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「つまり、ドラキュラさんなんですね?」
事情を説明したあと、ミドリと藤村はソファーに並んで座り、正しく伝わったか確かめている。
背後の書棚は、藤村が元通りに戻したので、書籍が並んでいるようにしか見えていない。
「厳密に言えば、吸血鬼とドラキュラは違うけど、おおよそ、そういうものだと思ってくれて構わない。いつも持ち歩いてる鞄の中身は、聴診器と包帯と注射器でね。血気盛んな研修青年から、一シーシー一銭で最大で百シーシーまで買い取ってるんだ。青年はお小遣いが得られるし、僕も若くて新鮮な血液を廉価でいただけるから、一挙両得だよ。誰も損してない」
「あれ? お話だと、首筋に噛みついてたような」
ミドリが疑問を挟むと、藤村は理由を説明する。
「直に牙を立てると伝染してしまうし、どれだけ吸い取ったか分からないから、下手すると失血させてしまうんだ。そうなったら大変だろう?」
「そうね、一大事だわ」
ひとまず納得してから、ミドリは、藤村の全身を見ながら、続いての疑問を投げかける。
「日光を浴びたり、ニンニクを召し上がったりしても、大丈夫なんですか?」
「ハハッ。たとえ膾に斬られたって、生き返る身体なんだ。それくらい平気だよ。姿見や写真にだって、全身隈なく映るからね。あっ、そうそう。十字架と聖水が苦手で、棺桶で寝起きするというのは、あくまで耶蘇教の信者が考えた創作の中だけだから、実在しないそうだ」
「なぁんだ。そうなると、怖いもの無しですね」
「一対一ならね。本当に怖いのは、この小さな島国に五千万以上も存在する人間の方だと思うよ。多勢に無勢さ」
そこで一度話を区切ると、藤村は、ドイツ留学中の顛末を語りはじめた。
「病に冒された人間の心は弱い。気を強く持っているつもりでも、健常な人間の何倍も誘惑に負けやすい。僕も、君のお父さんと一緒で、結核に罹っていた。だが、君のお父さんと違って、僕は、その事実に自分で気付き、そして、その運命を受け容れられず、逃げようとした。その挙げ句、善人の皮をかぶったヒトデナシに気を許してしまった」
「それが、洋行中に出合った、ドラキュラさんなんですね?」
「あぁ、そうさ。噛まれる前には、赤葡萄酒で議論しててね。聞き上手だったし、僕も若かったから、明日の医学を語るのに夢中になってしまって、葡萄酒の中に遅効性の薬が混ぜ込まれてるのに、まったく気が付かなかった。三杯目で違和感を覚えた頃には、時既に遅しでね。身体がいうことを効かないのをいいことに、寝台へと運ばれて、無抵抗な僕へ、噛む前に選択肢を示されたんだ。このまま病に伏して人間として死ぬか、夜魔に墜ちてでも生きるかってね」
「それで、後者を選んだんですね?」
「そうさ。生まれたばかりのシノのためにも、なんとしてでも生き延びたかったから。だけど、老いもしない、病にもならないのが、これほどツライとは思わなかった。悔やんだって、あとの祭りだけどね」
ひとしきり語り終えたところで、タイミングを計っていたかのように、ノッカーの音がする。
それを聞いて腰を浮かせたミドリを制しつつ、藤村は立ち上がり、ドアを開ける。すると、そこにはシノ、エリ、アオイの三者が揃って立っていた。




