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熱が逃げないように蓋をした琺瑯のマグカップを持ったミドリが、子供部屋の前でドアをノックする。
「お嬢様。ホットミルクをお持ちしました。……入りますよ?」
カップを持っていない方の手でノブを回し、部屋に入る。
部屋の中にシノの姿は無く、ただ、絨毯の上でトランクが口を開けているだけである。
「開いてるってことは、入って良いってことよね?」
しばし、手にしているカップをテーブルに置こうか置くまいかと迷ってから、ミドリは意を決し、カップを持ったままトランクへと飛び込んだ。
*
同じ頃、給湯室では。
「ラジオの予報で、今夜は良く晴れるでしょうって言ってたんだけど、大丈夫?」
「平気よ。一晩中、カーテンを閉め切っていれば良いんだから」
ミルクパンで温めた牛乳の残りを飲んでいるアオイとエリが、立ったまま会話を交わしている。足元を見ると、アオイは長靴を履いたままである。
「それに、明日まで来客は無いから、夜中に窓辺を通る心配も無いわ」
「予定外のことが起きるのが、人生ってものだけど?」
「スケジュールを狂わせてる張本人にだけは、言われたくないわ」
「はてさて。それは、誰のことかな? ――痛い、イタイ!」
とぼけるアオイに対し、エリは真紅の目を三角にして、革靴の踵でアオイの長靴の爪先をガシガシと踏みつける。
アオイは、ミルククラウンを大量発生させつつ、エリの攻撃を避けるようにして、飲みかけのカップを持ったままテーブルのそばをヒョコヒョコと離れる。
「軽いジョークだっていうのに。冗談が通じないなぁ。おぉ、いてぇ」
「くだらないことを言ってないで、さっさと履き替えなさい」
コップを作業台に置き、片足立ちで長靴を脱ぎ、アオイは足の具合を確かめる。
そのあいだに、エリはアオイの革靴を持って来て、アオイの足元へ放り投げる。
「ちょっと、エリちゃん! もっと大事に扱ってよ」
「持って来てあげただけでも、喜んでちょうだい」
「はいはい。わざわざお持ちいただき、どうもありがとうございました」
不承不承といった様子で、アオイは紋切り型の礼を述べ、長靴を脱ぎ、紐の結びを解いて革靴へと履き替えはじめた。




