、何をするでもなくそこにいた。
「……おはようございます?」
「なんで起きてるの」
「いや、目が覚めてしまって」
ファティは再び、目線を空に戻した。海と空が交わる場所が、この時間帯では分かりにくい。
天賦は"相棒"を抱え、備え付けの椅子に腰掛けた。
「寝ないんですか?」
「目が覚めた」
「はは、天賦さんもですか」
皆を起こさないように、小さな声でひそひそと話す。なんだか悪いことをしているようで気分が良かった。
「その剣、本当に大事なんですね」
「うん」
ファティの横顔を見る。相変わらず、何を考えているのか分からない顔だ。
「何考えてるの」
「え、またそれですか?」
「だって、分からないから」
どうせはぐらかされるだろうな、と期待をせずに、天賦は"相棒"の柄をいじっていた。返答を待たずに伸びをしようとした時——
「……今までのことですかね」
ファティは困ったように笑っていた。
「旅のこと?」
「天賦さんたちと出会うよりも前のことです。俺が1人だった頃」
天賦が知らない時期のことだ。彼がどうやってこの生活に至ったのか、あまり想像がつかない。
「どんな感じだったの」
「……はっきり言えば、最悪の日々でしたね。クソ喰らえ、って言いたくなるくらいの」
ファティは言葉を茶化していない。彼は強い言葉でこれまでの人生を罵倒した。
「死にたくないから、生きてきました。それだけ、たったそれだけが動力源で……」
ファティは口を抑える。まろび出る何かを堰き止めるような行為だった。それ以上の言葉がなかったので、天賦から話し出す。
「じゃあ、良かったね」
「何がですか?」
「私たちと会って」
グリフィンの魔物に襲われていた時、ファティは髪をそこら中に跳ねさせて術力車の中でぐるぐる回っていた。
あの時の不幸から、天賦たちの世界を回る旅が始まったのだ。ひどく懐かしい思い出に、天賦は空を見上げる。
「……そうですね」
「え?」
その返答は、天賦にとって意外なものだった。てっきり、恥ずかしがって早口で言い訳を並べると思ったのに。彼はすんなりと、天賦の言葉を肯定したのだ。
「あれは幸運でしたね……本当に……」
その言葉が本心なのか、天賦は判別できなかった。心からの言葉にも聞こえるし、本音とは違う言葉を言っているようにも聞こえる。複雑な感情がちらりと見えた。
「……やっぱり、俺、あんまりいい人間じゃないや」
「いい人間じゃない?」
「俺……少しだけ……いや、かなり、利用していたんです。この機会を、みなさんの存在を」
ファティの言葉の意味が分からない。彼が何を考え、何を整理して、何を思い立ち、何を話そうとしているのか——彼の瞳を見たことがないから、理解できなかった。
「俺は、チャンスだと、思ってしまいました。このまま勘違いをさせたままなら、平穏な暮らしが手に入ると、期待を、希望を、抱いてしまった」
「……どういうこと」
ふう、と震えた息が漏れる音がする。ファティは少しの間深呼吸をして、それから天賦の目をまっすぐと見た。
「て、天賦、さん」
「どうしたの」
「……お、俺」
ファティは、ゆっくり、ゆっくりと耳飾りに手を伸ばす。そして、銀を撫で——
——途端に、その指が震え出した。
「俺、じ、実は、実は俺がっ、その、本当は、俺が、俺、俺っ、おれ……」
彼の頬から汗が落ちる。ぽた、ぽた、と、暑くもないのに異常な量の発汗をしていた。体調が悪い、というよりも、他の理由があるように思えた。
「……大丈夫?」
ひく、と彼の口の端が揺れる。
ファティは力一杯に耳飾りを引きちぎろうとした。彼の耳たぶが伸びて、彼の指が輝き——それだけだった。
ファティの足が力を失う。バルコニーの床に膝をついて、何かに恐怖していた彼の顔は、自分自身に失望したかのような表情に変化した。
「……す、すみません、すみません、すみっ、すみません」
ファティの目から、不自然に涙が溢れる。天賦はそれを見てぎょっとした。
彼が半泣きになることはあった。だが、こんな、とめどなく流れ出すような涙を見たことがなかったから。
ファティはか細い声で謝罪を繰り返す。その声は、部屋の中まで届かない。
彼は、何かを告白しようとした。そして、それを断念したのだ。——断念せざるを得なかった、が正しいのかもしれない。
「ごめんなさい……」
天賦には、すすり泣くファティの肩を撫でることしかできなかった。




