第6話「初めての世界を知る」
「これは……」
広場には石造りの噴水があり、普段は水がきらきらと輝きながら流れている。
その噴水を取り囲むように、街の人たちは大きな歓声を上げて広場は活気に満ちていた。
(精霊使いの術……)
落ち着いて、周囲を見渡す。
広場も、広場を訪れた人たちも、すべてがシャボン玉に包み込まれているような光景。
深い海の中を泳ぐって、どういう気分?
その問いに今なら答えを返すことができそうなくらい、水という存在が広場全体を飲み込んでしまっている。
(これだけの広範囲を、水で包み込めるなんて……)
精霊使いが契約できる精霊は、炎・水・緑・無・地・光・陽・氷・花・闇・聖・音・雷・風の十四属性に分けられると長年の調査や研究によって判明。
十四に分けられた属性は、私たち人間の生活で様々な活躍を遂げている。恐らく、広場全体を水で覆っているのは水精霊の力。
(どうやって酸素の調整を……)
私も街に住む人たちと同じく、水槽の中にいるような不思議な空間に足を踏み入れてみたいと思った。
街の人たちが水の中にいても苦しくならないのは、精霊使いがなんらかしらの術で酸素濃度を調整しているからだと分かる。
でも、そのからくりや仕組みがまったく分からずに、私は口をぽかんと開けて間抜けな表情をしてしまっていると思う。
「すぅ」
大きく息を吸い込む……必要はないかもしれないけれど、一応。
(よしっ!)
限界まで息を吸い込んで、私は大きなシャボン玉の中へと飛び込んだ。
水に覆われた世界は私の侵入を拒むことなく、むしろ私を迎え入れてくれるような優しさで包み込んでくれた。でも、どんなに水が優しく迎えてくれたからといって、安全に息を吐き出せるかといったら、まだ不安は付きまとう。
(大丈夫……大丈夫……)
息を吸い込んだからには、吐き出さなければいけない。
周囲の人たちは普通に呼吸していても、途中から水の世界に招き入れられた私は普通に呼吸ができないかもしれない。
(怖くない……怖くないから……)
魔女様の魔法は完璧で、私は人の体を得たはずなのに、まだ気にしてしまう。
周囲にいる人たちは人間で、私は元小鳥だから、みんなと同じように呼吸ができないのではないかと不安になった。
もしも呼吸ができなくなったら、このあとの私を待っているものは死のみ。
呼吸ができなければ、人は生きることができないのだから。
「はぁ」
大袈裟なくらい、盛大に息を吐き出した。
そして、肺が再び酸素を取り入れると、酸素が体中に行き渡るのを感じる。
死んだわけではないのに、生き返ったような感覚がすることに驚いた。
(良かった……)
地上にいるときと何一つ変わらず、普通に呼吸できることを確かめる。
水の中にいても息を吸い込んだり吐き出したりできるということは、広場を水で覆った精霊使いが上手く酸素を取り込むことができるように調整しているのは間違いない。
(精霊と精霊使いの可能性は、無限……)
状況を理解した私は、閉じていた瞳をようやく解放する。
すると、そこは地上とは思えない新しい世界が私のことを待っていた。
「っ」
水の膜の内側にいる人たちは、みんながみんな水中で時を過ごしているように見える。
宙を自由自在に動き回っている魚や動物。
花の形をした植物。
私たちは水の中にいるはずなのに、天体を観測することだって可能だった。
すべてが水で造られたもの。
視界に入るすべての生命は水で造形されていて、私たち観客は水の世界の住人になった気分を味わうことができる。
(きっと、それだけ精霊使いさんの力が強力ということ……)
なんとなくの仕掛けは分かったけれど、分かったところで精霊使い誰もが成せる技ではない。
この世界の美しさは、この世界を生み出した精霊と精霊使いにしか表現できない。
美しいという言葉だけで片付けるのは失礼なくらい、私たち観客が見ているものは言葉にできないほどの美しさを世界に放っている。
「私が、精霊使いになる日……」
精霊使いの人たちは、必ずしも専門職社に勤めるというわけではない。
[[rb:流離 > さすら]]いの旅に出る者。
精霊についての研究に携わっていく者。
何か特技を生かして自分で商売を始める者。
精霊と協力をして家業を継ぐ者。
精霊と精霊使いが関わる犯罪捜査をする者、など。
精霊使いと精霊にできることは未知数。
人が手にすることのできない力を精霊から分けてもらうのだから、それだけ精霊使いは可能性ある職業ということ。
(私は精霊使いになって、水の専門職社に就職……)
異世界転移をしてきた私は、親方が働いている水の専門職社の影響を大きく受けている。
水の専門職社は水辺の治安を維持や船を使った運送業の手伝いを始め、人々に生活用水を提供するという重要な役割を担っている。水に関する万屋として機能しなければいけないのが、水の専門職社というもの。
(ピアたちと一緒に働くことが、私の使命)
異世界転移をしてきてからずっと、自分の中で育ててきた大切な夢を復唱する。
これが自分の生き方だと確認すると、私は地面へと向きかけていた顔を上げた。
「ママ、わたしね、せいれいつかいになりたいっ」
「ぼくも! ぼくも!」
近くにいた子どもたちが、自分の中に生まれた夢を両親へと伝える。
子どもたちの瞳はきらきら輝いていて、夢は人に希望を与えるものだと気づかされる。
子どもたちの言葉には、無限の可能性を感じさせる力強さがあった。
「せいれいつかいになって、おみず、いっぱいきれいにするの!」
「ぼくも、いっぱいのはくしゅ、もらうよ!」
子どもたちだけでなく、この場にいる全員が精霊の力に魅了されているのだと思う。
この広場には、人間と精霊と紡ぎ出す未来への希望と期待が満ち溢れていた。
(私、は……)
広場で歓声を受けている精霊使いのように、芸術表現のために精霊の力を行使するという発想が私にはなかった。
自身の体で体験することで、精霊への無限の可能性を強く噛み締める。
(私の知らない世界……)
専門職社に勤務すること以外の道があることを、広場にいる精霊使いさんが教えてくれた。
新しい世界は、感動を呼び起こすもの。
心が、喜びで震えだすような。
異世界転移をしてきた私が初めて精霊を見た、あのときの喜びに似ている感情が自分の心を満たしていく。
(まだ見たことのない景色が、この世界にはたくさんある……)
水中にいるはずなのに、私たちは水の中で太陽の光を感じることができた。
太陽が現れると光の恵みを感じることができて、太陽が消えると夜の深い黒の世界を思い起こす。
(これは、光精霊? あ、でも、陽精霊と闇精霊も……)
一般の人にとっての精霊は、凄いの一言で済んでしまう存在。
けれど、精霊について知識のある人たちが話し始めたら、それこそ終わりが見えないくらい語り合うことができる。
仲間のいない空間は寂しいと思うけれど、頭の中で妄想や思考を広げる時間に私は恋をした。




