102話 失われた場所
天賦たちは洞窟の中に足を踏み入れた。
とても広大な空洞の奥に、天賦2人分くらいの高さの道が続いている。
「変な作りの洞窟だな」
「自然にできたものではないのかもしれませんね」
この広いドームは、まるでルチカナイトがいた空間のように綺麗な形をしていた。後から作ったもの、と聞いて天賦は納得する。
「ここには何もなさそうだな。」
「意味ありげな場所なのにな。もしかして、昔はここに何かあったんじゃないか?」
こんなに広い、不自然なドームなのに何もないというのは天賦の目にも少しおかしく映る。妖精たちの遊び場とか、天賦は過去の光景を想像した。
「うーん……ひとまず、奥に進みましょうか」
「うん」
天賦を先頭に、炎砲、ファティ、再生師の順に並んで進む。後ろから何かが来ても大丈夫なように——そして尻尾が邪魔にならないように——再生師は1番後ろ。
不恰好な、階段のような何かを下る。あまりに浅い段なので転けそうになった。この調子では、「地下」都市に辿り着くのはかなり先になりそうである。
「あ」
「どうした?」
うんざりしていた矢先、天賦の優秀な目は広い空間を捉えた。その先を指差して、少し進んだ頃にようやく他の仲間もその空間に気がつく。
「ここも円形になってますね」
「暗いな、【灯光】がないと何も見えない」
「ん? 皆、あれを見てくれ。」
再生師は壁を指差す。
そこにあったのは——大きな扉だ。
「なにこれ」
「やっと人工物らしい人工物が見つかったな。」
「人工物って、それよりもっとこう……あるだろ」
縁は黄金色で、質素でいて豪華な印象を天賦に与えた。まさに古代の遺物、といった感じである。
「開ける?」
「はい、きっとこの先に……って、ちょっと!」
扉の間にぐっと指を入れようとした天賦をファティが制止した。何が問題なのか、天賦には分からない。
「なに」
「これ、そんな力技で開けるようなものなんですか?」
「違うの?」
扉なんだから手で開けるのは当たり前だろ、と思ったが、天賦の頭の中である光景がフラッシュバックした。
闘技場の地下で見た、あの彫刻が施された扉である。
あれは"相棒"を使ってしかけを解くことができた。これも、もしやそういった類のものだったりするのだろうか。このサイズなら天賦の力で開きそうな気がするが。
「お、当たりだぞ、ファティ。ここに何やら操作盤のようなものがある。」
「ほら」
「むう」
天賦は、なんだか自分が頭を使えない脳筋だと言われているような気がして複雑な気分になった。ファティを肘で小突く。彼は暗闇の中でよろけた。天賦の力はファティには強すぎたようである。
「ほら、出番」
「あ、そ、そうですね」
再生師が操作盤を照らし、ファティはその前にしゃがみ込む。何やら文字のようなものが彫られていたが、天賦に分かるわけがない。
「どうだファティ、分かりそうか?」
「あー、これは——」
「これは古字だな!」
再生師がファティの言葉を遮り、自信満々に答えた。一拍遅れてファティが発言しようとしていたことに気がついて、再生師は「すまない」と口を抑える。
「古字なら再生師、分かる」
「ああ、私は分かるぞ! だがな——」
「だが?」
「パズルが分からん!」
またもや自信満々に答える。そんなに胸を張って言うようなことではないのに。
「こういった類のものは専門外だ! すまないな!」
「まあ、仕方ないよな」
「でも、困った」
古字が理解できるのは再生師と、そしてカルメだけである。しかし肝心のパズルが解けないというのなら言葉がわかっても意味がないのだ。ここは再生師に頑張ってもらうしかないかな、と思っていたが——
「多分、大丈夫です」
「え?」
「俺、少し古字について勉強しましたから」
ファティはポケットから手帳を出す。その中には様々な言葉——らしきもの——がたくさん綴られていた。
「おお、これは凄いな!」
「いつの間に勉強してたんだ?」
「ムーナ・ルイスにいる時に、多少」
マーマレードたちから話を聞いてから出発までには10日ほどしかなかった。その間にそこまで勉強したのかと、ファティが凄い人のように見える。
「よく頑張ったな、ファティ」
「いや、全然稚拙なんですけどね」
ファティは苦笑いをしながら操作盤を動かす。上手く行っているのかそうではないのか、天賦には全く分からないので地面をいじくって終わるのを待った。
