033
「良いわね。わたしも、それが一番だと思うわ」
「良かったわ。そうと決まれば、続きを描いていきましょう」
ミドリが言い切る前に、シノはアクアマリンのパステルを手に取り、ネコの輪郭を描き始めた。
その手元を、ミドリは慈しむように見ていたが、最後に尻尾を描く段になったとき、ドーム状の天井から、ボーン、ボーン、ボーンと柱時計の音が鳴った。
「あらら。トランクの外は、もう三時なのね。お部屋に戻りましょう、お嬢様」
「せっかく良いところなのに」
「あんまり遅いと、またエリさんが呼びに来ちゃうわ。そうなると、困るでしょう?」
「そうね。仕方ないわ」
渋々ながら、シノはパステルを動かす手を止めてスケッチブックを畳み、パンパンと天井に向かって手を叩く。
すると、周囲に散らばっていたパステルや下絵、押し花が瞬時に姿を消し、ドーム型の天井から一本のロープが降りてきた。
*
「お茶のお代わり、淹れましょうか?」
「ううん、まだ良いわ。ありがとう」
出窓のそばに置かれたテーブルを前にして、午後の紅茶を嗜むシノ。その近くでミドリは、エリが運んできた台車の横に立ち、メイドとしての職務を果たしている。
その姿は、先程までの仲睦まじさとは別で、令嬢とその使用人の関係性をふまえたものに見える。
ふたりから離れ、ドアの前に立つエリは、その様子を満足そうに見守っている。
「それより、ミドリ。ちょっとお耳を貸して」
「はい。なんでしょう?」
ミドリは、シノに命じられた通り、椅子に座っているシノの口許へ、片手を添えた耳を寄せる。
シノが二言三言話すと、ミドリは立ち上がって静かに一礼する。そして、エリのもとへと駆け寄り、事務的な口調で伝達する。
「お嬢様は、わたしとふたりきりでお話ししたいことがあるそうです」
「わかりました。外の出歯亀ともども、席を外しています」
「ん? お願いします」
ミドリが頭に疑問符を浮かべているのを尻目に、エリは勢いよくドアを開ける。
すると、ドアの向こう側に居たアオイが、支えを失って体勢を崩し、ドサッとカーペットの上に胴体着陸する。
「アイタタタ。なんでわかったの、エリちゃん?」
「壁に耳あり、ドアに庭師ありよ。さっさと立ちなさい」
「待ってよ。身体と精神にダブルパンチを食らって、ノックアウト寸前なんだから。――うわぁ!」
「言い訳は、別所でいくらでも聞きます。――あとは、おふたりでご随意に」
床にのびているアオイの腰を持ち、軽々と小脇に抱え上げると、エリは、奥に居るシノにも聞こえるくらいの声で退室の意志を告げてから、廊下へ出てドアを閉める。
しばらくは、廊下からアオイの喚き声が聞こえていたが、やがて静かになる。
「お話ししたいことというのは、何かしら?」
「あのね、ミドリ。ミドリに、……わたしの、お母様になって欲しいの」
「ええっ!」
シノの突拍子もない提案に、ミドリは理解が追い付かず、その場で凍り付いてしまった。




