第3話「優しさだけが存在すれば良かったけれど」
「一応、営業許可証はあるのね」
「でも、こんな空気になるから、滅多に使わない……」
ルーテが背を丸めてしまったのを見て、せめて私だけでもと思って自分は背筋を伸ばす。
「精霊術は、みなさんを幸せにするためのものです」
大きな籠を抱え直して、私は顔を下に向けることなく前を向いた。
籠いっぱいに詰め込まれた作物たちに自信ある笑顔を向ける。
「精霊術で作った作物、みなさんに食べてもらいましょう」
周囲の露店を真似て、お客さんが手を出したくなるように、見た目が綺麗と思ってもらえるように心を込めて野菜を並べていく。
「……噂を流した人、絶対に捕まえてみせる」
「それでこそ、ルーテです」
通りすがりのお客さんが、ちらりとこちらを覗いていく。
その目は明らかに疑り深さを秘めていて、去り際の密やかな声に心を痛めてしまう。
それでも自分たちに非はないことを堂々とアピールするために、周りの会話から気を逸らすように努力した。
「初めまして、魔女さん」
奇異的な眼差しは一向に収まらないと思っていたけれど、私たちに声をかけてくれる人がいた。
「レタス、とっても美味しかったわ」
「おかげで、元気な女の子が産まれてくれたよ」
ルーテの野菜を欲していた若い夫婦が現れ、奥さんの腕の中には赤ちゃんの存在があった。
夫婦の声の温かさに涙腺が緩みそうになると、赤ちゃんが小さく手を振ってくれた。
「ピア、見てください! 赤ちゃんが手を振って……」
「産まれたばかりの子が、手を振るわけないでしょ」
「え、でも、今……」
二人は魔女だからという理由でルーテを拒絶することはなく、ルーテに感謝の気持ちを伝えていた。
赤ちゃんが無事に産まれてきてくれたのはルーテのおかげだって、顔を綻ばせていく。
「っていうか、生まれたばかりの赤ちゃんって抱えてもいいのかしら」
「どういう意味ですか?」
「首が座ってない新生児って、横抱きをする人が多いのよ」
私とピアは、少し離れたところからルーテと街の人たちとの交流を見守った。
「……縦抱きですね」
「少なくとも、産まれたばかりじゃないわね」
「嘘ってことですか」
「あくまで可能性の話」
ルーテにお客さんの相手をしてもらっている間に、私とピアは周囲に視線を配って警戒を強める。
「あの赤ちゃん、精霊って可能性はないですか?」
「精霊は、パートナーによって外見を変化させるもの……いい発想ね」
「都合のいい赤ちゃんが必要ってことですよね」
ルーテが若い夫婦と言葉を交わし合う様子を見ているだけで、心臓の高鳴りが激しくなってくる。
「相手が精霊使いってなら、話は早いわ」
ピアは美しい黒猫の容姿をしながらも、戦闘の準備運動と言わんばかりの闘志満々の意欲を見せてくる。
「待ってください。ルーテと出会うきっかけは、あの男の人がくれたんですよ?」
私たちがルーテと接することになったからこそ、ルーテが作物泥棒の被害に遭っているという話を聞くことができた。
赤ちゃんの両親設定の二人にとっては、明らかに不都合な展開へと進んでいる。
「それに、宿で男の人に声をかけたのは私たちだけだったんですよ」
「シスカが出てこなかった理由は、なんとなく察したわ」
「え?」
「あの男を泳がせたい理由があるのよ」
ルーテが赤ちゃんの頬を指で軽く撫でると、奥さんに抱えられた赤ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
「まず前提として、シスカがカレットを傷つけるわけがないの」
何を根拠にと問いかけたくなるけど、ピアは自信満々に言葉をくれた。
「でも、私が闘技場にカレットを迎えに行っている間、シスカには空白の時間があった」
「フレイルさんたちから、何かを依頼されたってことですね」
「無償で親切にしてくれる人なんているはずないのよ」
「それは、さすがに言い過ぎでは……」
ふと風が通り抜け、赤ちゃんが小さなくしゃみをした。
その瞬間、男の人は急いで持参した小さな毛布を赤ちゃんにかけた。
「っ、良ければ、この木陰で少し休んでください」
ルーテが街の人たちと交流を始める様子を見守る予定だったけど、私は赤ちゃんを気遣うために両親設定の二人へと声をかける。
「赤ちゃん、大切にされてください」
あの赤ちゃんが精霊だろうと人間だろうと、両親設定の二人にとっては大切な存在だということが伝わってきた。
だからこそ私は、攻撃ではなく、声をかけることを選んだ。
「……ありがとうございます」
夫婦はお礼の言葉を述べると、二人はゆっくりと木陰に腰を下ろした。
「見て、二人とも……」
「おめでとうございます、ルーテ!」
ルーテの手に握られた銀貨を見て、これでようやくルーテが正当な対価を受け取ることができたことを確認する。
「ありがとう……」
「良かったですね! 本当に、本当に良かったです」
物を売ることで、お金を得る。
得たお金で物を作って、できた物を売る。
赤ちゃんのご両親は、望んでいた流れを作ってくれた。
「凄い……私の作った作物を買ってくれるなんて……」
心が感動で満たされたルーテは、言葉を失ってしまうくらい喜びの気持ちに浸っていた。
「できることから少しずつって、最高……」
ルーテが太陽にも負けないような輝かしい笑顔を浮かべてくれた。
私とピアがやったことは無駄じゃないってことを、ルーテの笑顔が教えてくれる。
「今日は、あと何人のお客さんが来てくれるかな……」
「できることから少しずつ、ですよ」
「あ……多くを望んだら、落ち込んじゃったときに大変……」
市場の空気には、ほんの少しだけ変化があった。
周囲の視線はまだ突き刺さるけど、ほんの少し温まった空気が存在することを心が感じ取る。
街の人たちが少しずつルーテに近づき、彼女の野菜に手を伸ばす者が増えてきた。
(あとは、犯人が出てきてくれたら……)
自分たちの努力が、少しずつこの場に溶け込んでいく感覚を掴む。
その感覚が、私に大きな勇気を与え始める。




