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031

 熱が逃げないように蓋をした琺瑯のマグカップを持ったミドリが、子供部屋の前でドアをノックする。

 

「お嬢様。ホットミルクをお持ちしました。……入りますよ?」


 カップを持っていない方の手でノブを回し、部屋に入る。

 部屋の中にシノの姿は無く、ただ、絨毯の上でトランクが口を開けているだけである。


「開いてるってことは、入って良いってことよね?」


 しばし、手にしているカップをテーブルに置こうか置くまいかと迷ってから、ミドリは意を決し、カップを持ったままトランクへと飛び込んだ。


  *

 

 同じ頃、給湯室では。


「ラジオの予報で、今夜は良く晴れるでしょうって言ってたんだけど、大丈夫?」

「平気よ。一晩中、カーテンを閉め切っていれば良いんだから」


 ミルクパンで温めた牛乳の残りを飲んでいるアオイとエリが、立ったまま会話を交わしている。足元を見ると、アオイは長靴を履いたままである。


「それに、明日まで来客は無いから、夜中に窓辺を通る心配も無いわ」

「予定外のことが起きるのが、人生ってものだけど?」

「スケジュールを狂わせてる張本人にだけは、言われたくないわ」

「はてさて。それは、誰のことかな? ――痛い、イタイ!」


 とぼけるアオイに対し、エリは真紅の目を三角にして、革靴の踵でアオイの長靴の爪先をガシガシと踏みつける。

 アオイは、ミルククラウンを大量発生させつつ、エリの攻撃を避けるようにして、飲みかけのカップを持ったままテーブルのそばをヒョコヒョコと離れる。


「軽いジョークだっていうのに。冗談が通じないなぁ。おぉ、いてぇ」

「くだらないことを言ってないで、さっさと履き替えなさい」


 コップを作業台に置き、片足立ちで長靴を脱ぎ、アオイは足の具合を確かめる。

 そのあいだに、エリはアオイの革靴を持って来て、アオイの足元へ放り投げる。


「ちょっと、エリちゃん! もっと大事に扱ってよ」

「持って来てあげただけでも、喜んでちょうだい」

「はいはい。わざわざお持ちいただき、どうもありがとうございました」


 不承不承といった様子で、アオイは紋切り型の礼を述べ、長靴を脱ぎ、紐の結びを解いて革靴へと履き替えはじめた。

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