第三章 心のかたち
翌朝、ミリアは岩陰の入口から聞こえる小さな擦過音で目を覚ました。
エトは岩の上に座り、手首から伸ばした刃を布切れで拭いていた。刃にこびりついた黒い汚れが、少しずつ落ちていく。
ミリアが身体を起こした。
刃はすぐに前腕の中へ引っ込んだ。
「足首の具合はどうだ」
ミリアは足首を軽く回してみたが、すぐに顔をしかめた。
「まだちょっと痛い」
エトは水袋を彼女の手の届く場所に置いた。
「今日は休んだ方がいい」
ミリアは水袋を手に取り、二口ほど飲んでから、残っているパンの包みを見た。
「じゃあ、明日は?」
エトは岩陰の背後にある斜面へ顔を向けた。
「上に、もう少し乾いた場所がある」
新しい寝床が完成するまで、二人はさらに何日も岩壁の下で夜を過ごした。
エトは廃墟となった建物から金属板を運んできて屋根を補強し、風が吹き込む隙間を石で塞いだ。さらに、雨水が横へ流れていくように溝も作った。
ミリアは枝を集め、小さな石を選び、必要なものをエトに手渡した。
時には自分で板を持ち上げると言い出すこともあった。
けれど、いざ持ち上げようとしても動かず、黙ってエトを見つめる。
すると、エトがそばに来て手を貸した。
「私がこちらを持つ。君は反対側を」
ミリアはもう一度、板の端を持ち上げた。
今度はずっと軽かった。
重さのほとんどを支えている金属の腕をちらりと見たが、何も言わなかった。
板を置き終えると、ミリアは手を払い、肩を回した。
「けっこう重かったね」
エトは彼女を見た。
ミリアは少しだけ目をそらしたが、すぐに笑った。
「ちゃんと持ってたもん」
「そうだな」
エトは次の板を、さっきと同じ位置で彼女が持てるように置いた。
完成した寝床には、地面から少し高くした木の床と、一組の寝具、それに細長い棚があった。
岩壁が小さなかまどの熱を遮り、入口には枝を組んだ目隠しが設けられていた。
外から見ると、周囲の茂みとほとんど見分けがつかなかった。
エトは外部の通信網につながる装置を起動しなかった。
食料を調達して戻ってくるたびに、必ず寝床の周囲を調べていた。
ミリアは自分の布包みを枕元に置いた。
彼女の持ち物は、それがすべてだった。
エトは脚を修理した古い椅子を運び込み、入口のそばに置いた。
ミリアが振り返った。
「それ、あなたの?」
「私はここで見張る」
ミリアはうなずいた。
それから、枕元からその椅子が見えるように、寝具の位置を少しずらした。
新しい寝床での最初の食事は、焼いた肉と茹でた根菜だった。
エトは木箱の上に皿を置き、入口へ戻ろうとした。
しかし、その前にミリアが呼び止めた。
「こっちに座ってよ」
「私には食事は必要ない」
「もう覚えたよ」
ミリアは皿を少し横へずらし、自分の向かいに場所を空けた。
「ただ、一緒に座ってほしいの」
エトは空いた場所を見つめてから、椅子を運んできて座った。
ミリアは食事を始めた。
小川の近くで見つけた変わった形の石の話をして、それから腕ほどもある大きな魚を見たことがあるかと尋ねた。
エトは何種類もの魚について、それぞれの大きさを説明した。
ミリアは少しの間、噛むのをやめた。
「私が聞いたのは、あなたが見たことあるかどうかだよ」
「まだない」
「じゃあ、見つけたら呼んであげるね」
エトはうなずいた。
ミリアはもう二口ほど食べてから、残った根菜をスプーンで皿の端へ寄せた。
「好きではないのか」
「苦いんだもん」
エトはその根菜を見た。
「この種類は食用に適している」
「知ってるよ。でも、苦いものは苦いの」
翌日、皿に盛られた根菜は薄く切られ、縁に焼き色がつくまで焼かれていた。
ミリアは一切れつまんで口に入れ、向かいに座るエトを見上げた。
「こっちの方がおいしい」
エトはその調理方法を記憶した。
それからというもの、食事の時間になると、椅子はいつも木箱のそばへ運ばれるようになった。
ミリアの足首がすっかり治った日、テーブルの上に二枚の金属製の小さな円盤が置かれた。
どちらも中央に小さなボタンがあり、持ちやすいように縁には革紐が巻かれていた。
