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019

「どうでしたか?」

「相変わらずだよ。久々に帰ってきたというのに、僕に対しては、氷のように冷たい。あぁ、そのまま座ってて構わないよ」


 ミドリがソファーから立ち上がろうとするのを、藤村は片手で制して止め、その隣へと腰を下ろす。藤村は、つとめて何てことない風に話しているが、その面持ちには、どこか暗い影が落ちている。

 初めてミドリが藤村邸に到着し、鍵を渡されてこの書斎へ出入りするようになってから、早いもので、もう一ヶ月以上が経っている。

 藤村は、残暑厳しい秋口の軽装から、めっきり涼しくなった中秋の装いへと変わっている。ミドリのメイド服も、パッと見は同じながらも、よくよく見れば、春夏用の薄手の生地から、秋冬用の厚手のものに切り替わっている。


「それより、絵本作りは順調なのかい?」

「はい。今は、たくさん描いた絵から、挿絵に使う絵を選んでいるところです」

「そうか。となると、どんな話かは、もう決まっているんだね?」

「はい。一応、大まかな物語の枠組みだけは決まってます」

「どんなストーリーなんだい?」

「えーっと……」


 ミドリは、それまでの饒舌ぶりから一転して、目を伏せ、言うべきか言わざるべきかという逡巡を見せる。

 藤村は、ベストの左右のポケットから、それぞれ桜が描かれたタバコと燕が描かれたマッチを取り出して立ち上がり、窓辺に向かう途中で作業台の上から灰皿を手にし、出窓を開け、窓枠にもたれる。


「今日は、風が凪いでるなぁ」


 誰にともなく窓の外へ向かって呟くと、藤村は煙草を一本加えて取り出し、マッチを擦って火を付け、頬杖を突くような姿勢で吸い始めた。

  

  *


「そろそろ、お茶を持って行った方が良さそうね」

「えっ、なんで?」


 エリが白手袋をした手で銀食器を磨く手を止め、窓の外を見て呟くと、休憩に来ただけのアオイは、テーブルに並ぶナイフとフォークを気にしつつ、エリに疑問を呈した。

 すると、エリはカテラリーを食器棚にしまいつつ、窓の上の方を指差して言う。そのベクトルの延長線上には、ミドリと藤村が居る書斎があり、窓からは一筋の紫煙が立ち昇っている。


「藤村様が、タバコを()んでらっしゃるからよ。いい考えが浮かばなくて、イライラしてる証拠だわ」

「鼻が利くんだな。僕には、ちっともニオわない」


 アオイは、クンクンと犬のように鼻を鳴らし、ニオイを嗅ぐ仕草をする。と、エリは手袋をしたままの手でアオイの鼻をつまみ、そのまま顔を上に向けさせる。


「わたしの体質について当てこすったつもりなら、このまま圧し折るわよ?」

「ギブギブギブ! 気に障ったなら謝るから、はなして!」


 鼻をつまんでる方の腕をアオイがペチペチとタップすると、エリは指を開いて解放する。アオイは、ぜぇぜぇと荒い息をしてから、蚊の鳴くような声で言う。


「窒息するかと思った……」

「オーバーね。そう簡単に、くたばらせるものですか。わたしはお菓子の用意をするから、あなたは、お茶を淹れて」

「えぇ~。僕は、束の間の休息を得るために来たのに」

「永久に休息させられたくなかったら、手伝いなさい。返事は?」

「は~い」


 エリが戸棚から紅茶の缶を出して手渡すと、アオイは渋々ながらそれを受け取り、ティーポットやカップの用意を始めた。

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