第7話「私にはない眩しさ」
「皆様の貴重なお時間を割いてくださり、本日は誠にありがとうございました」
あまりにも多くの人たちが集まっていて、声の主は見えずに声だけが聞こえてくる。
私が広場にやって来たときに聞こえてきたのは可愛らしい女の子の声だったけれど、今の挨拶は透明感のある儚さを含んだ声。
(精霊使いさんの声と、精霊さんの声……?)
切なさのような感情を誘い出す、この声をもっともっと聴いていたい。
でも、その願いは叶わず。
私が惹かれた声の持ち主が挨拶を終えると、精霊の力が解除されていく瞬間に立ち合った。
「えー、もうおわり?」
「もっと見たい!」
透明な水の膜が開けてくるのと同時に、観客は本物の太陽光を浴びることになる。
「っ」
あまりの眩しさに目を覆ってしまう。でも、差し込む光の量が多すぎたおかげで、私は気を落とすタイミングを逃した。
「眩しっ……」
おまえに落ち込んでいる暇はない。
おまえは前だけを向いて生きていけばいい。
自然の恵みに、そんな風に励まされたような気がする。
(今はまだ、できないことがあって当然……)
辺りは、いつもの見慣れた普通の広場へと戻り始めた。
さっきまであんなにも私たちを魅了していた空間は、もう存在しない。
「素敵なショーをありがとう!」
「いや~、凄い物を見せてもらったよ!」
魔法のような時間が解けると、精霊使いの元には観客が殺到した。
背が高いわけでもない平均的な身長の私が、精霊使いの姿を拝見することはますます困難な状況になってしまう。
(会いたい……話してみたい……)
あんなに凄いものを見せられては、精霊使いに会ってみたいと強く願ってしまう。
(自分の無力さに、大きなショックを受けるかもしれないけど……)
それでも、会いたいものは会いたい。
複雑にできている人間の心に戸惑うけれど、これが自分の身体だって言い聞かせていく。
人の身体を得て十年以上の年月が経過しているはずなのに、まだまだ自分の心の動きに関しては無知なことも多い。
「えっと……お金!」
少し贅沢な昼食が食べられるだろう銀貨を三枚、手に掴む。
自分暮らしている街では、銀貨三枚で三日分は宿泊できるはず。
「次のお給料まで、節約しないと……」
私が精霊使いさんに与えてもらった感動は、銀貨三枚では表すことができない。
「稼ぎたい……」
でも、精霊使いでもなんでもない私が差し出すことができるお金なんてこんなもの。
せめて給料日を迎えたばかりならお金に気持ちを込めることもできたのに、それができないくらい残されたお給金は心もとない。
(この感動を伝える言葉が見つからない……)
専門職社に勤めていない精霊使いや、旅をしている精霊使いの中には生活が厳しい人もいる。
布地の鞄に大金なんてものは入っていないけれど、自分が所持する微々たるお金に感謝の気持ちを乗せたい。それなのに、それができないことがただただ悔しい。
(これだけ芸術性の高い精霊術を使えるなら、生活には困らないと思うけど……)
私は、初めましての精霊使いさんの経済事情を知らない。
だから、たとえ一方的な気持ちだとしても、自分に素敵なものを見せてくれた感謝の気持ちを精霊使いさんに届けたい。
(今日が、お休みで良かった)
広場の空いている長椅子に腰かけて、人がいなくなるのを待つ。
噴水の周りには、家族連れや初めまして同士の人たちが楽しそうに話をしている。
噴水の水が陽の光を受けて、きらきらと輝いている様子にはしゃぐ子どもたち。
自分の目に映るすべての世界は煌いているのに、自分の人生には輝きも誇れるものを存在しないところに虚しさを覚える。
(私が精霊使いになったら、どれくらい稼げるようになるのか……)
だけど、考え事は多く浮かんできてしまう。
このあとのこと。明日のこと。未来のこと。
一人で時間を過ごすって、楽しくもあって悲しくもなる。
(こんなとき、ピアがいてくれたら……)
魔女様に転移させてもらった新しい世界で私が早く馴染めるように、グレイドさんは契約精霊である水精霊のピアを私に紹介してくれた。
(なんで、私は精霊の気持ちを理解できないのかな……)
いつ死ぬか分からなかった戦時中の世界に怯えることなく、今日もこうして笑顔でいられるのは、ピアがずっと傍にいてくれたから。ピアの心遣いのおかげで、私は今日も夢を追いかけることができる。
(ピアと、話がしたい)
初めて見る美しい世界に心を囚われていたはずなのに、独りで考えごとをすればするほど心が悲しみという感情に支配されていく。
(私は、もうすぐでピアと別れるから)
別れるといっても、それは永遠の別れではない。
今日のミスティル・ウェイで私が精霊と契約を交わすことができたら、それは長年寄り添ってくれたピアを親方にお返しすることへと繋がる。
「お疲れ様、ゆっくり休んで」
待っている未来を想像するだけで、心が締めつけられる。
その、心を締めつけた理由は、私の聴覚が、ある声を拾ったから。
そう気づいた私は、下げていた視線を上へと向けた。
「本当に、ありがとう」
考えごとに夢中になっているうちに、辺りは驚くほどの静けさを取り戻していた。
もうすぐで日が暮れる時刻だということにも驚いた。
親方への謝罪どころの話ではなくなっている愕然としてしまったけれど、それだけ精霊使いさんを囲む人の波は途絶えなかったということ。
(世の中には、凄い人が大勢いらっしゃる)
ようやく精霊使いさんの周りから人がいなくなったのを確認できたけれど、あれだけ多くの人の相手をしていた彼女に今から声をかけるなんて気が引ける。
一人一人丁寧に挨拶を交わしていたようだったから、きっと精霊使いさんだって精霊だって疲れているはず。
「頑張ったよ、凄く頑張った」
優しい声で、協力をしてくれた精霊に声をかける精霊使いさん。
私の白い髪は相当珍しいと聞いたことがあるけど、彼女の髪も雲が霞んだ空のような薄青い髪色をしていた。白に近い青の髪は夕暮れの時刻にも映え、白に青が加わるだけで美しさの度合いが変わるのだと気づかされる。




