018
「まずは、猫に名前を付けた方が良いと思います」
「どうして?」
ミドリとシノのふたりの少女は、再びトランクの中の世界にいた。
今日のトランクの中に油絵の画材や玩具は無く、代わりにスケッチブックと色とりどりの四角いパステルが散らばっている。
そして、ふたりは床に本やメモを広げながら、ストーリーを考えている。それというのも、簡単な絵本を作ることにしたからだ。
「だって、いつまでも猫、猫、と呼ぶのは可哀想でしょう?」
「そうかしら?」
「そうよ。それに、この猫は他の猫とは違うんだってことを、すぐに分かるようにしなきゃ」
「そうね。でも、いきなり言われても、良い名前が浮かばないわ」
といって、シノは悩ましげに小首を傾げる。ミドリも、シノと同じように小首を傾げて考え込んだが、やがて、あることを閃き、すぐさまそれを口にした。
するとシノも、そのアイデアに共感し、さっそくレモンイエローのパステルで下書きを始めた。
*
同じ頃、アオイは温室の外にある花壇に、じょうろで丹念に水をやっていた。
と、そこへ、眉間に縦ジワを寄せたエリがツカツカと早足でやってきた。
「うおっ! 退却退散~」
「逃がすかっ!」
アオイは、じょうろを足元に置いて走り出し、首元から鍵を引き出して温室へ立て篭もろうとした。が、そのドアノブを掴む前にエリが追い付き、アオイは首根っこを掴まれ、そのままズルズルと引きずられて連行されていく。
「ワーン。暴力はんたーい!」
「黙れ、いたずら小僧め。図体がデカイくせして、ろくなことをしでかさない」
「君の方が、僕より背が高いじゃないか。そもそも、僕が何をしたって言うんだよ」
「お黙り。藤村様の背広に、キャラメルを入れたのは、あなたでしょう?」
「背広にキャラメルを入れるくらい、誰でも出来るよ。僕がやったっていう証拠は? ――イヤン!」
エリは、屋敷の使用人出入口にあるマットの上までアオイを引っ張り込むと、アオイのスラックスに手を入れ、中から黄色いキャラメルの箱を取り出す。
「変な声を出さないで。――これが、動かぬ証拠よ」
「バレちゃ、しょうがないなぁ。そんなに欲しいなら、箱ごとあげるよ」
「いらないわよ」
エプロン部分にあるポケットからバラのキャラメルを三粒ほど取り出し、エリは、半分潰れた箱の中にそれらを入れ、アオイの胸に箱を押し付け、ドアの向こうへと立ち去った。
アオイは、箱の口を開けて逆さに振り、手の平の上に中身を空け、人差し指で何粒か数える。それから、ピシャリと閉められたドアを見つめ、かぶりを振る。
「一粒くらい、迷惑料として持って行けばいいものを。本当は甘い物が好きなくせに、意地っ張りだなぁ」
そう呟くと、アオイは口の端でニヒルに笑いつつ、温室へと戻って行った。




