104話 足あと
——ある家で、簡単な食事をとる天賦たち。木の実だったり、干し肉だったりをかじりながら家の中の物をいじくる。
「本当、綺麗に残ってるよな」
「全く、200年以上前に滅びた集落とは思えん。」
この家の外にもまた「妖精の影」がある。やはり、その影も壁際でうずくまっていた。それらの存在が、ここが廃墟であると天賦たちに告げている。
天賦は探索中に新たに見つけた「記録の鏡」を手に取り、その縁をなぞる。その瞬間、映像が映し出された。
『じゃーん! 今日は私たちの故郷を紹介しちゃいまーす!』
『あいつ、いきなりどうしたの?』
『記録の鏡を初めて使うんだって。それでテンション上がってるんでしょ』
『ちょっとー! ほら、そこの2人も映ってるからね!』
鏡の所有者の友人らしき妖精2人が呆れた声を出す。それから、鏡にはぐるりと妖精がいた頃の地下都市が映る。
何度見ても、ずっと前に死んでしまった人たちとは思えない。今でも鮮明に、そこにいる気がする。
「……故郷、ですか」
「いいところ、な気がする」
「ああ。間違いなく、いい場所だっただろうな。」
鏡の中で妖精たちが笑う。
「カルメは、どうして妖精が嫌いなんだろう」
「本能とか言ってた」
「でも、見てる限りだと……ただの人だ」
炎砲の言いたいことは分かる。もしかして妖精は邪悪な種族だったのでは、と思う時もあったが、実際は明人や獣人となんら変わりない、ただの人間である。
もちろん、まだ記録の鏡でしか彼らの容貌を見ていないからかもしれないが、今現在持っている情報では、妖精はとても邪悪には見えない。
「間違いなく、理由はあるでしょうね。妖精は魔王に真っ先に滅ぼされた種族、と言われていますから」
「魔王に対する有効打を持っていたんじゃないか?」
「それだけであんなに毛嫌いするかな」
映像が終わった。鏡には天賦の瞳が反射している。
「そもそも、カルメは何なのだろう。」
「それは、英雄たちが呪源になったのと同じくらいの謎だな」
「どうして、世界滅ぼそうって、思ったのかな」
左目だけを光らせる、あの落書きの鳥の姿を想像する。彼がこの世界を嫌う理由があるとすれば、それは一体。
「……はは、俺たちは楽園教のことを探りにきたのに、たくさん知りたいことが浮かんでくるな」
「むしろ、その謎は別で浮き彫りになっているな。」
どうにも、楽園教と妖精が結び付かないのだ。実は全く関係のない事柄なのではないかとさえ思う。
「ここまで、金眼とか楽園とかの情報は全く無いし……やっぱり、マーマレードのお父さんが見つけたって言う本が関係してるのかな」
「さっぱり」
「チュリマーも妖精と関わりがあったという記述は残っていないぞ。」
天賦たちは頭を捻る。だが、推測も考察も生まれなかった。なんせ、情報が少なすぎる。
「ファティ、どう思う?」
「えっ」
ファティは上の空だったようだ。天賦の声に驚いて木の実が落ちそうになる。
「う、うーん、どうなんでしょう。まだ探してないとこもたくさんありますし、食べ終わったら再開しましょう」
「まあ、そうだな」
話をちゃんと聞いていたのか心配になる言い草だった。天賦は干し肉を噛みちぎる。
「おかわり」
「はい、どーぞ」
「天賦、食べすぎるなよ。」
一つ食べてしまったら腹が食事の準備をしてしまうのだから仕方がない。炎砲から新しい肉を受け取り、それを噛んだ。
食事を済ませて、天賦たちは探索場所を変えることにした。4つの区画のうち、ひとつは大体探し回ったから、今度は隣の区画に移動した。こちらは先ほどの場所よりも家々に統一感があって、居住区のような印象を受けた。
「さっきの場所は商店街とかだったのかな」
「かもしれんな。」
天賦は外の大きな魚影を見ていた。あれは体が大きくて、油が乗っていて美味しそうだ。
「天賦?」