「……あ、分かった」
「おお、本当か!」
「これ、こうしたらちゃんと言葉になりますね」
かちゃかちゃと先ほどよりもスムーズに板が動く音がする。やっと終わったか、と天賦は立ち上がり——
「できました。『劇的で、感動的で、驚異的な勝利』」
——目を開いた。
「……え?」
——劇的で、感動的で、驚異的な勝利を
天賦の夢の中で、"勇者"が口にした言葉だ。
「なんだそれ、どういう意味?」
「それなら知っているぞ! 英雄譚の決まりごとのようなものだ!」
「結構古くさいですけどね」
それを聞いて、天賦は少しがっかりした。"勇者"に直接関係するようなことではなく、元からある言葉なのか。何か特別な意味があると思ったのに。
「これでどうするんだ?」
「多分、このレバーを引けば……」
ファティがぐっと力を入れてレバーを降ろそうとする。しかし、錆びているのか中々動かなかった。
それを見かねて、天賦が横から腕を伸ばす。すると、レバーは簡単に下がった。
扉がぎぎぎ、と音を立てる。重々しい動きで、大きな扉は二つに分たれた。
「ファティ、ありがとうな」
「い、いえ。……鍛えようかな……」
ファティは腕を回しながら天賦のことを横目で見ている。天賦は力こぶをつくってアピールしておいた。
「では、この先に……ん?」
「どうしたの。……あれ」
天賦はこの先に進むのだと思っていたが、扉の先にあるのは四角い部屋だった。先に進めるようにはなっていない。
「進めない」
「ここにも仕掛けがあるのか?」
天賦と再生師は壁を調べる。だが、特にパズルらしいものは見当たらなかった。
「いや……これ、昇降機じゃないですかね」
「ショーコーキ?」
「上がったり、下がったりして荷物や人を運搬するものです」
ファティがジェスチャーを交えて「昇降機」を説明する。天賦は上下に動く空間というものを初めて知った。
「では、これで地下都市まで行けるということか?」
「多分、そういうことだな」
「こんな大きな昇降機、初めて見たなぁ……」
まるで一つの小さな家のようである。こんなに大きく作る意味はあったのだろうか。
「……あ、これ、時間が経つと勝手にパズルがバラバラになる仕組みみたいですね」
「そんなのが分かるのか?」
「ええ、時計のようなものが」
再生師が盤を覗き込み、「本当だ」と尻尾を揺らす。200年以上という長い時間が経ってもなお動く仕掛けに感心していた。
「じゃあ、早めに行こうか」
「どうしたら動くの」
「ええと……これかな」
ファティは室内のレバーを動かそうとして、手を伸ばすのをやめて天賦を呼びつけた。天賦は言われた通りにそのレバーを下げる。
すると、部屋が一度大きく揺れて——ふわりと体が軽く浮く感覚がした。
「おお、なにこれ」
「下がってるんですよ」
再生師と炎砲は楽しそうに部屋の中を歩いて回っている。天賦も未知の感覚にわくわくした。
「地下までどれくらいかかるかな」
「うーむ、どれくらい深い場所にあるか分からないからな。」
「気長に待ちましょう」
天賦はその場に座る。なんだか術力車に乗って目的地に着くのを待つあの時間と少し似ていた。
一つ大きなあくびをした時——ぐんと体が前に倒れる感覚がした。
「わっ」
「うわっ!?」
ファティがバランスを崩して前によろける。炎砲は再生師に支えられたので倒れることはなかった。
「何が起きたの」
「これ……今、横に進んでません?」
「横? ……本当だな、下ではない。」
ファティの「昇降機」の説明では、上と下に行くだけで左右には動かないはずだった。だというのに、今天賦たちは横に移動している。
「どんな仕組みだよ、これ」
「よ、妖精の技術、と言うしか」
「変なの」
ここにマーマレードがいたら酔っていただろうな、と船上で吐く彼女の姿を思い浮かべた。
しばらく横に進んで、やっとまた下がる感覚がする。
「長いな」
「長いですね」
「かなり長いな。」
一体、天賦たちはどこにいるのだろうか。天賦は地の下に何があるか知らないので、もしかしたら地面の底の底を見ることができるのかもしれないと期待した。カルメを封印していた遺跡を思い出す。
——今頃、カルメはどうしているだろう。思い出しそうになったと言っていたが、それで苦しんでいるのだろうか。船で落ち着いていることを願う。
