第321話 ルセリア統覇戦、本戦開幕!
ルセリア中央大学、セントラル・プラザ前。
いよいよ“ルセリア統覇戦”本戦の日が来た。
朝から空気が違う。
広場の石畳の上には、八チーム三十二人の選手たちが、それぞれの仲間と固まるように立っている。周囲には大学関係者や観戦に来た人たちの姿も見えるけど、ただのお祭りの前って感じじゃない。妙に張りつめていて、誰もがこれから始まる何かに息を潜めてる、そんな空気だ。
少し離れたところには、ラグナたちのチームの姿も見えた。
ザキさんたちのチームもいる。
でも、流石に今さら「おはよー」なんて軽く声をかけられる雰囲気じゃない。みんな自分のチームの空気の中にいて、そこへ不用意に踏み込むのは違う気がした。
そんな中、ブリジットちゃんがルールブックをぎゅっと胸元に抱きしめたまま、俺、ジュラ姉、鬼塚くん、そして足元のフレキくんの顔を順番に見渡した。
「みんな、本戦のルールはちゃんと頭に入ってるよねっ!?」
おお、気合い入ってるね。
でも、こういう確認を最初にしてくれるの、すごくブリジットちゃんらしい。
俺はすぐに頷いた。
「もちろん!」
すると、ジュラ姉が人差し指を立てて、得意げに説明を引き継ぐ。
「ええ。本戦のバトルフィールドは、ルセリアの街を模した円形の鏡像領域。選手たちは、フィールド外側の複数地点からスタートするのよねッ!」
鬼塚くんはルールブックを片手に、いつもより少し真面目な顔で確認する。
「──スタート地点を決める順番は、予選会の順位が高いチームから。つまり、俺らとラグナ王子のチームからって事だな」
「ええ。一見すると、先にスタート地点を選べるギャタシたちが有利に見えるけど」
ジュラ姉はそこでふむ、と少し考える仕草をした。
「後からスタート地点を選べる後続チームは、ギャタシたち先発組の配置を見てスタート地点を決められるから、実質後発有利なルールでもあるのよね。実力差を埋めてバトルを白熱させるためのハンデ、ってところかしら?」
「うーん……」
俺は腕を組みながら空を見上げる。
「スタート地点が選べるなら、いきなりラグナの近くで始めて、最初からラグナとの戦いに集中するのもありかと思ったんだけど……うちのチームとラグナチーム、同率一位だったもんねぇ」
同率一位同士が、最初に同時に選ぶ。
つまり、こっちが相手の位置を見て動くことも、向こうがこっちの位置を見てずらすことも出来ないってことだ。
「二チーム同時に一番最初にスタート位置を決めることになるから、ラグナたちとの位置関係は未知数。とりあえず、始まってから探すしかないよね」
俺がそう言うと、ブリジットちゃんはこくんと頷いた。
「うん。当初の予定通り、アルドくん、あたしとフレキくん、ジュラ姉と鬼塚くんの三チームに分かれて、“拠点”を制圧しつつ、出会った選手を撃破してポイントを稼いでいこう!」
「了解っス」
鬼塚くんが拳と掌をバシッと合わせる。
「フフフ、任せなさいな」
ジュラ姉も艶っぽく笑う。
足元のフレキくんも、小さな身体でぴしっと胸を張った。
「ボクも頑張りますっ!」
うん、いい感じだ。
緊張はしてる。
でもちゃんと前を向けてる。
俺はそんなみんなを見ながら、頭の中でもう一度、本戦のルールを整理した。
今回の舞台は、五王子たちのスキルで作られた、ルセリアの街を完璧に模した“鏡像領域”。
円形のフィールドは、外側から第一領域、第二領域、第三領域に分かれていて、俺たち選手は最初、外周側の第一領域からスタートする。
俺たちにはそれぞれ、“アミュレット”と呼ばれる魔導具が渡されている。
他の選手からダメージを受けると、まずこいつがダメージを肩代わりする仕組みだ。
ただし、一定以上のダメージを受けるとアミュレットは破損。その時点で鏡像領域から現実世界へ強制的に戻されて、失格になる。
そして、相手のアミュレットを破壊して脱落させれば百ポイント。
これだけ聞くと撃破が一番分かりやすい勝ち筋に見えるけど、実際にはそう単純でもない。
各領域には“拠点”と呼ばれるポイントが散らばっていて、そこへ魔力を注ぐことで占拠状態にできる。
ただ、占拠した瞬間にポイントが入るわけじゃない。
領域は試合開始から二時間ごとに外側から封鎖されていく。