エトは一枚を自分の手首の留め具に取りつけ、もう一枚をミリアの前に置いた。
「私を呼びたいときは、このボタンを押し続けろ」
ミリアは円盤を手に取り、裏返して眺めた。
「私がどこにいるか、わかるの?」
「二人で調べた範囲内にいれば」
エトは木の板に刻まれた線を指さした。
二人が寝床の周辺を示す地図として使っているものだった。
「この二つは直接通信する。軍のネットワークを経由する必要はない。君がボタンを押したときだけ信号を送る」
ミリアは試しにボタンを押した。
エトの手首に青い光が灯った。
エトが振り返る。
「ここにいる」
「ちょっと試しただけ」
ミリアはボタンを離し、小さく笑った。
エトが工具の方へ向き直ると、手首の光がまた灯った。
再び振り返る。
ミリアは円盤で笑い顔を隠した。
「今度もちゃんと使えたね」
エトは工具を置き、自分のボタンを押した。
ミリアの顎の下で青い光が灯った。
「こちらも正常だ」
エトはミリアの手を取って確かめた。
指の付け根には、前日に板を運ぶのを手伝ったときにできた傷があった。
エトは革紐が傷に触れないように位置をずらし、服の下に身につけられるよう円盤を結びつけた。
「外したままにしないように」
ミリアはうなずいた。
「あなたもね」
エトは自分の手首にある装置を見下ろした。
「持っておく」
ミリアが初めて作った釣り竿は、木の枝と、エトに曲げてもらった針金でできていた。
彼女は糸を結びつけるだけで午前中のほとんどを費やした。
それから、エトを誘って本流から少し離れた淵へ向かった。
両岸の木々が頭上で枝を伸ばし合い、空がほとんど見えない場所だった。
エトは周囲の安全を確認してから、ミリアのところへ下りていった。
少女は岩の上に座っていた。
エトが何か言おうとすると、唇に人差し指を当てた。
「しーっ。魚が逃げちゃう」
エトはすぐに足を止めた。
長い時間が過ぎた。
やがて小さな虫が金属の肩にとまった。
ミリアはその虫をちらりと見てから、肩の持ち主を見上げた。
「動いてもいいんだよ?」
「静かにしろと言われた」
ミリアは唇を結んで笑いをこらえ、手で虫を払ってやった。
「隣に座ってもいいよ。水の中を歩かなければ大丈夫だから」
エトは岩のそばに腰を下ろした。
その影が、ちょうど差し込んできた日差しを遮り、ミリアの手元を覆った。
ミリアが大きな魚を見かけた場所について話し始めようとしたとき、釣り糸がぴくりと動いた。
彼女は慌てて竿を引き上げた。
小さな魚が水面の上で跳ねていた。
水しぶきが顔にかかり、思わず目を閉じたが、それでも竿は離さなかった。
「エト、手伝って!」
エトは糸を支え、針から魚を外すと、待ち構えていた少女の手のひらにそっと置いた。
ミリアは小指よりも短い魚を見つめた。
「……水の中ではもっと大きく見えたのに」
エトも魚を見た。
「私が小さくしたわけではない」
ミリアは顔を伏せて笑い出した。
それから急いで水辺にしゃがみ、魚を水へ戻した。
二人は、魚が木の根の下へ泳いで消えていくのを見送った。
「魚なら私が捕ってこられる」とエトが言った。
「知ってるよ。今日は自分で釣りたかったの」
ミリアは手を洗ってから、元の場所に座り直した。
釣り竿がエトの肩に当たらないよう、少し横へずらす。
寝床へ戻ると、ミリアは道具を片づけながら、あの魚がどれほど激しく暴れたかを話して聞かせた。
エトは自分もその場にいたにもかかわらず、最後まで話を聞いていた。
翌朝、入口のそばには二本の釣り竿が立てかけられていた。
ミリアは自分の竿を手に取り、エトを振り返った。
「今日は小さい魚を釣った方が、お皿を洗うことね」
「皿は一枚しかない」
「その一枚だよ」
ミリアは先に歩き出した。
けれど、少し行ったところで歩みを緩め、後ろから重い足音が追いついてくるのを待った。
激しい雨が降った夜、ミリアは真夜中に飛び起きた。
勢いよく身体を起こした拍子に、毛布が肩から滑り落ちた。
息は短く、荒かった。
暗闇の中で、何かを探すように目が動いていた。