静寂が続き、天賦も飽きてきた頃、ぐんと速度が落ちたことを感じ取った。体に少しの負荷がかかる。
「そろそろだな。」
「よいしょ」
炎砲がのしかかる重さによろけながら立ち上がる。ファティも同じようにした。
「じゃ、頑張る」
「だな」
どんどん速度が落ちて、ついに部屋の動きが止まった。ちん、とどこかで小さなベルが鳴る。
扉が重々しい音を立てて開いた。
その先に見えたのは——暗闇。
「……何も見えないな。」
「どうしよ、よく見えない」
「天賦さんもですか」
天賦は自分の目にはかなりの自信を持っているが、ここは暗すぎて何が何だか把握できなかった。扉の外がどうなっているのか全く分からない。
「再生師、先導してくれないか?」
「把握した!」
再生師は【灯光】を灯して、一歩、扉の外に出た。地面は——緑の色をしている。
「む? 草だ。」
「地下に……草原? 変ですね」
さくさくと背の低い草が踏まれる音がする。太陽の光が届かないところなのに、どうして草が生えているのだろうか。
「ん? なあ、あれ。壁の色だけよく見えないか?」
「本当だ、青いな。」
どこも暗闇なのに、遠くに見える壁だけがよく見える。なぜこんなに色がはっきり見えるのだろうと疑問に思っていると——ふいに、気がついた。
「違う、あれ壁じゃない」
「え、どういう……」
「あれ、海」
青い壁の中で、僅かにだが、魚影が通り過ぎるのを見た。つまり、あれは壁ではなく、ガラス越しに見える海なのだ。
「何だと!? ……ああ、成程!」
「じゃ、じゃあここ、海の底ってことですか?」
「そういうことになるな。信じられないけど……」
この地下の壁は全面ガラス張りなのだ。だから、外の海の色だけが闇の中でよく見える。そのおかげで、ガラスよりも前にある建物らしきものの影を捉えることができた。
「じゃあ、あれは……家かな? シルエットしか分からないですけど」
「不思議な場所だな。どうやって作ったのだろうか。」
「分かんない」
外の景色は見えるが、中の様子はわからない。この状況ではしっかりとした探索なんてできやしない。
「私から離れないようにな。そこまで大きな【灯光】は作れないんだ。」
「わかった」
早速進もう、と思った時、炎砲が「待って」と再生師を止めた。彼は後ろを振り返り、乗ってきた昇降機の方を見ている。
「これ、木じゃないか?」
「木?」
それをよく見てみると——壁ではなく、巨木だった。その中に昇降機が埋まっている。またもや、どうやってこんなもの作ったんだ、という疑問が浮かんできた。
「地下に草原、それに木か。加えて壁はガラス張り。妖精の都市はなんとも不思議だな!」
「まだ、都市らしいものは見えませんけどね」
その木をしげしげと眺めていると、天賦はあるものに気がついた。暗闇の中で、きらりと光る何かがある。
再生師を呼びつけてそれに近づく。光るものの正体は——上で見たものよりもずっと大きな操作盤だった。これもまた、木に埋め込まれている形である。
「お、またパズルだ」
「これは……昇降機のパズルじゃないな。どこと関係してるやつだ……?」
ファティはたくさん取り付けられているピースをいじり、開いているかわからない目を文字に近づけた。上で解いたものよりもずっと大きく、ピースも多いのでかなり時間がかかりそうである。
「多分だけど、ここって妖精の都市の中心だよな? なら、都市全体に関わる何かだったりしないかな」
「だといいですけど……まあ、少なくともしょうもないものではないでしょうね」
また、ファティの謎解き待ちになりそうだ。何かあると皆に教えなければよかったかも、と長い待機時間に後悔する。
「ええと……これが……いや、違うかな……」
「いや、これは最初じゃないか?」
「綴り的に違うでしょ」
飽きてしゃがみこんだ天賦に、気遣って炎砲がおやつを渡す。天賦はもそもそとそれをかじりながら草を弄っていた。
「……ん?」
その時、天賦は暗闇の中で何かが動くのを感じ取った。大きく、揺れていて、息の音が聞こえる。
「待って。なんかいる」
「え」
「え?」
天賦は刀を構える。
暗闇から見えたのは——巨大な、獣の足だ。
微かな明かりに照らされたそれは、ぎょろりとした目に、ごわごわとした毛皮を持つ、牛と蜘蛛が合わさったような奇妙な化け物だった。




