98話 ラステリア
——白い鳥が、天賦が聞いたことのない声で鳴く。少しべたつく風が吹いて、金色の髪がさらさら揺れた。
「ここ?」
「はい、着きましたよ」
体格の良い漁師が行き交い、市場には活気がある。
メイド長たちと約束した場所、港町のラステリアだ。
「初めて来る感じの町だなァ」
「いい雰囲気だ」
ジョッキを打ちつける大男たちに、魚を売る女性。独特の雰囲気があって、天賦は身を乗り出した。
「思ったよりも早く着いちゃいましたね」
「約束の日までは……2日くらいか」
「よかったなァ嬢ちゃん、遊べるぞ」
魚料理は好きだ。骨があって食べにくいところを除けば、天賦の好物の部類に入る。2日もあればたくさん食べられるだろう。
「妖精の島に近い町だからな、何か情報も貰えるかもしれん。」
「お嬢様のパパが行ったのは十数年前だったか? なら覚えてるヤツもいるだろ」
天賦は10年より前のことを覚えられる自信はないが、長く生きた人なら分かるのかもしれない。
マーマレードの父が信者となったことは分かったが、妖精の島に詳しく何があるのかは知らない。聞いた話によると、メイド長も前に自分で妖精の島に向かったことはあるが、上陸自体はしなかったそうだ。
「とりあえず車停めますね」
「ん」
町の端の方で術力車が止まる。揺れが無くなって、ファティは肩をぐるぐると回した。魔力を消費する疲れを、天賦は感じたことがない。
「では、早速行こう!」
「早いなァ」
「お腹減った」
3人はすぐ術力車から降りた。ファティは椅子にもたれかかっている。
「ふう、ちょっと俺は休んでますね」
「あ、じゃあ俺も残ろうかな。1人だけ置いてくのはあれだし」
「炎砲くんは優しいなぁ……」
わざわざ残ったとしても、どうせファティはいつも通り、酷い寝相で眠るだけだと思うのだけれど。
「じゃ、ちょっくら行ってくるわ」
「お金もらうね」
「持ってってください。……全部はダメですよ」
そんなことくらい、流石に天賦も分かっている。資金袋の中から銀貨を集めて、それをカルメに渡した。
「天賦、まずどこに行こうか!」
「食べ物屋」
「把握した!」
再生師はずんずん町を進んでいく。彼女の尻尾はここでも目立つ。皆、好奇の目で天賦たちを見ていた。
「姉ちゃん、どーにかして尻尾畳めね?」
「人にぶつけることはないぞ?」
「あー、まァそうか」
後ろで天賦がわざと再生師の尻尾に当たろうとしてもひょいと避けられる。後ろに目がついているのか。
それを何度か繰り返したが、最終的にカルメに止められて終わった。
「さあ、どこにする?」
「あれ」
「一番に目に入ったからだろ」
図星だ。再生師に聞かれた時、目の前にあった店を選んだだけである。どうせ天賦に店の良し悪しなんてわからないのだから、こうする他ない。
「食べるついでに聞き込みもするか!」
「そうだなァ」
天賦たちはその店に入り、隅の方のテーブルに腰掛けた。やけに酒の匂いのする店である。
「へいらっしゃい! ご注文は?」
「おすすめの品を2人分頼む。酒は必要ない。」
「あいよぉ!」
店員はすぐにカウンターの方に駆けていく。元気のいい店だ。天賦は酒に少し興味があったが、再生師がいらないというのなら仕方ない。
「姉ちゃん、酒強そうだけどな」
「誕生日にワインを飲んだのだが、好きになれなかった!」
「そうなんだ」
好き嫌いが分かれるもののようだ。なんでも食べる再生師が苦手というのなら、天賦もおいしく飲めないかもしれない。
「カルメ、水も飲めない?」
「口がねェからな。ムリ」
「発音のしくみが知りたいものだ。」
マスクを外したカルメを想像する。あの状態ならもしかしたら——とまで考えて、天賦は頭を振った。
「来たら店員に聞いてみるか? 妖精の島について。」
「いいんでねェの」
「知ってるかな」
大きな情報は得られないかもしれないが、聞くだけ損はないだろう。再生師の尻尾をいじっていると、大皿に乗った料理が2つやってきた。
「へい、おまち!」
「おいしそう」
何か、スープに浸かっている魚の料理。どういうものかは分からないが、とりあえず見た目が良かった。
カルメはいらないと答え、天賦と再生師の前にそれが置かれる。天賦の腹が鳴った。