「エト」
入口の椅子がすぐに動いた。
「ここにいる」
ミリアは二つの青い光を見つめ、それから両手で顔を覆った。
エトは寝床のそばに座り、扉と通気口をもう一度確認した。
「何も侵入していない」
ミリアはうなずいた。
しかし、呼吸はまだ乱れていた。
「夢を……」
続く言葉は、すすり泣く声に変わった。
エトは水袋を差し出した。
ミリアは震える手で受け取ったが、少し飲んだだけで置いてしまった。
涙が頬を伝い、止まらなかった。
エトは手を上げた。
しかし、少女の顔に触れる寸前で、その動きを止めた。
ミリアは目の前で止まった金属の指先を見つめた。
そして、エトの手首をつかんでゆっくりと引き寄せ、もう片方の手でハンカチを取ると、その手のひらに置いた。
「……優しくね」
エトは慎重に、布を彼女の頬に滑らせた。
ミリアは目を閉じた。
呼吸は少しずつゆっくりになっていったが、指先はまだエトの手首をつかんでいた。
エトは彼女が眠るまで、そのまま座っていた。
手を引こうとすると、ミリアの指にまた少し力がこもった。
エトは動くのをやめた。
翌朝、ミリアが目を覚ますと、エトは同じ場所に座っていた。
ハンカチは膝の上に畳まれ、片方の手はまだ彼女につかまれたままだった。
ミリアは慌てて手を離した。
「私のせいで、動けなかった?」
「どこへも行くつもりはなかった」
ミリアはしばらくうつむいて毛布を整えていた。
それから手を伸ばし、エトの肘に引っかかっていた小さな葉を一枚、払い落とした。
胸にハートの印が描かれたのは、雨が上がった午後のことだった。
ミリアは廃墟から持ち帰った工具箱の中に、古い塗料を見つけた。
少しずつ水を混ぜていくと、缶の底で乾いていた塗料が、再び塗れるほど柔らかくなった。
エトは手首の留め具を修理していた。
「ちょっとじっとしてて」
エトが顔を上げた。
ミリアは細い木の先に塗料をつけ、彼の胸の中央にある装甲カバーへ線を引いた。
最初の曲線は、反対側よりも高くなってしまった。
二本の線を下でつなげると、今度は先端が左へ曲がってしまった。
ミリアは一歩下がって眺めた。
「うーん……」
エトは胸に描かれた印を見下ろした。
「修正しようか」
ミリアは慌てて手で隠した。
「いいの。自分でやるから」
少しだけ線を描き足したが、かえって形が傾いてしまった。
今度はミリア自身が笑い出した。
「まあ、いっか。この方が覚えやすいし」
「これは何だ」
「ハート」
エトはもう一度その絵を見た。
それから、印のすぐ横にある装甲カバーへ慎重に触れた。
「この中にあるのは動力炉だ」
「知ってるよ。あなたが人間じゃないことくらい」
ミリアは木の棒を塗料の缶のそばに置いた。
「でも、あなたにとって大切なものが、ここにあるんでしょ」
エトは少し黙ってから、装甲カバーの留め具を外した。
ミリアが身を乗り出して中をのぞいた。
内部には球状の動力炉があり、青い光を一定の強さで放っていた。
周囲の部品からは低い駆動音が聞こえる。
動力炉の表面は滑らかで、傷一つなかった。
「これがあるから、あなたは動けるの?」
「身体を動かすためのエネルギーを作っている」
「じゃあ、これが止まったら?」
「予備電源がある。ただし、どれだけ動けるかは活動内容による。残量が少なくなれば、ほとんどの機能を停止しなければならない」
ミリアは長い間、動力炉を見つめていた。
「もし壊れたら、自分で直せる?」
「損傷の種類によっては、工場にある専用の工具が必要になる。ここにはない」
伸ばしかけていたミリアの手が止まった。
彼女は動力炉に触れるのをやめ、代わりに装甲カバーの縁に指を添えた。
「……じゃあ、ちゃんと閉めておいてね」
エトは装甲を元どおりに閉じた。
少し曲がったハートが、再び胸の中央に現れた。
ミリアは塗料の端を指先でそっと触り、乾いているか確かめた。
「消しちゃだめだよ。描くの大変だったんだから」
「気をつける」
その日から、エトは胸の装甲についた土を拭くときも、中央のハートだけは必ず避けるようになった。