第一領域、第二領域……と、どんどん戦場が狭まっていく仕組みだ。
そして、その領域が封鎖される十分前の時点で占拠状態にある拠点の主だけが、五十ポイントを得られる。
よく出来てる。
本当に。
参加者は全部で三十二人。
撃破だけで稼げるポイントには上限がある。
つまり、勝敗を分けるのはかなりの確率で“拠点占拠”だ。
しかも、広いルセリア全域を戦場にして、その中へ拠点を散らすことで、選手たちの動きをある程度絞らせることができる。
運営側も完全把握までは無理でも、拠点付近へ向かう選手同士がぶつかりやすくなるから、試合を追いやすいってわけだ。
よく考えられてるなぁ。
加えて、鏡像領域内では魔力探知が効かない。
たぶん領域そのものに五王子たちの術式が濃く走っていて、探知系がノイズにまみれるんだろう。あるいは、探知されないよう意図的にそう作ってあるのかもしれない。
どっちにしろ、索敵は足を使うしかない。
で、俺たちの方針はもう決めてある。
拠点占拠はブリジットちゃん&フレキくん、それから鬼塚くん&ジュラ姉に任せる。
俺は早めに第二、第三領域まで足を伸ばして、ラグナを探す。
道中で出会った相手は、やむを得ない場合だけ倒す。
……まあ、正直に言うと、俺自身があんまり他の選手を倒し回るのは不公平かなと思ってるから、って理由もあるんだけど。
それに。
ラグナのことは、やっぱり自分で探したかった。
あいつは今大会で、間違いなく最強格のひとりだ。
だから先に叩いておくべき相手、というのもある。
でも、それだけじゃない。
最近のラグナ、なんか少し引っかかるんだよな。
昨日だって、俺の挨拶に妙に冷たかったし。
本戦前でピリついてただけ、って言われればそれまでなんだけど……何となく、ちょっと気になる。
だからこそ、なるべく早めに自分の目で会っておきたかった。
「アルドくん?」
ブリジットちゃんに呼ばれて、俺は意識を戻した。
「おっと、ごめん。ちょっとルール整理してた」
「ふふ。アルドくん、そういうとこ真面目だよね」
「こう見えて、結構ちゃんと考えてるからね俺」
「“こう見えて”は余計だぜ、アルドさん」
鬼塚くんが笑う。
ジュラ姉もくすっと笑った。
◇◆◇
そんなやりとりをしているうちに、広場の空気がすっと変わった。
セントラル・プラザの上。
バルコニーへ、五王子たちが姿を現したのだ。
ざわめいていた広場が、一気に静まる。
中央にはアルベリク王子。
その左右にベルノアさん、ガレリアさん、ジゼルさん、エゼキアさん。
みんな視線を上げる。
当然、俺たちも。
アルベリク王子が一歩前へ出た。
その声音は、朝の澄んだ空気をまっすぐに切り裂くみたいによく通った。
「これより、“ルセリア統覇戦”本戦を開始する」
その一言だけで、背筋が自然と伸びる。
「諸君は予選を勝ち抜き、この場に至った。力、知恵、胆力、その全てを尽くし、己が誇りを示せ」
厳かで、けれど熱のある言葉だった。
「王都ルセリアの名に恥じぬ戦いを、期待している」
その言葉が終わると同時に、俺たち参加チームの前へ、淡い光でできた簡易マップがふわりと浮かび上がった。
来た。
同率一位の俺たちとラグナチームが、一番最初のスタート地点選択だ。
マップ上には、第一領域の外周沿いに複数の開始地点が表示されている。
打ち合わせ通り、俺たちは別々のポイントを選ぶ。
「じゃあ、あたしとフレキくんはここ!」
「はいっ!」
「ギャタシたちはこっちでいくわね」
「だな。よし……やってやろうぜ。」
「それなら、俺は……よし、ここかな」
選択が終わる。
同時に、身体の周囲へ淡い光が集まり始めた。
いよいよだ。
俺たちはお互いの顔を見る。
ブリジットちゃんが少し緊張した顔で、でもちゃんと笑った。
「気をつけてね!」
「そっちも!」
鬼塚くんがすぐに返す。
ジュラ姉は余裕たっぷりに手を振った。
「後で合流しましょ!」
フレキくんも尻尾をぴんと立てる。
「任せてくださいっ!」
俺はそんなみんなを見回して、にっと笑った。
「それじゃ、みんな! また後で!」
次の瞬間、五王子たちが一斉に魔力を重ねた。
空間そのものが、ぶわっと歪む。
視界が緑がかった光に覆われて、セントラル・プラザの景色が遠ざかる。
転送だ。
(皆、大丈夫かな?)