「あ、ごめん」
少し食べてしまうともっと食べたくなる。帰るまでちょっと我慢かな、と腹を撫でた。
顎を上に向けて、高い家のタワーを見上げる。天賦にも羽があったらずっと便利なるだろうに。他の種族のことを考えられていないこのつくりは、いかにも妖精の故郷、といった感じである。
「あ」
視線を下に戻している途中に、気がついた。
「あれ」
「……お、梯子か?」
デッキに縄梯子がかかっていたのだ。原始的なそれは妖精の都市に似合わない。後から付け足されたのは明白だった。
「お手柄ですね、天賦さん」
「流石、天賦は目がいいな!」
天賦は褒められて胸を張る。家の壁と同じような色をしているから見落とすところだった。
「間違いなく、先遣隊の手がかりだろうな」
「ああ、この上には生活スペースのような場所があるぞ!」
梯子の先には人々が生活できるような、喫茶店のテラスのような広い足場がある。それで前の人々はあそこに移動しようと思ったのだろう。
「じゃあ、登りましょうか」
「うん。……あ、なにこれ」
早速登ろうとした時、天賦は草の中に隠れていた何かを見つけた。四角く、茶色の箱のような物だ。
近づいて拾い上げてみると——古い手帳だった。
「手帳? 妖精のものか?」
「……いや、文字が共通語です。探索しに来た人々のものでしょうね」
やっと、手がかりらしい手がかりが見つかった。これで当時どんなことがあったのか分かるかもしれない。期待を込めて、ファティに読むよう催促した。
「えっと……ああ、探索の予定や、簡単な地図のようなものが書かれていますね。とても雑ですけど」
「それだけか?」
「いや……えっと……あ」
ペラペラとページをめくり、あるページでファティは手を止めた。
「走り書きみたいな文字ですけど、これ」
「読んで」
「あ、そうでした」
天賦が文字を読めないことを思い出したのか、ファティは気を取り直して音読する。
「ええと、『伯爵と兵士が1人、床から落ちた。暗くて先がよく見えない。もしかしたら死んでしまったかも』と」
「伯爵?」
「多分、マーマレードのお父さんのことだろ」
確か、「伯爵」は偉い人のことだ。天賦は「伯爵」がどれだけ偉いのかは知らないけれど。
この文字を書いた人はマーマレードの父が死んでしまったのでは、ということを危惧しているようだ。だが、実際彼は島から帰還している。先を読まなくても、助かったことは理解できる。
「その先は? どうなった?」
「た、ぶん……ここかな。……あ」
「どうした?」
ファティは再びそれを読む。
「『兵士は助からなかったみたいだが、伯爵は自力で帰ってきた。タフだなこの人』」
「おお、1人でも助かったか!」
「まだです。ここから続きが」
「……『伯爵は紫色の本を持っていた。それは何かと聞いても教えてくれない。それどころか、「約束の地に向かわなくては」だとか「そこなら楽園にふさわしい」とかブツブツ言ってる 一体どうしたんだ?』」
「楽園」という言葉に、天賦の体が反応する。そして「本」。ここで、求めていた言葉が2つ登場した。
「……なるほど、この、伯爵は落ちた先で本を見つけたんだ。それからおかしくなった」
「だが、「約束の地」とは何だ?」
「分かんない」
——楽園にふさわしい。
その言葉の意味を、天賦は理解することができない。少なくとも、今はまだ。
「やっぱり、その本が怪しそうだな」
「この都市が、ではなく、本が狂ってしまった原因か。」
本一つにそこまで力があるとは思えなかったが、この記述を見る限りそうとしか考えられない。これで、「なぜ」を解き明かすことができた。
だが、まだ本の正体がわかっていない。それが不明なままでは帰るに帰れないだろう。ここで探って、答えが出るようなものかは分からないが。
「だが、その本は既に伯爵が持ち帰っているのだろう?