ミリアが白髪の女と再会したのは、その翌月のことだった。
それまでにも、ミリアは知り合いに会えるかもしれないからと、エトに水汲み場の近くまで連れていってほしいと頼んだことがあった。
しかし、木立の向こうから男たちの声が聞こえてくると、自分から帰ろうと言い出した。
今回は、エトが先に周囲を調べに行った。
白髪の女が一人で水桶を持って歩いているのを見つけると、ミリアのところへ戻って知らせた。
ミリアは道の脇で待っていた。
そこは地下基地の入口が隠された丘から十分に離れており、見張りの姿も見えない場所だった。
エトは、彼女の姿が見える範囲の木陰で待機していた。
白髪の女はミリアに気づくと、すぐに水桶を地面に置いた。
「ミリア!」
少女は強く抱きしめられた。
女は何度も彼女の髪を撫で、腕を取って傷がないか確かめた。
「撃たれたんじゃないかと思って……」
ミリアは首を横に振った。
「エトがかばってくれたの」
女はしばらく彼女を抱きしめていた。
それから少し身体を離し、顔をのぞき込んだ。
「ちゃんと食べてる? 痩せてないかい?」
「毎日食べてるよ」
ミリアはそう答えると、持ってきた薬草の包みを開いた。
「これ、まだ小川のそばに生えてるの。持ってきたよ」
白髪の女はその包みを見つめ、長い間うつむいていた。
「あの日は、あの人たちを止められなくて……」
ミリアは女の服の裾をしばらく握っていたが、やがてゆっくりと手を離した。
「あのとき落とした薬草……」
「ちゃんと拾っておいたよ。まだ使えたからね」
女は受け取った薬草の包みを少し持ち上げた。
「私たちのことを忘れずにいてくれて、ありがとうね」
ミリアはうなずいた。
そして、木々の向こうにすっかり隠れている丘の方を見た。
「おばさんには会いたい。でも、もうあの扉のところには行きたくないの」
女はミリアの手を握った。
「行かなくていいよ。私がここまで会いに来るから」
ミリアは女を見上げ、それからそばへ寄って、水桶を岩の上へ持ち上げるのを手伝った。
その日から、二人は水汲み場の近くにある木のうろを、物の受け渡し場所として使うようになった。
ミリアが薬草や乾燥させた食料を置いていくこともあれば、布切れや縫い針、片面がまだ白い紙を受け取ることもあった。
エトは毎回ミリアを連れていき、少し離れた場所で待っていた。
さらに数か月が過ぎると、機械兵の巡回が増え始めた。
白髪の女が木のうろまで来ることも、以前より難しくなっていった。
残された手紙には、食料を探しに出たまま戻らない人々のことや、薬が底をつきかけていることが書かれていた。
ある日、ミリアが薬草を届けに行くと、白髪の女と一緒に、上腕に赤い布を巻いた男が来ていた。
その姿を見た途端、ミリアは足を止めた。
白髪の女が先に近づき、小さな袋を差し出した。
「頼まれていた針と布だよ」
ミリアは受け取った。
しかし、視線はまだ男に向けられていた。
「この人も、お前と話したいんだって」
女は声を落とした。
「嫌なら帰ってもらうからね」
ミリアは男の両手をちらりと見た。
銃は持っていなかった。
手にしているのは水桶だけだった。
それでも、ミリアは白髪の女のそばに立ったままで、男に近づこうとはしなかった。
赤い布を巻いた男は、水桶のそばに立っていた。
片腕には包帯が巻かれ、完全には曲げられない様子だった。
「お前はまだ、あの機械兵と一緒にいるんだな?」
ミリアは布袋を握り直した。
「どこに住んでるかは教えないよ」
「そんなことを聞きたいんじゃない」
男は無事な方の手で水桶を持ち上げ、岩の上に置いた。
「昨日、物資を探しに四人出かけた。戻ってきたのは二人だけだ。弾が尽きるまで撃ち込んでも、あいつらは追いかけてきた」
ミリアは白髪の女をちらりと見た。
女はうつむいていた。
男はミリアがこちらを向くまで待った。
「毎日一緒にいるなら、あいつの中を見たことがあるだろう?」
「……何が聞きたいの?」
「奴らの弱点はどこだ。どうすれば止められる?」
ミリアは半歩後ずさった。