「なあ、ちょっといいだろうか。」
「お、なんですかい?」
「少し聞きたいことがあるのだが、妖精の島について知っていることはあるか?」
すると、店員は妖精の島、と言い顎に手を当てて考え込んだ。
「うーむ……ずっと前にすっごく偉そうな人が妖精の島に船を出してたけど……よく覚えてねーですねぇ」
「覚えてることで」
「あー、自分は見てただけですけど、帰ってきた時に1番偉そうな、それこそリーダーみたいな人がふらふらしてたのは覚えてるな。船酔いかなーと思ったけど、やけに様子がおかしいというか」
恐らく、店員が言っているのはマーマレードの父のことだろう。様子がおかしいというのはメイド長から聞いた話の通りだ。
「他のヤツらは? おかしくなってたかァ?」
「んにゃ、別に船員たちは普通そうでした。変にブツブツしてたのはリーダーっぽい人ぐらいだったねぇ」
「やはりそうなのか……。」
言った人間全員ではなく、なぜかマーマレードの父だけが狂って、呪われた。呪いはともかく、狂った原因がわからない。
「他に知っていることは?」
「いやぁ、ずっと働いてるもんで、あんまり詳しくないんだよなぁ」
「そうか、あんがとさん」
店員は元気に返事を仕事に戻っていく。メイド長から聞いた話以上のことを知ることはできなかった。
「妖精って怖いの」
「そんな逸話は聞いたことがないな。特別に技術があったくらいで、他の人間種を脅かしたりした話はない。」
狂ってしまうくらい怖いものでもあるのかと思ったが、そういうことでもないのかもしれない。前に座るカルメは不機嫌そうに息——の音——を漏らした。
「あーヤダヤダ。妖精って名前聞くだけでイラつくわ」
「なぜそこまで嫌なんだ?」
「……本能だよ、ホンノウ」
カルメは何やらごにょごにょと言い淀んでいた。天賦たちには言えない事情があるのか、それともまとまった表現で話すのが難しかったのか。
「妖精の島に行っても、物壊さないでね」
「ガキじゃあるまいし、物に当たらねェよ。……多分」
それで大事な物を壊されたりしたらたまったものじゃない。カルメならそんなことはしないかもしれないが、一応。
「他の人にも聞いてみるか?」
「そうだな、船乗りあたりに——」
「な、そこのヘンテコ3人組」
ふいに、天賦たちに声がかかった。見ると、天賦の後ろの席に座っていた男がこちらを向いて身を屈めていた。
「何か用かァ?」
「今、妖精の島の話してただろ?」
「してた」
この距離なら聞こえてもなんらおかしくない。聞かれて困る話でもないので、天賦は素直に肯定した。
「だよなぁ!? いやぁ、久しぶりに見たよ、妖精の島に興味持ってるヤツ!」
「わぷ」
いきなり、その男はテンションを上げて、天賦と再生師の肩を寄せた。
「ずっと前はみんな調査したがってたのによぉ、あの貴族の人がおかしくなってからみーんな寄り付かなくなっちまって、寂しかったんだよなぁ!」
「へー」
カルメは軽い返事を返した。十数年も誰も寄り付かなくなったのはそれが原因らしい。この男は妖精の島に興味があるようだ。
「い、行ったことがあるのか?」
「超前に人に船を出したことはあるけど、上陸はしてねえ。上がるなって念入りに言われたからな」
「どんな感じだった」
そう聞くと、男は「聞きたいか」と言って、天賦にずいと顔を近づけてきた。よっぽど話したいのだろう。
「見た目はただの無人島だよ。ずっと前に魔王に焼かれたらしいけど、今では完全に森が回復してる。でも、凄いのは中身なんだ」
「中身?」
島の中身、という聞きなれない言葉に天賦は首を傾げる。ここからが本題、というように男は声を潜めた。
「地下にデカい都市が広がってんだよ!」
「地下に?」
「つっても廃墟だけどな。それに濃い魔力につられて強い魔獣とかも巣食ってるらしいから、簡単に行けるとこじゃねえそうだ。でもロマンあるだろ? ああ、俺も一度見てみてえなぁ……」
男は天井を眺める。
なぜ地下に都市を作ったのか、どんな魔獣がいるのかまでは分からないが、面白いことを知れた。なら、その都市に何かがあるのだろう。
「で、あんたら妖精の島に行くのか?」
「そう。行く」
「おお、そりゃ凄い! 羨ましいなぁ……!」
