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それから、更に月日が流れ、師走の細雪が表にチラつき始めた頃のこと。
「おはよう。どうしてお湯を沸かしてるの?」
「あっ、エリさん。おはようございます」
東の空が白み始めた早朝。給湯室で雪平鍋に水を張って沸かしつつ、片手にジャムの瓶を持って立っているミドリのそばへ、エリがドアを開けて姿を現して近付く。テーブルの上には、三斤棒からスライスしたばかりの食パンが、平皿にのせて置かれている。
「蓋が固いので、温めれば開くかと思いまして」
「あぁ、そういうこと。寒いからかしら? ちょいと貸してみなさい」
「本当に固いですよ? はい、どうぞ」
瓶を持って蓋を回し、まったく開かないことを示してから、ミドリはエリに瓶を渡す。
エリは、左手で瓶を、右手で蓋を持ち、フンッと短く気合いを入れて回す。すると、ポンッという軽快な音とともに、瓶が開栓する。
「わぁ、すごい!」
「あぁ、寒い寒い。――何が凄いんだい?」
肩をすぼめ、両手をこすり合わせながら、バタバタと慌ただしくアオイが部屋に入る。雪かきをしてきたばかりなので、足元は長靴を履いている。
「大したことでは無いわ。固くなってた蓋を開けただけよ」
「なんだ、ジャムの話か。いつもの一斤缶じゃないんだね。――おや? こっちのお湯は?」
「あっ、忘れてた!」
ミドリは、雪平鍋を火から下ろすと、それをテーブルの鍋敷きの上に置く。それから、焼き網を載せ、トーストの用意を始める。
そのあいだに、エリは開けた瓶と蓋をテーブルの上に置き、アオイに先程のことをカクカクシカジカと説明する。
「なるほど。じゃあ、このお湯は、僕が貰っても構わないね」
言うが早いか、アオイは鍋を片手に持って水瓶に向かい、柄杓で何杯か水を足すと、テーブルへ戻って再び鍋敷きの上に置き、人肌に冷めた湯の中へ両手を浸ける。そして、水中で指を曲げたり伸ばしたりしながら、極楽極楽とでも言いたげな表情をして言う。
「ふぅ~。あやうく、白魚の手が霜焼けになるところだった」
「オーバーね」
「こんがり焼けましたよ~」
ミドリが三人分のトーストを持ってくると、アオイはスラックスからハンカチを出して手を拭い、鍋敷きを引っぱって雪平鍋をテーブルの端へと移動させる。それと同時に、エリは、テーブルに二枚の平皿を置き、ミドリが持っている平皿から一枚ずつトーストを移していく。
こうして、ミドリの前日報告、エリの業務連絡、アオイによる小ネタ交じりのトークによる早朝の食卓が、和やか始まった。