「エトを傷つける手伝いなんてしない」
「俺が言っているのは、俺たちを殺そうとしている奴らのことだ」
男は答えた。
「せめて、仲間が逃げて帰ってこられるようにしたいんだ。お前だって、ここにいる人間には生きていてほしいだろう?」
白髪の女が手を上げ、男を制した。
それからミリアに向き直った。
「今すぐ答えなくてもいいんだよ。知らないなら、それでもいいから」
ミリアは薬草の包みの上に重ねられた女の手を見下ろした。
指にはいくつものひび割れがあった。
一つの関節には、以前ミリアに分けてくれた布と同じ切れ端が巻かれていた。
「……エトに聞いてみる」
その夜、ミリアは赤い布を巻いた男と会ったことをエトに話した。
エトは修理していた部品を置き、最後まで話を聞いた。
「その男は君を尾行してこなかったか」
「ううん。教えてくれた道を通って帰ったし、小川を渡る前にもちゃんと周りを確認したよ」
エトはうなずいた。
ミリアは受け取ってきた紙をテーブルに広げたが、まだ鉛筆には手を伸ばさなかった。
「あの人が言ってたの。食べ物を探しに出た人たちが撃たれたって。どうすればいいかわかれば、逃げられるかもしれないって」
彼女は顔を上げ、エトを見た。
「みんなに教えてもいい?」
エトは紙を見つめた。
それから、そばにあった小さな木片を紙の端に置き、丸まらないように押さえた。
「説明しよう」
ミリアはすぐに鉛筆を手に取った。
エトはまず、食料の調達経路で遭遇する可能性のある機械兵について説明した。
片腕や片脚が破損しても動き続けられる機種があること。
周囲の映像を取り込む装置がどこにあるか。
そして、装甲が厚く、通常の銃弾では貫通しにくい部分がどこなのか。
ミリアはゆっくりと図を描いた。
わからないところがあれば手を止めて質問し、何度も消して描き直したため、紙には消し跡が残った。
「じゃあ、胸の動力炉は? エトのと同じなの?」
「多くの機種が同じ方式を使っている」
「それが止まったら、あいつらも動けなくなるんだよね?」
「予備電源でしばらく動くことができる。倒れたからといって、不用意に近づいてはいけない」
ミリアは慌てて書き加えた。
しかし、エトの胸に描かれたハートに目が移ると、手が止まった。
「……じゃあ、エトは?」
エトも自分の胸を見た。
「私の動力炉には装甲カバーがある」
ミリアは手を伸ばし、カバーの縁に触れた。
軽く押して、しっかり閉まっていることを確かめてから手を離した。
図を描き終えると、ミリアは紙をエトの方へ回した。
そこには関節の位置や、胸部装甲の下にある動力炉の図が描かれていた。
エトは間違っている継ぎ目を指さして修正させ、それから紙を彼女の方へ戻した。
「まず逃げる方法を探すように伝えてくれ。この情報があっても、機械兵と安全に戦えるわけではない」
ミリアはうなずき、紙の下に注意書きを加えた。
『逃げられるなら、まず逃げること。この情報があるからといって、無理に戦わないでください』
鉛筆の先が、しばらく止まった。
それから、もう一行書き足した。
『これはエトが教えてくれました。みんなにも知ってほしいです』
ミリアは書いた内容を読み返し、紙を折り畳んで薬草の包みへしまった。
翌朝、彼女はそれを木のうろに置いた。
一緒にもう一枚、白髪の女への手紙も入れておいた。
エトが釣りを覚えたこと。
そして、毎日自分ばかりがお皿を洗わなくてもよくなったことが書かれていた。
次に届いた包みには、小さな塩の袋と、お礼の手紙が入っていた。
食料を探しに出た二人が、追ってきた機械兵の視覚装置を破壊し、無事に逃げ帰ることができたという。
ミリアはその手紙を最後までエトに読み聞かせた。
そして、紙を彼の前へ差し出した。
「ほらね。本当にみんなを助けられたんだよ」
彼女は塩の袋を一番上の棚にしまった。
夕食の支度をしながら、もう一度エトを振り返った。
岩壁に刻まれた線は、少しずつ増えていった。
最初の線は、ミリアがここに住み始めた頃の頭の高さにあった。
