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035

 ボーンと一回だけ柱時計が鳴り、再び深夜の静寂に包まれる。

 ひとけがなく、ひっそりとしている深夜の屋敷内で、ミドリは、トイレから戻るところだった。


「こう寒いと、お手洗いが近くて困るわ」


 シンと底冷えのする廊下を小走りで駆け、ミドリは階段を上がろうと片足を上げた。

 その時、階下からカーンという硬質な金属音が響く。


「下に、誰か居るのかしら? こんな時間に葡萄酒やお米が必要になるは、とても思えないけど……」


 ヒヤリとした空気を肌に感じながら、ミドリは足の向きを変え、夜目を頼りに階段を半地下へと降りていく。

 壁を伝いながら下に降り、上段には米袋が積まれ、下段にワイン樽が据え置かれた棚の前を通り抜けると、ミドリは、いつもは閉まっているはずの鉄扉が、薄く開いているのに気付いた。

 扉の向こうから、僅かに細く光が漏れていて、微かに息づかいも聞こえる。


「やっぱり、誰か居るんだわ。もしも泥棒さんだったら、すぐに知らせなくっちゃ」 


 先に誰かを呼びに行くという発想に至らないまま、ミドリは好奇心の赴くまま、ノブを掴み、そーっと手前に引いた。

 そして、窓から月光が差し込む薄明かりの部屋へ、静々と足を踏み入れる。

 

「失礼します。……ヒャッ!」


 そこに何が居るのか判明した途端、ミドリは驚きのあまり腰を抜かし、花崗岩の冷たい床の上へ両手を突いてへたり込んだ。

 無理もない。

 そこに居たのは、青丹色の毛足の長い体毛に覆われ、紅蓮に輝く鋭い目をした、一匹のオオカミだったのだから。


「待って、オオカミさん。おなかが空いてるなら、もっと美味しい物を持って来てあげるわ」


 オオカミ相手に会話を試みつつ、ミドリは後ろ手で壁を探しながら後ずさりする。

 そのあいだに、オオカミは一歩、また一歩と、ミドリに近付き、鼻先がミドリの曲げた膝に届きそうになるまで接近したところで、鋭い牙を持つ口を開いた。

 ミドリは、もう駄目だと思い、ギュッと目を閉じ、次に来るであろう衝撃を待った。

 ところが、その後の展開は、ミドリの予想とは全く異なるものであった。

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