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空を飛べなかったから、旅することを選びました  作者: 海坂依里
第4章「朝陽が昇る瞬間、意味も分からずに涙を零しそうになった」
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第4話「理想通りの物語を描く人に憧れる」

(雷の残留思念さん、ありがとうございます)


 転移の原因が、契約したばかりの雷の残留思念にあるとは限らない。

 それでも雷の残留思念と契約を交わしてから、自分の人生が変わり始めている気がする。

 誰にも届かない感謝の気持ちを金色の精霊石へと届けると、小瓶の中から雷のような強烈な光が飛び出してくる。


「え……どうして、今……」


 陽の専門職社(オリエル)が待っている森を進んでいく際に、雷の残留思念は私の声に反応してくれなかった。

 でも、今は自らの意志で精霊石を飛び出ることを選んだ。


「仲間外れにされたら、誰だって嫌ですよね」


 残留思念との距離を縮めるには時間がかかると思って、始めから諦めていたのは私の方だった。

 私と生きることを選んでくれた雷の精霊は、私と距離を縮めることを諦めていなかったことに気づく。


「また、鬼ごっこをしましょうか」


 私の声に応えるように、光は一気に眩しくなる。

 活気づいてきた市場を行く通行人たちは動きを止めて、私の精霊へと視線を向ける。


「悪い人を捕まえる鬼ごっこです」


 雷の精霊は光の球体のような外見をしていて、表情は一切確認できない。

 それでも雷の精霊の瞳には、一切の曇りがないような気がした。


「お客さんに迷惑をかけたら、ダメですよ」


 わざと、お客さんという言葉を強調した。


「人間の言葉がわかるレベルなのかしら?」

「大丈夫です、いけます」


 私は人間の言葉しか理解できないけど、雷の精霊が今を楽しみたいという気持ちが強く伝わってくる。


「ピア、よく観察してください」

「了解」


 私たちにできるのは、数が増えてきたお客さんたちの中から不審な動きをしている人物を探し出すこと。


「ルーテと街の人たちが交流することで、不利益を被る人が必ずいます」


 ルーテと街の人たちの距離を遠ざけた人物は、ルーテの幸せを邪魔するために動き出すはず。

 私たちは人混みの中へと目を向け、人混みの中の些細な変化に気づくことができるように気を配る。


「っ、雷の精霊さん!」


 犯人捜しに成功したのは、雷の残留思念。

 勢いよく人混みの中を駆け抜けていく様子は勇ましくて、無害の人たちを傷つけずに飛びかかる姿に惚れ惚れとしてしまう。


「へえ、やるじゃない」

「行きましょう、ピア」


 雷の精霊を追いかけようとした際に、雷の精霊が捉えた男の人は私の視線に気づいて真っ先に目を逸らした。

 ゆっくりと後退するはずが、魔女の野菜を目当てに集まった人たちの中では理想通りに動けなかったらしい。

 近くにいた人たちを押し退けて、男は一気に駆け出した。


「追ってください!」


 言葉は通じ合えなくても、私と雷の精霊の心は繋がっている気がした。


「ピアは、怪我をした人たちを!」

「任せなさい」


 雷の精霊は、まるで矢のような鋭さで男の背中を追う。

 森の木々に隠れて逃げようとするけれど、雷の精霊の速度は男の動きを遥かに上回っている。


(美しい)


 犯人を追いかけているときに出てくる言葉ではないけれど、雷の精霊が犯人を追い詰めていく姿に美しさを感じた。

 迫力ある活躍に負けていられないと気合いを入れたくても、人間が精霊のためにできることは限られているのだと溜め息も吐きたくなる。


「もう逃げられませんよ」


 まるで物語に登場するような台詞を吐いたのは私で、少し格好がつかない。

 一方の雷の精霊は、彼の逃げ場を塞ぐように雷の壁を作り上げる。

 壁が立ちはだかることで泥棒は逃げ場を失い、力なくその場に崩れ落ちた。


「くそっ……」


 私が泥棒に追いつくと、雷の精霊は光を一回、点滅させた。


「鬼ごっこに勝ちましたね、ありがとうございます」


 雷の精霊は光の球体のような外見をしているから、ピアのように表情を確認することはできない。

 それでも私の言葉に応えるように、雷の精霊の瞳がわずかに微笑んだように見えた。

 それは親馬鹿ならぬ、精霊馬鹿とも言えるのかもしれない。


「ふっ、俺が何をしたって言うんだ」

「ルーテのありもしない噂を流した……立派な、名誉毀損罪に該当すると思いますが」

「証拠はないはずだ」

「あなたが焦って見えるのは、どうしてでしょうか」


 市場の賑やかな雰囲気は森の中には存在せず、森の中には霧が立ち込めている。

 相手の顔を確認することも困難になるくらい霧が深まっているのが確認できるからこそ、冷静さを失ってはいけないと自分に言い聞かせていく。


「どうして、逃げたんですか」

「精霊が追いかけてくれば、誰だって……!」

「私たちは、ただ鬼ごっこをしていただけですよ」


 鼓動を抑え込むように胸へと手を当て、男の動きを監視し続ける。


「あなたが勝手に、鬼ごっこに参加してきたんですよ」

「っ! 俺は悪くない! 悪くないっ! 悪くないっ!!」


 でも、霧がかった世界で視界に入るものには限界があった。

 途端に地面が震え、突如として地面の割れ目から巨大な獣が現れた。

 霧の中なのに、その鋭い爪が私たちを捕食するために襲いかかってきた。


「reburad!」


 獣型のモンスターの爪が振り下ろされる瞬間、雷の精霊を呼んだ。

 泥棒を捕らえていた壁を形成し、モンスターの爪は人間ではなく壁へと触れる。

 雷でできた壁ということもあって、爪が壁に突き刺さった瞬間に火花が飛び散った。


(雷の精霊さんは、戦うことが苦手……)


 シスカさんと雷の残留思念が鬼ごっこを繰り広げたときに、雷の残留思念に殺意というものは感じられなかった。

 あのときは人を殺すつもりがなかったことに救われたけれど、この場で戦うことを拒んでいては全員の命が失われてしまう。


(モンスターの属性がわからない……)


 圧倒的な防御力を誇る壁は、確実にモンスターを退けてくれる。

 それだけ守ることに徹した精霊だと、雷の残留思念の新たな一面を知ることができたことには感謝したい。

 でも、感謝しているだけでは、モンスターを討伐することができない。


(街に、被害が出ないようにしないといけないのに)


 私が力を借りることができるのは、水精霊のピアと、雷の残留思念の二体のみ。

 二体の力を借りて被害を最小限に食い止めなければいけないのに、自分の命を守ることで精いっぱいで頭が動かない。


(このままだと、モンスターが飽き始める……)


 雷の光が弾けるたびに、火花が舞い上がる。

 今は雷でできた壁と、モンスターの激しい戦闘が繰り広げられているけれど、壁を壊すことができないと判断されてしまったらモンスターは逃亡を図る。そのモンスターは、次の獲物を探しに街へと赴いてしまう。


(こんなとき水の専門職社(オリエル)の人たちは、どうす……)


 壁が壊れない自信が生まれ始めた、そのとき。

 泥棒の男に動きがあった。

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