そのあとに刻まれた線は、少しずつ高くなっている。
中には、横に消した跡が残っているものもあった。
エトに身長を測ってもらうとき、ミリアがうっかり背伸びをしてしまったからだった。
「今回は背伸びしてないよ」
ミリアは念を押した。
エトは床についているかかとを確かめてから、線を引いた。
ミリアは振り返って古い線と比べ、伸びた分を爪でなぞった。
「そのうち、エトの肩まで届くようになるかもね」
エトは自分の肩に手を当て、高さを比べてから彼女へ顔を向けた。
「現在と同じ成長率なら――」
「何年かかるかは言わなくていいから」
ミリアは急いで鉛筆を片づけに行った。
エトは壁の線を見つめ、計算した数字を口にせず、そのまま記憶にとどめた。
岩壁の下で初めて夜を過ごしてから、もうすぐ二年になろうとしていた。
ミリアは十六歳になっていた。
濃い桃色の髪は肩よりも長く伸びている。
外へ出かけるときには、以前のように枝に引っかからないよう、必ず髪を編むようになっていた。
どんな雨が降ると小川の水位が急に上がるのかもわかるようになった。
遠回りをしても寝床へ戻れる道を覚え、以前は読めなかった地図も理解できるようになっていた。
寝床には棚が二つ増えた。
テーブルの上には二つの器が置かれている。
一つは水を飲むためのもの。
もう一つは、エトが修理のために取り外した小さな部品を入れるためのものだった。
以前、一度だけ間違った器を手に取ってしまってから、ミリアが分けて置くようになったのだ。
彼女はエト自身では手の届かない関節の掃除を手伝うようになり、雨の日には隣に座って革紐を修理するようにもなった。
一方のエトも、ミリアが根菜は茹でるより焼いた方を好むことを覚えていた。
座るときは入口の方を向くのが好きなこと。
そして、木のうろまで行っても手紙が届いていなかった日は、いつもより口数が少なくなることも。
ある朝、基地のある方角から煙が上がっていた。
先に気づいたのはエトだった。
彼は丘の上まで歩いていき、遠くから聞こえる音を確かめた。
それから寝床へ戻り、銃を手に取った。
「何かあったの?」
ミリアも外へ出てきた。
煙を見つけた途端、足が止まった。
「おばさんが、まだあそこに……」
エトがミリアを連れていけたのは、基地の反対側にある森の縁までだった。
地下基地の入口の上を、何体もの機械兵が歩いていた。
鉄の扉は爆破され、丘の一部は崩れ落ちていた。
いくつもの通気口から煙が噴き出している。
ミリアが立ち上がろうとすると、エトが腕をつかんだ。
巡回していた機械兵の一体が、二人の隠れている茂みへ顔を向けた。
エトはミリアを草の陰へ押し伏せた。
金属の足音が、すぐ近くを通り過ぎていった。
ミリアは自分の袖を噛み、すすり泣く声が漏れないようにしていた。
二人がその場から離れられたのは、辺りが暗くなってからだった。
数日後、エトがもう一度調べに行くと、地下への入口は崩れた瓦礫で埋まっていた。
内部の通路も何か所も崩落しており、奥へ進むことはできなかった。
別の脱出口から外へ向かう人間の足跡が残っていた。
何人かは逃げ延びたのかもしれない。
しかし、白髪の女の姿は見つからなかった。
ミリアは途中で口を挟むことなく、最後まで報告を聞いた。
「……おばさんも、その人たちと一緒に逃げたかもしれないよね?」
「その可能性はある」
ミリアはうなずいた。
それから、膝の上で縫いかけていた布を畳んだ。
その夜、エトはミリアに呼ばれるよりも先に、椅子をテーブルのそばへ運んできた。
ミリアは黙って食事を続けた。
しばらくすると、皿を少しエトの方へ寄せた。
そして、かまどの火が消えるまで、二人はそのまま座っていた。
基地が破壊されてから、エトは食料を探す経路を変えた。
寝床の近くにある廃墟を調べ、床が崩れている場所を地図に記した。
ミリアを連れて、帰り道も何度か確認して回った。
人の姿や新しい足跡を見つけたときには、二人はすぐに引き返した。
それでも、薬や塩、衣服、自分たちでは作れない道具を手に入れる必要があった。