男はよっぽど妖精の島に憧れがあるらしい。天賦も今の話を聞いて少し楽しみになった。
「教えてくれたお礼と言ってはなんだが、帰ってきたら私が見た光景を伝え聞かせよう。どうだ?」
「本当か!」
男は、今度は再生師に顔を近づけた。その表情はまるで少年のようで、体格の良い船乗りにそぐわず少し面白かった。
天賦は「この人の話はびっくりするくらい長いぞ」と言うべきか迷ったが、あまりに男が感激するものだから口をつぐんだ。好きな話なら、長くても許容できるだろう。
「よろしくな! 絶対生きて帰ってきてくれよ!」
「勿論。死ぬことはないさ。」
「私たち、強い」
男は天賦の言葉に笑う。そして、仲間に呼び出されて彼は仕事に戻っていった。残されたのは天賦たち3人と、魚の料理。
「地下都市か。なかなか面白そうな話だな!」
「でも廃墟だろ? 地下ならクソ暗いだろォ」
「再生師が【灯光】使えばいい」
ファティは魔法を使えないし、炎砲が【灯光】を使えば大変なことになるのは目に見えているから、明かりの頼りは再生師しかいない。
天賦は目に自信があるが、それは自分だけだ。仲間と連携が取れなくては困る。
「暗闇から魔獣かァ。ガキを脅かす話の中にありそう」
「魔物の可能性も考えなくてはな。」
「私が倒すから、大丈夫」
魔獣や魔物は大得意だ。それより天賦が怖いのは頭を使って解くしかけである。
時間内に解かないと槍が降ってくるとか、失敗すると【火炎】が飛んでくるとか。そんな殺人的なパズルばかりだったら、ファティにかなり頑張ってもらわないと。
「パズルが心配」
「嬢ちゃん、これやってみる?」
カルメが胸ポケットから出したのは、なにかの小さな箱だ。箱、というより四角い破片である。
「なにそれ」
「パズル。成功したらパカっと開く仕組み。ファティが休憩時間に練習してたヤツ持ってきた」
天賦はそれを手に取る。引っ張れそうなところや、スライドする部品がある。だが、開く気配は一向にない。どこが引っ掛かっているのかさえ分からない。
「……むう」
「天賦、貸してみろ!」
再生師にパスする。彼女は最初は自信満々な顔をしていたが、少しするとすぐにそれを机に置いた。
「無理だ! 全く分からん!」
「姉ちゃん、パズル苦手だよなァ」
「ああ、専門外だ!」
天賦よりも進んでいない。むしろ複雑になっている気がする。なぜあんなにも自信に満ちた顔で解こうと思ったのか。
「カルメやってよ」
「無理。すーぐやりたくなくなる」
こういうものに集中するのがどうにも苦手らしい。性格も適当に近いから仕方ないと言えば仕方ないが、天賦と再生師とは違ってやろうと思えばできそうだから頑張ってほしいのだけれど。
ずっと魚料理の匂いがする。少し忘れていたが、天賦は腹が減っている。パズルに夢中になっている場合ではない。それよりも空腹を満たしてあげることが先決だ。
「食べていい?」
「あ、どーぞ」
魚の身にかぶりつく。小骨が気になるが、いちいち口から出すほど腹に余裕はない。それごと飲み込む。
「骨飲んでンだろ。喉に引っかかるぞ」
「私強い。大丈夫」
「流石天賦だな!」
スープを飲む。どうせ胃に溶けてしまえば同じなのだ。細かいことは気にしないほうがいい。
すぐに皿は空になった。隣の皿も空である。
「食うの早ァ」
「では、ファティと炎砲に報告しに行こうか。」
「まだお腹減ってる」
再生師はきょとんとした顔をした後、豪快に笑った。
「そうだな、天賦には足りないか!」
「追加か?」
「ついか」
カルメは店員を呼びつけて、新しく料理を注文した。代金のことは分からないので、何を頼むかはカルメに任せる。どんなものであっても大体は美味しいだろう。できれば脂が乗っている料理がいい。
「カルメ、もう一度パズルを貸してくれ! 今ならできる気がするぞ!」
「無理しなくていいのにィ」
カルメは再生師にパズルを渡した。眉間に皺を寄せて、眼前でそれをかちゃかちゃと動かす。天賦が食べ終わる頃になっても、それが開くことはないだろう。
「へい、おまち!」
天賦の前に、野菜が添えられている焼き魚がやってきた。なんの魚かは全く分からないが、おいしそう。
「あとどんぐらいかかるかなァ」
「ああ、無理だ!」
再生師がパズルを放棄した。




