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空を飛べなかったから、旅することを選びました  作者: 海坂依里
第4章「朝陽が昇る瞬間、意味も分からずに涙を零しそうになった」
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第2話「青い空が、いなくなる」

「お金で物を買うって、当たり前のことだと思ってました」


 指の隙間に入り込んだ土を見て、農作業にかける時間と労力について考えさせられる。

 畑の主であるルーテは精霊術を使うことができるけど、一般の人たちは精霊の恩恵を受けられない。それは当たり前のことなのに、そんな当たり前に唇を噛み締めてしまう。


「当たり前のことっていうのに、間違いはない。でも、世の中には奪うって行為に及ぶ人もいるの」


 水の専門職社(オリエル)に勤めているだけで、世界のすべてを知ったような気になっていた。

 でも、世界は広いという言葉の通り、水の専門職社(オリエル)の外には自分の知らない世界が待っていたという現実を想って大きく息を吸い込む。


「貧困が理由だったり、就職難……就職した先で、精神的なものを抱えて働きたくない。そもそも、働くことを拒んでいる。いろんな理由で、奪うことを選ぶの」


 気づけば太陽の位置が移動していて、もうすぐで鮮やかな橙色が空に広がる時間帯。

 今日という日が、私の世界を少しだけ変えてくれたような気がする。


「ルーテ! ピア! 相談があります!」


 大きな声で、はきはきと。

 人間になったばかりの頃は、自分が最も苦手としていたこと。

 でも、人の体を知った私は、自分の声を出すことの大切さを知っていく。


「魔女が作った野菜を、街に売りに行きましょう」


 今日の経験も、きっと自分を大きく成長させてくれる。

 手に力を込めて、はっきりと声を発する。


「魔女が野菜を売りに行って、買ってくれる人がいるわけがない……」


 ルーテの言う通り、街の人が魔女のルーテを怖がっているのは事実。


「だったら、どうして、ルーテの畑から食べ物を盗むんですか?」

「それは、ルーテの作った作物が美味しいから……あ」


 でも、街の人たちが、ルーテの作った食べ物を欲しいと思う気持ちも本物だと思った。


「これは売り物ですって、ちゃんと伝えるんです」

「けん制ってことね」

「魔女の作物なら盗んでもいいって考えを、あらためる必要があると思います」


 私には見えてきた希望の光。

 でも、ルーテはまだ街の人たちを信用することができていない。


「そんなに上手くいくとは思えな………」

「けん制することで、困る人たちが出てくるはずです」

「困る人……?」

「魔女の作物を盗み続けている人たちですね」


 少しずつ言葉を付け加えていくことで、ルーテを説得するための材料が揃っていく。


「魔女は怖い。それなのに泥棒をする勇気はあるって、可笑しな話だと思いませんか」

「なるほど。魔女なんて、現実の世界にはいないものね」

「ルーテを悪者に据えた人たちは、ルーテが商売を始めることを嫌うはずです」


 私が白い鳥として産まれてきた世界なら、魔女と呼ばれる人物が存在する。

 でも、私が転移してきた世界に、魔法と呼ばれる力は存在しない。


「悪者から物を奪うなら、罪悪感を抱かなくて済むって考えを植えつけた人物が必ずいるはずなんです」


 始めは小さな噂でも、それはやがて大きな噂へと繋がる。

 ルーテを悪者に仕立て上げた人物がいるというのなら、こっちも同じ手段でルーテの育てた作物は売り物ですとアピールする必要があると考えた。


「魔女の畑に行くのが怖い人たちは、お金を出して買ってくれるようになるわね」

「はいっ! ルーテの作る野菜や果物を美味しいってことを広めてくれると思うんです」

「私たちも、街の人たちを利用するってことね」

「ピア……利用というのは人聞きが悪いです……」


 感謝することで、心は豊かになっていくものだと教えてくれた人たちがいる。

 それを人間の基本として押しつけることはできないけど、感謝の気持ちが巡ることの幸福感を知ってもらいたい。

 幸福感を知った上で人々が、どう動くかは別の話。でも、ほんの少しでも、ルーテが関わる世界が良くなることを願って私は動く。


「でも……」


 ルーテの顔が俯いてしまって、自分の行動はあくまで自己満足だということを理解する。


「少しずつ始めていきましょう、ルーテ」


 私の元気がなくなったときは、ピアやシスカさんが励ましてくれる。

 そんな風に、ルーテの元気がなくなったら、私がルーテのことを励ましたいと思った。


「街の人たち、怖がらない……?」

「街の人たちが逃げ出したら、私がルーテのいいところをいっぱい伝えていきます」

「……街の人たち、喜んでくれる……?」

「ルーテの作った作物が美味しすぎて、凄く喜んでくれると思います」


 ルーテが考え込む。

 私たちは、ルーテが嫌がることはやりたくない。

 私たちは、ルーテがやりたいと思うことをお手伝いしたい。


「やってみる……!」

「ルーテ!」


 まだ、何かが成功したわけじゃない。

 それなのに、私たちの間に笑顔が広がったことで、体が喜びの感情を知っていく。


「上手くいけば、泥棒も捕まえられるかもしれないわね」

「ピア、それは最高です」

「無理、しないで……」


 自然に言葉が紡がれていく様子を見て、私たちはずっと前から知り合いだったのではないか。

 そんなことを思ってしまうくらい、私たちの関係が深まっていくような感覚を受ける。


(ルーテの笑顔のために)


 私の人生に関わってくれた人を笑顔にするって、凄く難しい。

 私のことを笑顔にしてくれるピアやシスカさんは、あまりにも人生経験が豊富すぎて羨ましくなる。


(私は、私にできることを)


 自分にできないことを頑張るのではなく、自分にできることを頑張ればいい。

 気合いを入れ直した私は、風精霊が運行する馬車へと急いだ。


「っ、魔女が来たわ」

「こんなところまで、何をしに……」


 市場に辿り着くと、ルーテを目にした人たちはひそひそと声を立て始める。

 私たちは市場の活気に溶け込むどころの話ではなく、かなり浮いた立場となっている。


(異世界に転移してきたときと同じ……)


 ただ髪が真っ白という理由だけで、最初は街の人たちから奇異的な目で見られた日のことを思い出す。

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