銃弾も少なくなっていた。
ある夜、ミリアはエトが布の上に弾丸を並べ、数えているのを見た。
エトは傷んだ弾を取り除き、残ったものを弾倉へ戻した。
五発しかなかった。
「自分で作れないの?」
「必要な材料と工具がない」
エトは銃をしまった。
それからは食料を得るために罠を使うことが増え、銃は寝床から遠くへ出かけるときだけ持つようになった。
ミリアも、エトが使えそうだと思った針金や部品を見つけると、持ち帰るようになった。
エトが取っておくものもあれば、なぜ使えないのか説明して返すものもあった。
ミリアはその説明を聞くと、テーブルの上に並べた部品を仕分け直した。
「じゃあ、明日はこういうのは拾わないようにするね」
使えない金属片を脇へ寄せると、エトの前には小さな部品が三つだけ残った。
「こんなに集めたのに、使えるのはこれだけなんだね」
エトはその一つを手に取り、手首の部品を取りつける部分に当ててみた。
「これは探していた部品だ」
ミリアはすぐに顔を上げた。
エトは固定具を外し、修理している間、それを持っているようミリアに渡した。
その夜、ミリアは倒れた机の下をくぐって、ようやくその部品を拾えたのだと話した。
エトはその話を聞きながら、組み立てている部分がよく見えるよう、ランプを彼女の方へ寄せた。
肌寒くなり始めたある夕方、ミリアは古い布をエトの肩に当てた。
エトが振り返った。
「何をしている」
「測ってるの」
「何のために?」
「いいから、じっとしてて」
エトは彼女が測り終えるまで動かなかった。
ミリアは布を寝床の脇に隠し、何事もなかったかのように自分の服を縫い始めた。
しばらくして、何気ない口調で尋ねた。
「ねえ、自分の誕生日って知ってる?」
「その日の記録はない」
ミリアは針を置いた。
「あと三日で、私がエトって名前をつけてから二年になるんだよ」
エトが振り返った。
「覚えている」
「じゃあ、その日にしよう」
「何の日にするんだ?」
「エトの誕生日」
エトは少しの間、動かなかった。
「その日より前から、私は長い間稼働していた」
「でも、エトになったのはその日でしょ」
ミリアは再び針仕事に戻った。
エトは、彼女が糸を針穴に通そうとしている様子をしばらく見つめていた。
そして、明かりが揺れないようにランプを支えた。
「その日は何をすればいい?」
ミリアは顔を上げた。
口元に少しずつ笑みが浮かんだ。
「まだ教えない」
その夜、エトが寝床の周囲を見回りに出かけると、ミリアは隠していた布を取り出した。
灰色の布切れを何枚も縫い合わせ、エトの首に巻ける長さにしていた。
縁の縫い目が曲がっているところもあったが、ほどいて縫い直し、少しずつ形を整えていった。
布の端には、一つの名前が下書きされていた。
エト
その名前を、彼の瞳と同じ青い糸で刺繍するつもりだった。
きっとエトは、自分は寒くないと言うだろう。
ミリアは布を自分の首に巻いてみた。
まだ縫い終わっていない端を見つめ、それから丁寧に畳んだ。
今度は、自分がエトのために何かを作ってあげたかった。
けれど、残っている糸は短いものが一本だけだった。
ミリアは地図を取り出した。
川沿いの廃屋が集まる場所に、古い衣服の修理店があった。
数日前、二人で物資を探しに行った揚水施設の近くだった。
店の棚には、まだ開けていない小さな箱があったはずだ。
そのことをミリアは覚えていた。
入口の近くから足音が聞こえてきた。
ミリアは慌てて布を畳んでしまい、代わりにさっきまで縫っていた服を手に取った。
エトが枝で作られた目隠しを開けて入ってきた。
その視線が、ミリアの手にある針で止まった。
「まだ寝ないのか」
「あとちょっとだけ」
エトはランプを持ち上げ、彼女の手元がよく見える位置に置いた。
それから、入口の椅子に腰を下ろした。
ミリアはうつむいて縫い物を続けた。
口元が、ほんの少し緩んでいた。
エトが外へ顔を向けたことを確かめると、ミリアはマフラーをそっと枕の下へ押し込んだ。
さっきよりも、ずっと奥まで。