これからどうすればいいのだ?」
再生師が天賦が思っていた疑問を口に出してくれた。ここからではどうすることもできないように思える。
「いや、そんなことはないと思うぞ。本があった場所に行けば、他の手がかりを見つけられるかもしれない」
「……そ、そうですね。ひとまず、その落ちた場所というのを探しませんか?」
2人が言うのならそうした方がいいのだろう。天賦は伯爵が落ちた場所を探すことに賛同した。
ファティはその手帳をじっと見て、それから懐にしまう。これ以上めぼしい情報は載っていなかったようだ。——その情報だけでかなりありがたいけれど。
「では、あの縄梯子を登ってみるか? 間違いなく伯爵たちが通った道だ。」
「うん。そうする」
天賦は縄梯子を掴み、引っ張って落ちないことを確認してからそれを登る。縄梯子を登るのは初めての経験だったが、案外スムーズに上がることができた。
炎砲が登る時はあまり揺れず、ファティが登る時は大いに揺れた。彼が高さを怖がったせいである。
そして、再生師は——
「あ、待って」
「む? どうした?」
「ちょっと……縄が千切れそうです」
再生師の尻尾はかなり重いので、劣化した縄梯子では耐えることができなさそうだった。上の部分がみしりと音を立てていて、縄がほつれてしまいそうである。
「どうする? 他の道を探すか?」
「いや、大丈夫だ!」
そう言うと、再生師は——無理やり家の壁を足場にして、尻尾を壁にめり込ませながら自力で上まで上がってきた。パラパラと破片が下に落ちて、手すりごと落下する。
「どうだ! ちゃんと登ってこれたぞ!」
「再生師、壊しすぎ」
「何だと!?」
再生師は褒められると思っていたらしい。あんまりに乱暴にすると良くない、というのはさっき南京錠で学んだばかりだ。天賦は先ほどのファティの目つきを真似して、再生師を咎めるような視線を送る。
「だ、だがこれは仕方なかったはずだぞ!」
「まあ、そうですね。他に方法はなかったですし」
「え。ファティ変。さっき、私に怒ったのに」
「あれはまだ穏便に解決できたじゃないですか」
自分だけ怒られるのは納得がいかない。天賦は頬を膨らませて不満をアピールした。ファティには効果無し。
「ほら、みんな登れたんだし、早く行こう。な?」
「むう」
炎砲は不満げな天賦におやつを渡した。炎砲に対しては効果があったようである。それを頬張って、天賦はすぐに機嫌を直した。
「もう、甘いなぁ……」
「炎砲、あれだぞ。甘やかしすぎるといい大人にはならないぞ!」
「私、そんなに子供じゃない」
気を取り直して、デッキの上を探索する。
そこには伯爵たちが残したであろう器具や、焚き火の跡が残されていた。彼らは地下都市の明かりをつけることができなかったのだろう。
「床が抜けてるはず、だよな?」
「崩れた床板とかはありますけど、人が2人落ちそうな場所はないですね」
廃墟ならどこもかしこも穴だらけ、という光景を想像したが、ここはかなり綺麗で、ほとんど崩れずに形が残っている。かえって探しやすくはあるが、やはり少し不気味だ。
「ここらへん、あらかた鍵が開いてるな」
「探索して回っていたのだろう。」
一つの家に入ってみたが、物は漁られていてそれらしい物は何も残っていなかった。
「あの手帳を落としたタイミングがいつか分からないからなぁ……」
「探せば見つかる」
「はは、そうだな!」
この都市は広いが、無限ではない。ならばちゃんと見渡せば見つかるはずである。
「あ、まだ上に縄梯子が続いてるぞ」
「じゃあ登る」
「そうですね、ここは結構探しましたし」
再び、天賦たちは上へと登っていく。既に地面はかなり遠くなっていた。再生師は家を崩しながら登っている。
「ここも広いな」
「全く、不便な街だ……。」
再生師はデッキによじ登り、尻尾を使って足をかける。もし飛べない妖精でもいたらかなり大変そうだな、と天賦は飛ぶ真似をしてみた。
「また、手分けして探しましょうか」
「ファティ、やる気だね」
「え、そう見えます?」
3階もぐるぐる回って、人が落ちそうな穴を探した。どこも板がきっちり並べられていて、中々手帳に記されていた場所が見つからない。
少し飽きて、柵に寄りかかって下を眺めていた時、ふいに上から天賦を呼ぶ声がした。
「おーい! 多分、これじゃないか!?」
「わ、もう4階まで行ってるのか」
3階を探す、と言ったのに、勝手に4階まで上がっている再生師が大きく手を振っている。天賦たちは他の縄梯子を探して彼女の元まで上がって行った。
再生師が指差しているのは——大きく開いた穴だ。中は暗くて、どうなっているのかよく見えない。かなり下の方まで続いているようである。
「ここかな」
「えっと……多分、そうかも」
ファティは手帳を見ながら頷く。やっとマーマレードの父が落ちた場所らしきところを見つけることができた。
「どうやって帰ってきたんだ、これ。助かる高さじゃないだろ」
「下にクッションになる何かがあったんじゃないか?」
「でも、兵士の方は亡くなっていますよ。落ちるのは危険なんじゃ」
ファティが縄梯子を分解してロープのように下そうか、と提案する。しかし、それでは再生師は上に取り残されることになってしまうだろう。
そのことを聞くと——
「大丈夫だ! 私には策があるからな!」
と言って自信満々に胸を張った。
「本当ですか? 回り道とか探します?」
「いいや、平気だ! さ、ロープをくくりつけよう!」
再生師は早速3階に通じる縄梯子を取りに行こうとする。ファティと炎砲はそれを制止して、上に続く方の縄梯子をとってこいと再生師の行動を訂正した。




