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「お嬢様は、すっかりミドリちゃんのことを気に入ってるよな。――重労働のあとの料理は、最高だよ」
「そうね。でも、あんまり仲良くなりすぎるのも考えものよ。あくまで、主人の娘と使用人という立場をわきまえなきゃ。――ちょいと。肉ばっかり食べないで、しらたきやキノコも食べなさい」
鉄鍋で炊いた中身の一部を移した雪平鍋をテーブルの中央の鍋敷きの上に置き、アオイとエリは、そこから牛肉や焼き豆腐を、各自で卵を溶いた小鉢によそいつつ、舌鼓を打っている。
ちなみに、シノとミドリは、ダイニングテーブルの端に鉄鍋を据え、ミドリがシノの分も卵を割ったり菜箸で取り分けたりしながら、ほのぼのとした晩餐を楽しんでいる。
「まぁ、一緒に夕飯を食べるくらい、大目に見ようよ。きっと、母性愛に飢えてるんだからさ」
「そうは言っても、ミドリさんは、お嬢様の母親では無いわ」
「藤村様がミドリちゃんと再婚すれば、ミドリちゃんは、お嬢様の母親になれるよ? ――大丈夫?」
グラスの水を飲もうとしたとき、アオイが突拍子もないことを言ったので、エリは思わず噎せてしまう。
それを見たアオイが背中をさすり始めると、エリは、ゼエゼエと息をして呼吸を整えてから、もう結構という意志表示に、アオイの手を押して止める。
「馬鹿なことを言わないで。藤村様は、もう四十を超えてらっしゃるのよ?」
「愛があれば、歳の差なんて関係ないさ。今のふたりが夫婦になっても、見た目は問題無いと思うけどなぁ」
「戸籍係が困惑するわ。それに、それが元で変な噂にでもなったら、医師としての信用問題にも係わるのよ?」
「厄介なものだな、戸籍制度って。まっ、僕も戸籍上は先代の旦那様の養子だから、藤村様とは義理の兄弟になってたんだけど。――うわっ。ネギを、こっちに寄せないでよ」
鍋底に溜まっていたネギを半分、アオイの方へと動かすと、エリは、溶けかけているジャガイモを小鉢に移しつつ、話を続ける。
「好き嫌いしないの。――本当、厄介なものだわ。戸主の承諾が無ければ何も出来ないし、原則、男子に限られてるんだものね」
「明治大正は男子の時代だったけど、光文は女子の時代になるんじゃないかな。そのうち、財産権や選挙権だって男女平等になるさ」
「夢みたいな話ね。陛下は男性じゃない」
「洋行帰りの女史が大学を作ったし、海の向こうでは、女王が治める帝国だってあるんだ。この国で女性天皇が即位したって、なんの不思議も無いと思うけどなぁ。まっ、あくまで一個人の主観に基づく意見だから、共感するかしないかは勝手だよ。どちらにしても、その性別に対する『らしさ』を強要する姿勢が改まらないと、どうしようもないけどね。――あとは、青菜ばかりかな」
「そうは言っても、男に力強さや逞しさを求めるのは、女の性じゃなくて? ――ちょいと。こっちの肉を狙わないでちょうだい」
そう言って、エリは手前に残っていた牛肉を小鉢に取り上げる。アオイは、やや残念そうにしながら春菊を食べ、それから水で喉を潤して話を続ける。
「そうかなぁ。いざとなれば、女性は男性より強いよ?」
「昼間のことを当てこすってるつもり?」
一オクターブ低い声でエリが言うと、殺気を感じたアオイは、慌てて否定する。
「違う、違う。外からの傷には強いかもしれないけど、中からの痛みには耐えられないと思ってさ。放浪してるときにスラム街に立ち寄ったこともあるんだけど、ああいう極限状態の場所で一番強いのは、子供を持つ母親なんだ」
「ふーん。鼻から西瓜を出すような経験をしてるだけはあるのね」
一つの結論が出たところで、ふたりは会話を止め、鍋に残っている具材の掃討に専念し始めた。




