020
紅茶を書斎に届けたあと、給仕はエリに任せ、アオイとミドリは温室へ移動した。
「それじゃあ、結局、言い出せなかったんだ」
「えぇ。途中で、京極様がいらしたものだから。――これくらいで、良いのかしら?」
ミドリがカゴの中のハーブを見せると、アオイはカゴを受け取り、摘まれたセイジやサルビアを一つずつ確かめつつ、ウンウンと軽く頷いて肯定する。ふたりとも、両手には軍手をしている。
「綺麗に摘めたね。力任せに引きちぎる誰かさんとは、大違いだ」
「よかった。摘んではいけない草まで、摘んでないかしら?」
「それも、大丈夫だよ。――引くから立って」
アオイが片手を差し出すと、ミドリはその手を握り、引っ張られるタイミングで立ち上がる。
そして、ふたりは畝に沿って歩き出す。
「絵本の内容だけどさ。よかったら、僕に教えてくれないかい?」
「え~。どうしようかしら」
「お願いだよ、ミドリちゃん。藤村様には黙っとくからさ」
片目を瞑り、両手を拝むように顔の前に合わせながらアオイが頼み込むと、ミドリはアッサリと話す。
「シノって名前の仔猫が、居なくなった母猫を探す話なの」
「あぁ、なるほど。それは、藤村様に言い辛いな。――よし。乾燥させるから、ここに重ならないように広げていって」
「はい」
アオイは、乾燥棚から棚板を一枚引き抜き、その上にカゴを置いてから作業台に載せる。
ミドリは、カゴをひっくり返して中身を棚の上に開けながら、アオイとともに、傷付けないよう丁寧に並べていく。
*
アオイとミドリが、温室で仲良くハーブを並べている頃、書斎には、重苦しい空気が支配していた。
「箱庭、ねぇ……」
藤村は、渋面を作りながら腕を組み、ソファーに背中を預けながら天井を見る。
その藤村とは反対側で、着流しに羽織りだけ掛けた京極は、アームレストに腰を下ろしながら言う。
「今世紀に入ってから、西洋で言われるようになった理論です。療法としても未発達なことは、否めないところですね」
「いや、そういうことではなくてだね」
腕を解くと、藤村は京極の方を向いて話し出す。
「今のシノに、無理して社交性を身に付けさせること無いと思うんだ」
「お言葉ですが、そんなことを言ってるうちに、社会に出られなくなりますよ。一生、この屋敷に閉じ込めておくつもりですか?」
「極論を持ち出すな」
「いいえ、正論です。僕としては、十二歳の誕生日がタイムリミットだと考えています」
「あと、半年も無い」
「ですから、決断を急いでいるのです」
「無茶苦茶だ」
議論が平行線を辿り、気まずい沈黙が流れたところで、ドアの前で黙って控えていたエリが口を開く。
「あの。紅茶のおかわりをお持ちしたいので、いったん席を外してもよろしいでしょうか?」
「あぁ、すっかり冷めてしまったな。お願いしよう」
「はい。では、失礼します」
エリは、ソファーの前にあるローテーブルに駆け寄り、冷めた紅茶の入ったカップやポットを台車に載せると、ドアを開け、台車を押して部屋をあとにした。