光の中で、ふとそんなことを思う。
(ラグナたちも同時にどこかへ飛ばされてるはずだけど……)
ほんの少しだけ嫌な予感がよぎる。
(運悪く、いきなりラグナやルシアとカチ合ったりしてなきゃいいけど……)
そして、視界が開けた。
俺が立っていたのは、見覚えのある商店街だった。
「あっ」
思わず声が出る。
ここ、懐かしっ!
フォルティア荒野へ続く街道沿いの商店街。
前に初めてブリジットちゃんとフレキくんと三人でルセリアを訪れた時に通った場所だ。
本屋、雑貨屋、布地屋、変な形の街灯、角のところにある小さな噴水まで、全部そのまま。
いや、鏡像領域なんだから当然なんだけど、再現度が高すぎて普通に感動する。
「うわぁ……」
思わず周囲を見回す。
本物そっくりだ。
でも、人影がない。
通りを吹き抜ける風と、どこか遠くから響く街のざわめきみたいなものだけがある。
そういえば、鏡像領域の中の俺たちの姿は、現実のルセリア市民からは立体映像みたいに見えてるんだっけ。
こっちからは見えないのに、向こうからは見られてる。
(なんか不思議な感じだな)
俺は店の看板や石畳を見ながら思う。
(こっちからは見えてないのに、実際は今この瞬間も大勢から見られてるなんて、実感わかないなぁ)
とりあえず、ぼーっとしてる場合じゃない。
俺は一度目を閉じて、試しに魔力探知を広げてみる。
……うん。
やっぱりダメだ。
広げた感覚が、すぐにざらついたノイズへかき消される。
街全体に薄く広がる五王子たちの術式が、探知を散らしてる感じだ。
これじゃ誰がどこにいるかなんて分からない。
「よし」
やっぱり足を使って探すしかないな。
まずは拠点をいくつか横目で見つつ、第二領域へ寄っていく感じで動くか。
ラグナがどういうスタート地点を選んだか分からない以上、中央へ寄るほど遭遇率は上がるはずだ。
そう考えながら一歩踏み出した、その時だった。
ぞわっ、と上から気配が落ちてきた。
「えっ?」
反射的に顔を上げる。
近くの建物の屋上。
そこから、二つの人影が俺めがけて飛び降りてきていた。
一方は、巨大な金棒を振りかぶった爬虫類系亜人の男。
確か……ギュスターヴ、とか言ったっけ。
もう一方は、酒瓶を片手に愉快そうに笑いながら落ちてくる、ボサボサ長髪の大男。
勇者スキルを持つ、ディオニスとかいう人。
二人とも、ザキさんのチームの……!?
ギュスターヴは落下しながら、金棒ごとこちらへ体重を乗せて叫ぶ。
「アルド・ラクシズ……ジュラシエルのが惚れこんだ男……! その力、見せてもらうゾ……ッ!!」
いや、ジュラ姉の何情報!? なんか恥ずかしい!
一方のディオニスは、落下しながらも酒瓶をあおってにやりと笑う。
「さぁ、祭りの始まりだ。初っ端からクライマックスと洒落込もうぜぇ!」
(なんで、ザキさんとこのチームの二人が……!?)
いやいやいや。
本戦、始まった瞬間からこんな感じ!?
俺は思わず目を見開きながら、落ちてくる二人を見上げた。




