032
「母猫がどこに居るか分かったけど、このあと、どうしましょう?」
「どうするって、何を?」
トランクの中の異空間で、ミドリとシノは絵本作りを進めている。ふたりの周りには、カラフルなパステルの他に、スミレやアジサイ、カエデなど、彩り豊かな押し花が散らばっている。
ミドリがペラペラとページをめくると、スケッチブックは、序盤から七割ほどのページまで完成していて、押し花は背景として使われていることが見て取れる。
「仔猫のシノちゃんが、母猫に会えたのか、それとも、最後まで会えないままなのかを決めないと、この先のお話が書けないわ」
「あっ、そうね。う~ん。ミドリは、どっちが良いと思う?」
シノは、下描きのラフを見て迷ったあと、期待の眼差しでミドリに訊ねた。
これは単なる質問なのか、それとも、自分の気持ちが伝わるかどうか試しているのか、判断に迷いながらも、ミドリは自分の考えを口にした。
*
一方、その頃、キッチンでは、エリがティータイムの用意を進めていた。
作業台の上には、小麦粉の袋、銀紙を半分剥がしたバターなどの材料の他、白木の麺棒や、オーブン用の天板まである。
「おやおや? このニオイは、アールグレイだな」
打ち粉を撒いた作業台の上で、エリが陶芸家のように生地を丸く捏ねているところへ、温室からそのままやってきたであろうアオイは、コートを脱いで近くのイスに置きつつ、エリに近付く。
エリは、邪魔者が来たとでも言いたげな様子で不機嫌になり、アオイに言い返す。
「香りと言いなさい 悪臭じゃあるまいし」
「敏感な鼻をお持ちの方らしい発言だね。でも、一部の昆虫にとっては悪臭だよ?」
「揚げ足取りは、クッキーお預けです」
「ウソウソ。軽い冗談じゃないか、お優しいエリさま」
アオイは、斜めになった機嫌を真っ直ぐにするように、両手を擦り合わせて拝みながら言った。
エリは、その媚びた態度に呆れながらも、眉間に出来ていた渓谷の数を減らし、アオイに命じる。
「調子が良いんだから。食べたきゃ、手を洗って着替えて来なさい。肥料臭いわよ」
「おぅ、直球でクサイと言うなよ。僕ちゃんの繊細なガラスハートが傷ついた」
「よく言うわよ、心臓に毛が生えてる癖に」
「身体の奥にあるのに、見たことあるのかよ」
性懲りもなくアオイが軽口を言ったので、エリは生地を捏ねる手を休める。そして、片手で包丁の柄を握り、反対の指で峰をなぞりながら、凍り付くような低い声で言う。
「今夜、かっさばかれたい? よーし」
「くわばら、くわばら。カニバリズム、反対! 手を洗って来ま~す」
「ついでに、戻ってくるときにティーセットも持って来てちょうだい」
「了解! ――お椀は五つ、お皿は六つ。右手には箸とナイフ、左手には匙とフォーク。両手を合わせて、お祈りしたら、さぁ、みんな召し上がれ♪」
自作の歌を口ずさみながら、アオイは部屋をあとにした。
エリは内心で、アオイの頭には、季節外れのヒマワリが咲いてるに違いないと思いつつ、手の温もりが伝わって粘つき出した生地を琺瑯のバットに移し、布巾を掛けて休ませることにした。




