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空を飛べなかったから、旅することを選びました  作者: 海坂依里
第1章「どうか、今日も美しい世界でありますように」
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第5話「狭い世界 広い世界」

「……それだけ大きな声を出せれば十分ね」

「……励ましてくれたんですか?」

「さあ?」

「ありがとうございます、ピア」


 魔女様の魔法は完璧。

 真っ白の髪以外は、どこをどう見ても人間の見た目をしていて、小鳥に戻る気配なんて微塵も感じない。

 それでも、精霊と契約できない理由は自分の生まれにあるのではないかと考えてしまう。


(私が小鳥に戻ったら、私は精霊を手放すことになる……)


 魔女様がいない世界は、不安。怖い。

 自分にかけられた魔法が、いつまで保つのか分からないから。

 魔女様が傍にいない世界で小鳥の姿に戻ってしまったら、私はせっかく契約を結んでくれた精霊を手放すことになってしまう。


(そんなの、絶対に嫌……)


 あんなに空を飛ぶことに憧れていたはずなのに、小鳥に戻ってしまうことが今は怖い。


「カレット、元気?」

「元気ですよ! 今日は年に一度訪れる特別な日ですから」


 年に一度のミスティル・ウェイを前にして、自分が不安を抱えていることなんて気づかれたくない。

 私の隣を歩いている黒猫のピアは動物の黒猫ではなく、水の専門職社(オリエル)の社長であるグレイド・パーシェスさんと契約を交わした水精霊。私が水の専門職社(オリエル)にやってきてから、ずっとずっと傍にいてくれる彼女に、今年こそ強くなった自分をお披露目したい。


「今年こそはミスティル・ウェイで、新しい出会いを結んでみせます」


 両手にぐっと力を込めて、とびきりの笑顔をピアに披露する。

 とびきりの笑顔は精霊と契約を結ぶまでとっておきたかったけれど、人間らしい笑みでピアを安心させたい気持ちもあった。


「ピアのように、人の言葉を理解できるくらい絆を深めてみせますよ」


 精霊も人間と同じで、赤ちゃんから熟年の老人まで生きた年齢は様々。

 赤ちゃん精霊は人の言葉を話すことができないけれど、人間と一緒に成長していくことで精霊も人間の言葉を覚えていく。


「早く専門職社(オリエル)の戦力になりたいので」


 人の言葉を自由自在に操ることのできるピアは、長い年月をグレイドさんとの契約に費やしている。

 そして、異世界から転移してきた白い小鳥()のためにも時間を費やしてくれている。

 だからピアは、こんな風に人間と会話しているのと変わりない喋りをすることができる。


「元気かどうかって、聞いてるのよ」


 水の専門職社(オリエル)に向かっていると、ピアの声にはいつもの明るい響きがない。

 どこか寂しそうな気持ちが声にまとっているのを感じて、ピアに心配されているはずの私は逆にピアのことが心配になってしまった。


「私なら、元気……」

「そうじゃない」

「ピアこそ、どうかした……」

「私のことより、自分の心配しなさい」


 元気のなさそうなピアに急いで返事を返すけれど、ピアは私の返答をお気に召さなかったらしい。


「無理しないで」

「それは、ピアも同じですよ」


 一目瞭然という言葉があるけれど、一聞瞭然という言葉に置き換えてみたくなるほどピアの声にいつもらしさを感じられない。


「カレットは頑張りすぎるところがあるから、気をつけること」

「……落ちこぼれの私をいつも見守ってくれて、ありがとうございます」


 私も、ピアのことを気にかけたい。

 彼女が私にしてくれたことを、私も彼女にできるようになりたい。

 そう思って、なるべく優しい声をかけながら横を歩くピアの顔を覗き込んだ。


「……契約できなかったら、一緒に泣いてあげる」

「ピア?」


 けど、すぐに視線を逸らされた。


「待ってください!」

「でも、失敗したら、朝ご飯も、昼ご飯も、夜ご飯も抜きよ!」

「ピア!」


 ずっと私の隣にいてくれるものだと思っていた彼女は、水の[[rb:専門職社 > オリエル]]の方角へと飛んで行った。


「待ってくださ……」


 私の隣から、当たり前の存在がいなくなる。

 そこに寂しさを感じてしまう弱虫な私を否定しながら、私はピアの後を追いかけようと走り出す準備を整える。でも、その足を思った通りに動かすことができなかった。


(私が、何かやってしまったのかも……)


 道を歩きながら、昨日のことや朝の出来事を思いだそうと記憶を巡らせてみる。

 いつも隣にいてくれた彼女がいなくなるということは、彼女が私のことをお気に召してくれていないということ。


(今日で、お別れかもしれないのに……)


 異世界転移をして、魔女様の元を離れて、新しい世界で出会った人たちの前では明るく振る舞って生きてきたつもりだった。


(ずっと……一緒にいたいけど……)


 努力を続けていれば、いつか精霊使いとしての道が開かれる。

 そんな私の姿を、ピアはずっとずっと見守ってきてくれた。

 だからこそ、今年こそは精霊使いとしてちゃんとやっていけるところをピアに見てもらいたいと思っていた。でも、そういうことではないらしい。


「はぁ……」


 記憶を辿れば辿るほど、頭の中は混乱していく一方。

 親方に『ピアの気持ちも分からないようじゃ、精霊使いにはなれないぞ!!』なんて言われてしまうのが目に見えている。


「もっと……」


 魔女様の傍で、人生経験を積みたかった。

 空は眩しすぎるほど輝いているのに、魔女様と過ごした日々を思い出すだけで涙腺が緩み始めてしまう。

 空の輝きをまとって飛びたかったはずなのに、今の私には空を飛ぶことも許されないくらい輝きが欠けている気がする。


「おおー!!」

「スゴーイ!!」

「もっと見せてくれ!!!」


 突然、聞こえてきた賑やかな声に、私はビクっと肩を飛び上がらせて反応を示す。

 どこかから大きな歓声や拍手が聞こえてきて、急いで辺りの様子を確認する。

 周囲には小さな花が咲いているだけで、人の影は見当たらない。


「どこから声が……」


 俯く自分が、どこかにいる誰かの笑いのネタになったわけではないらしい。

 近くに広場があったことを思い出した私は、広場から聞こえた歓声だと気づいて足を運んだ。


「ピアも気づいたでしょうか……」


 私が住んでいる町は水の専門職社が置かれていることもあり、海に面した静かで穏やかな場所。

 緑豊かな草原の縁を歩いていくと、中央広場へと辿り着く。


(でも、今はお祭りの開催中でもなんでもない……)


 ピアのことを気にかけつつ、私は興味本位で広場へと足を向けた。


「こんなにたくさんの人が……」


 中央広場には噴水があり、太陽の光を反射させながら水面がきらきらと揺れる。

 それが広場の名物でもあるはずなのに、その噴水を視界に入れるのが難しいほどの人が広場へと集まっていた。


『続いて、お目にかけますは……』


 目の前に、声の主はいない。

 それなのに、耳を澄ませることで、陽気で可愛らしい声が私を夢のような世界に誘ってくれる。


『水が織りなす奇跡の物語』


 広場の中へと歩を進めていくと、そこはいつもの見慣れた広場の光景ではなくなっていた。

 広場全体が水の膜のようなもので覆われていて、まるで水の世界の住人になったかのような感覚を味わうことができる。

 いつもとは全くの別世界が、私の視界を支配していく。

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